脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

若年性アルツハイマー型認知症?

2011年01月24日 | 側頭葉性健忘症

講演会に行ってきました。

「認知症を受け入れるということ~ある日突然、若年性アルツハイマー型認知症と診断されて」というチラシをいただいたからです。

このチラシを見た時に「これはきっとボケではなくて側頭葉性健忘(重度の記憶障害のほかには前頭葉機能大脳後半部機能ともに正常範囲に保たれている)の方のはず」と思ったのです。

テレビでも新聞でも、「認知症に関しては理解不足・・・」と悲しくなることが多々あります。とくに「若年性」と言われる方々は、健忘の方や失語症の方を、間違えて認知症と診断されていることが多いのです。「ことが多い」ではなくほとんどが間違われています。くまなく見てるわけではないのですが、テレビ番組などでも然り。私は今までで、本当の「若年性アルツハイマー病」と言うべき方を一回だけしか見たことがありません。(ここまで1月23日に書きました)

ここからは1月24日に書いています。一日間をおいたのは、ちょっと考えてみたかったからです。

結論ですが、「『若年性アルツハイマー型認知症』の定義そのものが人それぞれなんだ」ということに思い至りました。ついでに言うと「認知症」だって「認知症の早期発見」だって「脳のリハビリ」だって「重症度」だって、人それぞれに好きなように使っている!というとんでもない事実です。実はこのことは、20年くらい前、学会発表をしているときにも思っていました。2011_0124_075100p1000095_2

「老人性痴呆の定義」がないのです。血管性痴呆にしぼっていうと、当時は50%~70%と言われていたのですよ。今では30%くらいと主張する人が多く、先日のテレビの特別番組では8%となっていました。20年間でそんなにも劇的に血管性痴呆が減ったのではなくて、血管性痴呆のカウントの仕方が変わったと考えた方がいいですよね。血管性痴呆の理解そのものが変わった・・・と考えられます。(ちなみに、エイジングライフ研究所では血管性痴呆は4.6%と言ってます)

ネット検索してみたら一目瞭然です。各人が各様に使っています。個人のレベルならばいいのですが、最低でもお医者さんをはじめ専門家は、統一された基準で話していかないといけないのではないでしょうか。

そもそも「若年性」と言うと、本来的な用法から言えば、ドイツのアルツハイマー博士が提唱した「普通の暮らしをしているのに若くして発症する、進行が早い、解剖すると老人斑と神経原線維変化がみられる」アルツハイマー病(これは遺伝子異常によるものとわかってきました)のことを指します。普通のボケはドイツやイギリスでは(アルツハイマー型)老年痴呆と言い分けていました。

 

 

 

アメリカで、最終的な脳の形状が一致するために、どちらともアルツハイマー病とまとめてしまったのです。そして「記憶の障害」を必須条件にし、何年かのちに実行機能の障害(これは前頭葉機能障害とほとんど同じ)をつけ足したのです。

 

日本の現状は、ドイツ流のことばの使い方をしたりアメリカ流であったり、好き好きというか混沌としています。
次第に特殊な遺伝子異常によるアルツハイマー病と、普通の認知症をいっしょくたにしたアメリカ流「アルツハイマー病」が市民権を得ているようです。一般の人にはわかりにくくなってしまったと思います。

 

さて「若年性」は、単に65歳以下の発症と言うだけの意味でつかわれていることがほとんどのようです。厳密には違いますよ!遺伝子既定のものですからそんなに簡単に言ってはいけないと思っています。
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以下は私たちが考えている認知症のまとめです。
認知症の大部分を占めるものは、生活習慣病とでもいうべきものです。(従来の老年痴呆。アルツハイマー型認知症と言われているタイプ)
高齢期になって、生活上の変化や人生の大きな出来事をきっかけにして、趣味も交友も生きがいもなく、運動もしないいわゆるナイナイ尽くしの生活をしていくうちに、もともと年齢とともに老化してきている脳機能がさらに老化を速めて生活上に種々のトラブルを起こしてくる状態。
この時の最大の特徴は、脳の老化が加速されていくときに最初にその低下が明らかになるのが前頭葉ということです。その後、記憶や見当識などが侵されてきます。いいかえれば、いくら軽度であっても、前頭葉機能は損なわれているのが認知症の特徴なのです。

 

早期発見を図ろうとするときには、この前頭葉機能低下をキャッチするしかないのです。
エイジングライフ研究所は、前頭葉機能を神経心理機能テスト(脳機能を測る物差し)で客観的に測定し、正常老化か老化がどこまで加速されているかを判定します。それから、脳の後半領域の機能も計り、重症度を決めるのです。 

 

認知症の最早期には前頭葉機能のみが低下を始めていて、いわゆる記憶や言語など脳の後半部機能は正常です。ここが小ボケ。
家庭生活には支障がないのに、老人会の世話役ができないなど社会生活では支障が生じてくる段階です。無表情になり、居眠りが目立ち、言われなくては何もしません。

 

そのままの生活を続けていると、さらに脳の老化が加速されて、家庭生活を送る上で必要な認知機能にも支障が出てきます。ここが中ボケ。
家庭生活でも、トラブルが続出。あたかも幼稚園児のような生活実態になります。セルフケアは自分でやれますが、目と手をかけてあげる必要が生じてきます。
洋服は着るが、順番が逆とか。
風呂には入るが洗髪はできてないとか石鹸が残ってるとか。
ご飯の食べ方が行儀悪いとか。
薬を飲んだかどうか全く分からないとか。
草取りをすると花を抜いてしまうとか。

 

さらに進んで、
セルフケアに支障を起こしたり、
家族がわからなくなったり、
昼夜がわからなくなったり、
不潔行為や粗暴な行為があったり、
ご飯を食べてないと訴えたり、
「帰ります」といってきかなかったり、
徘徊したり。これが大ボケで、多くの皆さんが「ボケ」と思っているレベルです。

 

2010_1228_090500p1000046_2 逆にいえば、小ボケや中ボケのレベルでは、生活上に「何か気になること」や「どう考えても変なこと」がおきても、それが認知症のせいなのか年齢のせいなのかがわからなくて「見守って」いきます。見守るだけで、ナイナイ尽くしの単調な生活を改善をしなければ、認知症は必ず進行しますから、いつかは大ボケの症状を呈することになります。
その段階で「やっぱりボケだ。とするとあの気になっていたいくつもの出来事はボケの症状だったんだ・・・」と後悔のほぞをかむのです。

 

症状からだけで、認知症のレベルを決めるのはそれが早期であればあるほど難しいことです。例えば糖尿病や高血圧を考えてみてください。客観的な指標なしに確定的な診断を下すでしょうか?太っているように見えるから糖尿病?顔が赤いようにみえるから高血圧?

認知症では、症状だけで決めることが大手を振ってまかり通っています。「~をしたからボケてる」「ができないからボケてる」
血糖値を測るように、血圧を測るように、脳の機能を測って認知症の客観的なレベルを知る世の中にしないといけないとつくづく思いました。

さて、講演会に戻ります。

直前まで脳機能という客観的な物差しを使うべきだと主張してきましたが、突然アナログになってごめんなさい。登場なさったときに会場からはちょっとしたざわめきが漏れました。

表情も、たたずまいも、姿勢も、服装も、とてもボケていらっしゃるように見えません。

「えっ。この方がボケてるなんて思えない」というざわめき。

コーディネーターの質問に的確に感情をこめて答えられるのですから余計に会場の?は大きくなったような気がしました。
例えば「今日の調子は?」にはちょっと笑いながら「緊張しています」
「自己紹介を」
「昭和23年生まれで62歳です。仕事は営業一筋。富士市の大手、中小の会社にガスの販売をやっていました。会社のためにも、給料アップのためにも(笑)頑張っていたのです・・・」

「おかしいなと思ったのは」
「ISOを自分が部門長の時に取入れたんですね。それで仕事を終って書類を書く時、夜遅くなったり朝までやったりしたんですが、ミスが多くなったと自分でもわかり、上司からも指摘されたりしたのですが、当時はストレスというよりも『何が何でもやらねば』と思っていた様に思います、今になってみたらストレスだったかあと思うくらいで」(この長い文章! ほとんど発言通りです!)

「会社時代と比べて、今は?」
「収入がなくなりました。(と、笑いながら即答)ちょっとしたことでも生きがいがあれば、張り合いがあれば…と思ってます」

あまりにも的確で、会場をびっくりさせた発言はこのほかにも多くありました。

「若年性アルツハイマー型認知症」と診断されて1年後退職。2011_0123_152300p1000092
ドクターの「進行しないように脳のリハビリを」を受けて

病前はゴミ出しだけだった家事を、5時起床
小鳥にえさをやる。
ご飯を炊く。
掃除機をかける。
植え木の水やり。
洗濯物の取り込み。と役割がどんどん増える。

新聞を読み記事をスクラップ。

パソコンのトランプゲーム。

趣味のバイク・登山・ハイキングで気持ちをリフレッシュ。夫婦でギターも習い始めた。

週2回のボランティアセンターに行くのは楽しみ。

毎日1時間散歩。「小学校や中学校の懐かしい通学路を歩くと思いがけない友人にあったりして楽しいんです」(本人の発言)

デイ利用を勧められて
「自分とはちょっと違う。高齢で寝たきりだったり、歩かされていたり。こうなりたくないと思った」

「講演をするようになって夫婦二人で思いがけないところに旅行できるのが楽しい」
会場となりのモニュメント(重岡建治作)2011_0123_134700p1000085 

その場の状況を判断し自分の行動を決定する脳の司令塔であり、その人らしさの源でもある前頭葉。
ここまで書いてきたことは、すべてS野さんの前頭葉が活発に働いていることの証拠です。

認知症は必ず前頭葉の機能低下があると書きました。(ついでにいうとその後に記憶障害が出てくるのです)
一般の人たちは経験知というか本質を見抜いていることが多くありますが、
「ボケてる人は、ボケーとしている」と思っています。
「表情もないし、なんとなく動作も緩慢だし、場違いだし、なんだか変」
実はこれらはすべて、前頭葉の機能障害です。
今日の講師のS野さんはこの尺度に合わないのです。繰り返しますが前頭葉がいきいきとS野さんらしく機能しているからこのような応対ができるのです。

だから、S野さんは「若年性アルツハイマー型認知症」ではないのです。その他の型の認知症でもありません。前頭葉機能が正常な認知症はありませんから。

でも、会社でトラブルがあって辞めざるを得なかったのですね。2011_0123_134700p1000086
何が起きたのでしょうか?具体的に見ていきましょう。
上司の話として
「注文を忘れて客から苦情が来た」

奥様の話
「二人で通勤していたのに、私を置いて出勤したり、乗せずに帰ったりしたことがあった」
「診断後で、メガネや時計がいつもの場所にないと戸惑ってベッドの下まで探していた」

本人の話
「ボランティアの時、一人の時に「伝えて」と言われると不安になる。メモが取れない。取れても伝えられないのじゃないかと不安」
このくらいでした。

講演を終えて、会場から質問がありました。
「早期発見が大切と言われますが、普通とどう違うのかがわからない」

奥様が答えられました。
「生活のリズムが飛ぶというか、ほんのちょっとしたことなんです。
新しいことが覚えられない。新しい道を通るとパニックになる、何度も何度も繰り返さないと覚えられない」など例をいくつか挙げて、結論的に
「記憶を覚えられないんです」
おっしゃいませんでしたが「でも、その場その場の判断は全然おかしくないし、意欲もあります」のはずです。覚えられなくても前頭葉は活発に働いていますから。

ご本人の言。
「今まで無意識にやっていたことを意識しなくてはと思うだけです」
「何かやるたびにチェック。納得するまでチェックする。以前は考えもしなかった」
「自分のやっていることが分からなくなるのではないかと神経質になった」

認知症を知る上で大切な条件である脳機能テストをしてはいませんが(笑)、S野さんに起きているのは「記憶の障害」です。それも新しいことが覚えられないという種類の記憶障害。(原因ははっきりしませんが、海馬に故障が起きるのです)
認知症でも「記憶の障害」が必須条件だと説明しましたね。でも、認知症ではそれ以前に「前頭葉の機能障害」が起きているのです。
そのことは社会的通念としてはまだまだ明確にはなっていませんが、私たちの数万の方たちの脳機能のデータからは、実に明らかです。
そして一般の方々はそのことを承知しているからこそ、前頭葉が十分に機能していらっしゃるS野さんを見て「どこがボケているのかわからない」という感想を持ったのだと思います。