エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

聖書の言葉: イエスの最初の教え

2017-05-15 00:45:33 | 聖書の言葉から

 

 

 

 
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 こんばんは。みなさん,日曜日はどうでしたでしょうか? 国立は昼過ぎから天気が回復して,青空が戻りました。新緑が目に鮮やかです。矢川沿いには,黄色のアヤメ,黄菖蒲が盛りを迎えています。これも帰化植物だそうで,すでに広い範囲で野生化していますが,抜き取らなければいけないものなのでしょうか?

 そんな陽気に誘われて,矢川沿いを散歩して,気付きが与えられました。そのことについては,おいおいこのブログでも記して生きたいと思います。

 その気付きと関係するのが,イエスの教えの初めです。新共同訳では,「悔い改めよ,天の国は近づいた」です。これは『新約聖書』の最初にある「マタイによる福音書」第4章17節にあります。西村秀夫先生によれば,矢内原忠雄先生は集会のメンバーを集める時のチラシには,この言葉「悔い改めよ,神の国は近づいた」を必ず用いたそうですよ。マタイが「天の国」と言うのは,「神の国」と同じです。

 この聖句は,本田哲郎神父様によれば,

低みに立って見直せ。天の国はすぐそこに来ている

というのが正解だとおっしゃいます。これは実にうまい翻訳だと感じます。「天の国」はもう目の前に来ている感じがよく出てますからね。実際に新共同訳で「近づいた」,本田哲郎神父様が「すぐそこに来ている」としたところは,完了形ですから,「ほら,もうそこに来てますよ」と言う感じがしますからね。

 そういうふうに紐解いてきますとね,この「低みに立って見直せ。天の国はすぐそこに来ている」は,実にサイコセラピーや教育,子ども等や低みに立たされている人たちとの,善い関わり,やり取りのある関わりに必要な心の態度,本音の態度のことを,ドンピシャリに言っていることに気付かされましたね。そして,これは,パウロさんの神学を表現している「ローマ人への手紙」第5章3節から5節とピッタリと重なることにも気付かされましたね。

 それについては,いずれまた。

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