エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

エリクソンの叡智: #無理解が誤訳を生み #誤訳が無理解をもたらす

2017-07-01 00:51:39 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 

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 今宵のエリクソンも、Insight and Responsibility 『自分を内省していたら、相手の気持ちがまるで手に取るように、スゥーッと理解来ますし、相手の気持ちに応答できますから』の、p.175 ,下から9行目。 一つ前のactualityの章に戻ります。改訳版の翻訳者が,決定的に重要なactualitymutual を理解してないことを示すとともに,分からない単語も調べないという怠惰な姿勢がもたらす誤訳もあることを,今宵も,ここに示しておきます。大江健三郎さんは,日本は「誤訳の文化」とどこかで言っていたけれども,この翻訳はとてもひどいものです。残念ですが,エリクソンの著作も押しなべて誤訳が目立つのですが,中でも,この人の翻訳は,Toys and Reasonsの翻訳と同じくらい,原著を歪めています。今宵は,皆さんにも実際どれくらいひどい翻訳なのか,より明瞭に理解していただくためにも,原文も示すことにしましょう。

 

 It may be brash to imply by the use of the very word virtue that a tendency toward optimum mutual activation exists in the ego and in society. But the concept of reality, or so it seems to me, already implies an optimum correspondence between mind and the structure of the environment.

  斜字は原文のまま。色付けは,私の訳と,改訳者の訳を比較するために,私が色づけたものです。

 まず,私の翻訳です。

 自我の中にも,対人関係の中にも,≪お互いに最高にやり取りを始めあう≫傾向がある,という意味の「心から自由にされた勇気」という意味の言葉を使うのはおこがましいことかもしれませんよ。しかし,「世の中の現実」という概念がすでに,心と組織化された環境との間に,最高のやり取りがあることを示しています,あるいは,そのように私は思います。

 

 次に,改訳です。

「このような用語の使い方は,心の活力は自我の中と社会の中にある最適の相互的な活性化に向かう性質があるという意味を帳消しにしてしまうかもしれない。しかし,現実という概念そのものがすでに,自我と社会の中にある最適な協応であることを意味しているように私には見えるのである。」

 太字は改訳のまま。色付けは比較のために私が施しました。

Ⅰ) 分からない単語は辞書で調べてから翻訳する,という基本を怠っています

 be brash をbanish に取れ違えで,「帳消しにして」と誤訳しています。辞書で調べれば,brashは「せっかちな、軽率な、厚かましい」などの語釈が載っています。

2)「自我の中と社会の中にある最適の相互的な活性化に向かう性質」と言われて,具体的にイメージが湧く人って,どれだけいるんでしょうか? ほとんどいないでしょ。訳している人がボヤッとした理解の時には,直訳するんです。直訳して意味が分からなくても,「間違い」といえる人が少なく,エリクソンをかなり読み込んだ少数以外の人には,バレナイからです。安倍・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちのやり口と同じです。

 ここは,心(自我)の中に自己内対話、内省という,やり取りが最高にあると,自分の気持ち,自分の本音に敏感でいられますから,相手の人の気持ちにも敏感になり,その相手の人とも最高の善いやり取りができますよ,ということをエリクソンは言っているのです。そのゴールデンルールの在り方に対する,改訳者の無理解ぶり誤訳ぶりが,今宵もはっきりしたと思います

 ですから,出版社も,翻訳者の社会的地位があって,ある程度売れる見込みがあるからといって,こんな誤訳の山の本を出してはいけないのです。そんなことをすれば、真理に対して、誠、ではありませんし、真理に対する、信、も、怪しくなってしまいます。本屋の社会的責任,文化的責任悖る,と言わざるをえません。

 

 

 

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