エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

平凡に見える人が、実は「魂の殺人者」 

2016-10-12 08:02:47 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 

 
「生きてていいんだよ」という励まし
        天空からの恵み 励まし…              修道院に入るのは、逃げ道だったみたい。父親から逃げたかったしね。 Young Man Lut......
 

  発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども。ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.136、第5パラグラフから。

 

 

 

 

 

 自分が何者かを知るためには、すなわち、自分が確かにされるためには、何が「手応え」があるのか、あったのか、を知らなくてはなりません(少なくとも、知っていると感じられなくてはなりません)。また、自分の物差しを信頼し、自分の物差しを、自分の空想と区別できなくてはなりません。このような区別ができなくなることは、精神分析家のウィリアム・ナイダーは、「魂の殺人者」と呼んだことの印です。なるべく自覚的に物事をすることを止めて、「気にしない気にしない」と物事を自動運転でやり過ごすことは、生きる為には不可欠である場合も多いのですが、そんなことをしていれば、その代価として、自分が何者なのか? 自分が感じていることは何なのか? 自分が信頼していることは何なのか? 自分が信頼している人は誰なのか? という問いを忘れてしまいます

 

 

 

 

 

 かくして、問いを忘れた人間は、ルーティング・ワークの、退屈だけれども、喰ってはいける毎日になります。でも、その人は、ヴァン・デ・コーク教授によれば、あるいは、精神分析家のウィリアム・ナイダーによれば、「魂の殺人者」である、といいますね。ごくごく普通に見える、平凡な人が、実は「魂の殺人者」という訳ですね。深い洞察でしょ。

 この手の人は、「≪本当の自分≫が死んでいる」という意味で、「自分の魂の殺人者」であると同時に、人が≪本当の自分≫を生きることを台無しにするという意味でも、「人の魂の殺人者」なんですよ。

 

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