涅槃への一人旅

中年過ぎのオジさん、家族は独立して好き勝手にやってます。人間、死ぬときは一人。残った人生、もっと勉強してもっと知りたい。

50日目 奈良 高見山

2017-06-18 17:52:37 | 山登り
今日は、奈良県と三重県の県境にある高見山に登ってきた。

1248mの低山ではあるが“関西のマッターホルン”とも呼ばれ、独立峰に近くて山容が美しく、樹氷も有名なことからその下見に行ってきたが、表紙にあるようなコアジサイが満開で、その“花の道”を通るのも気持ち良かった。

まずは入口から。


最初の目的地の高見杉。


神武天皇ゆかりの国見岩。そこから敵方を偵察したらしい。


あいにくの曇りで、山頂は雲の中にあった。


帰りは同じ道を引き返しての下山。今回は、命の次に大事な旅のお供のGPSを自宅に忘れてきてしまった。まあガイドブックには初級と書いてあるし、地図もコンパスもあるのでトライすることにした。鍛錬のため、重めのリュックとポールなしで登ったが、800mのアップダウンはまずまず堪える。


第58回 昭和5年11月23日
 新嘗祭 日曜日
 林の長男大黒様の御像を拝す。
 長男は午前8時覚醒後、天井に金仏さんが座って見える御姿が見えると云って度々探りたるに、二階四畳の間に有る書棚の中に格納しある大黒様の御姿である事が分り、それから御下げ申して供養したり、其外金々の頻伽(極楽鳥)が見えるとて家内中喜んだ。
米俵が家一杯積んで有るとの事、家が金々に光り輝やくとの事、之も仏縁然らしむる所と一同喜び合えり。
其後父は早速阿弥陀山へ行き御済度に預かりたり、其の顛末は之に省く(23日夜)
三 丁度父が阿弥陀山参詣せし間に家内も夕食の後仕末をなし居る内に、此の一週間のお浄土参詣修行の総まとめの御話有りし由なるも、凡夫は一人も聴問する事を得ざりしは残念なり、ふと母が二階へ上ると信心決定と云う御声だけ排せしも、前後の話は聞くを得ず 後
○ 「良い話が有ったが一人も聞いておらなかったな」と申さる、聞いても「梵語が大分だったから分らまい」矢張り御縁が無かった
しばらく過ぎて、
お浄土参詣修行 第七日目
 四
    11月17日より23日迄(内19日は休、学校宿直の為)
    午後11時40分 お浄土へ
    翌朝3時30分 帰還
 この一週間の大役は亡祖母と(お浄土)母とに仰せつかる 殆んど一睡もせず御守り申し上げたり、第一日目は夜通し御守り申し上げたるも第二日目よりは御送り致して階下で御待申上げたり、第7日目も仰せの如くお待ち申し上げうとうとする間に母に霊感あり、身体中ぶるぶる慄え上り驚きて二階へ行けば丁度御帰りの時刻なり、色々と湯を上げるやら御世話申し上げて居ると、やがて諸仏方御帰りの御挨拶やら母に御礼の御言葉有り。
恐縮 置く所を知らず、
阿弥陀様の正覚をお取り遊ばすお姿を拝したるも、本日如きは殆んど一晩中その御姿を度々拝するを得たるは御勿体なき次第なり、後先なりしも夕食後一同炬燵に入って居ると直に竹鼻地蔵様御来臨になり(午後7時)
 二 竹鼻地蔵 御来臨
 裏の方がやかましいので此の間から御取計らいしてお二階へ上って貰いました。(そんな事とは知らず余りの勿体なさに二階へ上って頂いたのに其の翌日近所に出産あり、やかましくなる。)
仏 子供の咳は明日一日休まして居れば治る。昨日の晩出て寝て居たので、私もそうも手がつからんで私が御無礼しました。(長男風邪を引く)
 量子がひねってい居ると
 浅間しきは凡夫なり、尚浅間しき女人なり、女人の業なり、業に宿る悪鬼なり
と仰せらる。


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