Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

絶望や幻滅からの脱出・“日本のボス猿”の正体

2017年10月18日 | 

先日、お仕事、介護と忙しいママ友からメールが来て、簡単な近況報告をしました。 

最期の方で、彼女が、

「今回の選挙はどこに入れていいのやら。良い社会になるとよいけど、なかなか読めない。」と書いてきたので、私は、 

「2014年6月の男性の抗議焼身自殺があったころから私のなかで政治、そして国民自体に希望が持てず、もうただしらけて観るようになっていた部分があったのだけど、今回、枝野氏が声をあげてくれたことで、また希望(皮肉なことに、小池ゆり子氏に『希望』という単語を使われてしまいましたが・・・)が沸きました。」 

と返事をしました。 

この2014年6月の焼身自殺の直後に書いたブログと、ついでに2010年に書いたブログ記事のリンクと抜粋を貼り付けます。 

まずは2014年のもの: 

彼の絶望
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/e46976200e4cc67734dfa472875bc02e 

新宿滞在している知人が、6月29日(日)に、何人かを集めて簡単なパーティをすると言って誘ってくださいました。
しかし、私はすでにその日は用事があったのでお断りしていました。

そしてその夜、インターネットのニュースで、集団的自衛権に抗議をした男性が新宿の横断橋の鉄骨で焼身自殺をして記事を見つけました。

日本語の記事は少なく、あっても短かったので、海外のメディアから情報を得ました。

たとえば、

Japan Today (2014.6.29)
Man sets himself on fire in Tokyo in protest against Abe
http://www.japantoday.com/category/national/view/man-sets-himself-on-fire-in-tokyo-in-protest-against-abe
※コメントもみてください。

Aljazeera (2014.6.29)
Japanese man sets himself alight in protest
http://www.aljazeera.com/news/asia-pacific/2014/06/japanese-man-sets-himself-alight-protest-2014629213139553735.html

海外の友人達にこのニュースを送ったところ、旧共産圏の友人は、

「この男性はおろかだと思う。日本は民主主義国家なのだから、政治に不満があるのなら、焼身自殺などではなくて、投票や平和的抗議活動をすべきだ。」

という内容のコメントをくれました。

私は彼に、

「確かに、焼身自殺などで抗議をするということは、私も良いこととは思わないです。そして、彼はノイローゼであった可能性もあるとも思います。

しかし、日本はもはや民主主義国家ともいえません。

どこの国に、選挙に立候補するのに、何百万の供託金を収めなければならない国があるでししょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9B%E8%A8%97%E9%87%91

政治家は、お金持ち、企業やある種の団体とコネクションがある人達や、親などが政治家である人しかなれない。こんな民主主義国家はありますか?

結果、日本の首相は今やほぼ世襲制。しかも現在の安倍政権は独裁体制といってよい。そのうえ、無責任な国民の低い投票率。

焼身自殺を図った人を目の前に笑って動画を取る人々。この事件を無視するか、報道もひどく小さく扱うマスメディア。

7月1日には、大勢の国民の反対を無視して、集団的自衛権も閣議決定されるでしょう。(この男性は、だからこそこの日に焼身自殺を決行したわけです。)

この男性のような人を生み出す国になってしまったということに、私はとても衝撃を受けています。」

この男性が一日も早く良くなられることを願います。 

(後略) 

(上のブログで書いた「知人」とは、来日中のロナルド・ドーア氏でした。彼がこの時来日していたのは、『幻滅』という本の出版の関係でした。) 

こちらは、2010年のもの:

ボス猿不在の国
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/e04fe83eebc12a173e3935d8334c38c1 

(前略) 

T 様

常識というものが個人個人は勿論、時代によって違うように、イデオロギー、価値観というものもこれが絶対に正しいとか、不変であるというものもないでしょう。 

70年代に長髪にベルボトムが流行りましたが、その時それを「かっこいい」と感じたのと同じレベルで、政治家も選ばれ国の動向が決まっていく。ファッションの流行は服飾メーカー、デザイナー達が流れを作るだけで成り立ちますが、政治の場合は下地が必要で、たとえばヒトラーが受け入れられたのは”国民が不況に苦しみユダヤ人を逆恨みしていた”という下地があったからです。 

そういった時代の流れに左右されずに常に自己主張し続ける頑固さは、共産党の強みであり、弱みであるのだろうと思います。また、私も彼らのなかの非寛容さを感じていますが、それは実際彼らが非寛容であるというよりも、見る側の問題なのかもしれません。 

昨年見ていた「テレビタックル」で元議員(社民)の田嶋先生が「小泉政権は少数派の意見は全く無視なんだもの。」と言ったところ、民主の原口議員が「それが民主主義なんだから当たり前じゃないですか!」と言い、田嶋先生もそれに納得してしまう場面がありました。多数決で決めることが基本だとしても、「少数意見」をも視野にいれるところに民主主義のよさがあると思っていた私は「!?」。 

共産党を支持しない私でも、時々彼らのほうがまともに思えることも多いです。 

共産党が日本で議席を増やしたり自分達の運動を大衆に受け入れてもらうなら、皮肉なことに従来の共産党らしさを捨てることが近道である気がします。生真面目さやひたむきさを前面的に出すことをやめ、「明るく健全なイメージを作り出す(赤旗新聞なんて資金源のための発行であったとしても、聖教新聞と紙一重の気がしてしまう)」

「有名人やジャニーズ系のアイドルを使って注目を浴びる」「党の名前を変える」などのイメージチェンジをはかることが一番。「党の名前を変える」以外は小泉政権がやっている手法と同じですが。 

イデオロギーより人気(多数派になること)、人気がある者のイデオロギーが受け入れられる世の中だから、これからもタレント議員や有名人知事が続々出てくるでしょう(それは他の国でも同様)。勿論、国自体が変わるにはタイミングが必要だとはいえ、「倫理」、「哲学」、「歴史」を学ぶことなく「人気」で長になれる。識者達がこぞって批判しようが、なったもん勝ち。タレントでもまともな人がいないわけでもありませんが。 

こららも「政治力」というのでしょうが、所詮、”体格が良くて喧嘩が強く雌に人気がある雄が猿山のボスになり、すべてを取り仕切る”のと人間は同程度ってことですね。

(後略)

このタイトルは、『ボス猿不在の国』。
(この時代は、旧民主党政権です。今回内部分裂したことはよかったと思います。)

安倍政権は本来の『猿山』のボスではなく、取り巻き猿だけを大切にして、都合の悪い猿は排除する。その上、弱い猿達から餌をくすめるような『似非猿山ボス』です。 
オーウェルの『動物農場』のナポレオンは豚ですが、それ以下の存在。

立憲民主党や共産党の躍進を喜ばない人達程、「選挙棄権を」「選挙に行ったて何も変わらない」と言ったりしますので、それに踊らされませんように。

誰に、どこの党に投票しようと、投票に行きましょう! 

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