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相模原やまゆり園の事件には前兆はあったのではないか-同じような事件が起こるのを防ぐために

2016年10月14日 | 雑感

先日、たまたま東京、横浜のGoogleマップを見ていて、ふと思ったことがあります。

それは、相模原市の市の登録有形文化財となっていた小学校の火事。 

朝日新聞(2016年4月3日)
神奈川最古の木造小学校が全焼 相模原・青根小http://www.asahi.com/articles/ASJ432BVJJ43ULOB001.html 

3日午前5時ごろ、神奈川県相模原市緑区の市立青根小学校で「爆発音がして校舎が燃えている」と、新聞配達員の女性から119番通報があった。火は約12時間後に消し止められたが、木造2階建て約1340平方メートルの校舎が全焼した。 

 校舎は小学校のものとしては同県で最も古い。1941年の火災で旧校舎が焼失し、43年3月に青根村国民学校として総ヒノキ造りで再建された。地元の森林から建材を切り出したが、戦時中の物資不足のため各家庭が釘を抜いて提供したという。昨年、市の登録有形文化財に指定された。5日に予定していた入学式は近くの中学校で開くという。 

 同校の児童数は今年4月時点で新入生を入れて4人。津久井署によると、出火当時、校舎の中に人はいなかったという。現場周辺は森林や田畑が広がり、民家が点在する地域。同署が地元消防と出火原因を調べている。 

この火事は、結局出火原因はわかったのでしょうか。 

地図をみていて、この小学校と殺傷事件があった相模原市緑区千木良のやまゆり園の位置が近いことに気が付きました。 

この事件の犯人の自宅はやまゆり園の近く。彼が大学時代に教育実習にいっていたのは千木良小学校だったので、青根小学校とは関係がありませんが、青根小学校は市の登録有形文化財。 

改めて調べて見つけた記事に、以下のものがありましたが、 

衝撃の相模原障害者殺傷事件について話を聞けば聞くほど深刻だと思う3つの問題点
By 篠田博之氏
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20160910-00062065/ 

このなかには、 

「そして問題は、植松容疑者を退院させた後の対処で、このへんは十分詳しく報道されていないのだが、彼はその後も外来で通院したが途中から来なくなった。関係を比較的築けていた医師がたまたま3月で退職したりといった事情もあったらしい。また退院後のサポート体制についても当初考えていた枠組が使えなかったなど、いろいろな事情が重なったようだ。松本医師がその対談で詳しく語っているが、一部だけ紹介しよう。 

《今回の容疑者の場合は、措置入院が終わったあと生活保護を受けるために役所に行っていますし、雇用保険の件でハローワークにも行っています。広い意味での保健福祉的ニーズはあったという気がしています。その意味で、アウトリーチ支援が入り込む余地はあったと思います。問題は、当初、八王子で両親と同居するという話だったのに、彼が相模原の自宅に戻っちゃったことですよね。それで八王子の社会支援、入院中情報提供した、八王子の社会資源を使えなくなっちゃったわけです。》 」 

と書いてあります。 

3月に犯人は、信頼関係を築いていた医師に見放された気分になっていて、それに加えて生活保護申請などで、相模原市に対して逆恨みをしていたとしたら・・・その不満を爆発させるのが、4月の始めであっても、おかしくないな、と私には思えてしまいます。

(弱小個人のブログ内であっても、大量殺人事件と小学校の火事を結びつけるような事を書くのは、本来すべきではないとは思います-無責任は承知で書いていますので、拡散しないでください。) 

しかし、小学校の火事の件は関係がなくとも、あの悲惨な事件が起こる前に見逃していた前兆があったのではないか、今も知らぬ間にあの犯人予備軍がどこかで生まれているのではないか、という気がしてなりません。

犯人が捕まって事件が終わり、ではなく、同じような事件を起こさないような取組を考えなければならないと思います。 

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