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宮城県PR動画削除-復興費2,300万円をドブに捨てた宮城県村井知事

2017年08月22日 | 人物

ハフィントンポスト
壇蜜の「エロ系」宮城PR動画を削除へ 「不快に思っている人にも配慮」http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/21/dan-mitsu_n_17798430.html?utm_hp_ref=japan 

この動画の内容云々の前に、こんな動画に復興費2,300万円を使ったこと、市長が自分のPRにも使ったことが問題なのではないですか? 

産経新聞
復興予算で壇蜜さんお色気PR動画、誰が決めた? 知事満足も「炎上商法」に批判も
http://www.sankei.com/premium/news/170724/prm1707240010-n1.html
 

(前略) 

復興予算2300万円で制作

 話題の動画は、夏でも涼しい県の魅力を発信しようと、宮城県や仙台市などが展開する観光キャンペーン「仙台・宮城『伊達な旅』夏キャンペーン2017」の一環として動画配信サイト「ユーチューブ」で4日に配信された。

 県によると、制作費用は2300万円。東日本大震災で被災した沿岸部に観光客を誘致するための復興予算「沿岸部観光情報等発信事業費」の1億円から支出され、残りの予算は首都圏でのテレビ番組や電車の車内広告費などに使われている。

 動画の中には、壇蜜さんの唇のアップとともに「宮城、行っちゃう」「肉汁トロットロ、牛のし・た」「え、おかわり? もう、欲しがりなんですから」など扇情的なせりふが使われている。

 むすび丸が鼻血を出したり、伊達政宗公の銅像が壇蜜さんに「むねりん」と呼ばれて顔が緩むシーンもある。また、壇蜜さんが亀のアニメーションの頭をなでて「上乗ってもいいですか」のせりふの後に亀が大きくなるといったような描写もある。最後は壇蜜さんの唇のアップと「あっという間にイケちゃう…」という言葉で締めくくられている。 

(中略) 

県は産経新聞の取材に対し、制作会社の社名や動画の制作過程について明かさず、「県の委託先なので隠すつもりはないが回答は控える」と説明。その上で「情報公開請求してもらえれば」と消極的だった。 

 だが、21日に県議会の女性県議らが県に動画の配信中止を求め、県議会で追及され始めると、県は情報を開示し始めた。 

 21日に開かれた県議会経済商工観光委員会で、福島かずえ氏(共産)の質問に答えた県観光課が答えた動画制作の経緯はこうだ。 

 今年1月に選考会が行われ、竜宮城にかけた「涼・宮城(りょうぐうじょう)の夏」のコンセプトを選定。制作会社は3月にプロポーザル(提案)方式で3社が応募し、第一広告社(仙台市)に決めた。 

 4月に壇蜜さんの採用が決まり、5、6月中に企画や動画撮影などが行われ、動画が完成した6月下旬に観光課職員が確認。女性職員を含む観光課職員が確認したが、修正などの意見はなかったという。最終的に村井嘉浩知事らが内容を確認して今月5日に公開したという。県庁内で確認したが、仙台市やJR東日本などほかのキャンペーン主催者には確認は取らなかったという。 

アクセス増え、ノリノリの知事

 5日に東京で開かれた制作発表の記者会見には、村井知事が浦島太郎に扮して登場し、浴衣姿の壇蜜さんとともに宮城の観光についてアピールした。 

(中略) 

村井知事は16日、仙台市長選の立候補者の個人演説会で、動画について「(過去に)資料作ったら『こんなの誰も見ない』というから面白いの作ろうと思って作ったら『いやらしい』と(言われる)」と有権者の笑いを誘った。その上で「でもおかげさまで(閲覧数が)120万アクセス増えました」と強調した。 

(後略)

 宮城県知事選がに対抗馬がでそうになったから、動画を削除したのでしょうね。
(2,300万円をドブに捨てたようなものですが、知事と役所のお偉方たちは2,300万円を返済すべきでは?) 

河北新報
<宮城県知事選>投票まで2ヵ月 村井氏準備本格化「対抗馬出る」気引き締め
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170822-00000011-khks-pol
 

参考: 

ウィキペディア
村井嘉浩
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E5%98%89%E6%B5%A9 

抜粋: 

大阪府豊中市に生まれる。1984年3月、防衛大学校本科(理工学専攻)を卒業し(第28期)、陸上自衛隊に入隊した。陸上自衛隊幹部候補生学校を経て、ヘリコプターパイロットとなり、東北方面航空隊(仙台市霞目駐屯地)に配属された。1991年から自衛隊宮城地方連絡部募集課広報班長を務め、翌1992年に退官。退官時の階級は一等陸尉。 

陸上自衛隊を退官後、松下政経塾に入塾し、1995年に卒塾(13期生)。同年、宮城県議会議員選挙に宮城野選挙区から立候補し、初当選した。以後3期連続当選。県議時代は自由民主党に所属し、自民党宮城県連幹事長を務めた。 

2005年10月、3期目の任期途中で県議を辞職。自民党の推薦を受けて無所属で宮城県知事選挙に出馬し、浅野史郎前知事の後継指名を受けた前葉泰幸(前宮城県総務部長、のち三重県津市長)、日本共産党推薦の候補者を破り、当選した。防衛大学校及び自衛官出身者では初の都道府県知事であり、大阪府出身の宮城県知事は山本壮一郎に次ぎ2人目。

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