Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

イスラエルとハネムーンの安倍政権下、麻生太郎氏や高須克哉氏がヒトラーやナチスを口にするメリット

2017年08月30日 | 国際・政治

産経新聞
「ヒトラー評価と受け取られかねない大失言」 民進党幹部が麻生太郎氏の発言を批判https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170830-00000524-san-pol 

民進党の山井和則国対委員長は30日、「ヒトラーはいくら動機が正しくても駄目だ」と述べた麻生太郎副総理兼財務相の発言について、「ヒトラーを少しは評価していると受け取られかねない大失言。猛省を促したい」と批判した。麻生氏は同日、不適切な発言だったとして撤回するコメントを発表している。

 山井氏は、麻生氏が平成25年にも「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか」と発言し、後に撤回した経緯を念頭に「こういうことが続くようでは国際的に通用する財務相として極めて恥ずかしいし、適性を疑わざるを得ない」と強調した。国会内で記者団に語った。

 麻生氏は29日、自身が率いる自民党麻生派(志公会)の研修会で講演し、「(政治家に)動機は問わない。結果が大事だ。いくら動機が正しくても何百万人殺しちゃったヒトラーはやっぱり駄目だ」と言明。撤回のコメントで「悪しき政治家の例として挙げた。真意と異なり誤解を招いたことは遺憾だ」と釈明した。 

高須克哉氏についで、麻生太郎氏のヒトラー発言の失言と、続いています。

麻生氏、単に考え無しか、あるいは、考え無しのふりをして、①ヒトラー、ナチスを肯定するようにとられる発言を行う、⓶叩かれる(騒がれる)③すぐ謝罪を繰り返すことで、ユダヤ人、ひいてはイスラエルに対して国民が拒否反応を持つことに罪悪感の様なものを抱かせることを目的としているからか。

(イスラエルがパレスチナの人々にしていることはナチスと同じですが、「ナチス政権下にユダヤ人が被害者だった」ことをアピールすれば、加害者という面を非難しづらくなる。) 

後者は考えすぎにしても、イスラエルとハネムーンの安倍政権は間違っても大資本家のユダヤ人やイスラエルを怒らせることはするはずない、と思えるのです。 

まあ、麻生氏の発言自体単なる「考え無し」という方が正しいか・・ 
実は、(安倍政権応援組の)高須克哉氏の方が「悪役」をしていののかもしれませんね。
(彼の一連の発言を「フリーメイソンが容認」と言っていたのも引っかかりますし、サイモン・ヴィーゼンタール・センターの追及も甘い気がしますから。騒ぐだけ騒いで、ギリギリで高須氏が謝罪しますかね。)

リテラ
鶴田真由が「日ユ同祖論」のオカルト本を出版・・・指南役は安倍昭恵夫人と同じ、婦人も一緒にスピ旅行も
http://lite-ra.com/2017/08/post-3417.html 

参考: 

イスラエルと日本の12か月・新三国同盟?
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/5a0153e8960a61ce417ad77d3f97ddf0 

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高須克哉氏と葛西敬之氏

2017年08月30日 | 人物

ナチス賛美、ホロコースト否定発言の高須克哉氏、相変わらずサイモン・ヴィーゼンタール・センターを無視して、ツイッターでは(間接的に)自分にたくさん力があるお友達がいることを喧伝しているようです。

今日は、「名古屋財界のトンと全財産を掛けて死闘なう」とツイートし、財界の“ドン”ならぬ“トン”とのゴルフ場でのの写真を載せていますが、このご友人、帽子をかぶっているうえ、あごひげありで雰囲気も違いますが、(眉毛と鼻が)JR東海の葛西敬之氏に見えなくもない。ご本人でしょうか? (追記:帽子を脱いだ写真が出ました-ほぼ別人のよう。)

この写真の方が葛西氏でなくても、いずれにしても高須氏は彼と接点はあるでしょうね。

高須氏、「僕は麻生太郎氏とも安倍首相に影響力を持つ葛西氏ともお友達」とアピールすれば、サイモン・ヴィーゼンタール・センターが大人しくなる(現時点でも手ぬるいように思えますが・・)と思っているのかどうか。

新華社
誰が日本右翼の背後のスポンサーなのか
http://jp.xinhuanet.com/2017-01/26/c_136013833.htm 

 新華網北京1月26日(新華社記者/藍建中) 日本のアパホテルは日本の侵略の罪を否定する内容を含む書籍を客室内に置いていたことが発覚してから、中韓などの国の民衆による普遍的な非難を引き起こし、当ホテルの経営者である元谷外志雄氏の右翼スポンサーとしての面構えが余すところなく暴露された。 

   日本のビジネス業界では、一群の比較的強い勢力が、表立って、あるいは陰で右翼の文人や団体、政治屋を援助し、右翼文人や政治屋を売り出すことで自分の「理想」を実現させており、右翼勢力はスポンサーの支援を頼りに彼らの右翼としての「抱負」を発揮し、同時にスポンサーに対してお返しをしている。 

   元谷氏は1人の商人だが、彼が一層活躍するその姿は、さまざまな右翼活動に従事する場面で見受けられる。元谷氏は日本の安倍晋三首相の後援会「安晋会」の副会長を務めており、元谷氏が右翼政治屋の選挙戦のために莫大な資金を出資した。 

元谷氏は2008年から、侵略の歴史の美化をテーマとする懸賞論文コンテストを出資して開催し、2011年には、右翼史観を宣伝する陣地として「勝兵塾」を開設し、右翼文人や政治屋をかきあつめている。 

   元谷氏のような右翼商人は、日本では決して少なくない。例えば、JR東海の名誉会長である葛西敬之氏は長期にわたり「台湾独立」勢力を支持し続け、日本・安倍首相や李登輝氏と緊密な関係にある。 

そして、高須クリニックの高須克弥院長も長期にわたって「チベット独立」勢力を支持している。また、世界出版研究センター社長の茂木弘道氏は右翼団体「呉竹会」の幹事兼右翼団体「史実を世界に発信する会」の事務局長を務めている。 

(後略)

(新華社の記事は当然中国目線で書いているので、私は別に記事全部に賛同はしていません。
チベットは独立すべきだと思います。)

 参考:

WedgeとJR東海名誉会長の葛西敬之氏
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/7ed3146252e1110f5ca9be755166f2d3 

森友学園と海陽学園とJR東海の葛西敬之氏
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/a17cff2a92975f31f0d08eb7507b37d2 

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佐々木静子産婦人科医-医師の原点

2017年08月30日 | 人物

もうずっと断捨離中ですが、処分に時間がかかるものは、手紙や切り抜き類。
それをチェックしながらみつけたのが、産婦人科医、佐々木静子氏のインタビュー記事です。 

佐々木医師は2013年にお亡くなりになってしまっているのですが、実は私が息子を生んだ病院は、彼女が医院長を務める病院でした。 

と言っても、私がこの病院を選んだのは、彼女のことを知ってではなく、元医院長のK医師(女医さん)が、ずっと母のかかりつけの先生であったから。 

K医師(当時80代)とS医師(当時70代)は佐々木医師に自分達の病院を譲りましたが、彼女たちも現役を退かず、活躍していました。(私の担当医はK医師でした。) 

息子を出産して半年くらいのとき、時々買っていた週刊誌に、佐々木医師のインタビュー記事と、病院、K医師、S医師、そして息子を取り上げてくれた助産婦さんも一緒に映った写真があったため、記事を残しておいたのです。 

さて、その佐々木静子医師、事件の前から名医として評判は高かったのですが、彼女がよく知られるようになったのは、富士見産婦人科事件での被害者サポート(最初は匿名)からだったのではないでしょうか。 

医療事故研究会のブログ
追悼 佐々木静子医師 -聖女のような献身的医師の生きざま

http://iryojikokenkyuukai.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-3149.html
 

玉県所沢市に、乱診乱療で有名になった富士見産婦人科病院があり、ある日、新聞各紙は、「患者をだまし開腹手術」「無免許経営者が指示」「次々に子宮・卵巣を摘出」「でたらめ診療 被害者数百人」との見出しで報道した。筆者は、この事件の被害者弁護団の一人として、長年、この損害賠償裁判に携わった者です。 

 医療事故の被害者の救済にあたり、最も重要なのは協力医師です。信頼できる協力医を得ることができたら、その事件の半分以上は見通しがついたと言っても過言ではありません。

 しかし、被害者の立場に理解のある協力医師を探すことは至難のわざです。 

 富士見産婦人科病院事件の場合、婦人科医の社会的責任が追及される事件であったため、なお一層その分野の協力者を得る事は難しいことでした。日本産婦人科学会は、学術団体だから具体的な事件には関与しないのだと被害者同盟の事案の真相究明と協力とお願いにそっぽを向くという無責任で冷淡な対応を続けておりました。 

日本母性保護協会(当時)も同様です。被害者のために協力しようという医師は皆無でした。僅かに弁護団の旧知の東大病院内科の本田勝紀医師ら極く少数の方が協力を申し出てくれました。しかし裁判の場合、産科・婦人科の専門医の協力が不可欠でした。悩み苦労していたところ、ある弁護士の紹介で救世主佐々木静子医師(当時賛育会院産婦人科。親しみを込めて以下佐々木さんと呼ばせてもらいます)を見つけることができました。 

 佐々木さんは、被害者への同情、理解があり、しかも冷静で個々の患者のカルテ、検査記録などを調査、検討される熱心さを持った先生でした。被害者の提訴のために佐々木さんは原告67人全員の鑑定書を一人で書いてくれました。しかもご自身の病院業務もこなしながら被害者のためにいつも明るく精力的に取り組んでくれました。その姿はまさに、村八分にされかねない医学界の四面楚歌の中で泥沼に咲いた清楚な一輪の白百合のように、また一人の聖女のような凛とした気高さが感じられました。 

 佐々木さんは、長時間、法廷の証人尋問に協力してくれました。裁判は23年もかかりましたが、病院側に最高裁で最終的に勝訴することができました。 

(後略) 

この佐々木医師は、1966年に賛育会病院勤務開始しました。

その5年後あたりから病院が経営悪化したため、病院の経営方針が一転し、投薬や手術が多くなりました、それに反旗を翻したのが彼女でそれに対する嫌がらせが始まりました。 

彼女は当時のことをこう語っています。 

「私に診てほしいという患者さんのために、私は毎朝外来の窓口の前で立って待っていました。受付に私の患者さんが来ると自分で診察券を受け取って、自分でカルテを探してきて、他の医師たちの診察が終わるのを待って、開いた場所で診療するの。看護婦さんたちには私を手伝ってはいけないという命令が出ていたので、何もかも自分でやらなければならなかった。患者さんたちはずいぶん待たされて不自由しても、私を信頼して辛抱してくれた。本当にありがたいと思ったわ。それから一人の看護婦さんが、『私、佐々木先生を手伝います』と言ってくれたの。それから次から次へと私についてくれる看護婦さんが増えて・・。」
(『モア』1992年8月号より) 

この戦い4か月、彼女の古今奮闘に多くの職員と患者さんが支持し、病院も体質改善をせざるを得なくなったようです。 

そんな佐々木医師、子宮頸がんワクチンの被害のことをどう考えていたのか知りたくて調べてみましたが、それはみつかりませんでした。 

(追記:

「産婦人科の佐々木静子って訃報が新聞記事になるような有名人だったのか!
何年か前に診察受けたことあるけど、ただの町医者の院長だとばっかり……
まだ「無料になりました!」って宣伝しまくってる時期に、
あの病院の別の先生に子宮頸がんワクチン接種を「副作用がまだよくわからないから」
って断られたけど、そういう院長のところに集まった先生だからかーと納得」

という2013年7月27日の書き込みを見つけました。)

http://www.2nn.jp/refuge/kako/1374/13746/1374676016.html

ただ、彼女の答えは、こちらにあると思います。

ソーシャル・ジャスティス基金
「3.11後の子どもと健康
学校と保健室は何ができるか」
http://socialjustice.jp/p/report20161119/ 


富士見産婦人科病院事件――被害をまぬがれたのは、身近な人に相談できた人

 3つ目の事例は、富士見産婦人科病院事件についてです。医師でない理事長が白衣を着ていて専門家に見られ、そのお医者さん風の理事長から、子宮筋腫や卵巣のう腫と言われた人たちが、病変のない子宮や卵巣の摘出手術を受けたのです。被害届けは1138件です。被害者の裁判闘争があって20年もかかりましたが、これをサポートしていたのが、産婦人科医の佐々木静子さんです。その手記から紹介します。

 「富士見産婦人科病院にかかっている人たちのなかに、『まぬがれ組』と言われている人たちがいる。すぐに手術が必要と言われたにもかかわらず、手術しなかった人たちだ。すぐに手術を受けてしまった人と、まぬがれた人と、どこに違いがあったのか」

 「まぬがれた人は、手術が必要と言われたことを、友人や身近な人に話したり相談していました。『別のところで診てもらったら?』とアドバイスを受けたり情報をもらったりして」不必要な手術をまぬがれたわけです。

 だから、相談できる人を身近にもっていることが大事なのではないか。きちんとした情報を持つこと、そういうことを確保することが大事ですね、というのが佐々木静子さんのアドバイスです。これもヒントにしたいと思います。

「専門家」が言うことが必ずしもその人にとって正しくない、ということでしょう。

名医と言われた彼女自身、自分が「絶対」でないことにいつも頭に留めながら、ベストを尽くしたのだと思います。

SNSに時間をついやし、お金、地位や名声の拘る医者と、佐々木静子氏の様な医師。
前者の様な医師達が現在メディアに力をもってきてしまっている事が残念です。

佐々木医師(およびK医師とH医師)の病院には、平塚らいてうとともに、日本初の女医荻野吟子とのポートレートが飾ってあります。(←私は見逃しました。また、現在も残っているかは不明。)

追記:

なお、ソーシャルジャスティス基金の記事には、森永ミルクヒ素事件でそれを表面化させた人々のことも書いてありますので、リンクから全文どうぞ。 

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