Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

『世界ナゼそこに?日本人』の脚色-ナヴォイ劇場の真実は

2017年08月21日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

本日の『世界ナゼそこに?日本人』スペシャルより

ウズベキスタンのナヴォイ劇場
http://www.tv-tokyo.co.jp/yomu/travel/entry/2017/014521.html 

【ウズベキスタン共和国】

現在、大の親日国である、旧ソ連の国・ウズベキスタン共和国。ここに、約70年前、とある理由で来ることになった457人の日本人たちが成し遂げた"ある偉業"が称えられている。 

旧ソ連の4大劇場の一つである絢爛豪華な建物・ナボイ劇場に掲げられたプレート。現地の人は口々に「ナボイに命を救われた」と言い、日本への感謝の意を表す。ウズベキスタンと日本を繋ぐ橋渡し役にもなっているこの劇場、建設したのは457人の日本人なのだという。

「命を救われた」とはどういう意味なのか?建築のノウハウなど一切なかった日本人たちが、なぜウズベキスタン(当時シベリア)にまで来て、劇場の建築に携わることになったのか?

...これは、457人のほとんどの人が他界してしまった貢献者たちの中で、残る生き証人の男性92歳が語ってくれた、日本の誇り高き偉人たちの物語。 

終戦のいたずらにより捕虜として迷い込んでしまったシベリア抑留という地獄。差別・侮辱・罵倒・貧困・過酷な強制労働...。辛い・苦しいの一言では言い表せないほどの真っ暗闇な抑留生活。それを乗り越えられたのは、日本の誇る圧倒的な技術力、勤勉な国民性、一致団結の心、そして大和魂だった。現在では彼らは現地で捕虜と呼ばれることはない。むしろウズベキスタンを救った恩人として讃えられている。92歳生き証人が語る真実とは。 

(こちら、フジテレビの『奇跡体験アンビリーバボー』が放映したですが、こちらの方が脚色は少ないでしょう。

異国の地で咲く桜に宿る日本人の心
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/170420_2.html
) 

劇場を何もないところから日本人捕虜が作り上げたと?
また、番組ではリーダー格の男性と事故死した男性を同じ人物として扱っていますが、実際は違うようです。(『アンビリーバボー』では別々の人物として紹介。)

ウィキペディア
ナヴォイ劇場
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%82%A4%E5%8A%87%E5%A0%B4 

ナヴォイ劇場は、アレクセイ・シュチューセフが設計して1939~1942、1944~1947年に建設され、1947年11月にアリシェル・ナヴォイ生誕500周年を記念して初公開されている。劇場の収容観客数は1400人で、舞台の広さは540平方メートルである。 

ソ連は、レーニンによる政権樹立を行なった1917年11月の革命30周年にあたる1947年11月までにこの劇場を建設することを決定して建築を進めていた。しかし、第二次世界大戦が始まったため、土台と一部の壁、柱などがつくられた状態で工事が止まっていた。 

そのため大戦後、日本人捕虜を活用して革命30周年に間に合わせることを命題とし、建築に適した工兵457人の日本兵が強制的に派遣された。ソ連の捕虜になったのは合計60万人とも言われ、満州で捕虜となった日本兵はシベリアなどで森林伐採、道路・鉄道建設に従事しており、この劇場建設の任務は特殊業務であった。 

劇場建設の仕事は班ごとに別れて行われた。仕事内容は、土木作業、床工事と床張り、測量、高所作業(とび職)、レンガ積み(外壁作り)、電気工事、鉄筋と鉄骨組み立て、ウインチ、足場大工、大工に左官工事、板金、建物が出来上がった来たら電気配線工事、溶接、指物、壁などの彫刻など20種類くらいの職種ごとの班に別れて、効率的に作業をすすめた。日本人で死亡したのは、劇場建設の高所作業に従事していた者の転落事故と外出時に汽車に轢かれて死亡した2人。 

この2人はタシケント抑留日本人墓地(公営ヤッカサライ墓地)に当時死亡した日本人と共に埋葬されている。 

労働時間は規則正しく8時から12時、1時間の昼食をはさんで13時から17時までの8時間労働。休日は日曜、元日、メーデー、革命記念日。食料は1日一人当たりの配給量が決まっていたが、馬鈴薯は腐っている所が多いなど十分な量ではなかったが、3食規則正しく出された。 

1日1800から2200キロカロリー位の摂取量だった。ノルマの達成度合いによってパンの量に差をつけよとソ連から命令されたが、隊長を務めた永田行夫(当時25歳)の交渉により平等配分をソ連側に認めさせた。 

Wikipedia
Navoi Theater
https://en.wikipedia.org/wiki/Navoi_Theater 

Designed by Alexey Shchusev, the building of the theater was built in 1942-1947 and was opened to the public in November, 1947, celebrating the 500th anniversary of the birth of Alisher Navoi. During 1945-47, the Japanese prisoners of war participated in the building construction under forced labor 

こちらもご参考まで。 

ウズベキスタン初代日本大使、孫崎享氏
https://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11042932308.html 

捕虜の方々は実際にたいへんな思いをしたのは確かでしょうが、脚色して「日本人は凄い」と日本礼賛に使うのはちょっと違うような気がします。

(大地震でこの劇場が壊れなかったのは、日本人労働者とウズベキスタン他の労働者の真面目な働きぶりもありますが、何よりもアレクセイ・シュチューセフの設計が優れていたからなのではないでしょうか。ウズベキスタン人が日本人だけを『恩人』と思っているという番組を観ウズベキスタン人や関係者の子孫が見たらどう思うでしょう。)

何よりも彼らが捕虜になって外国で強制労働させられる原因を作ったのも、日本人でした。 

追記:

日本人捕虜の方々も最初は嫌々であっても、途中から、「歴史的に残る建造物を作っている」という誇りの様なものが沸いてきたからこそ、より丁寧な仕事をした、という面もあったのではないかと思えます。(それが「日本人として恥じない仕事をしよう」に繋がったとする方が自然。)

追記2:

8月25日の記事に続く

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NHK「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」-搾取する人達の存在を意識しなくなった現代人への危機感

2017年08月21日 | 芸術・本・映画・TV・音楽

この夏、NHKは勇気ある番組を放映してくれています。
そのうち一本- 

NHK
戦後ゼロ年 東京ブラックホール
1945-1946
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170820

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586905/index.html 

(再放送:2017年8月23日(水) 午前0時10分(60分)) 

8月13日のNHKスペシャル「731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」では731部隊に関わった医療関係者の大御所が戦後も日本の医学界に君臨してきたこと(君臨してきていること)を淡々と述べ、今回の番組では、(一部の)軍人、政治家や大資本家が国民に対して詐欺まがいのことをしてきたこと(詐欺まがいのことをしてきていること)を半ドラマ方式で紹介しました。 

(一部の)政治家を含むエリート、資本家等特権階級が平民を搾取する―という構図は昔も今も変わらず、そして日本だけに限らないでしょう。 

戦前は、こうした搾取がわかって声を上げる人は悲惨な道をたどりました。 

今はこうした搾取する人達に対し「おかしい」と言えるはずなのに、メディア戦略によってか、「搾取する人達」に国民は気が付かなくなっています。

そうした国民を刺激する番組を作ってくれたNHKの番組制作者、関係者、そしてその番組を放映することを許可した経営陣にエールを送ります。 

関連:

NHKスペシャル「731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験」-科学者が戦争を残酷化した面もあった
http://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/dafe28ad6d2dc38e4d156e6144baab4e 

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