Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

「議論をする技術」以前に

2017年08月04日 | 

ハフィントンポスト
「ちがう意見=敵」と思ってしまう日本人には、議論をする技術が必要だ。
http://www.huffingtonpost.jp/shion-amamiya/discussion-japanese_b_17665436.html?utm_hp_ref=japan
 

「日本人は議論ベタ」というのは昔から言われますが、日本人が苦手とするのは、「議論」というより、「自分自身の意見をもって、理路整然と説明すること」なのではないか、と私は思います。 

「議論ベタ」には、それに加えて、ただ感情的になったり、感情的にならずとも、何でもかんでも反対意見をいうのが恰好が良いと勘違いしている人などもそうだと思いますが・・・これは日本人だろうと外国人でもそうなのではないでしょうか。 

(ネットやSNSのコメントには「情報操作」を目的とする人も現れるので、日本人の議論ベタとはあまり関係がない気がします。) 

アンブローズ・ビアスは『悪魔の辞典』で 

【議論(discussion)】 他の人々の思い違いをますます強固なものにしてやる方法。 

と書いています。 

とはいえ、上記記事に、 

「議論で大事なのは、どちらが100%正解かを決めるのではなく、正解がないテーマに対し多くの知恵を持ち寄って「より正しい答え」を模索することだ。」 

と書いてありますが、「正解がないテーマに100%の正解を求める」ことは無理ならば、「より正しい答え」を見つけることも本当は無理。結果、力があるものや多数派の答えが「100%に近い正解」(白か黒かのジャッジ)・・・とされてしまう、こんな構図なら、日本の方が多い傾向があるような気が・・・。 

「議論」ですが、仕事とかでなければ、よほどのことがない限り、私は「議論」はしません。するのは、「意見交換」のみ。

日本の知人友人にあるテーマについて意見を言うと、反応は「いや、それは違う(間違っている)」「そうですね」「よくわからない」という反応だけで終わることがほとんどですが、同じテーマについて意見を海外の友人達に振った場合、彼らのほとんどは、まず自分がそれに同意できるかでないかをはっきりいい、次に自分の意見を述べ、反対意見だろうとその意見を吟味し自分の考えを整理、それから話を発展させる・・・上手です。 

私の師ともいえる1人(日本人)が、私が若い頃、「日本人はディベートベタだから、それを何とかしなければいけない」とおっしゃり、私はそれを「日本人は自分の意見の正当性を訴えることが苦手」を意味しているだけだろうと長い事思ってきていましたが、あるとき、「「ディベート力の欠如」のことだけというより、彼は「日本人の自分自身の考えを明確に持つ能力の欠如」「日本人の多角的に物事を考える能力の欠如」「対話力」をよりを問題視していたのだろう」と気が付きました。

追記:もちろん、日本人も外国人も一括りにはできません。 

追記2:

自らをIT業界のオピニョンリーダーと自負している方(原発、子宮頸がんワクチン、安倍政権支持者。原発と子宮頸がんワクチンに関しては、反原発、ワクチン被害者・親を「ヒステリー」「モンスター」と書き立てるジャーナリストや医療関係者の記事を拡散。)が上記の記事を拡散しているようです。
彼は反対意見の人の人格を直接攻撃することはないとしても、間接的にはしてますし、時に「愚か者呼ばわり」するような発信をして,反対意見者を挑発しています。
自分を「被害者」の立場に置くだけでは偽善的なので、せめて自分も「加害者」であるということを自覚してほしいですね。

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