Notes3~ヨミガタリストダイアリー

名古屋市在住の俳優/朗読者・ニシムラタツヤの演(や)ったり読んだりの覚え書き

毎月24日は朗読の日~「「潜水署長」その3

2009年10月24日 | 朗読・声の周辺
■またしても直前ですが、本日この後、午後5時よりいしぐれ珈琲で「三十代の潜水生活・山本周五郎をめぐる冒険」その3を行います。地図はこのあたり。いしぐれ珈琲についての説明は例えばこの記事をご参照下さい。そのうちウェブサイトつくらにゃなんてプロデューサーは申しておりますが、自分のところのメンテナンスをもしていない人間には言われなくないですわな。はい、今月中には何とかいたします。因みに来月の24日は火曜日なので、少し日程を動かすかもしれませんが。
■と、そういうことを前もって書けば良いものを、昨日のクライマックスシリーズの、中日の逆転負けのされ方に腹が立って夜も眠れず、と言うほどはないにせよ、がっくりしていたために「書き込み」ボタンを押すのを忘れて寝てしまったという体たらく。誰にというわけじゃありませんが平にお許し下さい。
■放送~演劇のルートに入るずっと前、野球をやっていた立場から言えば勝てば嬉しいし負ければ悔しい。当たり前です。でも、それが大体において自分の力の及ばないところで事の趨勢が決まってしまう、その趨勢に多少なりとも影響を及ぼすことのできる権限も持ち得ないところでは、やはりどっちの感情も増幅されたものになるのは仕方ない。別の言い方すれば無責任で気楽な立場だから応援できるわけだし。だから浅尾君、僕は怒ってないからね。あ、でもタイピングして字を読んだらちょっと感情が動いた…。
■そういうわけであと2時間後となりました。これから支度をして会場に向かいます。

試験管ベビー「罪なき子供のヒドイ毒」@芸文~終幕

2009年10月21日 | 舞台特に演劇
■順調にPVが下がって来ているので(笑)、忘れないうちに約2ヶ月に渡った試験管ベビーの座組についても、その掉尾となる部分まで書き記しておく。お忙しい中ご来場下さった皆様に感謝、感謝と申し上げるのみ。ひとりを除いた誰もが、観劇後に当惑した表情をしていたのにはさすがにおかしかった。そりゃそうだ。自分だって齢34にして「22世紀のネコ型ロボットの」役をやることになるなんて思いもよらなかったわけだから。
■18日(日)も変わらず9時に劇場入り。さすがに身体のあちこちに倦怠感が残っているため、時間を見計らって舞台に「伸びに行く」。昔からやっていたレベルの柔軟運動では、身体がだんだん起きなくなっているのが分かる。今後、どういう風にコンディションを整えていくかは大きな課題、というわけではきっとないと思う。普通のことを毎日、少しずつやればいいのだ。役者は、というか役者であり続けるためのトレーニングは、常に油を注すつもりじゃなければ駄目。大反省である。
■さすがに今日は昼にも大して食べず、千秋楽を迎える前に軽くつまんで最後まで。千秋楽後、退館時間までのリミットが少なくなる事が予想されたので、早めに自分の周りだけ整頓し始める。その途中で上の写真を撮っておいた。そのファインダーを覗き込みながら、夏からの2ヶ月くらいを思い返していた。感傷はない。感触は次第に深くなった。感覚は戻っただろうか。新たに分かったことは、演ずる自分と素の自分の間の距離を、ああこういうことかとたやすく掴むことが出来るものであること。他人は分からない。でも自分にとってはそういうことだった。
■最後に、主宰のかこまさつぐさんを始めとして、共に作品に携わったキャスト・スタッフの全ての皆様に深く御礼申し上げます。と、いうことを今週末にきっと言うタイミングは、無いだろうなあ…。

試験管ベビー「罪なき子供のヒドイ毒」@芸文~劇場入り2

2009年10月18日 | 舞台特に演劇
■16日(金)の少しだけ続き。劇場を出て、帰りの名鉄バスで「落ちる」。普段乗り降りする停留所から1つだけ乗り過ごしただけで収まったのは、楽屋で暴食を控えたから、か。コンビニ経由で帰宅して、再び眠りのスイッチが入った。郵便物を出せずに終わる。地下にいるために届かなかった予約のメールがまた入る。ありがたい。
■明けて17日(土)。前夜に約束していた買い物を済ませて楽屋へ。どうも試験管ベビーの楽屋には、ブルボンのアマンドが余分にないといけないらしい。10時ゲネプロ。微調整は続く。稽古が重ねてある分だけ、毎日が毎日崩れっぱなしになるわけじゃないが、このかすかに動かす作業を避けようとすると絶対にドツボにはまるのがこれまでの自分。同じ人間が同じ芝居を期間をまたいでやる。そのことの難しさを心配しすぎる必要ははない。だけど、安心してもいけない。サウス・トゥ・サウス。
■ゲネプロの後、中村日赤の下で同じく買い込んで来た弁当をとっととかき込んで正午。いきなり時間の経過が早くなる。こんなんだったっけな、と頭の隅っこで感じながら、同じ楽屋の若いのと着替えたりしゃべったり。Y君が常にネタの中心にいることを聞いていて、ああこれも10年前の自分だな、と思う。7割方の入りとは言え、久しぶりの大入りっぽさに驚く。ありがたい。ありがたい。
■ありがたいついでに終演後、信忠閣の杏仁豆腐の話をしたら何人か食いついて来たので、いそいそと買いに走る。この時点で初めて外は雨が降ったことを知る。ケーブルテレビ何とかのジャンバーがうようよ。パッションフルーツをキメて夜の回に臨む。あいかわらずの微調整。もちろんこれは自分自身だけの話の他に、メンバー間との仕切りを要することも含まれる。
■夜は昼以上の大入り。はるか昔、劇団41年式というところがあった。小ホールへのあまりの客入りに、「誘導員」という名札を渡して立ち見で詰め込んで入れたという伝説を持つ劇団だったが、そこまで行く寸前のフルハウス。でも、だからこそ普通に舞台上で生きることを心がける。あまりに普通すぎて失敗したことも、実はあったのだけれど。
■まだ今日のチケットは若干の残があるようです。迷っている方、是非、是非。ご予約は090-6803-4193(劇団)から。もしくは芸術文化センターの代表電話(052-971-5511)から小ホールを呼び出して頂いても良いです。是非、是非。写真は後から添付します、多分。

【追記 10/21 0:30】
 写真入れました。ところで劇団の「稽古場日記」、開幕時に自分が書いたもので止まっている。大丈夫なんだろうかカンパニー的に。あ、別に次回予告のコントを次回出演しない人間で作ってしまうくらいだからいいのか(笑)

試験管ベビー「罪なき子供のヒドイ毒」@芸文~劇場入り

2009年10月17日 | 舞台特に演劇
■仕事を途中で抜けて公演の現場に入る、ということはもうしばらくやっていなかったせいか、昼間に道具を抱えて地下鉄で愛知県芸術劇場小ホールに向かうのが、何だかひとりで遠足に向かうように浮き足立っていたことをここで告白しておく。でも自分にとってはこういう営みを積み重ねて来たのが、間違いなくある時点までの自分であったのだけど、とも思う。でもまあ、いいか。
■そういうわけで試験管ベビー「罪なき子供のヒドイ毒」の本番の周辺について記録として残しておこうと思う。ただ今1日目終了後、地下鉄で帰宅したところ。多少の時系列のズレはお許し願います。
■16日(金)。午後職場を出て自宅に戻り、スーツ一式を抱えて劇場へ。スーツで戻って、別のケースに入ったもう1組を、ジーンズとシャツに着替えて出るくせに、日はまだ高く輝いている。不思議。14時前に楽屋に入り、サウンドチェック→場当たりで21時まで。愛知県芸術劇場小ホールに出演者として入るのは、ある養成所の公演に出させて頂いた’99年9月以来なので、本当に10年ぶり。その時の情景を思い出しながら、同時に自分の当時の身体や音声がどんなんだったかな?とたぐりよせる作業をする。
■身体に入って来るものがある。誰かの「気」とでもいうのだろうか。それは過去にはなかったことだ。もちろん稽古場でも多少はあったけど、本番の会場の中で感じるそれは密度や速度が全然違う。その縮尺を合わせる必要があるんだな、と、何だか素人みたいなことを思う。あ、素人なのは昔も今も一緒か。
■迷ったら台本に戻る。また書き込みが増えて行く。全シーンを合わせても出演時間はキャスト全員の中で最短だが、だからこそそこを落としては自分の存在する意味が無くなってしまう。そういう課題を見つけることができるだけ、少しは柔軟になったのかもしれない。
■明日のエントリに続きます。写真?ああ、忘れてた!

アートプロデュース講座2009~「で、そもそも企画って、何?」

2009年10月12日 |  文化行政とか
■10日(土曜日)。試験管ベビーの稽古場を昼前に抜け出して名古屋に戻る。アートピアで「アートプロデュース講座2009」の一講義を受け持つことは、6年ぶりに普通の演劇、もっといえば9年ぶりに(集中が公演に使用していた頃には自分は既に退団していた)芸術劇場小ホールの舞台に立つことと同じくらい、思いがけないことだった。実は、同じ6年前、集中退団後には受講者として参加している。その時と比べても大してスキルが上がっている訳でもなく、教えられることの少なさに依頼を受けてから改めて気付き落ち込んだのだが、そうした中で頼れるのはやはり劇団活動やその後、現在までで自分の体験して来たことでしかない、と思い2時間半話してきた。そこで示したキーワードは以下の通り。

・言葉で思考することからしか始まらない
・言葉を視覚的に重ねあわせる
・平面から立体のやりとり
・立体の軸は人間関係、ライフヒストリー、時系列
・BS(ブレーンストーミング)やKJ法の活用

■講義資料を作るに当たって、ここまでの自分の来し方を改めて振り返る。やはり、思い出されるのは恥ずかしいことばかりだ。自分がいかに首尾一貫してなくて、思考が弱くて、人に優しくなくて、すぐにむくれる扱いづらい奴であったかを見せつけられるような時間に、これからでも断れないかなあと思ったこともあったのだが、やって良かったと思っている。今となっては。どんなことをやろうとも、関わった人全員からあまねく賞賛を受けるなんてことはないのだろう。だけど、わずかながらでも自分のすることに関心を持ってくれる誰かのために、ひとつひとつを丁寧に進めようと思う。名古屋市青少年文化センターの吉澤館長、河原さん、小中さんには大変お世話になりました。ありがとうございました。
■夕刻、背広姿のまま稽古場に戻る。そういえば少しだけ昔、こんな密度であちらこちらを行ったり来たりしていたことがあったな、とふと気付く。10年前と変わらない。やっぱり、大して進歩なんかしていないな。よし,またがんばろう。

春はあけぼの夏は夜、

2009年10月09日 | 日々の雑感
■とまで書いて秋が何なのかど忘れしたが、なんだかいかにもそれらしい細い雲のようなものが、玄関から見える養老の山々にかかっている。10月になると現れる自分にとってはおなじみの風景だ。
■台風の、東北北海道に与えた影響は相当なものだったようだ。Yahoo!のトピックに一瞬でも現れるということがそれを証明している、と言うのは言い過ぎだろうか。
■さて、今日は午後からふらりと遠出する予定。

伊勢湾台風は名古屋を70キロ/時で通り過ぎた

2009年10月07日 | 舞台特に演劇
■…ということを聞いたことがある。今回迎えようとしている18号と同じようなルートを辿り、潮岬を過ぎた辺りで急激に速度を上げたために、深夜港の近く、運河の河口に係留してあった木々を全て陸(おか)に放り出してしまったのだ。その結果が5,098人という犠牲者数となって現れた。
■今回は、すでに貯木場も大幅に少なくなっているし同じような被害が生じるとは考えにくいが、雨に弱い都市のことだ、用心するに越したことはない。と思いながら洗濯物を取り込んだ。
試験管ベビーの公演前にもう1つ告知です。10日の土曜日に名古屋市青少年文化センター(アートピア)主催の「アートプロデュース講座」というところでおしゃべりをせよ、という指令がきました。いわゆる「アートの企画」というものについて全般的な話をした上で、簡単に参加者の皆さんに、あやふやなものでもいいので「企画」を考えてもらおうと考えています。まだ申し込みはできると思いますので、詳しくは052-265-2088(事務室)までお問い合わせ下さい。