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私が教育基本法の改正(実は改悪)に反対する理由

2006年12月07日 12時10分03秒 | 教育基本法やらせ改悪
 当ブログも最近は、旧サイトからの常連さんだけでなく、新人の方や、今まで反戦・市民運動に馴染みの無かった方も見てくれている様なので、『何故、私が教育基本法の改正(実は改悪)に執拗に反対するのか』という事について、改めて書いておきます。
 何故、私が教育基本法の改正(実は改悪)に反対するのか。それは、国や企業から、自分たちにとって都合の良い「愛国心」を押付けられるのが、嫌だからです。

 教育基本法の改正(実は改悪)に賛成の人たちの中には、次の様な事を言う人たちが少なくありません。『自分の生まれ住んだ郷土や社会や国を愛するのは、人間として当たり前の事ではないか』と。
 そう、当たり前です。自分の生まれ住んだ郷土や社会や国を愛する気持ちは、私も含めて、誰もが持っています。しかしその現し方は、人それぞれです。「日の丸」を掲げ「君が代」を謳う事でそれを表現したい人もおれば、サッカーの試合で日本チームのサポーターとして顔に日の丸をペインティングして応援する、そういう愛し方もある。私みたいに、貴志川線廃止反対運動を応援するのも、これも郷土や国を愛する一つの現われです。

 しかし、現実政治の上で、貴志川線を廃止したり、一部族議員やゼネコンを儲けさせる為に赤字新幹線を建設し、その赤字新幹線の延命の為に沿線住民の足であるJR並行在来線の廃止を目論む人たちや、米国や外食産業の利益の為に、BSE規制が殆ど皆無の米国産牛肉の野放図な輸入を推進しているような人たちが、いきなり「自分の生まれ住んだ郷土や社会や国を愛するのは、人間として当たり前の事ではないか」なんてイケシャアシャアと、『自分たちにとって都合の良い「愛国心」だけを一方的に押付けてきたら』どうでしょうか。それに反対するのも立派な「愛国心・愛郷心」の現われではないでしょうか。

 「日の丸・君が代」で自分の愛国心を表現したい人は、自分で勝手にやれば良いのです。その事について私はとやかくは言いません。しかしその自己流の「愛国心」の表現の仕方を、「皆も自分と同意見に違いない」「そう思わない奴は非国民だ」と勝手な理屈を付けて、国家権力の名で強制される事には断固反対します。

 現実政治の上では弱肉強食の格差社会化を推し進め、地方や弱者の生活を破壊している政治家達にとっては、自分たちの言いなりになる形の、自分たちにとって都合の良い「愛国心・愛郷心」だけを一方的に押付けたい。その為には、「人格の完成」や「個人の尊重」を目指し「教育への国家権力の介入」を戒めた今の教育基本法は邪魔だ。だから改正(実は改悪)する。それが、この教育基本法改正(実は改悪)問題の本質なのです。

 それが証拠に、今回の政府の改正案には、「たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させる」(前文)とか、「伝統や文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国の郷土を愛する」(第2条)という様な、今の政治や国家の在り方がさも民主的・模範的で、そういう「ありがた~い政治」が昔から予定調和的にずっと続いてきたと思わせるような記述が、随所に見られるでしょう。実際には、それは恩恵として上から与えられたものなどでは決して無く、平和・民主主義・生活権擁護の運動を背景にして、戦後の主権在民・基本的人権尊重・戦争放棄の三原理を基調とする今の日本国憲法の制定によって、初めて本格的に勝ち取られたものであり、今後もそういう国民の不断の努力があってこそ、初めてそれが現実となるのであるのにも関わらず。

 その一方で、「われらは先に、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきである」(現行法前文)という、今の平和憲法との関わりの中で「国民の不断の努力」を説いた部分は極力弱めて、それを単に「日本国憲法の精神に則り」(改正案前文)という抽象的文言に薄めてしまっています。この取ってつけた様な文言自体も、改正反対の世論に対する目くらましとして、後でアリバイ的に付け加えられた代物です。

 そして最も見過ごせないのは、「教員は、全体の奉仕者であって」(現行法第6条)や、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきものである。」(現行法第10条)と言う、「全体の奉仕者」「直接責任」規定を完全に取っ払ってしまって、それを「法律の定める所により行われる」とか、国と地方自治体との教育行政の「役割分担、相互協力」という別の言葉に言い換えてしまっている点です(改正案第10条)。
 これでは、もう後はいくらでも与党の多数決で恣意的な法律の制定・運用がやり放題です。確かにその前段で「教育は、不当な支配に服することなく」の文言は残りましたが、こんなモノは「イチジクの葉っぱ」にしか過ぎません。当該条文の重点はもう後段の「法律の制定・運用」に移っていますから。実際、伊吹文科相は国会で、「国が行う教育施策は不当な支配には当らない」なんて本音丸出しの答弁を行っています。今でも「日の丸・君が代」を無理やり押付けているくせに、よくもそんな事が言えたものです。
 与党以外に民主党も改正案を出していますが、その内容は与党案の悪い点を更に酷くしたものでしか在りません。
 http://www.kyokiren.net/_recture/date060428.pdf
 http://www.kyokiren.net/_action/appeal060602

 それで、当の自分たちは、一体どういう「教育施策」や政治を行っているのか。

○まずは「タウンミーティングの大嘘」から。文部科学省が質問のシナリオを書いて、それを都道府県教委に下ろしたのであるにも関わらず、問題が明るみになっても「末端のハネッ返り」「現場の暴走」でお茶を濁し、「世論偽装」という民主主義の根幹に関わる問題でありながら「改正論議とは無関係」とゴマカシ。

○そして、「虐めを無くす為にも教育基本法改正を」と言っている人たちが、「戦後教育は悪平等」とエリート偏重教育を説いて、大量の落ちこぼれを生み出し虐めを誘発。果ては「虐められる奴やニート・フリーター・ワーキングプア・ホームレスになる奴は弱いからで、そいつの自己責任・自業自得だ」と暴言を吐く。

○「戦後の自由放任教育で学力が低下した」と主張している人たちが、部活動やホームルームや受験に出ない科目の授業はごっそり手抜きして、学力テストの出題予想や大学受験対策にばかり明け暮れて、「自分の頭でモノを考えられない子供」を大量生産し、日本の学力を低下させている。

○子供には「嘘つきは泥棒の始まり」と言っておきながら、当の自分たちは、「大量破壊兵器の嘘」でイラク戦争を始め、「汚職・腐敗防止の嘘」で小選挙区制と政党助成金をせしめて肝心の政治献金は逆に全面緩和、「郵政解散の嘘」で劇場政治を演出しておきながら「なし崩し」復党劇で郵政票も反郵政票も戴きと、「税金泥棒」のし放題。

○子供には「公共のルールを守れ」と言っておきながら、当の自分たちは労働基準法違反や偽装請負のし放題。それを指摘されると、ハナからルールなど守る気がない自分たちの事は棚に上げて、逆に「使い勝手が悪いルールの方が問題だ」「下々の生活がどうなろうが過労死・労災・リストラで何人死のうが知ったこっちゃない」とばかりに、ホワイトカラー・エグゼンプションやアウトソーシングの完全自由化を要求。

○二言目にはやれ「伝統と文化を守れ」「郷土や社会、国を愛せよ」と言っておきながら、当の自分たちはと言うと、己の利権・金儲けの為の乱開発で環境破壊や地域経済崩壊や財政破綻を引き起こしておいて、それを国民に責任転嫁。公務員減らしだけが目的の、大義名分の無い強制市町村合併で地方自治を有名無実化。米余りなのに米輸入で、農業・農村・国土が荒廃してもトヨタの利益を優先。

○「侵略」を「解放」、「植民地支配」を「開発」、「強盗の仲間入りをしたかっただけ」「19世紀的帝国主義を1930年代まで引きずっていただけ」なのに「大東亜共栄圏」「自存自衛の戦い」、強制連行や従軍慰安婦になるしか仕方の無い境遇に追い込んでおきながら「自発的に選択した」などとと言いくるめ、その挙句に近代化に伴う植民地人民の民族的覚醒を「恩を仇で返す」と逆恨み。そういう途方も無い「歴史の大嘘」を子供たちに教えようとする。

○愈々追い詰められてもその時は「困った時の北朝鮮頼み」。ピョンヤン詣を繰り返すか金正日の暴発を利用するか拉致問題の小出しで切り抜けるか、方法は幾らでも。北朝鮮ネタが尽きれば韓国・中国・ロシアで代用。後は「自民党のゲッペルス」と産経・読売・電通・NHKと創価・勝共に任せておけば、今までの悪政も全部チャラで選挙は楽勝。

―とまあ、二枚舌の最たる有様で。こんな事をやっていたら、そりゃあ虐めなど絶対に無くなる訳が無い。逆に日本中の学校現場が「ボウリング・フォー・コロンバイン」と化す事は在っても。
 為政者もその事を熟知しているからこそ、矛盾や不満の矛先が向かって来ないように、自分たちにとって都合の良い「愛国心・愛郷心」の一方的押付けで、それを乗り切ろうとしているのでしょう。国民をバカにするにも程がある。「愛国心はならず者の最後の墓場」と言う言葉がありますが、これは正にこの様な「デタラメ」「似非」愛国心を指して言った言葉です。

(参考文献)

 教育基本法や愛国心の問題については、下記の資料もお勧め。

・伊藤美好・池田香代子 著「教育基本法 11の約束」(ほるぷ出版)
 今の教育基本法の内容を分りやすく解説。こんな良い法律を何故変えるのか。
 http://smile.hippy.jp/ehon11/
・中山治 著「誇りを持って戦争から逃げろ!」(ちくま新書)
 「戦争愛国心」と「応援愛国心」の対比で、私とほぼ同趣旨の主張を展開。
 http://www.itojuku.co.jp/62h_school/book/8561.html
・11月14日に行われた教育基本法改定に反対する緊急アピール集会および記者会見での池田香代子さんの発言(日本持続可能社会新聞)
 「よほどの嘘がなければ戦争など起こせない。」
 「よほどの嘘がなければ、変える必要のない法律を変えることなどできない。」
 http://blogs.dion.ne.jp/p_e_a_c_e/archives/4538816.html#more
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