乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1-②

2016-12-07 08:50:50 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1 沖縄の謎 基地と憲法 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1 沖縄の謎 基地と憲法 全文 

 ◆沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故

 そのもっとも有名な例が、二〇〇四年に起きた沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故でした。 二〇〇四年八月一三日午後二時一七分、普天間基地のとなり にある沖縄国際大学に飛行訓練中の米軍ヘリが墜落し、爆発炎上しました。左ページの写真の右下に見える建物が沖縄国際大学です。
  こうして訓練をしていた米軍機が沖縄国際大学に墜落し、ヘリの破片が大学と周辺のビルや民家に猛スピードで飛散しました。破片のひとつはマンションのガラ スを破り、直前まで赤ん坊がスヤスヤと眠っていた寝室のふすまに突き刺さったのです。ケガ人が出なかったのは「奇跡中の奇跡」だったと、だれもが口をそろ えるほどの大事故でした。
  さらに人びとに大きなショックをあたえたのは、事故直後、隣接する普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学になだれこんで、事故現場を封鎖したことでした。

事故後も沖基地縄と国憲際法大学(右端の建物)のすぐ近くで飛行訓練をする米軍ヘリ
事故後も沖基地縄と国憲際法大学(右端の建物)のすぐ近くで飛行訓練をする米軍ヘリ|c須田慎太郎

 そのとき沖縄のテレビ局(琉球朝日放送)が撮影した映像を、一度、世界中の人に見てもらいたいと思います。自分たちが事故を起こしておきながら、 「アウト! アウト!」と市民をどなりつけて大学前の道路から排除し、取材中の記者からも力ずくでビデオカメラをとりあげようとする米兵たち。一方、その かたわらで米兵の許可を得て大学構内に入っていく日本の警察。まさに植民地そのものといった風景がそこに展開されているのです。
  つまり、米軍機が事故を起こしたら、どんな場所でもすぐに米軍が封鎖し、日本側の立ち入りを拒否することができる。それが法的に決まっているのです。警察も消防も知事も市長も国会議員も、米軍の許可がないとなかに入れません。いきなり治外法権エリアになるわけです。
  ひと言で言うと、憲法がまったく機能しない状態になる。沖縄の人たちも、普段はみんな普通に暮らしているのですが、緊急時にはその現実が露呈する。米軍は日本国憲法を超えた、それより上位の存在だということが、この事故の映像を見るとよくわかります。
  このビデオを見ると、
「沖縄の人は、なんてかわいそうなんだ」
  と、最初は怒りのような感情がこみあげてきます。しかしすぐに、そのかわいそうな姿は、本土で暮らす自分自身の姿でもあることが、わかってくるわけです。

東京も沖縄と、まったく同じ

横田基地と米軍基地  なぜなら左ページの図のように、東京を中心とする首都圏上空にも、嘉手納空域と同じ、横田空域という米軍の管理空域があって、日本の飛行機はそこを飛べな いようになっているからです。だから羽田空港から西へ向かう飛行機は、まず東の千葉県のほうへ飛んで、そこから急上昇・急旋回してこの空域を越えなければ ならない。そのため非常に危険な飛行を強いられています。
  まったく沖縄と同じなのです。法律というのは日本全国同じですから、米軍が沖縄でできることは本土でもできる。ただ沖縄のように露骨にやっていないだけ。先ほどご紹介した一九五三年の合意内容、
「どんな場所にあろうと、アメリカ政府の財産について日本政府は差し押さえたり調べたりすることはできない」
  というのも、アメリカと沖縄ではなく、アメリカと日本全体で結ばれた取り決めです。
  だから東京や神奈川でも、米軍機が墜落したら状況は基本的に同じ。日本側は機体に指一本ふれることはできないし、現場を検証して事故の原因を調べることもできない。米軍が日本国憲法を超えた存在であるというのも、日本全国おなじことなのです。
  くわしくはPART2(六六ページ)で説明しますが、占領が終わり、一九五二年に日本が独立を回復したとき、そして一九六〇年に安保条約が改定されたと き、どちらも在日米軍の権利はほとんど変わらず維持されたという事実が、アメリカ側の公文書でわかっています。つまり米軍の権利については、占領期のまま 現在にいたっているということです。

 ◆「占領軍」が「在日米軍」と看板をかけかえただけ

 もう一度、八ページの写真を見てください。右上に見えているのが一九四五年に米軍が上陸してきた海岸です。この画面の右側にずっと海岸がつづいて いて、その近くはすべて米軍基地になっています。二九ページの地図でいうと、嘉手納基地の左手の海岸です。いまから七〇年前、米軍はこの海岸に多くの軍艦 でやってきて、まず艦砲射撃で地上の建物をすべてふきとばし、そのあと上陸して一帯を占領しました。
  結局、そのときのまま、ずっとそこにいるわけです。沖縄に行って少し高台にのぼって地上をながめると、そのことがひと目でわかります。海岸に近い、非常に 平らで優良な土地を、それから七〇年間、米軍が占拠しつづけている。海沿いの部分だけは一部返還されて商業地区になっているので、車で走っているとわから ないのですが、少し高台にのぼると、
「ああ、米軍はあの海岸から一九四五年に上陸してきて、そのままそこに居すわったんだな」
  ということが非常によくわかります。
  つまり「占領軍」が「在日米軍」と看板をかけかえただけで、一九四五年からずっと同じ形で同じ場所にいるわけです。本土は一九五二年の講和条約、沖縄は一 九七二年の本土復帰によって主権を回復したことになっていますが、実際は軍事的な占領状態が継続したということです。

 本土の米軍基地から、ソ連や中国を核攻撃できるようになっていた!

嘉手納弾薬基庫地かとら憲嘉法手納基地の飛行場(上)をのぞむ嘉手納弾薬基庫地かとら憲嘉法手納基地の飛行場(上)をのぞむ|c須田慎太郎

 次にもう一枚写真を見ていただきます。下の写真は、先ほどご紹介した嘉手納という大きな空軍基地のとなりにある弾薬庫を写したものです。上にうっ すらと見えているのが嘉手納空軍基地の飛行場です。飛行場と弾薬庫のあいだは、一見、片側二車線の広い道路で分断されているように見えるのですが、実は地 下通路で結ばれ、自由に行き来できるようになっています。
  こうした弾薬庫に、もっとも多い時期には沖縄全体で一三〇〇発の核兵器が貯蔵されていました。これはアメリカの公文書による数字です。
  緊急事には、すぐにこうした弾薬庫から核爆弾が地下通路を通って飛行場に運ばれ、飛行機に積みこまれるようになっていた。そしてショックなのは、それが本土の米軍基地に運ばれ、そこからソ連や中国を爆撃できるようになっていたということです。
  つまりこの嘉手納基地から一度、本土にある三沢や横田、岩国といった米軍基地に核兵器を運んで、そこから新たに爆撃機が飛び立って、ソ連や中国を核攻撃で きるようになっていた。青森県にある米軍三沢基地などは、ソ連に近い場所にありますから、ほとんどその訓練しかやっていなかったといいます。
  中国やソ連の核がほとんどアメリカに届かない時代から、アメリカは中国やソ連のわき腹のような場所、つまり南北に長く延びる日本列島全体から、一三〇〇発の核兵器をずっと突きつけていた。
  アメリカは一九六二年のキューバ危機で、ソ連が核ミサイルを数発キューバに配備したと言って大騒ぎしました。あわや第三次世界大戦か、人類滅亡か、というところまで危機的状況が高まった。
  われわれもそのことは、ケネディ兄弟がかっこよく活躍する映画などで知っています。しかしアメリカ自身は、その何百倍もひどいことをずっと日本でやってい たわけです。こうした事実を知ると、いかに私たちがこれまで「アメリカ側に有利な歴史」しか教えられていなかったかがわかります。

 ◆憲法九条二項と、沖縄の軍事基地化はセットだった

 「えーっ、沖縄に一三〇〇発の核兵器があったの?」
 「しかもそれが本土の基地に運ばれて、そこから飛び立って中国やソ連を核攻撃できるよう
になっていただって?」
  とても驚きました。この年になるまで、まったく知らなかったからです。
 「じゃあ、憲法九条ってなに?」
  と当然、疑問をもつわけです。ソ連・中国からしてみたら、自分たちのわき腹に一三〇〇発も核兵器を突きつけておいて、
「憲法九条? 悪い冗談はやめてくれ」という話なのです。
  そこで歴史を調べていくと、憲法九条二項の戦力放棄と、沖縄の軍事基地化は、最初から完全にセットとして生まれたものだということがわかりました。つまり 憲法九条を書いたマッカーサーは、沖縄を軍事要塞化して、嘉手納基地に強力な空軍を置いておけば、そしてそこに核兵器を配備しておけば、日本本土に軍事力 はなくてもいいと考えたわけです。(一九四八年三月三日、ジョージ・ケナン国務省政策企画室長との会談ほか)
  だから日本の平和憲法、とくに九条二項の「戦力放棄」は、世界じゅうが軍備をやめて平和になりましょうというような話ではまったくない。沖縄の軍事要塞 化、核武装化と完全にセット。いわゆる護憲論者の言っている美しい話とは、かなりちがったものだということがわかりました。
  戦後日本では、長らく「反戦・護憲平和主義者」というのが一番気もちのいいポジションでした。私もずっとそうでした。もちろんこの立場から誠実に活動し、日本の右傾化をくいとめてきた方も多数いらっしゃいます。その功績は決して忘れてはなりません。
  しかし深刻な反省とともによく考えてみると、自分もふくめ大多数の日本人にとってこの「反戦・護憲平和主義者」という立場は、基本的になんの義務も負わ ず、しかも心理的には他者より高みにいられる非常に都合のいいポジションなのです。しかし現実の歴史的事実にもとづいていないから、やはり戦後の日本社会 のなかで、きちんとした政治勢力にはなりえなかったということになります。

 ◆驚愕の「砂川裁判」最高裁判決

 沖縄に取材に行って、こうしたさまざまな問題の存在を知りました。しかし最後までわからなかったのは、日本は法治国家のはずです。なぜ、国民の基 本的人権をこれほど堂々と踏みにじることができるのか。なぜ、米兵が事故現場から日本の警察や市長を排除できるのか。なぜ同じ町のなかで、アメリカ人の家 の上は危ないから飛ばないけれど、日本人の家の上はどれだけ低空飛行をしてもいいなどという、めちゃくちゃなことが許されているのか。
  調べていくと、米軍駐留に関するあるひとつの最高裁判決(一九五九年)によって、在日米軍については日本の憲法が機能しない状態、つまり治外法権状態が「法的に認められている」ことがわかりました。
  くわしくは、「〈戦後再発見〉双書」第三巻の『検証・法治国家崩壊――砂川裁判と日米密約交渉』(吉田敏浩・新原昭治・末浪靖司著/創元社)を読んでいた だきたいのですが、これは本当にとんでもない話で、普通の国だったら、問題が解明されるまで内閣がいくつつぶれてもおかしくないような話です。
  なにしろ、占領中の一九五〇年から第二代の最高裁判所長官をつとめた田中耕太郎という人物が、独立から七年後の一九五九年、駐日アメリカ大使から指示と誘 導を受けながら、在日米軍の権利を全面的に肯定する判決を書いた。その判決の影響で、在日米軍の治外法権状態が確定してしまった。またそれだけでなく、わ れわれ日本人はその後、政府から重大な人権侵害を受けたときに、それに抵抗する手段がなくなってしまった。
  そうしたまさに「戦後最大」と言っていいような大事件が、最高裁の法廷で起きたのです。いまから半世紀以上前の一九五九年一二月一六日のことです。
  法律の問題なので少し観念的な話になりますが、どうかお聞きください。

 ◆憲法と条約と法律の関係―低空飛行の正体は航空法の「適用除外」

憲法と条約と法律の関係 まず基本的な問題からご説明します。日本の法体系のなかでは、憲法と、条約、一般の法律の関係は下の図のようになっているそうです。

 もともと日米安保条約などの条約は、日本の航空法など、一般の国内法よりも強い。上位にあるそうです。これだけでも私などは「えーっ!」と驚いたのですが、みなさんはいかがでしょう?
  これは憲法九八条二項にもとづく解釈で、「日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守する」ということが憲法で定められているからです。この点に関しては、ほぼすべての法学者の見解が一致しているそうです。
  その結果、どうなるか。条約が結ばれると、必要に応じて日本の法律(憲法以外の国内法)が書きかえられたり、「特別法」や「特例法」がつくられることになります。つまり下位の法律が、新しい上位の法律に合わせて内容を変えるわけですね。ここまではよろしいでしょうか。
  米軍機がなぜ、日本の住宅地上空でめちゃくちゃな低空飛行ができるのかという問題も法的構造は同じで、「日米安全保障条約」と、それにもとづく「日米地位 協定」(在日米軍がもつ特権について定めた協定です)を結んだ結果、日本の国内法として、「航空特例法」という左の法律がつくられているからなのです。太 字の部分だけで結構ですので、読んでみてください。

「日米地位協定と国連軍地位協定の実施にともなう航空法の特例に関する法律 第三項(一九五二年七月一五日施行)
前項の航空機〔米軍機と国連軍機〕およびその航空機に乗りくんでその運航に従事する者については、航空法第六章の規定は、政令で定めるものをのぞき、適用しない」

 初めてこの条文の意味を知ったときは、本当に驚きました。右の特例法で「適用しない」としている「航空法第六章」とは、「航空機の運航」に関する 五七条から九九条までをさします。「最低高度」や「制限速度」「飛行禁止区域」などについて定めたその四三もの条文が、まるまる全部「適用除外」となって いるのです! つまり米軍機はもともと、高度も安全も、なにも守らずに日本全国の空を飛んでよいことが、法的に決まっているということなのです。

アメリカ国務省のシナリオのもとに出された最高裁判決

砂川判決以降の法体系 けれども、いくら条約(日米安保条約や日米地位協定)は守らなければならないといっても、国民の人権が侵害されていいはずはない。そうした場合は憲法が歯止めをかけることになっています。下の右の図の関係です。
  条約は一般の法律よりも強いが、憲法よりも弱い。近代憲法憲法というのは基本的に、権力者の横暴から市民の人権を守るために生まれたものだからです。だか ら、いくら日本政府が日米安保条約を結んで、それが日本の航空法よりも強い(上位にある)といっても、もし住民の暮らしや健康に重大な障害があれば、きち んと憲法が機能してそうした飛行をやめさせる。
  これが本来の法治国家の姿です。
  ところが一九五九年に在日米軍の存在が憲法違反かどうかをめぐって争われた砂川裁判で、田中耕太郎という最高裁長官(前述したとおり、占領中の一九五〇年 から、独立の回復をまたいで、安保改訂のあった一九六〇年まで在職しました)が、とんでもない最高裁判決を出してしまった。簡単に言うと、日米安保条約の ような高度な政治的問題については、最高裁は憲法判断をしないでよいという判決を出したわけです*。
  するとどうなるか。安保に関する問題については、前ページの右下の三角形の図から、一番上の憲法の部分が消え、左下の図のような関係になってしまう。
  つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです。
  だから在日米軍というのは、日本国内でなにをやってもいい。住宅地での低空飛行や、事故現場の一方的な封鎖など、これまで例に出してきたさまざまな米軍の 「違法行為」は、実はちっとも違法じゃなかった。日本の法体系のもとでは完全に合法だということがわかりました。ひどい話です。その後の米軍基地をめぐる 騒音訴訟なども、すべてこの判決を応用する形で「米軍機の飛行差し止めはできない」という判決が出ているのです。

 そしてさらにひどい話がありました。それはこの砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基 地をどうしても日本に置きつづけたいアメリカ政府のシナリオのもとに、その指示と誘導によって進行したということです。この驚愕の事実は、いまから六年前 (二〇〇八年)、アメリカの公文書によって初めてあきらかになりました。
  判決を出した日本の最高裁長官も、市民側とやりあった日本の最高検察庁も、アメリカ国務省からの指示および誘導を受けていたことがわかっています。『検 証・法治国家崩壊』にすべて公文書の写真付きで解説してありますので、興味のある方はぜひお読みください。本当に驚愕の事実です。

*?正確には「日米安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度な政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は(略)裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする」(「判決要旨六」)という判決でした。

 ◆「統治行為論」という、まやかし

 この判決の根拠を、日本の保守派は「統治行為論」とよんで、法学上の「公理」のようにあつかっています。政治的にきわめて重要な、国家の統治にか かわるような問題については、司法は判断を留保する。それはアメリカやフランスなど、世界の先進国で認められている司法のあり方で、そうした重要な問題 は、最終的には国民が選挙によって選択するしかないのだと。
  一見、説得されてしまいそうになります。私も数年前、まだ有名大学の教授たちを無条件で信用していたときなら疑問に思わなかったでしょう。しかし少しでも批判的な眼で見れば、この理論があきらかにおかしいことがわかります。
  たとえば米軍機をめぐる騒音訴訟を例にとって考えてみましょう。高性能の戦闘機というのは、もう信じられないような爆音がしますから、当然健康被害が出ます。音というより振動です。体全体が衝撃を受ける。
  そこでたまりかねた基地周辺の住民たちが、基本的人権の侵害だとして、飛行の差し止めを求める訴訟を起こしています。でも、止められない。判決で最高裁 は、住民がそうした騒音や振動によって被害を受けているという認定まではするのです。でも、そこから先、飛行の差し止めはしない。そういう不思議な判決を 出すのです。
  最高裁はその理由を「米軍は日本政府が直接指揮することのできない『第三者』だから、日本政府に対してその飛行の差し止めを求めることはできない」とい う、まったく理解不能なロジックによって説明しています。この判決のロジックは、一般に「第三者行為論」とよばれていますが、その根拠となっているのが、 日米安保条約のような高度な政治的問題については最高裁は憲法判断をしないでよいという「統治行為論」であることはあきらかです。
  しかしよく考えてみてください。国民の健康被害という重大な人権侵害に対して、最高裁が「統治行為論」的立場から判断を回避したら、それはすなわち三権分立の否定になる。それくらいは、中学生でもわかる話ではないでしょうか。

 元裁判官で明治大学教授の瀬せ木ぎ比ひ呂ろ志し氏は、この最高裁の判決について、
「そもそも、アメリカと日米安保条約を締結したのは国である。つまり、国が米軍の飛行を許容したのである。(略)アメリカのやることだから国は一切あずか り知らないというのであれば、何のために憲法があるのか?」(『絶望の裁判所』講談社) ときびしく批判しています。もちろん、だれが考えてもこちらが正 論です。

 アメリカやフランスでも、日本のような「統治行為論」は認められていない

 実はアメリカにもフランスにも、日本で使われているような意味での「統治行為論」は存在しません。まずフランスを見てみましょう。日本の「統治行 為」という言葉のもとになったフランスの「アクト・ド・グヴェルヌマン(acte de gouvernement)」ですが、意外にも、
 「〔フランスの学界では〕統治行為論は、その反法治主義的な性格のゆえに、むしろ多数の学説により支持されていない」
「〔フランスの〕判例の中には統治行為の概念規定はおろか、その理論的根拠も示されていないうえに、一般に統治行為の根拠条文とされているものが一度も引用されていない」
  と、この問題の第一人者である慶応大学名誉教授の小林節氏は書いています。(『政治問題の法理』日本評論社)
  そして統治行為論の安易な容認は、「司法による人権保障の可能性を閉ざす障害とも、また行政権力の絶対化をまねく要因ともなりかね」ず、「司法審査権の全 面否定にもつながりかねない」と指摘しています。まさに正論と言えるでしょう。逆に言えば、砂川裁判以降、約半世紀にわたって日本の最高裁は、小林教授が 懸念したとおりのことをやりつづけているのです。
  一方、アメリカには「統治行為論」という言葉は存在せず、「政ポリティカル・クエスチョン治問題」という概念があります。そのもっとも初期の例は、一九世 紀にロード・アイランド州で内乱が起き、正統な政府であることを主張するふたつの州政府が並立した、そのとき連邦国家であるアメリカ合衆国の最高裁は、 「どちらが州の正統政府かという問題については、独自に決定できない」という判断を下したというものです。そのような、判決によっては無政府状態を引き起 こしかねない問題は、裁判所ではなく大統領の判断にゆだねるのが適当としたわけです。
  フランスと違うのは、アメリカでは判例のなかでこの「政治問題」という概念が、かなり幅広く認められているということです。なかでも外交や戦争といった分野では、それを「政治問題」として司法が判断を避けるというケースがたしかにある。
  しかしそれはあくまでも、「対外関係においては戦線(つまり自国の窓口)を統一することが賢明」(C・G・ポウスト)であるという立場から、絶対的な国益 の確保を前提として、一時的に権力を大統領ほかに統合するという考えなのであって、外国軍についての条約や協定を恒常的に自国の憲法より上位に置くという 日本の「統治行為論」とは、まったくちがったものなのです。

 歴史が証明しているのは、日本の最高裁は政府の関与する人権侵害や国策上の問題に対し、絶対に違憲判決を出さないということです。「統治行為論」 はそうした極端に政府に従属的な最高裁のあり方に、免罪符をあたえる役割をはたしている。日本の憲法学者はいろいろと詭弁を弄ろうしてそのことを擁護しよ うとしていますが、日本国憲法第八一条を見てください。そこにはこう書かれているのです。
 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」
  これ以上、明快な条文もないでしょう。この条文を読めば、もっとも重要な問題について絶対に憲法判断をしない現在の最高裁そのものが、日本国憲法に完全に違反した存在であることが、だれの眼にもあきらかだと思います。

 アメリカとの条約が、日本国憲法よりも上位に位置することが確定した

 深刻なのは、田中耕太郎が書いたこの最高裁判決の影響がおよぶのが、軍事の問題だけではないということです。最大のポイントは、この判決によって、
 「アメリカ政府(上位)」  >  「日本政府(下位)」
  という、占領期に生まれ、その後もおそらく違イ リーガル法な形で温存されていた権力構造が、
 「アメリカとの条約群(上位)」  >  「憲法を含む日本の国内法(下位)」という形で法リーガル的に確定してしまったことにあります。
  安保条約の条文は全部で一〇カ条しかありませんが、その下には在日米軍の法的な特権について定めた日米地位協定がある。さらにその日米地位協定にもとづ き、在日米軍を具体的にどう運用するかをめぐって、日本の官僚と米軍は六〇年以上にわたって毎月、会議をしているわけです。
  それが「日米合同委員会」という名の組織なのですが、左ページの図のように、外務省北米局長を代表とする、日本のさまざまな省庁から選ばれたエリート官僚 たちと、在日米軍のトップたちが毎月二回会議をしている。そこでいろいろな合意が生まれ、議事録に書きこまれていく。合意したが議事録には書かない、いわ ゆる「密約」もある。全体でひとつの国の法体系のような膨大な取り決めがあるわけです。しかもそれらは、原則として公表されないことになっている。

 ◆官僚たちが忠誠を誓っていたのは、「安保法体系」だった

 そうした日米安保をめぐる膨大な取り決めの総体は、憲法学者の長谷川正まさ安やす・名古屋大学名誉教授によって、「安保法体系」と名づけられてい ます。その「安保法体系」が、砂川裁判の最高裁判決によって、日本の国内法よりも上位に位置することが確定してしまった。つまり裁判になったら、絶対にそ ちらが勝つ。すると官僚は当然、勝つほうにつくわけです。
  官僚というのは法律が存在基盤ですから、下位の法体系(日本の国内法)より、上位の法体系(安保法体系)を優先して動くのは当然です。裁判で負ける側には絶対に立たないというのが官僚ですから、それは責められない。

日米合同委員会組織図
日米合同委員会組織図

海上演習場部会議長
水産庁漁政部長建設部会
議長 防衛省地方協力局
地方協力企画課長
港湾部会
議長 国土交通省港湾局長
道路橋梁部会
議長 国土交通省道路局長
陸上演習場部会
議長 農林水産省経営局長
施設調整部会
議長 防衛省地方協力局地方調整課長
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
施設整備・移設部会
議長 防衛省地方協力局提供施設課長
沖縄自動車道建設調整
特別作業班
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
SACO実施部会
議長 防衛省地方協力局沖縄調整官
気象分科委員会
代表 気象庁長官
基本労務契約・船員契約紛争処理小委員会
代表 法務省大臣官房審議官             
刑事裁判管轄権分科委員会
代表 法務省刑事局公安課長
契約調停委員会
代表 防衛省地方協力局調達官
財務分科委員会
代表 財務省大臣官房審議官
施設分科委員会
代表 防衛省地方協力局次長   
周波数分科委員会
代表 総務省総合通信基盤局長
出入国分科委員会
代表 法務省大臣官房審議官
調達調整分科委員会
代表 経済産業省貿易経済協力局長
通信分科委員会
代表 総務省総合通信基盤局長
民間航空分科委員会
代表 国土交通省航空局管制保安部長
民事裁判管轄権分科委員会
代表 法務省大臣官房審議官
労務分科委員会
代表 防衛省地方協力局労務管理課長
航空機騒音対策分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方協力企画課長
事故分科委員会
代表 防衛省地方協力局補償課長
電波障害問題に関する特別分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方協力企画課長
車両通行分科委員会
代表 国土交通省道路局長
環境分科委員会
代表 環境省水・大気環境局総務課長
環境問題に係る協力に関する特別分科委員会
代表 外務省北米局参事官
日米合同委員会合意の見直しに関する特別分科委員会
代表 外務省北米局日米地位協定室長
刑事裁判手続きに関する特別専門家委員会
代表 外務省北米局参事官
訓練移転分科委員会
代表 防衛省地方協力局地方調整課長
事件・事故通報手続に関する特別作業部会
代表 外務省北米局日米地位協定室長
事故現場における協力に関する特別分科委員会
代表 外務省北米局参事官
在日米軍再編統括部会
代表 外務省北米局日米安全保障条約課長
防衛省防衛政策局日米防衛協力課長
検疫部会
議長 外務省北米局日米地位協定室補佐
平成24年2月現在(外務省ホームページより)
日米合同委員会
日本側代表|外務省北米局長
代表代理|法務省大臣官房長
農林水産省経営局長
防衛省地方協力局長
外務省北米局参事官
財務省大臣官房審議官
米側代表|在日米軍司令部副司令官
代表代理|在日米大使館公使
在日米軍司令部第五部長
在日米陸軍司令部参謀長
在日米空軍司令部副司令官
在日米海軍司令部参謀長
在日米海兵隊基地司令部参謀長
*以下「代表」及び「議長」は、
日本側代表・議長を示す。

 しかも、この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。
  とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去一七人中一二人。そのうち九人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。
  このように過去六〇年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあ がっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、そのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどで きるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえ すというようなことが起こるわけです。
  この章のはじめで、私が沖縄に行ったきっかけは、「鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなのか」「官僚たちが忠誠を誓っていた『首相以外のなにか』とは、いったいなんだったのか」 という疑問だったと言いましたが、この構造を知って、その疑問に答えが出ました。
  彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということだったのです。

 Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか に続く 

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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