乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1-①

2016-12-07 08:51:00 | 在日米軍基地・再編問題・防衛・武器

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1沖縄の謎 基地と憲法 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part1沖縄の謎 基地と憲法 全文 

 みなさん、はじめまして。矢部宏治(やべこうじ)と申します。

 私は一昨年、 「 〈戦後再発見〉双書(創元社刊)」という歴史シリーズを立ち刊行をつづけています。第一巻目の『戦後史の正体』(孫崎享うける著)は、おかげさまで二二万部という大ヒットになりましたので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 このシリーズがスタートして少したったころ、読者からメールでこんなメッセージをいただきました。
 三 ・ 一一以降、日本人は「大きな謎」を解くための旅をしている。

 本当にそうだと思います。二〇一一年三月、福島原発事故が起きてから、私たち日本人は日々、信じられない光景を眼にしつづけているからです。

 なぜ、これほど巨大な事故が日本で起こってしまったのか。
 なぜ、事故の責任者はだれも罪に問われず、被害者は正当な補償を受けられないのか。
2
 なぜ、東大教授や大手マスコミは、これまで「原発は絶対安全だ」と言いつづけてきたのか。
 なぜ、事故の結果、ドイツやイタリアでは原発廃止が決まったのに、当事国である日本では再稼働が始まろうとしているのか。
 そしてなぜ、福島の子どもたちを中心にあきらかな健康被害が起きているのに、政府や医療関係者たちはそれを無視しつづけているのか。

 だれもがおかしいと思いながら、大きな流れをどうしても止められない。解決へ向かう道にどう踏み出していいかわからない。そんな状況がいまもつづいています。

 本書はそうしたさまざまな謎を解くカギを、敗戦直後までさかのぼる日本の戦後史のなかに求めようとする試みです。

 このあと説明する米軍基地の問題を見てもわかるように、私たちが住むこの日本という国は、とても正常な国家とは言えないのではないか。そのためこれから私たちは、原発や放射能汚染をめぐって大変な事態に直面するのではないか。しかもそうした被害は、二〇一三年二月に成立した特定秘密保護法によって、すべて国民の眼から隠されてしまうのではない
か。さらにはそうして情報が隠いん蔽ぺいされるなか、今後、日本は政府の勝手な解釈改憲によって、海外で侵略的な戦争をするような国になってしまうのではないか。

 そう考え、暗く、重い気もちになることもあります。

 しかしその一方、明るく、勇気づけられるような出来事に、日々遭遇することも多いのです。

 それは日本のいろいろな場所で、いろいろな人たちが、この「大きな謎」を解くための旅をスタートさせているからです。

 私は二〇一〇年から沖縄の米軍基地問題を調べ始め、その後、東京で東日本大震災に遭遇し、福島の原発災害問題にも直面することになりました。本文中にあるように、沖縄の米軍基地問題の取材はまさに驚きの連続、つい最近まで誇りに思っていた日本という国の根幹が、すっかりおかしくなっていることを痛感させられる結果となりました。

その一方で、うれしい発見もあったのです。そうした問題を調べ、自分で本を書くようになってからわずか数年のあいだに、本当に数多くの尊敬すべき人たちと出会うことができたからです。

 いろいろな市民グループ、お母さんたち、官僚、政治家、弁護士、ジャーナリスト、学者、医師、ミュージシャン、俳優、経営者、会社員......、立場はさまざまですが、みな、それぞれのやり方で、この「大きな謎」を解くための旅をつづけている人たちです。そういう人たちは、日本全国に、いろいろな分野にいます。点在していますから目立ちませんが、決
して数は少なくありません。

いま、私たち日本人が直面している問題は、あまりにも巨大で、その背後にひそむ闇もかぎりなく深い。

 しかし、だからこそ逆に、自分の損得勘定を超えて問題に取り組む人たちの姿が、強い輝きをもって私たちの心に訴えかけてくるのです。

うまく目的地にたどりつけるかどうかは、正直わからない。ただ自分たちは、それぞれの持ち場で最善をつくす義務がある。そして崩壊し始めた「戦後日本」という巨大な社会を、少しでも争いや流血なく、次の時代に移行させていく義務がある。おそらくそれが、 「大きな謎」を解くための旅をしている人たちの、共通した認識だと思います。

 私もまた、そういう思いでこの本を書きました。

 本書がみなさんにとって、そうした旅に出るきっかけとなってくれることを、心から願っています。

目次
はじめに 
PART 1 沖縄の謎―基地と憲法 
PART 2 福島の謎―日本はなぜ、原発を止められないのか 
PART 3 安保村の謎1―昭和天皇と日本国憲法 
PART 4 安保村の謎2―国連憲章と第2次大戦後の世界 
PART 5 最後の謎―自発的隷属状態とその歴史的起源 
あとがき 

凡例
 *引用中の 〔〕 内は著者が補った言葉です。 傍点、 太字、 註も著者によるものです。 引用中の漢字、 カタカナは一部、 ひらがなに替えるなど、 現代語訳で表記している箇所があります。
 *図版のキャプションは編集部によるものです。
 *PART2の記述については、 一部、 『本当は憲法より大切な 「日米地位協定入門」 』 (前泊博盛編著/創元社) のなかで本書の著者が執筆した内容と、 重複する箇所があります。

PART 1 沖縄の謎 基地と憲法


建物をかすめるようにして、普天間基地へ降りていく米軍機 須田慎太郎

沖縄で見た、日本という国の真実

きっかけは沖縄への、たった二週間の撮影旅行でした。
いまから四年前、写真家と二人で沖縄本島へ渡り、島のすみずみまで歩いて二八ある巨大な米軍基地をすべて撮影する。そして本にするという企画だったのです。
そのとき眼にしたいくつかの風景は、やや大げさに言えば、私の人生を少し変えることになりました。自分が見て、聞いて、そして知った現実を、ひとりでも多くの人に伝えたいと強く思うようになったのです。
たとえば、下の写真をご覧ください。これはその最初の撮影旅行のときに泊まったホテルの屋上から見た風景です。沖縄本島の中部の高台にある、コスタビスタ というホテルの屋上(現在、閉鎖中)から南側を見おろしたところで、遠く左上に見えているのが有名な普ふ天てん間ま基地です。


丘の上から見た米軍住宅地区と普天間基地?c須田慎太郎
米軍住宅
1945年4月に米軍が上陸した海岸
普天間基地

 この屋上にのぼると、普天間基地から飛びたった米軍機が、島の上をブンブン飛びまわっている様子がよく見えます。沖縄というのはご存じのとおり、も ともと南北に長く、東西が狭い形をしているのですが、とくにこのあたりは地形がくびれているので(東西の幅がわずか四キロしかありません)、東側と西側の 海が両方よく見えるのです。その美しい景色のなかを、もう陸上・海上関係なく、米軍機がブンブン飛びまわっているのが見える。
 あとでくわしく説明しますが、米軍の飛行機は日本の上空をどんな高さで飛んでもいいことになっています。もちろん沖縄以外の土地ではそれほどあからさまに住宅地を低空飛行したりはしませんが、やろうと思えばどんな飛び方もできる。そういう法的権利をもっているのです。
 でもそんな米軍機が、そこだけは絶対に飛ばない場所がある。
 どこだかわかりますか?
 この写真のなかに写っています。そう、写真の中央にゴルフ場のような芝生にかこまれた住宅地があるのですが、これは基地のなかにある米軍関係者の住宅エリアです。こうしたアメリカ人が住んでいる住宅の上では絶対に低空飛行訓練をしない。
 なぜでしょう?
 もちろん、墜落したときに危ないからです。
 冗談じゃなく、本当の話です。この事実を知ったとき、私は自分が生まれ育った日本という国について、これまで何も知らなかったのだということがわかりました。いまからわずか四年前の話です。

 ■米軍機はどこを飛んでいるのか

 下の図の米軍機の訓練ルート(二〇一一年八月の航跡図)を見てください。中央に太い線でかこまれているのが普天間基地、その両脇の斜めの線が海岸線です。普天間から飛び立った米軍機が、まさに陸上・海上関係なく飛びまわっていることがわかる。


  でも基地の上、図版の中央上部に、ぽっかりと白く残された部分がありますね。これがいまお話しした、米軍住宅のあるエリアです。ここだけは、まったく飛んでいない。
  一方、普天間基地の右下に見える楕円形の部分は、真ま栄え原はらという沖縄でも屈指の繁華街がある場所です。そうしたビルが立ち並ぶ町の上を非常に低空で 軍用機が飛んでいる。さらに許せないのは、この枠のなかには、二〇〇四年、米軍ヘリが墜落して大騒ぎになった沖縄国際大学があることです。

 ★普天間飛行場所属のヘリが2011年8月におこなった旋回訓練の航跡図|沖縄防衛局調査。

 つまり米軍機は、沖縄という同じ島のなかで、アメリカ人の家の上は危ないから飛ばないけれども、日本人の家の上は平気で低空飛行する。以前、事故 を起こした大学の上でも、相変わらずめちゃくちゃな低空飛行訓練をおこなっている。簡単に言うと彼らは、アメリカ人の生命や安全についてはちゃんと考えて いるが、日本人の生命や安全についてはいっさい気にかけていないということです。
  これはもうだれが考えたって、右とか左とか、親米とか反米とか言ってる場合ではない。もっとずっと、はるか以前の問題です。いったいなぜ、こんなバカげたことが許されているのでしょうか。
  初めてこの事実を知ったとき、当然のことながら米軍に対して強い怒りがこみあげてきました。こいつらは日本人を人間あつかいしていないじゃないかと。
  しかし少し事情がわかってくると、それほど単純な話ではない。むしろ日本側に大きな問題があることがわかってきます。ここでもうひとつ地図を見てください。
  次ページの下の地図は、アメリカ西海岸のサンディエゴにある、ミラマー基地という海兵隊の航空基地とその飛行訓練ルートです。これは伊い波は洋よう一いちさん(元宜ぎ野の湾わん市長)の講演を聞いて知ったことですが、この基地は山岳地帯にあって、しかも普天間基地のなんと二〇倍の広さがあるので、基本的に基地の敷地内だけで 飛行訓練ができるようになっているのです。グレーの部分が基地の敷地、斜線の部分が飛行訓練ルートです。これくらいの広さがなければ、アメリカではそもそ も基地として成立しないわけです。(「米軍基地の京都への設置を問う学習集会」での講演/二〇一三年一一月二九日)
  さらに基地の左端から海岸に向かって、飛行ルートが延びていますね。滑走路の延長線上ではなく、滑走路から四五度の角度に延びている。なぜそうなっている かというと、滑走路の延長線上に住宅や学校があるからで、その上は飛べないため、斜めに谷たに間あいのルートを飛んでいるのです。
  つまりアメリカでは法律によって、米軍機がアメリカ人の住む家の上を低空飛行することは厳重に規制されているわけです。それを海外においても自国民には同 じ基準で適用しているだけですから、アメリカ側から見れば沖縄で米軍住宅の上空を避けて飛ぶことはきわめて当然、あたりまえの話なのです。
  だから問題は、その「アメリカ人並みの基準」を日本国民に適用することを求めず、自国民への人権侵害をそのまま放置している日本政府にあるということになります。
  もう一度、七ページの写真を見てください。米軍にとって他国のはずの日本で、いったいなぜ、このような信じられない飛行訓練が放置されているのでしょうか。

海兵隊ミラマー航空基地の滑走路と飛行訓練ルート
海兵隊ミラマー航空基地の滑走路と飛行訓練ルート(mcas safety zone map San Diego county airport land use commission compatibility policy map )
滑走路 飛行訓練ルート (斜線部)

 「日本の政治家や官僚には、インテグリティがない」

 こうした沖縄の状況は、もちろんアメリカ政府の要望にこたえる形で実現したものです。ですからアメリカ側の交渉担当者は、日本側がどんどん言うこ とを聞いてくれたら、もちろん文句は言いません。しかしそういうふうに、強い国の言うことはなんでも聞く。相手が自国では絶対にできないようなことでも、 原理原則なく受け入れる。その一方、自分たちが本来保護すべき国民の人権は守らない。そういう人間の態度を一番嫌うのが、実はアメリカ人という人たちなの です。だから、心のなかではそうした日本の態度を非常に軽蔑している。
  私の友人に同い年のアメリカ人がいて、新聞社につとめているのですが、こうした日本の政治家や官僚の態度について、彼は「インテグリティがない」と表現し ていました。「インテグリティ(integrity)」というのは、アメリカ人が人間を評価する場合の非常に重要な概念で、「インテグレート」とは統合す るという意味ですから、直訳すると「人格上の統合性、首尾一貫性」ということになると思います。つまりあっちとこっちで言うことを変えない。倫理的な原理 原則がしっかりしていて、強いものから言われたからといって自分の立場を変えない。また自分の利益になるからといって、いいかげんなうそをつかない。ポジ ショントークをしない。
  そうした人間のことを「インテグリティがある人」と言って、人格的に最高の評価をあたえる。「高潔で清廉な人」といったイメージです。一方、「インテグリ ティがない人」と言われると、それは人格の完全否定になるそうです。ですからこうした状態をただ放置している日本の政治家や官僚たちは、実はアメリカ人の 交渉担当者たちから、心の底から軽蔑されている。そういった証言がいくつもあります。

 沖縄の米軍基地をすべて許可なしで撮影し、本にした

 こうしたとても信じられない現実を知った驚きが、沖縄から帰って私が米軍基地の本を書いたり、「はじめに」でふれた「〈戦後再発見〉双書」という歴史シリーズを立ちあげる原動力になりました。
  米軍基地の本というのは、先にふれた撮影旅行でつくった沖縄・米軍基地の観光ガイドブックです。(右下写真)
  沖縄にある二八の米軍基地をすべて許可なしで撮影し、解説を加えています。「〈戦後再発見〉双書」は、私がこの本を書いたことがきっかけで、スタートすることになりました。
  いま、米軍基地をすべて許可なしで撮影し、本にしたと言いましたが、本当はそんなことをしてはいけないのです。だいたい軍事基地というのは、海外では近くでカメラを出しただけで没収され、連行されてしまいます。 

 『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること――沖縄・米軍基地観光ガイド』(2011年/書籍情報社)

 ロシアの専門家である孫崎享うけるさん(『戦後史の正体』著者・元外交官)に最初にお会いしたとき、「よくこんな本をつくりましたね。ロシアだったら、あなたとカメラマンはまちがいなく射殺されてますよ」
  と言われました。沖縄で車の運転を頼んだ年配のドライバーも、「戦前の日本軍だったら死刑さぁ」と言っていました。
  もちろんいまの日本では、そんなことはありませんが、最悪逮捕されることはありえると思っていました。というのは、撮影を始めてからわかったことですが、 米軍を日本に駐留させるにあたってつくられた「刑事特別法」という特別な法律があって、そうした撮影が軍事情報の漏洩と判断されたら、一〇年以下の懲役に なってしまうからです。これは安倍政権が二〇一三年に成立させた特定秘密保護法の原型ともいうべき法律で、非常に重い罪が設定されているのです。

 ◆二〇一〇年六月、鳩山・民主党政権の崩壊

 それなのに私のような気の小さい人間が、なぜそんなことをしたかと言いますと、それはいまからちょうど四年前、非常に怒っていたからです。なにに対してかというと、鳩山民主党政権の無残な崩壊に対してでした。
  鳩山由紀夫さんの歴史的評価は、さまざまだと思います。 政治は結果責任だという考えからすれば、非常に低い評価しかあたえられない。事実、鳩山政権の登場した前とあとで、日本の政治は信じられないほど悪くなっ ています。その責任はきわめて重い。多くの人が、もう民主党のことは思い出したくもないと思っている。実は私もそうなのです。
  しかし二〇〇九年の八月、多くの日本人が、さすがに自分たちはもう変わらなければいけないと思った。そのことは事実です。戦後ずっと、日本はかなりうまく やってきた。アメリカの弟分(ジュニア・パートナー)としてふるまうことで、敗戦国から世界第二位の経済大国にまでのぼりつめた。しかしそのやり方が、さ すがに限界にきてしまった。多くの人がそう思ったのではないでしょうか。
  だから戦後初の本格的な政権交代が起こった。国民の支持も非常に高かった。なにかやってくれるんじゃないか。日本が変わるべきときに、変わるべき方向を示 してくれるんじゃないか。いまはすっかり評価を落としてしまいましたが、当時はそういう大きな期待を集めた政権でした。

 ◆本当の権力の所在はどこなのか?

 けれども二〇〇九年九月に成立した鳩山政権は、わずか九カ月しか続きませんでした。とくに問題だったのは、その倒れるまでのプロセスです。
  最近のことですので、みなさんよくご記憶だと思いますが、まず鳩山政権が誕生する半年前の三月三日、当時民主党代表だった小沢一郎氏の公設秘書が、政治資 金規正法違反の容疑で逮捕されました。いわゆる「小沢事件*」の始まりです。鳩山さんはそのときはまだ、同党のナンバー2である幹事長でした。
  遅くとも半年後には総選挙が予定されており、そこで首相になることが確実視されていた野党第一党の党首を、まったくの冤罪(その後、裁判であきらかになりました)で狙い撃ちしたのですから、これは完全な国策捜査でした。
  しかし本書では、この三月の時点での検察の攻撃を問題にするつもりはありません。もちろんあってはならないことですが、実は歴史のなかでこれは非常によく あるケースだからです。検察というのは、独立性は高いが行政組織ですから、政権の座にいる権力者(この場合は自民党)が政敵を失脚させるために検察を使 う。これは日本でも海外でもよくある話です。
  ところがこの二〇〇九年のケースが異様だったのは、九月に民主党が政権をとったあとも、検察からの攻撃がやまなかったことでした。鳩山首相と小沢幹事長、 つまり国民の圧倒的な支持を得て誕生した新政権のNO1とNO2を、検察がその後もずっと野党時代と変わらず攻撃しつづけた。検察からリークを受けた大手 メディアも、それに足並みをそろえた。
  この時点で日本の本当の権力の所在が、オモテの政権とはまったく関係のない「どこか別の場所」にあることが、かなり露骨な形であきらかになったわけです。

 *?この時点では「西松建設事件」。のちにこの事件は公判を維持できなくなり、政権交代後、「陸山会事件」が訴因に加えられました。この二つをあわ せて、「小沢事件」と呼びます。「西松建設事件」での秘書の逮捕から二カ月後、小沢氏は民主党代表を辞任し、その後おこなわれた党内選挙の結果、鳩山氏が 代表に就任し、三カ月後の総選挙で勝利しました。

官僚たちが忠誠を誓っていた「首相以外のなにか」とは?

 そして最終的に鳩山政権を崩壊させたのは、冒頭で写真をお見せした米軍・普天間基地の、県外または国外への「移設」問題でした。外務省自身が「パンドラの箱」と呼ぶ米軍基地の問題に手をつけ、あっけなく政権が崩壊してしまった。
  たいした覚悟も準備もなく、そんなことをしたのが悪かったと批判する人もいます。その気もちもわかります。でもやはり、それは問題の本質ではないんですね。重要なのは、

 「戦後初めて本格的な政権交代をなしとげた首相が、だれが見ても危険な外国軍基地をたったひとつ、県外または国外へ動かそうとしたら、大騒ぎになって失脚してしまった」

 という事実です。つらい現実ですが、ここをはっきり見ないといけない。しかも鳩山さんの証言にあるように、そのとき外務官僚・防衛官僚たちが真正面から堂々と反旗をひるがえした。
  普天間の「移設」問題が大詰めをむかえた二〇一〇年四月六日、鳩山さんが外務省と防衛省の幹部を首相官邸に呼んで秘密の会合をもち、「徳之島移設案」という最終方針を伝えた。そのあと酒をくみかわしながら、
 「これからこのメンバーで、この案で、最後まで戦っていく。力を合わせて目標にたどりつこう。ついてはこういった話し合いが外にもれることが、一番ダメージが大きい。とにかく情報管理だけはくれぐれも注意してくれ」と言った。
 「この情報だけは絶対、外にもらすなよ」と念を押したわけです。
  しかしその翌日、なんと朝日新聞の夕刊一面に、その秘密会合の内容がそのままリークされた*。つまり、 「われわれは、あなたの言うことは聞きませんよ」
  という意思表示を堂々とやられてしまったわけです。官僚たちは、正当な選挙で選ばれた首相・鳩山ではない「別のなにか」に対して忠誠を誓っていたと、鳩山さんは語っています。(「普天間移設問題の真実」友愛チャンネル/二〇一三年六月三日)
  この鳩山さんの証言は翌年、彼が首相を退陣してからちょうど一年後の二〇一一年五月に「確かな証拠ハードプルーフ」によって裏づけられることになりました。ウィキリークスという機密情報の暴露サイトが、この問題に関するアメリカ政府の公文書を公開したのです。
  その内容は、日本のトップクラスの防衛官僚や外務官僚たちが、アメリカ側の交渉担当者に対して、「〔民主党政権の要求に対し〕早期に柔軟さを見せるべきで はない」(高見澤將林たかみざわのぶしげ・防衛省防衛政策局長/現内閣官房副長官補・安全保障担当)とか、「〔民主党の考え方は〕馬鹿げたもので、〔いず れ〕学ぶことになるだろう」(齋木昭隆さいきあきたか・外務省アジア大洋州局長/現外務事務次官)
  などと批判していたという、まったく信じられないものでした。

 *?「朝日新聞」二〇一〇年四月七日夕刊(一面)「米軍普天間飛行場の移設問題で、鳩山首相が六日夜、首相公邸で内閣官房や外務・防衛両省の実務者 でつくる作業部会の初会合を開いていたことがわかった。(略)/首相は(略)普天間のヘリ部隊の大部分を鹿児島県・徳之島に移す方向で米側、地元自治体と 調整するよう指示し、今後の交渉日程や交渉ルートなどを確認したとみられる。/作業部会では、先に米側に伝えた検討状況について、現時点で米側から返答が ない現状も報告された。(以下略)」 

 ◆昔の自民党は「対米従属路線」以外は、かなりいいところもあった

 私は自民党に関しては昔、本をつくったことがあったので(『巨悪vs言論』立花隆/文藝春秋)、自民党にこうした米軍基地の問題、より正確に言え ば対米従属の問題が、絶対に解決できないことはよく知っていました。二〇〇六年にアメリカ国務省自身が認めているように、自民党は一九五五年の結党当初か ら、CIAによる巨額の資金援助を受けていた。その一方でCIAは、社会党内の右派に対しても資金を出して分裂させ、民社党を結成させて左派勢力の力を弱 めるという工作もおこなっていました。(Foreign Relations of the United States, 1964-1968 ; vol.29, Part 2: Japan, United States Government Printing Office.)
  つまり「冷戦」とよばれる東西対立構造のなか、日本に巨大な米軍を配備しつづけ、「反共の防波堤」とする。そのかわりにさまざまな保護をあたえて経済発展 をさせ、「自由主義陣営のショーケース」とする。そうしたアメリカの世界戦略のパートナーとして日本国内に誕生したのが自民党なわけですから、米軍基地問 題について「アメリカ政府と交渉して解決しろ」などと言っても、そもそも無理な話なのです。
  多くの日本人は、実はそうしたウラ側の事情にうすうす気づいていた。だから政権交代が起こったという側面もあった。というのも、いま振り返ってみれば、 森・小泉政権以前の自民党には、かなりいいところがあったわけです。防衛・外交面では徹底した対米従属路線をとったものの、なにより経済的に非常に豊か で、しかも比較的平等な社会を実現した。その点は多くの日本人から評価されていたのだと思います。
  しかし、その自民党路線がついに完全に行きづまってしまった。それなら結党の経緯からいって、彼らには絶対にできない痛みのともなう改革、つまり極端な対 米従属路線の修正だけは、ほかの党がやるしかないだろう。さすがの保守的な日本人もそう考え、最初はためらいながら、しかし最後は勇気をもって、戦後初の 本格的政権交代という大きな一歩を踏み出したのだと思います。

 ◆日本国民に政策を決める権利はなかった

 ところが日本の権力構造というのは、そんな私たちが学校で習ったようなきれいな民主主義の形にはなっていなかった。鳩山政権が崩壊するまで私たち は、日本人はあくまで民主主義の枠組みのなかで、みずから自民党と自民党的な政策を選んできたのだと思っていました。進む道がAとBがあったら、必ずA、 つまり対米従属路線を選んできたけれど、それは自分たちの判断でそうしてきたのだと。
  しかし、そうではなかった。そもそも最初から選ぶ権利などなかったのだということがわかってしまった。日本の政治家がどんな公約をかかげ、選挙に勝利しよ うと、「どこか別の場所」ですでに決まっている方針から外れるような政策は、いっさいおこなえない。事実、その後成立した菅政権、野田政権、安倍政権を見 てみると、選挙前の公約とは正反対の政策ばかりを推し進めています。
「ああ、やっぱりそうだったのか……」
  この現実を知ったとき、じんわりとした、しかし非常に強い怒りがわいてきました。自分がいままで信じてきた社会のあり方と、現実の社会とが、まったくちがったものだったことがわかったからです。
  その象徴が、冒頭からお話ししてきた米軍基地の問題です。いくら日本人の人権が侵害されるような状況があっても、日本人自身は米軍基地の問題にいっさい関 与できない。たとえ首相であっても、指一本ふれることはできない。自民党時代には隠されていたその真実が、鳩山政権の誕生と崩壊によって初めてあきらかに なったわけです。
  いったい沖縄の米軍基地ってなんなんだ、辺へ野の古こってなんなんだ、鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなんだ……。
  よく考えると、それほど重大な問題について、自分はなにも知らないわけです。それで出版業者と言えるのか。これは絶対に一度、自分で見に行くしかない。写真をとって本にするしかないと思いました。

 ◆原動力は、「走れメロス的怒り」

 その本(『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』)を出したあと、東京の書店さんのトークショーでそんな話をしていたら、読者の方から、「矢部さん、それは『走れメロス的怒り』ですね」  と言われたのです。
「えっ? 『走れメロス』ってそんな話だっけ」
  と思って、帰って太宰治の文庫本を引っぱりだして読んでみると、たしかにそうなんです。
  この小説は、後半の友情物語のところ、 「ぼくは一瞬だけ、君を疑った。だからぼくを殴れ」 という場面が非常に有名ですけれど、物語の始まりは政治を知らない羊飼いが、王様のおかしな政治に怒って抗議しにいく話なのです。そしてつかまってしまう。
  冒頭部分を少し読んでみます。
 「メロスは激怒した。必ず、かの邪じゃ知ち暴ぼう虐ぎゃくな王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧ぼく人じん 〔羊飼い〕である。笛を吹き、羊と遊んで暮してきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明、メロスは村を出発し、野を越え山越え、 十里はなれたこのシラクスの市にやって来た」
  私が沖縄に撮影旅行に行ったのは、まさにこうした感じでした。政治を知らぬ、羊飼い的怒りからだったのです。
 「それまで笛を吹き、羊と遊んで暮してきた」などというのは、まさに私にぴったりの表現なのです。私は大学を出たあと、大手広告会社に入ったのですが、 たった二年で会社を辞めて、あとは小さな出版社をつくって美術や歴史など、自分の好きなジャンルの本ばかりつくってきた、そういうきわめて個人主義的な人 間です。ほとんど選挙も行ったことがありませんでした。そうした完全なノンポリが、子どものような正義感で写真家と二人、沖縄に出かけていったというわけ です。

 ◆沖縄じゅうにあった「絶好の撮影ポイント」

 そこから写真家の須田慎太郎さんと一緒に、まったくの無許可で、しかもできるだけ米軍基地に接近して写真をとっていきました。実はそうしたスタイ ルで基地を勝手に撮影した写真集というのは初めてだったのです。それはある意味当然で、米軍と日本政府の判断によっては、勝手に基地の写真をとると逮捕さ れる可能性があるからです。
  あとからわかったことですが、問題を整理するとこうなります。
  われわれ日本人には、国内の米軍基地について、もちろん知る権利がある。近隣の住民にとって非常に大きな危険があり、しかも首相を退陣に追いこむような重 大問題について、米軍からの発表資料だけですませていいはずがない。どこにどういう基地がどれくらいあって、日々、どういう訓練をしているか、自分たちで 調べる権利がある。
  しかしその一方、軍事基地なわけですから、すでにのべたとおり刑事特別法という法律がつくられており、そうした撮影が軍事機密の漏洩と判断された場合、一〇年以下の懲役となる可能性がある。そのアウトとセーフの境目はだれにもわかりません。
  でも沖縄というのは面白いところで、いろいろな場所に「さあ、ここから基地をとれ」というような建物があるんですね。 たとえば嘉か手で納な基地という一 番重要な空軍基地の前には、四階建てのドライブイン(「道の駅かでな」)があって、その四階のデッキが基地を撮影するためにわざわざつくったような絶好の スペースになっている。そこに飛行機マニアがいつも大勢たむろして、望遠レンズで米軍機を撮影している。そういう状況があるのです。
  有名な普天間基地にも、すぐ近くの嘉か数かずの高台という場所に公園があって、そこに地球儀の形をした展望台がある。オスプレイがとまっているところが非常によく見えます。
  どの米軍基地にも、近くにそうした基地を監視するポイントが必ずあって、近くまで行って聞くと住民の人たちがその場所までつれていってくれる。そのおかげで「沖縄米軍基地・観光ガイドブック」もできたわけです。
  だから基本的に、撮影中に逮捕されることはないだろうと思っていました。もちろんわれわれが基地を撮影するときは、フェンスぎりぎりまで接近します。そし て米兵に見つからないよう、すばやく撮影します。ですから非常に怖かったのですが、うまく撮影できたあとは、違法かどうか、弁護士にチェックしてもらえば いいと思っていました。もともとあきらかな法律違反があったら商業出版というのは成り立ちませんので、弁護士によるチェックは不可欠だと思っていました。

 ◆「左翼大物弁護士」との会話

 それで掲載する写真がほぼ決まったとき、写真家の須田さんと一緒に、そうした問題にくわしい弁護士さんのところに行って、原稿をチェックしてもらったのです。ふたり並んで机に座って、
「先生どうでしょう、いろいろ軍事施設や訓練なども写ってますけど、この本をこのまま出したらぼくらはつかまるんでしょうか」
  と聞きました。法的にまずい写真があったら、はねてもらおうと思っていたのです。
「まあ、この写真とこの写真は、やめておいたほうがいいでしょうね」
  そういうふうに助言してもらえると思っていた。
  そうしたらその弁護士さんがジーッと長い時間をかけて、一ページ一ページ原稿を丹念にめくって見て、最後にふっと顔をあげて言ったのが、
 「あのね、矢部さん。この本ねぇ………………絶対に売れますよ」と。
  まったく意外な言葉だったのですが、その時点でそんなことを言われたのは初めてだったので、すっかりうれしくなって、
 「いや先生、大変ありがとうございます。そう言っていただけるなんて、本当に光栄です」
  と、まずお礼を言いました。でも考えてみると、今日はそんな話をしにきたわけじゃない。
  そこでもう一度、「でも今日はそういうお話ではなく、この本をこのまま出したら、ぼくと写真家がつかまるかどうか聞きにきたのです」
  と聞いてみた。すると今度は、 「つかまったら、もっと売れますよ」  と言われてしまった。話が全然かみあわないわけです。
  あとで聞いたらその人は、一九六〇年代にかなり有名な学生運動のリーダーだった人で、当時、ひどいときは年に半分くらいは刑務所に入っていた。もう七〇代で、話し方は非常に紳士的なのですが、ぼくらの態度には不満だったようで、「なんでこんないい企画、面白い企画をしておいて、つかまったらどうするとか、そういうくだらない話をするんだ」
  というのが本音だったようです。いやいや、ぜんぜんくだらなくない。商業出版ですから、つかまることはやりたくないし、できない。
  そのあとよく話を聞いてみると、つまりこういうことでした。彼の長年の経験によればこういう「公安関係の問題」(ということになるのだそうです)は、基本 的に「つかまる、つかまらない」は法律とは関係がない(!)。公安がつかまえる必要があると思ったら、なにもしていなくてもつかまえるし、必要がないと 思ったら、つかまえない。
  公安がよくやるのは、近づいていって、なにも接触してないのに自分で勝手に腹を押さえてしゃがみこんで、「公務執行妨害! 逮捕!」とやる。これを「転ころび公こう妨ぼう」というそうです。それは一種の伝統芸のようなもので、その名人といわれる公安までいる。そういうものだと。
  ひとしきりそうした話を教えてくれたあと、その弁護士さんは最後に、「まあ、基本的には、本を書いた人間をつかまえると、逆に本が売れて困ったことになるから、あなたたちがつかまることはないと思いますよ」 と、少しつまらなそうな顔で言ってくれました。

 ◆沖縄の地上は一八パーセント、上空は一〇〇パーセント、米軍に支配されている

沖縄本島と米軍基地  話をもどしますと、最初に沖縄に行ったあと、一度東京にもどってから出直して、今度は普天間基地の近くにアパートを借りて、約半年かけてその本をつくりま した。四年前までなにも知らなかった、まったくの初心者の目から見た米軍基地問題、日本のおかしな現状のレポートということで、逆にわかりやすい面もある かと思います。さらに数枚、写真を見ながら、ご説明します。
  私もそれまで二度ほど、沖縄に遊びに行ったことはあったのです。でも台湾から船で渡ったり、ゴルフなどして遊んでいただけで、米軍機による住宅地の低空飛 行についてはまったく知りませんでした。飛行機というのはアッという間に飛んできて、飛びさってしまいますので、実際に住んでみないとその危険性はよくわ からないのです。
  じゃあその沖縄の米軍基地の全体像はいったいどうなっているのか。右上がその地図です。沖縄本島の一八%が米軍基地になっています。那覇市の右上にあるのが有名な普天間基地、その上が先ほどふれた嘉手納基地、ずっと上の三角にトンがったところが辺野古岬です。
  実はこうした沖縄の米軍基地の取材を始めるにあたって、専門家の力はまったく借りませ上んでした。というのも、そもそも沖縄に知り合いがひとりもいなかっ た。それで沖縄県のホームページを見ていたら、米軍基地についての情報がとてもよくまとめてあったので、とりあえずそれをプリントアウトして、それだけを 片手に米軍基地めぐりを始めてみたのです。
  だから写真家の須田さんと二人で沖縄に渡る前に、前ページ上の地図は見ていた。そして米軍基地が沖縄本島の一八パーセントを占めているという話を読んで、
「面積の二割近くが米軍基地か……。それは沖縄の人たちも大変だな」
  などと話していたのです。
  ところがそれはあまかった。というのは、たしかに基地そのものは地上面積の一八パーセントだけれども、そこから飛び立った米軍機は一〇ページの図にあるように、基地の上空以外も飛ぶわけです。陸地の上だけでなく、海の上も飛んでいる。
  その理由は「嘉手納空域」というのですが、つい最近まで沖縄の上空は前ページ下の図のようにすっぽりと、米軍の管理空域になっていたからです(二〇一〇年 三月にその管理権が米軍側から日本側へ返還されたことになっていますが、形だけの返還で、実態はほとんど変わっていません)。
  だからいま「面積の一八パーセントが米軍基地だ」と言いましたが、上空は一〇〇パーセントなのです。二次元では一八パーセントの支配に見えるけれど、三次 元では一〇〇パーセント支配されている。米軍機はアメリカ人の住宅上空以外、どこでも自由に飛べるし、どれだけ低空を飛んでもいい。なにをしてもいいので す。日本の法律も、アメリカの法律も、まったく適用されない状況にあります。

日本じゅう、どこでも一瞬で治外法権エリアになる

 さらに言えば、これはほとんどの人が知らないことですが、実は地上も潜在的には一〇〇%支配されているのです。
  どういうことかというと、たとえば米軍機の墜落事故が起きたとき、米軍はその事故現場の周囲を封鎖し、日本の警察や関係者の立ち入りを拒否する法的権利をもっている。
  こう言うと、「ちょっと信じられないな」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしこれは議論の余地のない事実なのです。その理由は一九五三年に日米両政府が正式に合意した次の取り決めが、現在でも効力をもっているからです。(『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』前泊博盛編著/創元社)

 「日本国の当局は、(略)所在地のいかんを問わず合衆国の財産について、捜索、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない」(「日米行政協定第十七条を改正する議定書に関する合意された公式議事録」一九五三年九月二九日、東京)

 一見、それほどたいした内容には思えないかもしれません。しかし実は、これはとんでもない取り決めなのです。文中の「所在地のいかんを問わず(= 場所がどこでも)」という部分が、ありえないほどおかしい。それはつまり、米軍基地のなかだけでなく、「アメリカ政府の財産がある場所」は、どこでも一瞬 にして治外法権エリアになるということを意味しているからです。
  そのため、墜落した米軍機の機体や、飛び散った破片などまでが「アメリカ政府の財産」と考えられ、米軍はそれらを保全するためにあらゆる行動をとることができる。一方、日本の警察や消防は、なにもできないという結果になっているのです。

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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国民洗脳から脱出せよ! (国民洗脳から脱出せよ!)
2015-07-17 12:33:52

強欲ユダヤ金融による、超高速取引がもたらす官製相場の暴落が始まるぞ! アメりカの洗脳広告代理店、電通による、テレビ、新聞、週刊誌、ラジオ等の、マスコミを使った偏向報道で、見事な国民洗脳をされ続ける日本人は、自分自身の脳、すなわち思考そのものを点検せよ! さらにネット洗脳システムのツイッターやフェイスブック利用者、まとめサイトには注意が必要である。 我々はハッ、と気付いて、常に注意深く、用心して、警戒し、疑いながら生きれば、騙されることはない。 すべてを疑うべきなのだ!

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