乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2-①

2016-12-04 08:50:40 | 原発事故・放射能 被曝・汚染

【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか 全文

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【著書紹介】:日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか Part2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか 全文

PART 2 福島の謎 日本はなぜ、原発を止められないのか

 沖縄の取材から東京にもどって『沖縄・米軍基地観光ガイド』を書き始め、だいたい原稿が完成したころに東日本大震災が起こりました(二〇一一年三月一一 日)。そしてつづいて福島の原発事故が起こる。最初はただ混乱するだけでしたが、二週間ほどすると状況が少しずつ見えてきました。
 直前に沖縄を取材して、米軍基地をめぐる裁判について調べたばかりだったので、夏になるころには「沖縄イコール福島」という構造が、はっきりと見えていました。
 つまり四三ページ左下の三角形の図と同じで、原発についてもおそらく憲法は機能しない。これから沖縄国際大学・米軍ヘリ墜落事故を何万倍にも巨大にしたような出来事が、必ず起きる。
 沖縄の米軍ヘリ墜落事故では、加害者(米軍)が現場を封鎖して情報を隠蔽した。被害者(市民)が裁判をしても必ず負けた。そしてしばらくすると、加害者 (米軍)が「安全性が確保された」と言って、平然と危険な訓練を再開した。福島でもその後、実際にそうなりつつあるわけです。

 ◆福島で起きた 「あきらかにおかしなこと」

 原発事故が起きてから、私たち日本人はずっと大きな混乱のなかにいます。情報が錯綜するなか、東北や関東に住む多くの人びとが、「すべてを捨てて安全な場所へ逃げたほうがいいのか」「いまの場所にとどまって、生活の再建を優先したほうがいいのか」
 そうした究極の選択を迫られることになったのです。
 なかでも福島のみなさんは、二〇万人もの方たちが家や田畑を失い、仮設住宅のなかで明日をも知れぬ日々を送ることになりました。いくら室内をふいても、 またもとにもどってしまう放射線の数値。とくに小さなお子さんをもつお母さん方の苦しみは、まさに言葉では言いつくせないものがあったでしょう。
 そんななか、少し事態が落ち着いてくると、被災者たちは信じられない出来事に次々と直面することになったのです。なかでも、もっともおかしかったのは、 これほどの歴史的大事故を起こし、無数の人びとの家や田畑を奪っておきながら、その責任を問われた人物がひとりもいなかったということでした。
 「そんなバカな!」
 考えてみてください。工場が爆発して被害が出たら、必ず警察が捜査に入ります。現場を調べ、事情を聴取して安全対策の不備を洗い出し、責任者を逮捕するはずです。工事現場でクレーンが倒れ、通行人がケガ人をした程度の事件でも同じです。
 それなのになぜ、この大惨事の加害者は罰せられないのか。警察はなぜ、東京電力へ捜査に入らないのか。安全対策に不備があったかどうか、なぜ検証しないのか。家や田畑を失った被害者に、なぜ正当な補償がおこなわれないのか。

 ◆被害者は仮設住宅で年越し、加害者にはボーナス

 そうした被災者たちの憤ふん懣まんは、事故の起きた二〇一一年の年末、もっともグロテスクな形であきらかになりました。多くの被災者たちが仮設住宅で 「どうやって年を越せばいいのか」と頭をかかえているとき、東京電力の社員たちに、なんと年末のボーナスが支給されたのです。
 福島のなかでも、原発のすぐそばにある双ふた葉ば町まちは、もっとも深刻な被害を受けた町です。その町民とともに埼玉県に疎開した井い戸ど川がわ克かつ隆たか町長(当時)は、このニュースを聞いたときほど悔しい思いをしたことはなかったと語っています。
 「被害者である福島県民が見知らぬ仮住まいのなか、放射能におびえ、毎日壁を掃除しながら不安な日々を送っているのに、どうして加害者であるはずの東京電力の社員たちが、ボーナスをもらってヌクヌクと正月の準備をしているのか」
「現在、われわれは強制収容所に入れられているようなものだ。ただ食べ物とねぐらをあたえておけばいいというのでは、家畜と同じではないか」(二〇一一年一二月三日「完全賠償を求める総決起大会」)
 翌二〇一二年一月八日、井戸川町長は福島県庁で面会した野田佳彦首相(当時)に、こう問いかけています。
 「われわれを国民と思っていますか、法のもとの平等が保障されていますか、憲法で守られていますか」
 まさに福島で原発災害にあった人たちの思いが、戦後七〇年にわたり沖縄で基地被害に苦しみつづけてきた人たちの思いと、ぴたりと重なりあった瞬間でした。

 ■なぜ、大訴訟団が結成されないのか

 おそらく普通の国なら半年もたたないうちに大訴訟団が結成され、空前の損害賠償請求が東京電力に対しておこなわれたはずです。
 しかし日本ではそうならなかった。ほとんどの人が国のつくった「原子力損害賠償紛争解決センター」という調停機関を通じて事実上の和解をし、東京電力側 の言い値で賠償を受けるという道を選択したのです。それはいまの日本社会では、いくら訴訟をして「お上かみにたてついて」も、最高裁まで行ったら必ず負け るという現実を、みんなよくわかっているからでしょう。
 事実、原発関連の裁判の行方は、沖縄の基地被害の裁判を見ると予測できるのです。PART1で見たように、住民の健康にあきらかな被害をおよぼす米軍機 の飛行について、最高裁は住民の健康被害を認定したうえで、「飛行の差し止めを求めることはできない」という、とんでもない判決を書いています。福島の裁 判でも、それと同じような事態が起こることが予想されました。

 ■福島集団疎開裁判

 そして残念ながら、その後、やはりそうなっているのです。
 現在、私たち関東や東北に住む人間がもっとも気にしているのが、子どもの被ひ曝ばく問題です。子どもというのは放射能による健康被害を大人よりも受けやすく、その影響は三倍から一〇倍とされ、非常に病気になりやすい。だからとにかく子どもたちを早く逃がすべきだ。
 完全に移住させることが無理なら、定期的に放射線の数値が低い場所に疎開させて、免疫力の低下を防ぐしかない。定期的に一、二週間疎開するだけでもずいぶん被害が減ることは、チェルノブイリの事例でわかっているからです。
 そのため現在、福島集団疎開裁判という裁判が柳原敏夫弁護士などによっておこなわれています。第二次世界大戦のとき、大人は苦しい生活のなか、ちゃんと 子どもを空襲のない土地に疎開させたじゃないか。それと同じだ。だから子どもたちを安全な県外に移住させるために行政措置をとれ、税金を出せという裁判で す。
 この部分をよく見ていただきたいのですが、昨年(二〇一三年)の四月二四日、仙台高等裁判所はその集団疎開裁判の判決のなかで、こうのべています。
 「チェルノブイリ原発事故後に児童に発症したとされる被害状況に鑑かんがみれば、福島第一原発付近で生活居住する人びと、とりわけ児童の生命・身体・健康について、由々しい事態の進行が懸念されるところである」
 そうはっきり判決に書いているのです。これはなにを意味しているかというと、ほぼ確実に数年以内に、甲状腺癌がんになった子どもたちが大量に出現すると いうことです(すでに統計上、あきらかな兆候が出ています)。チェルノブイリで起きたように、先天性障害や心臓病になった子どもたちも数多くあらわれるこ とが予想される。裁判所がそれを認めているのです。
 しかし、それでも子どもを救うための行政措置をとる必要はないという判決が出てしまった。住民側敗訴です。その理由のひとつが、多くの児童を含む市民の 生命・身体・健康について、「中長期的には懸念が残るものの、現在ただちに不可逆的な悪影響をおよぼすおそれがあるとまでは証拠上認めがたい」からだとい うのです。
 いったいこの「高等」裁判所はなにを言っているのでしょう? おなじ判決文の前段と後段に論理的な整合性がない。これは先にふれた沖縄の米軍機・騒音訴訟とまったく同じ構造なのです。

 ◆原発関連の訴訟にも「統治行為論」が使われている

 沖縄で積み重ねられた米軍基地裁判の研究から類推して、こうしたおかしな判決が出る原因は、やはり「統治行為論」しか考えられないと思います。仙台高等 裁判所の判決文を読むと、判事のなかに「真っ当な判決」を書こうと努力した人がいたことがわかります。けれどもその人物が書いた「とりわけ児童の生命・身 体・健康について、由々しい事態の進行が懸念される」という判決文に接つぎ木される形で、「しかし行政措置をとる必要はない」という非論理的な結論が出さ れてしまった。いったいそれはなぜなのか。
 これまで原発に関する訴訟では、たった三件だけ住民側が勝訴しています。
 まず日本で初めての住民側勝訴の判決、しかも現在にいたるまで、高等裁判所で唯一の住民側勝訴(設置許可無効)の判決*1を書いたのが、当時名古屋高裁金沢支部の判事だった川崎和夫裁判長です。
 その川崎氏は、のちに朝日新聞記者の質問に答えて、自分はそういう考えをとらなかったが、「原発訴訟に統治行為論的な考え方を取り入れるべきだという人 がいることは聞いたことがあります」とはっきりのべています。(『原発と裁判官』磯村健太郎+山口栄二著/朝日新聞出版)
 次に地方裁判所(金沢地裁)で最初の住民側勝訴(運転差し止め)の判決*2を書いたのが、現在弁護士として、柳原弁護士とともに集団疎開裁判を手がけている井戸謙一裁判長です。
 そして三番目が、今年(二〇一四年)五月二一日、大おお飯い原発三、四号機の再稼働を差し止める住民側勝訴の判決*3を書いた、福井地裁の樋口英明裁判長です。
 この樋口判決は、人びとに大きな勇気をあたえるものでした。それはこの判決が、安倍政権の進める圧倒的な原発再稼働への流れのなかで、人びとが口に出し にくくなっていた原発への不安や怒りを、チェルノブイリの事例をもとに、論理的に、また格調高い文章で表現してくれたからでした。

 「地震大国日本において基準地震動〔関西電力が設定した最大振動=七〇〇ガル〕を超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しにしかすぎない」「当裁判所は、〔関西電力側が展開したような〕きわめて多数の人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」

 日本の司法は、まだ死んではいなかった。そう思わせてくれるすばらしい判決内容でした。しかし残念ながら、現在の法的構造のなかでは、この判決が政府・ 与党はもちろん、関西電力の方針に影響をあたえる可能性も、ほとんどありません。少なくとも最高裁までいったら、それが必ずくつがえることを、みんなよく わかっているからです。

 *1?二〇〇三年「動燃・もんじゅ訴訟 二審判決」/二年後の最高裁判決で住民側・逆転敗訴。
 *2?二〇〇六年「北陸電力・志し賀か原発二号機訴訟 一審判決」/三年後の控訴審で住民側・逆転敗訴。
 *3?二〇一四年「大飯原発三、四号機差し止め訴訟 一審判決」。 

 ◆沖縄から見た福島

 福島の状況が過酷なのは、私がいま説明したようなウラ側の事情についての知識が、県内でほとんど共有されていないというところです。話しあう人がいない。当然です。いままでなにも問題なく暮らしていたところに、突然、原発が爆発したわけですから。
 その点、沖縄には長い闘いの歴史があって、米軍基地問題についてさまざまな研究の蓄積があり、住民の人たちがウラ側の事情をよくわかっている。また、そ うした闘いを支える社会勢力も存在する。まず「琉球新報」と「沖縄タイムス」という新聞社二社がきちんとした報道をし、正しい情報を提供しています。政治 家にも大田昌秀・元沖縄県知事や、伊波洋一・元宜野湾市長のような素晴らしい知識人がいる。名護市の稲嶺進市長のような、もともと市の職員だった、まさに 民衆のなかから生まれた「闘う首長」もいる。大学教授や弁護士、新聞記者のなかにも、きちんと不条理と闘う人たちが何人もいる。
 しかし福島県にはそうしたまとまった社会勢力は存在しない。もちろん地元メディアや市民団体の人たちはがんばっていますが、それを支える社会勢力がな い。そんななか、原発推進派の政治家たちが、被害者である県民たちを、放射能で汚染された土地に帰還させようとしているのです。
 ですから福島で被災している方々に、そうした沖縄の知恵をなんとか伝えたい。戦後七〇年近く積み重ねられてきた沖縄の米軍基地問題についての研究と、そ こであきらかになった人権侵害を生む法的な構造を、福島のみなさんになんとか知っていただきたいと思って、いまこの本を書いているのです。日本はなぜ、原 発を止められないのか
 福島原発事故という巨大な出来事の全貌があきらかになるには、まだまだ長い時間が必要です。政府はもちろん情報を隠蔽しつづけるはずですし、米軍基地問題のように、関連するアメリカの機密文書が公開されるまでには、三〇年近くかかります。
 もちろん私たちにそれを待つ時間はのこされていません。歴史的経緯がきれいに解明されたとき、すでに日本全土が放射能で汚染されていては意味がないから です。ですから原発を動かそうとしている「主犯はだれか、その動機はなにか」という問題について、本書では棚上げにすることをお許しください。
 主犯は、いったいだれなのか。みずからの間違いを認め、政策転換をする勇気のない日本の官僚組織なのか。原発利権をあきらめきれない自民党の政治家なの か。同じ自民党のなかでも、核武装の夢を見つづけている右派のグループなのか。 それとも電力会社に巨額の融資をしてしまっている銀行なのか。国際原子力 村とよばれるエネルギー産業やその背後にいる国際資本なのか。その意向を受けたアメリカ政府なのか。
 いろんな説がありますが、実態はよくわかりません。とりあえず本書では、犯人は「原発の再稼働によって利益を得る勢力全員」と定義しておきたいと思います。
 より重要な問題は、「動かそうとする勢力」ではなく、「止めるためのシステム」のほうにあります。福島の事故を見て、ドイツやイタリアは脱原発を決めた。台湾でも市民のデモによって、新規の原発(台湾電力・第四原子力発電所)が建設中止に追いこまれた。
 事故の当事国である日本でも、もちろん圧倒的多数の国民が原発廃止を望んでいる*。すべての原発が停止した二〇一四年夏、電力需要のピーク時に電力はじゅうぶんな余裕があり、原発を全廃しても日本経済に影響がないことはすでに証明されている。
 それなのに、日本はなぜ原発を止められないのか。
*?脱原発「賛成」七七%、原発再稼働「反対」五九%(「朝日新聞」世論調査/二〇一四年三月一五、一六日)

 ◆オモテの社会とウラの社会

 この問題を考えるとき、もっとも重要なポイントは、いま私たちが普通の市民として見ているオモテの社会と、その背後に存在するウラの社会とが、かなり異 なった世界だということです。そしてやっかいなのは、私たちの眼には見えにくいそのウラの社会こそが、法的な権利にもとづく「リアルな社会」だということ なのです。
 PART1の最後でご説明したとおり、オモテの最高法規である日本国憲法の上に、安保法体系が存在するというのがその代表的な例のひとつです。
 「そんなバカな。めちゃくちゃじゃないか」
 とあなたはおっしゃるかもしれません。私もそう思います。しかし現実の社会は、そのめちゃくちゃな法体系のもとで判決が出され、権力が行使され、日々経 済活動がおこなわれているのです。ですからその構造を解明し、正しく変える方向に進むことができなければ、オモテの社会についていくら論じたり、文句を 言ったりしても、まったく意味がないということになってしまうのです。
 さらに複雑な問題があります。PART1でご説明した。

 ◆矢部宏治 やべ ・こうじ
 1960年、 兵庫県西宮市生まれ。 慶応大学文学部卒。 (株)博報堂マーケティング部をへて、1987年より書籍情報社代表。 著書に 『本土の人間は知らないが、 沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)、 共著書に 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。 企画編集シリーズに「〈知の再発見〉 双書(既刊165冊) 」「J.M.ロバーツ世界の歴史・日本版(全10巻) 」 「〈戦後再発見〉 双書(既刊3冊) 」 (いずれも創元社)。集英社インターナショナル1

 集英社インターナショナル 主要出版物 【日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 矢部宏治・著】 2015年05月10日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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