石川賢原作の漫画だが、師匠の永井豪のデビルマンにインスパイアされてできたのだそうだ。優れた芸術家(表現者)は無意識下の衝動に形(象)を与える。それは言葉にできる預言ほど明確ではないがそれよりはるかに深い寓意を潜ませていることがある。それを読み解くのはタロットの絵解きに似ている。漫画はタロットカードよりはるかにこの用途に適している道具だ。媒体として自分でも気づかないまま真実を、知るべき人間に伝えることもある。 デビルマンよりことさらに魔獣戦線にこの傾向が強い。この12使徒と同じ感性と意図を持つ人間が確かにいる。同じような見えざる意思に従い狂気を行う人間たち(と呼ぶべきか?)もいる。彼らは神の忠実な下僕を自認してさえいる。泣き叫んで命乞いをする瀕死の人間を轟然と見下ろし、とめどもない悪意を笑いながら行える性根の生き物というのは一体何者だろうかとも思う。慄然とするより他ない想像しうる最悪の悪意の持ち主たち。もはや人と呼ぶには値しないまがい物の超人たち。忌むべきは魔獣の姿形の恐ろしさではなく、美しい仮面に潜んだ残酷な心根のほうだ。 この作品の主人公の父親の考えと、バイオレンスジャックに出てくる人間犬の姿にはいつだって底知れない恐怖を感じたものだ。が現実はもっと淡々と酷く惨い。そしてこちらも淡々と相手の行方をうかがっている。おそらくどちらにも慈悲は欠けているのだと思う。
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