自民党のたばこ議連に押し切られ、骨抜きにされた厚労省の「受動喫煙防止法案」が、来月から始まる都議会選挙の争点になりそうだ。バトルを仕掛けたのは小池百合子・東京都知事。「しがらみだらけ」のたばこ容認派の政治家たちは、「しがらみなき政治」を標榜する小池都知事にとって格好の獲物なのだ。(ノンフィクションライター 窪田順生)

「たばこ」が争点になる都議会戦
小池百合子が仕掛ける“ガチ勝負”

「たばこ」を争点にすれば、都議会選挙で圧勝できる――小池都知事が仕掛ける“ガチバトル”には、したたかな読みが透けて見える。新たな小池劇場の幕開けだPhoto:Rodrigo Reyes Marin/AFLO

 もしかして今回の選挙は、日本人が初めて「たばこ」というものと真剣に向き合う契機になるかもしれない。

 厚生労働省が飲食店や居酒屋も原則禁煙とする健康増進法改正案をまとめたものの、自民党「たばこ族」の激しい反発にあって今国会での成立が絶望的になるなかで、その無念さを晴らすかのような形で小池都知事が、厚労省案に近い受動喫煙防止条例を都議選の「公約」にすると表明したのである。

 これを受けて、自民党東京都連も国政と異なる対応策を出すと表明。さらに、民進、公明も追随することで、来月から始まる都議選自体が「受動喫煙対策バトルの第2ラウンド」のような様相を呈している。

 個人的には、この動きは非常に興味深い。日本初の「たばこ」が争点となる選挙になるかもしれないからだ。

 これまでも「受動喫煙」が争点になる選挙がなかったわけではないが、ほぼ例外なく公約として掲げられる時点で形骸化されている。神奈川県に住んでいる方ならばわかると思うが、「受動喫煙防止条例」なるものがあっても、小さな飲食店ではごく普通に子どもや妊婦の横で、愛煙家がプカーっとやっているのが現実なのだ。

 しかし、今回は違う。厚労省が掲げた「屋内原則禁煙」というベンチマークがあるので、そこへどれだけ寄るか、もしくは離れるかで各政党のスタンスが「見える化」される。これまでのようにシレッとした顔で骨抜きにすることは難しい。

 また、選挙後には「望まない煙を吸い込む」という被害がどれだけ減ったのかというKPIを、有権者自身が測定できることも大きい。「待機児童問題、一刻も早く解決します!」「受動喫煙防止対策、がんばります!」と選挙期間中に喉を枯らして訴えたけれど、当選したら是々非々で、という「ゆるやかな公約違反」が通用しない「ガチ」の公約なのだ。

あの蓮舫氏もダンマリを決め込む
たばこを巡る「大人の事情」とは

 では、そのようなセメントマッチ(真剣勝負)を、なぜ小池都知事は仕掛けたのかというと、3つの理由がある。まず、ひとつ目は、ここを争点化することに成功すれば、都民ファーストの会が圧勝する可能性が出てくるからだ。

 各政党が受動喫煙防止対策を出すということだが、自民党東京都連は、ほぼ間違いなく厚労省案と懸け離れた「骨抜き案」を出してくるだろう。党厚労部会で了承がとれなかったものを、東京都連が「公約」として掲げられるほど、自民党は自由な組織ではない。

 では、民進党ならばできるかというとこれもビミョーだ。ご存じのようにこの党は「労組票」をなくすと、またごそっと議席を失ってしまう。JT労組や飲食業関連の組合のことを念頭に置けば、厚労省案など支持できるわけがない。自民党の決定には脊髄反射のごとく反対する蓮舫さんたちが、なぜか受動喫煙防止対策に関しては大騒ぎをしないのは、そういう「大人の事情」があるのだ。

 一方、都民ファーストの会はテレビでおなじみの音喜多駿都議をはじめ、受動喫煙防止を訴えてきた議員が多い。小池都知事が「共闘」を宣言している公明党も同様で、「がん対策」の流れから受動喫煙防止に熱心な女性議員が多く、かねてからたばこの害にまつわる勉強会も開催している。

 つまり、現時点で「厚労省案」に準じた受動喫煙防止対策を政策として実現できそうなのは、これら「小池派」だけなのである。豊洲新市場移転問題や待機児童問題など、どの政党も主張は似たりよったりであるなかで、このテーマでは、明確に「差別化」できる。

 また、もしこの受動喫煙防止対策が大きな争点となった場合、自民党が「割れる」という事態も起きる可能性がある。自民党都連の有力支援団体のひとつである東京都医師会の尾崎治夫会長が言う。

「医師会はこれまで自民党を応援してきたが、受動喫煙防止という一点だけはどうしても不協和音が出てしまう。自民のなかでも厚労省案のような厳しい規制に賛成だという若手議員も少なくない。そこで次の都議選では、私たちが考える医療政策について全候補者へアンケートを送って、その結果を参考にして推薦を決めようと考えている」

 その医療政策の中には、厚労省案に準じる受動喫煙防止対策が含まれている。つまり、「たばこ」をめぐる議論が大きく盛り上がっていくと、自民党東京都連の候補者内でもさまざまな主張をする者が現れ、「分裂選挙」の様相を呈していく恐れがあるのだ。

 こうなれば、「小池派」が俄然有利になるというのは説明の必要がないだろう。

全国的にはたばこ容認派が多いが
東京に限れば原則禁煙派が多数

 いや、待て待て、仮に「受動喫煙防止対策」が争点化されたとしても、厚労省案のように屋内原則禁煙を掲げた条例が有権者に支持されるかどうかは別の問題だろ、という意見があるだろう。

 確かに、産経新聞とFNNが合同でおこなった世論調査では、厚労省案を支持したのは37.6%にとどまり、「喫煙」「分煙」「禁煙」を選んだ上で表示を義務付ける自民党たばこ議員連盟の対案を支持する声が60.3%に達している。

 この結果を受けて、自民党のたばこ議連メンバーは「受動喫煙対策は国際的な潮流というが、むしろ国内世論はわれわれを支持している」(産経ニュース4月9日)として勝利宣言をしたほどだが、この調査が「全国」を対象としていることを忘れてはいけない。

 実はそれこそが、小池都知事が「たばこ戦争」を仕掛けた2つ目の理由だ。

 2015年5月28日、国立研究開発法人国立がん研究センターと、がん対策情報センターたばこ政策研究部が出した「東京オリンピックのたばこ対策について都民アンケート調査」では、東京オリンピックに向けて罰則つきの規制を求める意見が過半数を占め、都民の4分の3はなにかしらの規制の導入が必要だと回答しているのだが、ここで注目すべきは、75.5%に及ぶ人が「受動喫煙防止のために分煙は効果がない」と述べていることだ。

 実際、受動喫煙に分煙は効果なし、というのは科学的に立証されている。厚労省案もこれに基づいて、「原則禁煙」を掲げてきた。都民の7割が「分煙は効果なし」と思っているということは、裏を返せば7割の都民が厚労省案に近い、都民ファーストの会の公約を受け入れる土壌があるということだ。

 全国区の話ならば、先ほどの世論調査のように勝機はないが、東京都民の多くは「分煙への不信感」を持っている。この層を「票田」とすることができれば一気に風をつくることができるというのは、松沢成文・神奈川県知事時代の選挙を見れば明らかだろう。

 もちろん、「分煙不信」の75.5%のすべてが、厚労省のような「全面禁煙」を望んでいるわけではなく、そのうちの36.2%は、「効果はないと思うが、喫煙者と非喫煙者が共存する現状では分煙はやむを得ない」と答えている。つまり、「分煙は効果がないのはわかっているけど、飲食店も困るだろうし、愛煙家もいるわけだからしょうがないじゃん」という自民党的な「意見」が多いのである。

 じゃあ「飲食店原則禁煙」なんて訴えて選挙を戦うのは、かなりリスキーじゃないかと思うかもしれないが、むしろここが都民ファーストの最大の「勝機」となる。

しがらみだらけの政治家は
小池都知事の格好の標的

 先ほどの分煙を消極的に支持している36.2%というのは、わかりやすく言うと、「たばこの害はわかるけど、世の中にはいろいろ“しがらみ”があるんだから」という、いわば物わかりのいい考え方をする人たちだ。

 実はこの考え方は「たばこ」というものの本質をついている。害はあって世界的には問題視されているけど、日本では財務省と「たばこ事業法」に守られている。食事中はたばこの煙なんて吸いたくないという人もいれば、食後の一服がたまらんという人もいる。つまり、「たばこ」というものは「しがらみ」の権化のような存在なのだ。

 これこそが、小池都知事が「たばこ」を争点に選んだ最大の理由である。

 都知事選に出馬した際、「組織やなんらかのしがらみを越えて、この都知事選に邁進していく」という第一声を上げたことからもわかるように、小池氏は都知事になってからずっと「しがらみのない政治家」というブランディングを続けている。

 正義のヒーローの価値を高めるには、「悪」の存在が必要不可欠であるように、「しがらみのない政治家」の価値を高めるには、正反対の存在である「しがらみだらけの政治家」にも光を当てなくてはいけない。

 選挙期間中に「都議会のドン」を名指しで批判し、知事になったら豊洲新市場の地下ピットをわざわざ「謎の地下空間」と言い換え、石原慎太郎氏と一戦をまじえたのも、オリンピック会場問題で森喜朗さんという、これまた「しがらみ感」の強い政治家を向こうに回したのも、すべては「しがらみのない小池百合子」というブランディングのため、という見方もできるのだ。

 そのような「しがらみ」との戦いのなかで支持を拡大してきた小池都知事にとって、「受動喫煙防止対策」がどのような意味を持つのか考えていただきたい。

「屋内全面禁煙は国際的にも大きな流れで、どの国も大きな混乱なく導入されており、飲食店の売り上げは減るどころか、むしろ増えていますよ」という厚労省側の説明を、「海外の話なんか知るか!日本は特別な国なんだから関係ねぇんだよ!」と突き返す自民党の「たばこ族」は、特定の業界にとっては立派な代弁者であるが、一般国民にとっては「しがらみ」の塊にしか見えない。

 つまり、「しがらみハンター」である小池都知事にとって格好の獲物なのだ。

禁煙をゴリ押しするIOCとWHOも
小池都知事の応援団に

 東京都の受動喫煙防止条例は、舛添要一前都知事が自民党東京都議団の厳しい反発を受けて即座に引っ込めた経緯がある。今回の厚労省案はそもそも、IOC(国際オリンピック委員会)やWHO(世界保険機関)という「外圧」を受けて、官邸主導で進められた。にもかかわらず、自民党のたばこ族が騒ぎ始めたら案の定というか、紛糾してしまった。

 これまでの都知事も官邸も、そして自民党も「しがらみ」で断念せざるを得なかった、「たばこ」というタブーに躊躇なく切り込むというのは、小池都知事の「しがらみなき政治家」のブランディングをより確かなものにする、というのは言うまでもないだろう。

 15日の自民党厚労部会で、塩崎恭久厚生労働相は「まったく厚労省案のままでいくことはあり得ない」と述べ、自民党案に歩み寄る考えを示したという。

 以前もこのコラムで述べたが、IOCと WHOは「オリンピック開催」というニンジンをぶらさげて、次々と開催都市の「全面禁煙化」に成功させてきた。その政治的圧力たるやすさまじく、日本よりも数倍したたかな外交を展開する中国やロシアもあっさり屈したほどだ。

「ニンジンはいただくが、お前らのルールには従わないぜ」というのが自民党たばこ議連の主張。ついに厚労省までそちらへ流れてきて、またもやしがらみに屈するのかと思われたタイミングで、颯爽と現れたのが、小池都知事なのだ。

「スモークフリー五輪」を掲げるIOCやWHOにとって、自民党案は到底承服できる内容ではない。1ミリたりとも譲歩しないのは会場問題でも明らかで、彼らも小池都知事の応援団になるだろう。

 また、法案通過の道が完全に閉ざされたら、「日本全体で屋内100%全面禁煙とする国際水準の受動喫煙防止法や条例の制定が不可欠」として署名活動をおこなっている日本医師会などの医療系団体や、嫌煙家たちが今の勢いをそのままに、都民ファーストの会支持へ回ることも考えられる。

「小池劇場」の舞台が整いつつあるのは間違いないようだ。