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道(真理)の実践


観音菩薩伝~第1話 王妃、不思議な夢を見られる 【観音菩薩が求道〈真理を得る〉物語です】

2018-01-12 19:04:13 | 観音・釈迦・達磨・因果経

観世音菩薩は西暦紀元前二百五十年頃「興林国」の第三王女「妙善姫」として誕生されました。第一王女は妙音姫(みょうおんひめ)のちに成就して文殊菩薩となられ、そして第二王女は妙元姫(みょうげんひめ)のちに普賢菩薩となられました。

観音菩薩伝をご紹介させていただくにあたって、一般に観音菩薩が実在したことがあまり知られていないことがありました。キリスト意識世界でマリア様の存在と同じように、東洋では観音様が女性意識に深く根付いていてその神聖が発揮されています。観音意識(思いやり)・文殊意識(智慧)・普賢意識(勇気)の女性性を引き立てる姉妹愛はやがて相互に感応して聖なる世界の中心的役割をなしてゆきます。

ご承知のようにサンジェルマンとクワンイン(Kuan Yin:観音)は東西を越えて世界の金融経済や統治を見守っています。また後に詳しくお伝えしますが、釈迦3000年(釈迦生誕の紀元前1092年~紀元1900年位まで)の治世のように世界の平和と「一なるもの」の実現については弥勒菩薩と観音菩薩が正・副でその盟主を担っています。

PAOの Kuan Yin 像

観音菩薩伝

第1話 王妃、不思議な夢を見られる

西暦紀元前二百五十年頃、西域諸国の東南に興林国という いたって泰平な国がありました。この国は峡谷と絶壁によって周囲を閉ざされた高原地帯にあり、この地層は数千里も延々と続いていました。気候は比較的温暖で、国の東南には遠く須弥山の諸峰が峨々と聳え、その頂は年中雪に覆われていました。この連峰の東側は、現在の中国に連なっています。

当時の中国は周王朝の末期で、秦・斉・魏・燕・楚・衛・韓・趙の列国が覇を競う戦国時代でした。また遙か東北の彼方では、匈奴(きょうど)が虎視眈々と中央進出の機を窺っていました。

西南に位置する天竺(てんじく。今のインド)はマウリア王朝の時代で、周辺地域の侵略と征服に暴威を振るっていたアショカ王が、自分が冒してきた諸悪業の非を悔い、仏陀の教えに帰依し始めたころのことです。

また遠く西の彼方では、アレキサンダー王朝が崩壊して、シリア、トラキア、エジプト、マケドニア、ギリシャが互いに勢力を争い、更に西方ではローマ王朝の勃興期に当たっていました。したがって当時は天下を挙げて兵荒・戦禍が絶えることなく、あらゆる地域で争奪と横暴が繰り広げられ、世風・倫理は極度に頽廃し、道徳はすっかり地に落ちてしまいました。その上至る所で旱魃・洪水・疫病が猛威を振るい、世人は塗炭の苦しみに喘いでいました。

興林国は霊山幽谷に守られていたため諸外国の侵略を受けることもなく、あまつさえ歴史は古く、開化も早かったこともあって、周辺諸国の中では最も文化が進み、群邦の領袖として慕われていました。

国王の姓はバキヤですが名号は「妙荘王」と称し、賢明な高徳者でした。三万六千里の国土を持ち、数十万人の忠実な良民を領していました。土地は肥沃で気候は温暖、比較的人口は少なく、外敵の憂いが全くなく、しかも穀物は豊かで果実は至る所によく実っていて国は富み栄えていました。男は耕作、女は織物を主としてみな勤勉に職を営み、慈愛深い王と共に日々の生活を楽しんでいました。

王妃の名はパイヤ、宝徳妃と称し、才色兼備で貞淑、そのうえ聡明で謙譲の徳が高く婦道の模範とされていました。常に夫君妙荘王の良き相談相手であり、内助の功に厚かったので、妙荘王は王妃を心から敬愛していました。

王夫妻の間には二方の姫宮がおられましたが、惜しいことに太子には恵まれませんでした。姉姫は妙音姫、妹姫は妙元姫と呼ばれました。しかし妙荘王は太子を欲しがられ、王妃と二人きりになると、いつも寂しがっていました。その王の心中を察すると王妃はいつも辛い気持ちで一杯になるため、髪には白いものが目立つようになりました。既に壮年を過ぎていた妙荘王は、後嗣のことを考えると政治も手に付かず、朝な夕なに嘆息する日々が続きました。

ある年の四月のある暖かい日のことです。御苑内の池の蓮華が一斉に開花して芳しい香りを辺り一面に漂わせ、小鳥は美曲を囀り、百花は今を盛りと咲き誇っていました。妙荘王が悶々の心を晴らすため花園へ散歩に出て石台に座り見事な万朶の睡蓮を眺めていると、自然と気も軽快となり、心のもやもやも消え去りいつの間にか時の経つのも忘れていました。このとき人の気配を察して後を振り向くと、宮女を従えた妃パイヤ・宝徳后が微笑を湛えて立っていました。

「何時の間に来られたのか」

そう言いながら妙荘王は、静かに立ち上がりました。

「王様が余りうっとりと花に見とれておられたので、声を掛けるのを遠慮しました」

王妃は妙荘王を見て、にこやかに笑いながら「お疲れでございましょう」

王は王妃の顔を気遣わしそうに見て

「いや、蓮の花を眺めていたら、急に気分が爽快になった」

妙荘王がそう言って裾に掛かった花弁を軽く払ってゆっくり歩き出したとき、宝徳后は突然

「王様に占っていただきたい事がございますが…」

「如何なる事か」

妙荘王は、訝しそうに踵を返しました。

「昨夜、私は不思議な夢を見ました。いくら考えても、私には判断出来ません」

王妃は、ちょっと首を傾げて話し掛けました。

「向こうの涼亭の椅子に腰を掛けて、ゆっくり話を聞こう」

そう言いながら妙荘王は、先になって歩き出しました。

涼亭に入ると、暖かい風が肌身を撫でて心地よい気分に打たれました。王妃は言葉を続け、

「私が夢の中で一面茫々とした果てしない海原に立っていたとき、突然海底から轟音が響き、瞬く間に海水が真っ二つに割れたかと思うと、その間から一枝の白い蓮華が忽然と湧き上がってきました」

王妃は、瞬きもせず妙荘王の顔を見つめたまま話し続けました。

「初め海面に現れたときは普通の蓮華でしたが、水面から出た蓮華は見る見るうちに大きく伸びて、急に金色の光に変わりました」

妙荘王は、興味深く大きく頷いて、眼で先を促しました。

「あまり眩いので、とても目を開けておられません。暫くして目を開けてみますと、どこにも蓮華は見当たりません」

王妃は、一息吐いてから、想い出すようにして話し続けました。

「すると前方にいつの間にか一座の神山が聳え立っており、山の上は縹渺として沢山の楼閣が見えました。頂上には鬱蒼と繁茂した樹木、空には珍鳥が飛び交い、天竜、白鶴が静かに妙なる楽の音に聞き入っていました。また、南の方角には一座の七宝の塔があり、塔の上には一個の明珠が安置されていました」

「全く不思議な話だ」

と妙荘王は、王妃の話にすっかり魅了されてしまいました。

「その明珠は、千万条の色とりどりの光を放っていました。私はその荘厳さに打たれ、身じろぎもせずその光を見つめ、自分の身も心もすっかり忘れてしまったほどです。やがて明珠は、ゆっくりと空に舞い上がったかと思うと瞬く間に転じて太陽と変わり、上へ上へと上って行きます。暫くすると、それが私の頭の真上に懸かって参りました」

熱心に話される王妃のお顔に、一瞬恐怖の色が過ぎりました。

「するとその太陽は、一声大きく鳴り響き、私の懐中目掛けて落ちて参りました。私は驚き慌てて急ぎ逃げようとしましたが、両足が根の生えたように動きません。必死になって藻掻いているとき、パッと目が覚めました」

王妃は、冷や汗を流しながら、怯えた表情で語りました。

「不思議な夢だ」

妙荘王は、もう一度同じような言葉を繰り返し、腕を組んで考え込んでしまいました。

「普通の夢ではない」

と呟きましたが、何か思い当たることがあるのか、心から喜びが湧いてきた様子でした。

「この夢はどんな兆しを示しているか、ご判断が付きましたか」

王妃は座り直して、真一文字に結んだ妙荘王の口許を見つめました。

「これは正夢で、大吉の兆しと思う。御身の見た景色は、仏国の極楽に違いあるまい。凡人では、とても見られるものではない。あの明珠を仏門では舎利と言い、智慧・聡明の象徴であり、太陽と変わったのは「陽」すなわち「男」を表す。懐中に落ちたことは、懐胎したことを意味する。御身は、この夢を何の意味と思われるか。余の信ずるところ、これは当に懐胎の知らせで、太子が生まれるに相違あるまい。真に喜ばしい吉兆の夢だ」

妙荘王は喜びを抑えきれない様子で立ち上がり、石卓の周囲を何回かゆっくりと廻られました。王妃はこの判断を聞いて、限りない幸福感に包まれました。


次回 第2話 王妃、第三王女をご出産される

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道の淵源~達摩大師伝(7)

2017-12-12 18:50:12 | 観音・釈迦・達磨・因果経

七.大師、慧可(神光)に法義を論す

 大師は慧可(えか)に対し、如来の正法眼蔵(しょうほうげんぞう)・微妙法門(びみょうほうもん)・実相無相(じっそうむそう)・教化別傳(きょうげべつでん)・不立文字(ふりゅうもじ)の法を以心傳心(いしんでんしん)によって授け、得道の後次の偈(げ)を慧可に示されました。

「有情なれば来たりて種を蒔く、地に因って果は自から生ず。

 無情なれば必ず種も無し、地無くばまた生ずることもなし」

 これを説き終わった大師は、再び坐行に入られました。慧可は語下に大徹悟し、初めて性は悟ることを要し、命は傳えることを要すべきことを知り、これこそ眞に上上一条の妙諦であることが分かり、即座に頂礼して謝恩しました。拝し終って慧可は頭を挙げ

「師の御慈悲を乞い、御指示を賜らんことを」

 大師は、眼を開けて慧可を見詰めました。

「先程、師は左旁(さぼう)のことに触れられましたが、これについて明らかな御指示を願います」

「道には三千六百の旁門、七十二種の左道がある。故にこれらを総称して左旁と言う。これらは全て術・流・動・静(じょう)を為す四果の門である。只わが一貫先天の大道のみが、三教を合一する不二の法門である」

(一)術・流・動・静の理について

「何をもって術・流・動・静を四果の旁門と仰せられますか」

「術とは法術の事である。およそ符を書き、咒(じゅ)を誦え霧に駕し、雲に騰(の)り、空を飛び、虚空を歩く。あるいは星を踏み、斗(と。星座)を歩(わた)り、雷を呼び、将を遣わし豆を撒じて兵となし、木火土金水の五行を借りて五遁の変化をなし、象(しょう)を降して陰に走るなど七十二種の法術がある。しかし、いずれによっても超生了死(ちょうせいりょうし)はできない。これは、全て正しいことではない。

 流とは、週流である。雲に遊び、天涯(てんがい)に至り、山を朝(おが)み、佛像を礼す。十方を募り化し、寺を修(おこ)し、塔を建て、星相を卜し、人病を医(なお)し、数を算(かぞ)えて吉凶を推測す。よく過去・未来の吉凶・禍福を知り霊験新たかなること神の如し。これらには九流三教がある。諸子百家は口頭三昧一切の流道に従うが、いずれによっても超生了死はできない。これは、全て正しいことではない。

 動とは行動である。およそ八段錦を習い、運を搬(はこ)んで吐納(呼吸を整える)す。掌(てのひら)を擦り、拳(こぶし)を撫でる。背を晒して反睛(はんもく)し、霧を食し、気を服し、薬(やく)を採って丹を煉り、乳(にゅう)を服用して精を飲む。立ち坐り歩き走るの運気の功、および一切の動作行為は有形の道であり、結局は超生了死することはできない。これらはまた、全て正しいことではない。

 静とは寂静(じゃくじょう)である。およそ菴(いおり)に隠れ、洞窟に蔵(ひそ)み、静坐して空を観じ、息を数えて念を止め、殻を避けて形を煉る。あるいは泥丸(でいがん。竅の一、以下同じ)を守し、あるいは尾閭(びりょ)を守し、あるいは穀道(こくどう)を守し、臍輪(せいりん)を守す。ある者は眼は鼻を観、鼻は心を観る。血心をもって黄庭と為し、肝臓・肺臓をもって龍虎と為す。心臓・腎臓をもって坎離(かんり。水火)となす。ある者は両乳の中(あいだ)を守り、ある者は性を修めて命を修めず。ある者は命を修めて性を修めず。一切は陽寡(すく)なく、陰孤独にして妄修瞎練(もうしゅうかつれん)の道である。いずれによっても超生了死はできない。これは、また全て正しいことではない。

 更に寃(つみ)の深い孼(げつ。罪)の重い人らは、例え大道に入っても天命を知らないから少しも心を低くしないであろう。少しでも自分に糸ほどの功があると自らを能とし、師と称して祖となる。自分で別の門派を立て一戸を構え、世を欺き人々を哄(だま)す。このような罪は莫大である。どうして超昇することができようか。これらもまた、正しくないことである。

 以上四つの事を四果の旁門と言う。汝はよくこれに勉め、願によって行わなければならない」

 慧可は平伏して、師の論理に感じ入っていました。

「左道旁門は人々の生と死を悞(あやま)らせるもので、その罪は極めて重く、弟子は今日初めて過ちを知りました。必ず改め、敢えて濫りに行ないません。どうぞ師父様、私に入道の路經(天道に入る道筋)は如何にして手を下すべきか、その始まりと重き所をどこに置くべきか、明らかに分析して御指示頂きとうございます」

「よく聞いてくれた。さすがに四十九年間の修行をしてきただけあって、着眼がよい。道に入るには、必ず皈(き)に遵(したが)い戒(かい)を守ることがその手始めである。一貫の道は、玄関を指(さ)されることがまず最初である。さらに一・三・五の数に重きを置き、九転の煉丹を脚場(あしば)としなければならない」

「それは三教合一のことですか」

「三教は二つもなく分けられないが、分けたのは人間である。分けた事自体が間違いで、当然三教合一の理を明らかにし、一・三・五の数を行なうことが大切である」

「一・三・五の数とは何でしょうか」

(二)一・三・五の数について

「一とは一貫である。

三教は一に合一する。人身で言えば、萬殊が根に帰るところから一竅となす。故に、

道教では、元を抱いて一を守るを旨となし、

(感応。抱元守一。修身練性)

佛教では、萬法を一に帰するを旨となし、

(慈悲。萬法帰一。明心見性)

儒教では、中を執りて一を貫くを旨となす。

(仁愛。執中貫一。存心養性)

 三教とも一に帰すことを説いている。これによって、全て同じ道から来たことが分かる。

 易では『天は一をもって水を生じ(気学では一白水性という)、水は坎に属す』とある。眞陽は中に陥ちて本に帰すことはできない。明らかに一竅を得れば離汞(りこう)を運んで灌漑となし、坎鉛をして上昇せしめる。水火既済すれば先天に還る。必ずや一身の元気を収めて一性の中に帰せば一粒の粟米(眞丹)が結成される。この工夫には一心不二を要し、切に雑念による耗散を忌み嫌うべきである。

 三とは三家である。

 一つの本性は三つに分けられる。すなわち、人身の精気神である。これを人身の三寶と言う。

 道教に三清、佛教に三皈、儒教に三綱があり、法は三つに分けられるが、理は一つである。

 天は三をもって木を生じ(気学では三碧木性という)、木は震に属す。眞陽が下に潜んでいるので本に返ることができない。ここに明らかに一竅を得れば西舎の郎(おとこ)を呼び寄せ鼓舞させて東家の女児(おんな)をして歓會せしめる。これは金木が並び合して先天に還るのである。必ず精気神の三家の眞寶を収めて一性の中に帰し、三花聚頂(さんかしゅうちょう。精気神の三家が三関九竅(人身の背骨に沿ってある尾閭関・夾脊関・玉枕関とそれぞれの周辺にある竅の総称)を經て泥丸宮、崑崙頂に聚り玄関に下ること)の工夫を煉成して三帰を清浄にする必要がある。切に三厭(さんえん。禽獣虫魚すなわち空を飛ぶもの、地を走るもの、水に潜るものといった畜生三種類の総称)をもって穢れ散ずるを忌み嫌わなければならない。

 五とは五元である。

 人身では心・肝・脾・肺・腎の五臓に当たる。故に五行があり、佛教に五戒があり、儒教に五常がある。いずれも同じくこの道である。

 天は五をもって土を生ず(気学では五黄土性という)。これは中央戊己(つちのえ・つちのと)である。これを上下に散ずれば本の位に還ることはできない。明師の明らかな一竅を得れば、呼吸を整え運び、戊をもって己に付かせる。戊己の二土をもって刀圭(丹薬)を結成し先天に還る。必ず五臓の精華を収めて一性の中に帰し、五気朝元(ごきちょうげん。五気は五臓の気、濁気を変じて清気に返す守玄の工夫)を煉成することである。その工夫は五戒を精厳に守すると共に、切に五葷(ごくん。三厭と共に食することが五臓に害を及ぼすとされる葱類の総称)をもって冲散させるのを忌み嫌わなければならない」

 慧可は感激の涙を流して、一句も聞き漏らすまいとしました。大師の言葉の終るのを待って

「師よ、五葷は如何なる弊害をなすものでしょうか、お教え願います」

 大師は偈をもってこれに答えられました。すなわち

「この五葷は、草の将軍であり気味凶険なり。

葱(ねぎ)・蒜(にんにく)・韮(にら)・薤(らっきょう)・興渠(あさつき)等の性質は各々偏る。

葱を食せば腎臓が傷付けられ、水気を外に駆逐する。

蒜を食せば心臓が傷付けられ、火気を湮滅する。

韮を食せば肝臓が傷付けられ、木気が把われ消散し尽くす。

薤を食せば脾臓が傷付けられ、土気が困倦(苦しめ)される。

興渠を食せば肺臓が傷付けられ、金気を冲散する。

これらの五気に傷を受ければ、どうして結丹できよう。修道の人は五葷を戒め、始めて是れ正傳なり。五戒を厳しくし、始めて五気朝元を煉り得るなり」

(三)五戒の理につて

「五戒の理は弟子浅くしか知らず、精詳(つまびらか)ではありません。師の御解明を願います」

 大師は、歌にして

「殺生(せっしょう)を戒めるのは、元来仁徳が本となっているからである。

上天の好生の德を体し、殺を戒め放生(ほうじょう)を勧めるのである。

人は寅の會に東土に生まれ、沈み埋もれて苦しむこと久しい。

人は畜生に転生し、畜生は人に転生し、死んでは生まれ、生まれては死ぬ。長い歳月の間に迷昧する者数知れず、作った業罪は甚だ多い。

人が畜生類を食らえば、畜生もまた人を食らう。情け容赦はしない。

人は、得道して帰天し、極楽浄土で永遠の生を享けるべきである。

過去に造った罪業は未だに償われず、これを消すにも消すことは成らない。

必ず命(いのち)あるものを慈しみ、罪の借財を消し去るようにしなければならない。

そうしない限り、寃孽(えんげつ。つみ)の身を逃れることは叶わない。

殺を戒めなければ、天理の良心を損ない、罪の借りを更に増やすことになる。

佛の慈悲は如何に大であろうとも、罪の借りを免じてくれることは決してない。

寃孽によって玄関を迷わすことになれば、退嬰の心を起こし道を信じなくなる。

せっかくの法縁を無にすれば、再び縁を頂くことは永遠にあり得ない。

何がこのような憂き目に遭わせるのか、よくよく考えるべきである。

天は象(かたち)ある世界を生んだが、罪業が清算されなければ容赦なく劫難(きょうなん)を降す。

世人は皆凶悪にして頑固であるが、そのため禽獣虫魚を傷付けて造った罪は決して軽くない。

上天ラウムは、天律の定めるところにより、已む無く劫運を降下する。

魔王に命じて、全世界に文字通り蜂の群れ(末刧)を一斉に蜂起させる。

人が四生を殺せば四生また人を殺し、それによって始めてこの劫運が解かれる。

修行の人が生命のあるものを殺せば、その罪は十倍になって返ってくる。

儒教の忠恕、佛教の慈悲、道教の感応

この六字を心に留め、自ら範を示して他人(ひと)にも勧めるがよい。

天の心を体し、人の心を動かしてこれを萬象に及ぼすべし。

己れが成道した暁に他を成道に導くことは、決して小さい事ではない。

植物を損傷するのも動物を殺傷するのも、全て罪の定めがある。

空腹を満たすために殺生するなどという事は、とんでもない事である。

殺生の戒めは、理論的根拠が多岐に亘るため全てを論じ尽くすことはできない。

 次に、偸盗(ちゅうとう)の戒めについて明らかに指示しよう。

偸盗を戒めるのは、原来義気を重んずるためである。

偏見を持ち他を害する心を抱くような事のないよう切に望む。

男女平等とは言うものの、男の志は外に向かい、女の志は内に向かう。

己れの業を守って妄(みだ)りに分不相応な物を求めようとしない人は、志ある人と言える。

男も女も、全て端正を学ぶ必要が有る。

妄りに貪るなかれ、妄りに取るなかれ、清廉潔白こそ肝要である。

一根の草、一文の銭、それぞれを受けるのに分というものがある。

一縷の糸、一条の線といえども、それぞれに持ち主がいる。

物を買うにも物を売るにも、公正を旨とすべきである。

人の財物を哄(だま)せば、遅かれ早かれ罪に問われることになる。

金銀が山と積まれているのを見ても、気に掛けることはない。

それが手の届く所にあり、目に止まったとしても決して心を動かされてはならない。

たとえ手に入れてよい場合でも、やり方がいい加減であったり、数を誤魔化すような事があったりしてはならない。

もし不法に金品を取ったりすれば、義に反し、聖人に背くことになる。

佛門に入って大道を修めようとするなら、戒律を守り、心を清浄に保つことが肝要である。

德の少ない小人とは異なり、全て慎重に事を運ばなければならない。

俗世間では物情騒然としており、誰一人として金品・財産を貪るのに汲々としていない者はない。

目を閉じて、上等・中等・下等の各人品の差異に想いを馳せてみるがよい。

ほとんどが迷いに陥って勘定高くなり、一人として気心を通じ合える者が居ない有様である。

天の良心に違(たが)うのは盗賊だけだと言ってはいけない。

盗人(ぬすっと)とまで行かないまでも、金儲けを夢見ない者はない。

俗人は利に敏(さと)いものが多いなどと説いてはならない。

修行の人でも、利を見て心を動かされることがある。

財という字は、魂を動かす元凶と見るがよい。

これから以後、戒めを厳守すれば、生死を超脱することができよう。

修行の人は、常に功徳を積み重ねるよう努めるべきである。

少しも貪ることなく、悪に染まらぬよう心掛け性眞を涵養すべきである。

一旦功成れば、持て余すほどの金銀財宝を身に帯びることになるであろう。

聖飯を食し、聖衣を着て、快く時の流れを楽しむことができる。

 邪淫を戒めるのは、原来礼節を本とするためである。

常に節度を守り、決して欲念を生じさせてはならない。男は貞を旨とし、女は潔きを守り、意馬心猿(いばしんえん。心意)の乱れを抑えるべし。

当に廉恥の心を玄関に保つべし。

心は口に問い、口は心に問い、自ら厳しく、自ら慎むべし。

俗人と同じような情に走らず、その芽となり根となるものを切り取るべし。

天地の間に雌雄混媾するのは禽獣のみである。

羞恥を省みない醜い行為は聞くに堪えない。

人は、萬物の霊長として、廉節を厳しくせよ。

若し倫理に背けば、人といえども禽獣と異なるところはない。

柳下恵(魯の国の獄官の長。廉節を重んじ、よく正道を守った人)は全てに乱れざることを心掛け、独り天の良心を守り通した。

魯の男子、門戸を閉ざし、この美情に目を背けた。

大道に進む人は、皆尽く仙佛の縁を頂く分あり。

ラウムの皇胎子(児等)は九六の原人(万人・万民)である。

寅の會より東土に生まれて正に六萬年。

張の男と生まれ、李家の女と生まれ転々として停(とど)まるところを知らず。

三期白陽期に至り、普渡開かれて原人本に返る。

九六家に転じ帰り、共にラウムを看る必要あり。

修行の人、骨親を想い、共に霊山の脈運あり。

本来全てはラウムの児、何らの情を挟む要なし。

既に修行している人ならば、淫欲を一刀の下に断つべし。

かの西施に勝る美貌の持ち主であっても、景に対して情を忘れよ。

常に畏れ懼(おのの)くこと虎狼蛇蝎に対するように、また深い淵に臨むように、あるいは薄い氷を踏むときのように戦々恐々たれ。

微に入り細に亘って戒め余すところ無ければ、佛仙になることも容易に掌中に収められる。

淫は凡ゆる魔の中の首魔であって、道を誤る総病ともいうべきものである。

口先ばかりで心や体が付いて来ない者がいる。

言うこと為すこと姿かたちから判断すれば道を悟った人のようであるが、心の中を見れば、穴倉に潜む畜生同然である。

男も女も、心の中を模索して自問自答してみるがよい。

現実を直視すれば、道を踏み破るのは全て邪淫が原因であると推察される。

生まれてから死ぬまで、色事に明け暮れる夢から覚めることがない。

醒めても未だ覚らず、覚っても未だ醒めず。昏々沈々とし、

ただ損なうばかりで屍は山の如く、遺骨は嶺の如く堆(うずたか)く積もるのみ。

仙佛の根が塵界に沈むのを見るのは実に痛ましい限りである。

大志ある人、一念発起するときは、鉄石の如く志を堅固に保つべし。

空なる塵界にあっても、形象は恒(つね)に在ることを忘れるべからず。

長く修行して志を固く保持すれば、無人・無我の境地に達して四相(我相・人相・衆生相・寿者相)は全て浄化される。

また本来の面目である性体は、圓明に還ることになる。

邪淫の戒めは、児戯ではない。よくよく謹慎すべし。

次いで、酒肉の戒めを分明に略説す。

酒肉を戒むるは原来智慧を本とし、清濁混ぜざるを要とす。

香味を除き、美餚を断ち、濁りを去り身を清浄に保つべし。

切に口腹を貪り、眞性を迷乱するなかれ。

五百の戒めは酒を頭となす。汝軽く看るなかれ。

かの酒は、これ水といえども毒気甚だ激しく、

三杯続けて腹の内に入らば、面(かお)紅(あか)くして心は昏(くら)し。

飲し酔えば瘋癲(ふうてん)の如く迷いて醒めず。

廉恥を喪(うしな)い、徳行を失い暴気凶横となる。

かの時は、諸々の親族知人を問わず。

口を開けば罵り、手を挙げれば打ち、卑(目下)を虐げ、尊(目上)を慢(あなど)る。

また高き低きを省みず、性命の生死を考えず。

天を包む禍いを起すも法は情を容れず。

酒醒め来たりて、遂に後悔するも、また遅れること甚し。

早く志を立て、酒を唇に浸すことを止めるべきである。

禹王に倣い、酒を嗜むを憎み、善言をこれ好しとす。

酒嗜まざれば乱れることなく、至聖心に存す。

况(いわ)んや酒は、これ腸を穿つ毒にして、三寶を損傷するなり。

国が敗れ、家を亡ぼすことあり。禍いを招く総根なり。

俗人達もまた将にこれを戒め懍(おそ)れ慎むを要す。

清皈(規律)を守り志を立てて修行する人がこの戒めを破ることあらば、誠に由由しき問題である。

甜酒(あまざけ)を飲むのは厳しく禁じられていないなどと説くなかれ。

このような念いを断ち切らなければ、また心神を乱すことを免れない。

かの肉(三厭)と五葷は、いずれも美味で上等な飲食物であると言われても、功あって他を超度することあれば、そのとき始めて少しだけ嗜むことは支障なかろう。

若しもかの寃(つみ)を解く功無ければ、地獄が待っているであろう。

委細は老閻君が来て判断するが、寃八両(約三百グラム)あれば功半斤(同じく約三百グラム)を返すことが要求されるであろう。

肉という字をよく見ると人という字が二つ含まれているが、これはどういうことであろうか。

人が肉を食らえば、人を還す必要がある。これは嘘偽りではない。

人は天地の清気を稟受して性となる。

かの畜物は天地の濁気を稟(う)けて生まる。

既に道を悟った以上、その濁気を尽く去る必要がある。

濁気を除けば、始めて悟り得て清気上昇せん。

 第五に妄語を戒め、信実を本と為すを要す。

人に會えば、切に虚(いつわ)りの情を言談すべからず。

言に典あり、行に則あり、忠信篤敬たるべし。

来たりし時清く、一概に言を飾りて論を巧みにす。

風雨(問題・事件)を招き、衆人を妄哄(まどわ)す。

東に好(よし)と説き、西に歹(あしき)と説き、好歹を説き尽す。

姿は慈悲にして心は毒悪、口は佛にして心は蛇の如し。

舌は刀の如く人を殺して逃れる所なし。

意は剣に似て人を斬り、労少分離せしむ。

ただ図るは他(かれ)、飽煖(まんぞく)を得て始めて安穏なり。

何故人は苦甜(苦楽)に會うのを全く尋ねようと想わないのか。

現世で棘のある言葉を巧みに操り人を傷付けたりすれば、地獄に帰ったとき心臓や肝臓を割かれ、間違いなく舌を抜かれるであろう。

修行の人は、妄言を吐くようなことをせず、言に信を置くべきである。

まさに美辞麗句を全て排除すべし。

人に會って講ずるときは、孝・悌・忠・信・禮・義を談じ、廉・恥を述べ、民人を善化すべし。

逆らう者には孝を勧め、淫(おぼ)れる者には貞を勧め、邪(よこしま)の人には正を勧め、愚かな者には賢を勧め、悪なる者を善に化し、人心を挽(すく)い転(かえ)すべし。

一方毎によく人々を勧めて信に遵い、邪匪無く凶横無ければ、自ずから清平(太平)を見る。

天と地および萬物は信によるを本と為す。

若し信無ければ、何処の世界に人倫ありや。

天に信ありて日月星、斗柄(北斗七星の柄の部分に相当する三星)に信じ従う。

地に信ありて水火風、崑崙に信じ運ぶ。

年に信ありて四時(四季)に温・涼・寒・熱あり。

月に信ありて朔(ついたち)望(十五日)に逢えば分毫の差あらず。

日に信ありて十二時、子午準を為す。

時に信ありて毎一時に八刻五分あり。

卦に信ありて乾と坤は坎離を定めとなす。

信は土に属し、五常を貫き、五行に一貫す。

天、地に合せば、年月日は信によりて運化す。

かの萬物と民人、信に応じて生ずる所なり。

生ずれば化し、化すれば生ずるも各々一信あり。

もし信無ければ化するも化せず、生ずるもまた生ぜず。

この五戒を精厳する必要あり、五行と並び合すべし。

更に必要なるは、三花を頂に聚(あつ)め三厭を排除して人身を浄化すべし」

(四)三厭と三皈の理について

慧可「では三厭とは何ですか、師に明らかに御指示を願い上げます」

 大師は詩に託して

「この厭の字は、その昔倉頡(そうきつ)聖が造ったものであって、明らかに鑑(かがみ)とすべきものである。まさに日の字を四陰の中間に安んじてあり、上の横線は陰であって下の月も陰、左の撇(おおい)も右の犬も陰である。これは日月を食らい尽くす故に天狗(てんぐ)と名付ける。

かの三厭は三花を削る、原(もと)より三件に属す。飛禽の身は横(水平方向)に飛ぶ、天厭の根元である。走獣は身を横に走らせる。これを地厭と名付ける。水厭と名付けられる水族は水の間を横に泳ぐ。修行の人は、純陽を煉り陰気を犯してはならない。

かの五穀(米・麦・黍・粟・豆など五種類の穀物)は身直長であって、地に立ち天を頂く。そもそも三厭は幻体(一種の霊体)に属し、これを食すること自体惨めなことになると知るべきである。三花を煉り、三皈を守ってこそ始めて眞傳と言える」

 慧可は言葉を続けて

「この弟子は、三皈の理についてはその大概を存じておりますが、未だ詳しくは明らかではありません。更に詳しく御指示をお願いします」

 大師は、また歌にして言いました。

「佛に帰依するには慈悲を発(おこ)し、常に清浄であるべし。

勤めて本来の面目と無字眞經(むじしんきょう)を参悟すべし。

那(か)の富(ふ)と貴(き)の世俗の浮景を貪(むさぼ)らず。

那の恩と愛の紅塵の美情に恋(れん)することなし。

まさに酒色と財気を一刀のもとに斬り尽くし、

一人の大丈夫を学び、凡塵を超出すべし。

人、我を打たば手を還さず、彌陀を念じ定め、

人、我を罵らば口を還さず、哈哈(はっは)と声を連ぬべし。

他(彼)、我を害せば唯(ただ)当(まさ)に他を把(と)りて我敬い、

我を嫉妬せば我唯当に我に情ありとすべし。

我を誹謗せば我ただ良言をもちて相敬い、

我を欺き圧すれば我、額外(ことのほか)に彼を把りて欽(うやま)い尊ぶべし。

人に逢えば善言を談じ、諄々と訓(おし)え告げ、

賢愚を分かち人によりて訓え、機を見て情を生ずべし。

常に古仙佛は、如何なる動静なるかをよく窮究すべし。

佛の行持を学ぶことできずして、どうして超生することできようか。

佛、佛、佛、原来これは塵縁を放り尽したものであって、通常目にする塑像は偶像崇拝の対象に過ぎず、全て有像有形である。

形象あるものは、これ即ち後天の産物であってやがて損壊するものである。

無為の体、太虚に合するならば生死を超越する。

行住坐臥、二六時中方寸(玄関)を離れることなかれ。

観自在は行深くして般若なるゆえ、法輪を転ず。

精は気と化し、気は神と化すという妙義は、口先だけでは論じ難い。

神は虚に還り、虚は無に還る。さすれば性光、霊通が得られる。

眞中に假あり。假中に眞あり。眞如自ら静ならば、

始めて孝行なる児童に数えられ、佛と因を結ぶこととなる。

これ即ち佛に帰依する結果となることを汝に指示しておこう。

ここで再び法に帰依する点について講ずるゆえに、改めてよく聞くが良い。

法に帰依するには点点(規律)を必要とする。法則を紊(みだ)すなかれ。規矩(法規)に循(したが)い礼義を講じ、身心を洗滌すべし。

上、下を待するに慈悲を要し、規によりて示し訓え、

下、上を諌めるに礼によりて行ない、章程(規則)を乱すなかれ。

講道の間に品格を立て、衣冠を正しくする必要あり。

閒(ひま)をみて坐行するときは、泰山の如く黄庭(玄関)を守り定むべし。

神佛堂(天壇)を清潔に保てば、諸佛これを歓び幸いとす。

四時(子・卯・午・酉の刻)に香を捧げるときは敬虔を旨とせよ、然れば性、神明に透らん。

眞經を懐(いだ)き、雑念を除けば神気は並び交わる。

賢良を整え、法度(ほっと)を設け、計り事心に随いて生ず。

道友を見れば、謙遜和気を要し、礼は必ず恭敬を要す。

心低きを学び、気下がるを学び、もって下(しも)の人を慮(おもんばか)れ。

道を談ずる時、嬉笑するなかれ。また、争論すべからず。

先天の道理窮まり無く、各々深浅あり。

驕傲の心、假(いつわ)りに満ちた心を一概に除き尽くし、

奸(よこしま)、貪りの心、詭(あざむ)き、詐(いつわり)の心を九霄(きゅうしょう)の雲に捨て去るべし。

慳吝(けちおしみ)の心、刻薄(残忍・冷酷)の心を乾浄(きれい)に掃除し、嫉妬の心、是非の心、稍(いささ)かも存すべからず。

名利の心、恩愛の心、方寸(すこし)も積むべからず。

酒色の心、財気の心、全て根から除くを要す。

驕り高ぶりの心、執着の心、捨去るを惜しむなかれ。

修行を論ずれば、人・我無く、世界は一人なり。

苦難を畏れず、力勇みて前進し、

一人の鉄石の心を存し、群を抜萃(ぬきで)るべし。

この外(ほか)の法則は、一言にして講じ尽くせず。

再び、将にかの心傳の法、聖となる点を明らかに指差する。

心法と言えば、雷を呼んで応顕するものではない。

また風雨を喚(よ)んで将兵を遣すものでもない。

法、法、法は原(もと)無法、法は即ち自性(じしょう)である。

空、空、空は空に落ちず、空は眞空である。

丹による時、心(人心)を滅して眞息を運び調える要あり。

子午の針は上下に対す。前に降りて後ろに昇る。

鉛は汞に投じ、坎と離は交わり、金木並合す。

三花聚(あつま)り五気朝(かえ)れば聖なる嬰(あかご)を養育す。

一顆(か)の黍米(しょまい)、球を結び凡を脱し聖となる。

仙鶴に跨れば法像顕れ、憂い無く驚きもなし。

これを眞(まこと)なる法則と名付ける。余、今指差し醒ます。

続いて将に那の僧に帰依する事について、略(ほぼ)その情を叙(の)べる。

僧に帰依するとは、即ちかの俗景に恋せざることである。

その心を正し、その意を誠にし、歩を穏やかにして行なうべし。

一個の大丈夫となり、困苦を畏れることなかれ。

塵の垢(よごれ)を把(と)り速やかに洗い了り、生死を悟り透すべし。

道を悟った人は、眞(まこと)と假(いつわ)りの路經を識(し)り透すべし。

是と非、邪と正、好(よし)と歹(あしき)、自ら明らかにすべし。

根無き種は佛法を受けることあっても、心に把柄(とりえ)はない。

道に進むにも、意を専らにせず、徒に虚名に務むのみ。

また、あるいは利息を想い苦(もっぱら)に銭を掙(あらそ)う。

また、あるいは家務(生活)が常に安寧でない事に思いを致し、

また、飢えを怕(おそ)れ、また累を受けることを怕れる。

賬(ちょう。貸し金)を放っても、また回収不能となることを怕れ、

一天天(一日一日)晩に到るまで気忙しく、安静に過す閒なし。

老・幼・子・孫みな心中に懸かり、毎日労碌を受け、

憂心耿々(ゆうしんこうこう。心中不安)とする。

修行をしようと想っても、思いどおりに行かず。打坐念經する時もまた同じ。

これらの人々は、眞に糊塗(曖昧)愚蠢という他ない。

既に悪に浸って下(げ)に居る人に何の誠心があろうか。

そのような人は、僧に帰依する気持ちなど疾うに消え去っていること知る由も無かろう。

恩愛に恋し、家財を貪ることが、僧に皈依(きえ)することになる筈なし。

僧に皈依する事は、身は塵界にあっても心は塵に交わらないという事である。

俗に居るとはいえ俗に累せず。各々一能あり。

二六時中、忙中に閒を作り、騒がしい中にも静を求める。

身は俗にあっても性は天中にあり、少しも俗の情なし。

僧と俗、両条(ふたすじ)の路經は疆界(境界)を分かつべし。

清と濁、分け開かずして、何の功成ることを望むなりや。

賢良に嘱(ことづ)ける。速やかに悟り醒めて回光(えこう。回向)を自ら問うべし。

怎様(いかよう)にすれば、才(まさ)に苦海の深坑を脱すること出来ようや。

内功について論ずれば、僧は即ち眞人の名姓である。

勤めて参悟すれば、才にその中の妙音を明らかにすること能う。

呼吸を運び眞息を調え、玄より出て牝(ひん)に入る。

甘露の水、百脈に潤い、薬苗(甘露)が自然に湧いて出る。

眞陽動けば三関に透り、五頂に転ずるまでに至る。

黄婆が媒証となり、嬰児と生みの母は相親しむ。

蜜綿綿としてその妙は言い難く、楽景は限り無い。

一粒の九曲の珠結ばれ、毫光騰騰とする。

これ三皈修行の人は、平常の事として奉じ行なうべきである。

まさに三寶を一片と煉り、一字の金丹となすべきである」

(五)一の字の精微につて

慧可「只今お教えくださいました一の字の精微の道を詳しく御教示願います」

大師「この一字は、無極の中の一點の霊性である。これは西天の大聖人であって、骨髄の眞經である。東土の衆の萬物と一切の霊蠢を生ずる。三界の中は、概ね一の字によって生成される。

この一の字は天地を安んじ、陰陽両儀を制定する。

陰陽を生じ、男女を生み、人根を制定する。

この一の字は三寶を生じ、三教の綱領たるものである。

三才を統べ、三界を立て、乾坤掌住する。

この一の字は四牲(四生)を生み、四相の位を定める。

四方に通じ、四季を分かち春・夏・秋・冬となる。

この一の字は五穀を生じ、五気を運化する。

五湖ならびに五嶽を生じ、また五行を生ずる。

この一の字は六米(まい)を生じ、六気の性を分ける

六爻(ろくこう)に按じ、六畜を化し、六道に轉輪する。

この一の字は七孔を生じ、また七政を生ずる。

毎一方に七宿を立て、北斗七星とする。

この一の字は八卦を生じ、八大神聖とする。

八方に分かち、八海を制し、八部龍神を生ずる。

この一の字は九江を生じ、九曲珠を定める。

九宮を分かち、九関あり、九転して丹と成す。

この一の字は十方を生じ、十佛定まり掌る。

十方に按じて、また十殿の閻君を下して制する。

この一の字は無極に従う、先天の運化である。千佛ならびに萬祖と無数の眞人を生ずる。星斗と山河を生じ、草木と萬姓を造る。この様に一の字によって発生しないものはない。この一字の玄機蘊妙は説き尽くせない。人、一を得れば萬事畢(おわ)り生死を超える」

大師は吟じ終り、慧可は喜びを禁ずることができません。この一字は先天の大道であり、限りない造化があることを知り、想わず心が明快になり、精神が爽やかになりました。この時忽然として大師の言葉の中に一・三・五の数の道が説かれたのを思い出して、これこそ精微な理であり、自分では河圖(かと。五行の順行、自然無為の道)に帰する天の生数であると、また地の生数に二・四の理があるが、未だ詳しくその義を深く認識することができないのを知って、虔(つつし)んで大師の前に跪き、

「師の御慈悲により、どうぞ弟子に一・三・五の数と、二・四の数について御示し願います」

と求めました。

(六)九六の原理につて

「一・三・五の数は、合して九となる数である。易に、陽は九を用いるとある。二・四の数は、合して六となる。易では、陰には六を用いると言われている。九は陽に属し、軽清の気であって、上に浮かんで天となる。六は陰に属し、重濁の気であって下に凝り固まって地となる。故に修道の君子は濁を去って清を留めなければならない。三教の聖人は、ただ一・三・五を合して九数になる道を用いて、二・四を合して六となる数を用いない。善をなせば天堂に昇り、悪をなせば地獄に墜ちて行くので、その理は明らかである。旁門と正門もまたよく知るべきである」

 慧可は、喜んで更に問いました。

「では、二・四の数はどのようにして分別しますか」

「二とは、心猿意馬である。四とは、眼・耳・鼻・舌の四相である。この心猿意馬と眼・耳・鼻・舌の四を合して六根の働きとなり、六根から六賊が生じ、六塵(六賊・六塵共に天性を穢す色・声・香・味・触・法の総称)となって分出するのである。そして、六道の輪廻がある。即ち人道は二つであって、畜道は四つである。人間の性が母の腹にあって先天の時、母と一気が相通じている。その時、心意は聚(あつま)り會って四相は和合している。ただ一竅があって三寶に通じ、五元が混合して一体となる。動くことはできるが、言うことができない。それが十か月の胎が満つるに及んで、ちょうど瓜が熟して蔕(へた)から落ちるのと同じように、もんどりうって地に落ちる。そして胎中の襖(おう。母腹)を脱して臍帯の根を剪断する時、先天の気は収まり、後天の気が接してくる。何故、産声を挙げるのであろうか。それは、苦海に墜ちて根に帰り難いからである」

「では苦海とは、何を指しているのですか」

「眼・耳・鼻・舌を四大苦海と言う。

 性(たましい)が眼によって耗散すれば、卵生に墜ちる。

 性が耳によって散乱すれば、胎生に墜ちる。

 性が鼻によって散逸すれば、化生に墜ちる。

 性が口によって散失すれば、湿性に墜ちる。

 再び、心意が一動すると六慾が生じる。

六塵を惹起すれば、一片の重濁の気が凝り固まって地獄となる。

人転じて畜生となり、畜生転じて人となり、生まれては死し、死しては生まれ輪廻して停(とど)まらない。故に、人の始まりの性(たましい)は本(もと)善である。『性は相近付き、習性は相遠のくものなり』と言うのはこのことである」

 そうして偈にして言われました。

「帰戒の法語を述べ清(あき)らかにす。爾(なんじ)に一竅の霊明を點ず。

 三心四相を斉しく掃き、十悪八邪を清らかに除くべし。

 三寶を煉って一品となせば、六賊収まり根に帰り来る。

 呼吸一竅を通じて帰し、出入は玄牝の二門にあり。

 これにより苦悩を超脱す。十殿の閻君を怕れる必要があろうか。

 これ神佛の道である。行住坐臥、心に留めおくべし」

 慧可は恐懼感激して

「師の超度を賜わりまして、これに過ぎたる感激はございません。どうぞ弟子の百拝をお受け下さい」

 慧可は大師に謝恩の礼拝を完り、再びとまた口を開いて

「更に師の御慈悲を懇願します。どうぞ三関九竅は何処にあるか、御明示願います」

(七)三関九竅と性命の根源について

「三関九竅(さんかんきゅうきょう)は、尋常な事ではない。これによれば十殿の閻君を避けることができるし、また爻(こう)を抽(ぬ)いて象を換えることができるので小さい事ではない。

 今、爾は初進のところなので思量すべきではない。またこの道を最上乗と名付け、よく凡骨を化して仙眞と為し、眞なる性の一點は三界を超え、十方の萬霊を尽く根に帰らせることができる」

 慧可は師の一句一句が眞髄に深く溶け込んで行くのを感じて、身が固くなる思いがしました。続いて

「性命二字の根元は何処から来たかを、お聞きしたいと存じます。二六時中何処にあって、身を安んずべきかをお教え下さい」

 大師は偈をもって示されました。

「眠る処は山の間、石の島である。僅かな時間で海に飛び空に騰がる。

坐する処は夜でも常に明るい。行く処は海の量のように寛(ゆたか)で宏い。

日月甲子(暦)を運行し、佛道の宗(もと)を証す。

朝(あした)に暮れに、東より昇り西に降る。子午の南北、相通ず。

帰って来ては黄庭(玄関)に安養し、恍惚として妙用窮まり無い。

須(すべから)く心を用いて追取する要あり、意、大きく放鬆(おろそか)にすべきではない」

 大師は続けて

「もし頓(ただち)に三界を超える必要があれば、単(ひとえ)に空中の霹靂を聞くがよい。一點の霊光舎利は、火に焚かれたり水に溺れたりすることがない」

 大師は更に次の偈を記(したた)め

「人身、中華(中土)には最も生まれ難く、眞道と明師は更に逢い難し。

既に人身を得て大道を聞かば、務めて早く煉り超昇すべし」

このように示された後に

「性命とは陰陽である。天にあっては日月となし、地にあっては水火となし、虚空にあっては風雲となし、方にあって南北となし、時にあっては子午となし、

卦爻にあっては坎離となし、人身にあっては性命となす。天に日月無ければ、星斗を懸げることはできない。地に水火無ければ、生霊を養い活かすことができない。虚空に風雲が無ければ、民人は清泰を得ることができない。方角に南北が無ければ、四方はどうして安寧でいられようか。卦爻に坎離が無ければ、水火はどうして昇降することができようか。時刻に子と午が無ければ、どうして昼夜を分別できようか。人間に性命が無ければ、週身全体に主持すべきことが無いことになる。陰陽を離れれば、萬物は何に従(よ)って生ずるか。この事をよく記憶すべきである」

と大師は言われました。

「では、何をもって高明天に配し、博厚地に配すと申しますか」

 大師は即座にこれに答えて

「乾を天となし、坤を地となす。先天に在っては、天は上に位し、地は下に位する。母腹を離れた後、臍帯一度(ひとたび)断ち一声啼(な)き哭(さけ)べば、四相(眼・耳・鼻・舌)は打ち開かれ乾坤は転倒する。その時、乾は中爻の陽を失って離となる。離とは、離れることである。先天の家郷を離れると、何時の日に帰られようか。坤は乾中の陽を得て坎となる。坎とは、陥落のことである。一點の眞陽は、後天の丹田に陥ちて原(もと)に還ることができない。

 博厚とは、重濁の気のことである。まさに離火の中の眞陰を坎に運び送り、眞陽をこれに換えて出し、眞陰を凝り固めて坤を地となすのである。

 博厚高明を極めれば、それは軽清の気である。まさに坎水の眞陽を離に吸昇して眞陰を陽に換えて出し、眞陽を結び乾天となすのである。その高明が極まって天を配し地を配すれば、天地として位が定まり本原に還ることができる。

 天の性は主である。地の命は賓である。人はよく常に清靜であれば、天地ことごとく皆帰す。陰陽合一する程に煉ることができれば、天地の造化に奪われることがなく、天地は我を拘束することもできない。そこで、どうして十殿の閻羅を怕れることがあろうか。四方の霊山路を打ち開けば、逍遥自在を得て古い観音を観ることができる。人あって造化の理を識り得れば、すなわち霊山に上人(ラウム)と會うことができる」

 これを強調するために大師は、更に偈を説かれました。

「腹中に眞經を運ぶ、泥丸は主と賓とに別る。

 霹靂一声響けば、手を撒(はな)して紅塵を脱す」

 慧可はこれを聞いて、「大師様、始めて性命の生死の根元由来を知ることができました」と喜びを禁ずることができず、自分の胸を打って

「私は数十年説法をして参りましたが、未だ曾てこの根源を悟ることができませんでした。そして無駄に歳月を費やしたことが残念に思われてなりません。只今から玄妙の理に覚めることができ、始めて紙の上のお經は全然価値が無いことを知りました」

 大師はこれを聞いて

「經とは經(みちすじ)である。人を入道修行に導く路經である。人が醒め悟ることを望めば、早く師に参じて道を訪れることである。得道の後は經をもって金を考(ため)す石となし、道の眞偽と理の是非を明らかにせねばならない。そして正道と旁門を別け、乱りに人に念じ誦えることを教えるものではない。生死を了らせることを主とし、人に講じ説くには閻君を躱すことを眼目とすべきである。眞經は文字や書紙になく、ただ口傳心授にある。汝は今、眞傳を受けたが、六神が宗(もと)に朝(かえ)ることを知っているであろうか」

 慧可は即座に答えて

「一點を得てより、即ちこれに応ずることができます」

(八)眞經歌と消長の機につて

 大師は頷いて

「神仙の道を既に得たならば、次第に金仙の道に昇れよう。吾に眞經の歌がある故、仔細に明らかに聞くがよい。

眞經歌、眞經歌、眞經を知らざれば、尽く魔に着す。

人々紙上(經典)に文義を尋ぬ、喃々(なんなん。くどくど)誦える者多し。

經呪を持し、法科を念じ、紙上に安排して超脱を望む。

もし、かくの如くして生死を超えること叶えば、遍く地の釋子(しゃくし。佛教人)はみな佛・羅漢となるであろう。

眞經を得れば、洪波(こうは。苦海)を出で、眞經を得ざれば奈何(なかん。地獄)に没す。

眞經の端(極)の処を知る必要があれば、先天の造化以外に特別なものは無い。

順じて行けば死に、逆に来れば活き、往々君に教えることあっても尋ね着すことはない。

眞經は原来一字も無し。されど衆生を度して極楽に登らせること能う。

眞經を求めるならば、道魔のことを知る必要がある。同類を除いて、相和することではない。

天を生じ地を生じ人を生じるために、陰陽造化の窩(か)を捨て難い。

眞經を説けば盈々(えいえい)として笑う。四川の澗庭(かんてい。谷底)に黄金を産出する。

五千四百黄道に帰せば、正に一部の大蔵經文に合す。

日満ち足れば気候升(のぼ)る。地は朝(あした)に応じ、天は星に応ず。

初祖達摩は親しく口で大乗、妙法蓮華の經を授ける。

初三日に正に庚(西)にて、曲江の上に月の華咲き乱れる。

花蕊(かしん)初めて開き、珠の露を含み、虎穴龍潭に濁清を探る。

水は二を生ず。月は正に眞(ただ)しく、もしその三を待てば進むべからず。

壬(みずのえ)水初めに来たり、次いで癸(みずのと)水来たる。須く、まさに急ぎ採取して浮沈を定めるべし。

金の鼎(かなえ)によって煉り、玉爐(ぎょくろ)によって烹(ほう)じ、温々たる文火にて暖め焙々(あぶ)るべし。

眞經ひとたび射れば玄関に透る。ちょうど箭(や)は準じて紅心に中(あた)るに似る。

遍く体は熱し籠蒸(せいろう蒸し)の如く、廻光返照すれば中庭に入る。

一度眞經を得れば酒に酔ったように、呼吸百脈に通じ尽く根に帰す。

精は気に入り、気は神に入り、混沌七日を經て魂また還る。

これら造化の眞なる消息は、料得(さだめし)世上明らかに知る人少なし。

活中に死し死中にまた生きる。古より神仙は眞經に頼る。

これらの造化をよく知り得れば、閻浮世上の人を渡し尽すべし。

大道は太極の先端に居し、父母未生以前に本づく。

人を渡すには、須く眞經を用いて渡せ。もし眞經は何かと問われれば癸これ鉛なり」

 慧可はこれを聞き完り、心中大いに頴悟(えいご。才智充溢)し、即座に拝礼を深くして恩を謝しました。今までに聞いたことも無い奥義を、心一杯に満喫した感でありました。

暫くして慧可は、再び口を開き

「師の御指示を蒙って弟子週天の造化が明らかになりました。ただ消長の機に間断のところがあって、未だ何故かが分かりません。お教えを受けたいと存じます」

 大師は厳かに口を開いて

「心は即ち佛である。佛は即ち心である。無人・無我・無衆生であらねばならない。三心四相を浄らかに掃き、十悪八邪を清浄に除く必要あり。恩愛情慾に少しも染まることなく、貪・瞋・癡・愛も共に生ずべきでない。

子(午後十一時から午前一時まで)午(午前十一時から午後一時まで)卯(午前五時から午前七時まで)酉(午後五時から午後七時まで)の時には、勤めて打坐する要あり。二六時(一日)中、放行散漫してはいけない。閻羅を躱してやり過す必要あり、常に彌陀と古き観音を伴うべきである。先ず自己の無縫の鎖(玄関の一點)を打ち開き、天鼓ひとたび響けば、主人驚き恍惚の間に三界を超える。霹靂一声すれば九淪(苦海)を出る。もし六門を緊(きび)しく閉ざすことなければ、六賊は門外に紛々と乱れる。堂前の主人は混迷されるゆえ、謹んで六賊が門に進むのを防ぐ必要がある。一切の眞なる寶貝を偸盗するのみ。一度主人が慌張(あわてふため)けば、闔(すべて)の家の老幼は安心し難くなり、一身の四体(両手両足)も安寧できなくなる。此れが即ち消長の理である。修行の弟子よ、心を明らかにすること肝要である。

(九)六賊、起・落・動・静等の理につて

慧可は、更に次のように質問しました。

「六賊の一つで、主に反するとは、如何なる消息ですか」

 大師は、これに対して次のように答えられました。

「六賊とは本来心を主とし、大小諸々の魔軍を主持しているのである。心は猿の如く、意は馬の如く、境によって移り、自由奔放に天空を駆け巡ることができて例え天兵天将といえどもこれを制伏し難いが、しかし佛の手から逃れることはできない。当然われわれの本性に帰して正果を成じ、帰一することを要する。全きに観音呪によれば、霊験がある。これは、心を収める巧妙な計りである。知者は容易に悟って、心に留める必要がある。賊の中の意馬は中良の臣であり、本性に皈依して西天に往かねばならない。若し本性に修めて正に帰することができなければ、龍馬は飛騰して人々を駭(さわ)がし殺し、そして天の涯に馳り巡って何人もこれを禁(と)めることができないであろう。これは魔王の総兵である。その中でも眼・耳・鼻・舌は魔の中の将軍であり、いろいろの消息を聞いて四門から迸り出る。貪瞋癡愛は裏に入ってこれを助け、酒色財気は外にあって営(たむろ)する。裏が外に応じて合し、王位を奪い、刀鎗箭戟(とうそうせんげき)は紛々として乱れる。若しこれ一人の眞の明主であるなれば、眞人を拝し請じて共に龍庭に坐るべきである。

観音とラウムは法術を施し、三教の聖人は国々と心を護る。これらの仙佛が、ラウムの無相印を請じて四妖を照し出し、相城より出で更に玉皇(らうむ)の眞なる勅令を請じて六賊を降伏させ主人を護る。その千妖萬怪は斉しく令を聞き、知止定静して天下は平らかになるであろう。八大金剛は緊しく鎖を関隘(くくりし)め、四天王は四門を守る。一切の眞人は常に擁護し、主人は巍巍として蓮心に坐る。ただ天鼓一声響くのを待って主人は、空(くう)に騰(あ)がって天外(理天)に往くであろう」

 一段と深い眞理を聞いて慧可は、一層心が明らかになりましたが、更に大師に伺いました。

「では何を起落動静とし、何を生死の根原といたしますか」

 大師は偈をもって答えました。

「起こる処は江を翻し海を擾(みだ)す。落ちる処は虚空を粉砕す。

 動ずる処は鑰(かぎ)で鎖を開くように、静する処は洪濛を開き破る。

 無相城郭を照見し、不老の主翁を現し出す。

 無生の地上に安眠し、偃月(えんげつ。半月)の爐中に自在す。

 降生は年月を識らず。来歴は終始を知らず。

 乳名を金剛不壊(ふえ)と言い、出入に形踪を見ず。

 爾時(かのとき)、彌陀はここに在り、何ぞ門外に去(ゆ)きて逢うべきや」

慧可「では、どうすれば家に帰って、ラウムに見(まみ)えることができましょうか」

 大師は、また偈に託して

「天に通じ地に達するまでに至れば、木母金公(金木交わる)に見え得る。

 嬰児と生みの母を扶け起し、同(とも)に一双の黄龍に騎(の)る。

 海を越え、山に翻り嶺を過ぎ行き極楽宮中に到る。

 無極ラウムを参拝し、団圓して遍く天宮に慶(よろこ)ぶ」

慧可「その自然の処に参ずるまでに到った時に自己は知っているでしょうか、知っていないでしょうか」

 大師はこれに答えて

「恍たり惚たり。その中に物あり。杳(よう)たり冥(べい)たり。その中に精あり。陰陽を覚(さと)り知るは、無知の人となるを要す。動中の静を知り覚れば、魔必ず侵すを熟知すべし。知ある者は即ち悟り易く、昧(くら)き者は即ち行い難し」

(十)鶏卵乾坤、三界無縫塔等の理について

 慧可は、恐る恐る尋ねました。

「何を鶏卵乾坤と言いますか。先に鶏があったのですか。それとも卵が先ですか」

 大師はこれに対して

「混沌の時は鶏も卵もなく、清濁の二気が混沌として一団となっていた。これが無極の体である。子の時を待って一陽の性が動き清気に感があり、ちょうど卵の中の白味のようなものである。丑の時に二陰の命が動き濁気の霊が通じて、卵の中の黄味のようなものとなる。陰と陽が交感すれば、二気の霊が通ずる。これが、無極から太極を生ずることである。一朝(ひとたび)洪濛が破れて闢(ひら)けば混沌が分出される。これは、太極が陰陽両儀を生ずることである。この時が、卵から鶏が生まれるようなものである。先に卵があって、後に鶏がある。もし、この理が明らかになれば、便(たやす)く天機を識ることができる」

と答えられました。続いて慧可と大師との間に次のような遣り取りが交わされました。

「佛を念ずるのは誰ですか」

「本性である」

「本心を除いたら誰がありましょう」

「霊光の発現である」

「現在は何処で身を安んじていますか」

「現在は当人にある」

「二六時中何処にあって立命をしますか」

「双林樹にある」

「私が今その双林樹を砍(き)り倒せば、何処に身を安んじますか」

「太虚空にある」

「では、その太虚空を撞(つ)き倒せば、再び何処に安心立命(あんじんりゅうめい)を求めるのですか」

「虚空を粉砕すれば、乾坤三界を跳出する」

「三界とは何ですか」

「東土の娑婆世界と、中天の気天界と、先天の無極世界(西天極楽世界)である。このうち先天の無極世界のみが、才(まさ)に男女の老(ふる)い家郷である。東土の衆生は迷昧が多く、悉く娑婆世界に蔵(かく)されている。西方極楽界に回(かえ)ろうと想えば、自性を明らかにしなければ故郷に回り難いであろう」

「西方は何処にありますか」

「十萬八千里を經れば明白な極楽宮に至るが、指をもって破れば西方は眼前にある。笑うべきは、迷える人に路が通じないことである」

「二六時中、何処に帰依すればよいのですか。何經を諷誦(とな)えればよいのですか」

「無縫塔に皈依して、無字經を黙然すればよい。口を開けば神気が散じ、静かに誦えれば法輪が転ずる」

「その無縫塔とは何処にあるのでしょうか」

「自己の眞寶は当人にある。何を好んで外に向かって尋ねる必要があろうか。内に一個の舎利子があり、昼夜を分かたず光明を放つ。無毛の師子は天を徹して飛び、蝦蟇(がま)は樹上で毛衣を披き、死せるものは活きているものに托して走り、蚊蟲の喞(な)きが起きるのを鉈回(だかい)と称する」

「何を三心三會と言いますか」

「眼は過去心であり、燃燈佛の蓮池會(れんちえ)である。耳は現在心であり、釋迦佛の霊山會(りょうざんえ)である。鼻は未来心であり、彌勒佛の安養會(あんようえ)である」

「三千大千世界とは如何なるものですか」

「過去佛は、天下紅粉世界を管理し、現在佛は、天下娑婆世界を管理し、未来佛は天下清淡世界を管理する」

 大師は、更に偈をもって唱えられました。

「銅鉄の児は幾春秋、無窮無尽にして何の時にか休む。

 一声海に吼えれば天地を驚かし、乾坤四部洲を震い破る」

 慧可は続いて、大師に質問しました。

「何を四字經・六字經といたしますか」

(十一)四字・六字經と三蔵十二部について

「昔、文殊菩薩は曾て世尊に次のように問うたことがある。

 『修行の弟子があって、精誠妙を用いるのに、四字が眞ですか、六字が眞ですか』

 世尊はこれに答えて

 『四字も六字も法門に誘引するに過ぎない。初會には四字をもって公卿を引誘し、二會には六字をもって賢人を引誘し、三會には十字をもって群生を普度するものである』

と言われた。無極・太極・皇極の三名は經(すで)に五千四十八佛を闡(の)べ、八萬四千門を開いた。三災が及ぶに因って教化を闡(ひら)き、もって字のある經から離れられない人達を度(すく)うためのものである。

經中に生死の路を説き透し、一字不二門を拝むべきである。無字の眞經は聖賢を超える。次に偈の言葉があるから明らかに聴き分けよ。 

『眞經と紙の經は同じからず。紙上に經を尋ぬるも枉(むだ)に工を用う。

人ありてその中の意を参じ透せば、巍巍として不動の中に安んず』

また曰く。

『一人一人、一巻の無字經あり。紙や、筆墨を用いずして写し成る。

原来の無一字を展開せば、昼夜四時に光明を放つ』

また曰く。

『幻の身は小なりと雖も週天を配す。知音に説き与えて仔細に参ずべし。

三蔵十二部に帰り来たり、悉く人身に在りて内外安し』」

「三蔵・十二部とは何でしょうか」

「頭に頂くは金剛經なり。誰ぞ信を知るや。

 脚に踏むは般若經なり。那個(だれ)に聞き知るや。

 眼に観るは観音經なり。方寸を離れず。

 耳に聞くは雷音經なり。歌韻、琴の如し。

 鼻に聞くは彌陀經なり。玄より出で、牝より入る。

 舌に舐(な)むるは法華經なり。呼吸清く育つ。

 心に黙するは多心經なり。これを綱領と為す。

 意に守るは清浄經なり。前に降りて後ろに昇る。

 左肝家は青龍經なり。木母を守り定む。

 右肺腑は白虎經なり。金公を看て承(う)ける。

 北極經はよく水を鎮め、これを腎において存す。

 脾中の宮は黄庭經なり。法輪を転じ運ぶ。

 三蔵師は西天(西域)を過ぐるに辛苦尽きず、

 九九の災い、八一の難、死中に生を得る。

 悟空(孫悟空)は心、沙(沙悟浄)僧は命、三蔵(玄奘三蔵)はこれ性なり。

 白馬(龍)は意、八戒(猪八戒)は精にして五行に配合す。

 五千四百を一蔵となし、正に十四年。

 十萬八千里を行ない、始めて雷音に到る。

 先に無字の經を発し、後に字のある經に更(かえ)る。

 十二部の眞妙なる品は、ことごとく人身に在り。

 塵世の人、迷昧深く全然未だ醒めず。

 再び眞經の道は死を了え、生を超えるを窮めず。

 僧道ありて諸經を執りて打鼓唱念す。

痴(おろか)なる心にて鬼魂を度するを思い、全く虔誠無し。

五葷と三厭を吃(くら)い、葷口をもって読咏す。

假(いつわ)りにて求め拝し文書(符呪)を焼き、佛門を軽視す。

佛は先にその亡魂を主とするに罪三等を加う。

また假りの僧道は十分の過ちを記すを要す。

到頭来たれば一人一人、三途(火途・血途・刀途。かず・ちず・とず。それぞれ地獄道・畜生道・餓鬼道のこと)で困を受く。

因みに武帝は佛教を興すも大道明らかならず。

ただ求めるは空門を興し、食の路經を謀るのみ。

那んぞ法を乱せば、後世を誤るを暁(さと)らんや。

弟子に嘱(ことづけ)す。よく眞假の路經を惺悟せよ。

無字の經は自己を超(すく)い、ならびに宗親を度す。

掌教佛(釋迦佛)は流傳して二十八佛性に至る。

東土に到りて原人を找(さが)し、道根を接続せん。

時(つね)に指さし望むは皇胎児、旁(門)を去って正に従い、明師を求め眞訣の傳えを求め、超生了死すべし」

大師は、一切を慧可に示し終えるや座を立ち、何処ともなく去って行きました。慧可は無限の法義をいっぱい聞きましたが、さらに師の訓戒を受けたい心で大師のお姿を見ました。師のお姿からは皓皓たる毫光が輝いているのを拝し、ただただ平伏して何時までも顔を上げることができませんでした。

遠く師のお姿を見送った後、はじめて慧可の心に喜びと悲しみの情が湧き起り、わが身に掛かった命の重さを改めて認識しました。再び来られない師の姿を拝し丁寧にその洪恩を謝し、礼を終って詩を吟じました。

「先天無為の大道は成佛妙用の機関なり。

超生了死は等閑(なおざり)にするなかれ、得たるものは何ぞよく軽賎せんや。

我は生死性命のために左膀を卸下(きりおと)して傳えを得る。

熊耳山間に苦しく琢研し、はじめて一貫を明らかに得る。

師の層層(かさねがさね)の指破を感謝し、放し出ずれば天の如く、海の如く寛し。

収め来たれば芥子の如く一毫の端、眞にこれ一をもって萬を貫く。

切に後輩の佛侶に嘱ける。萬金あれど切に軽く傳えるなかれ。

苦海の衆生は誠虔あれ、妄(みだ)りを除き、眞に帰すれば岸を指さす。

ひとたび六道の輪廻を見よ、脱骨の山の如きは忍び難し。

まさに天機を悉く洩らし穿つを欲せども、また天監の逃れ難きを恐る。

半明半暗を得て、泄(もら)して後世の人に参じ与う。

師にこの玄関の指點を求むれば、永遠に極楽宮院を証す」

慧可は大師の正法を得、道脈を承け継いで感謝の念はなかなか覚めず、師を讃じて再び詩を吟じました。

「佛法を明らかに分かりて説き尽くせず、一巻の心經、字字眞なり。

 有字の原(もと)は無字より出で、南柯(なんか)の夢を裏人(みるひと)を喚(よ)び醒ます。

大海の波中に一盞(さん)の燈あり。剔(てき。解剖)起す人なければ分明ならず。

もし明師に遇りて親しく指點せられば、裏頭(うち)より外頭(そと)の人を照見す。

大海の波中に帆柱を起立(たた)す。わが佛は彼岸にて幾回か等(ま)つ。

三還九転して来たりて汝を度す。縁あらば遇り来たりて太微(極楽理天)を証す」

 慧可は、大師の名前(達摩)と自分の名前(神光)を頭にして一偈を作りました。

人命を知らば郷を思うを要す。して正根に着かば左旁を去れ。

 仙、一人一人均(ひと)しく分あり。明の大路は西方に透る」

 三日三晩降り続いた雪は、なおも一段と激しく風さえ伴ってきましたが、慧可の心はいよいよ燃えて、師との約束を必ず果たそう、果たさなければならないと堅く心に誓ったのであります。

(上巻終り)

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道の淵源~達磨大師伝(6)

2017-12-11 20:29:41 | 観音・釈迦・達磨・因果経

六.神光、大師を追い、断臂して道脈を継ぐ

神光は、旅の和尚が語ったとおり、大師は熊耳山(ゆうじさん)に居られるに違いないと確信しました。そう思うと矢も盾も堪らず、神光は熊耳山目差して韋駄天走りに駆け出しました。

昼夜を分かたず飲まず食わずの行程を重ねて神光は、ようやく大江(おおかわ)に辿り着きました。ところが上流にも下流にも、その川には橋が全く見当たりません。しかも川幅は広く、水量豊かで波荒く流れも早いため、尋常な事では渡る術はありません。

 神光は思案に暮れて川岸を行ったり来たりしながら辺りを見廻しましたが、人っ子一人おらず、渡る舟もありません。大師は本当にこの川を渡って熊耳山に行かれたのであろうか。別の所に行かれたのではなかろうか。心は焦るばかりで、神光は進退谷(きわ)まってしまいました。

 一方大師のほうは、神光が来ることを知っておりますから、熊耳山でずっと面壁して待っていました。しかし神光に来る機會を与えなければならないので、一人の漁翁に変化(へんげ)し、大江に小舟を浮かべて釣り糸を垂らしていました。

神光はこれを見付けて、相手が大師であるとは識(し)らず、必死の思いで

「願わくば、私を向こう岸まで渡して下さい」

と何度も繰り返しましたが、漁翁は少しも慌てず、ゆっくりと舟を岸に着け、再び神光の用件を訊きました。

「老翁よ、是非私を向こう岸へ渡して下さい」

「岸遠くして江深し、舵を取る人尋ね難し。自己渡(ど。救霊)し難きに、豈(あに)敢えて客賓を渡せんや」

と、大師は詩に歌って答えました。

「他に渡った人がありますか」

「以前一人の老僧があって、葦の葉を千切り、それを踏んで川を渡って行きました。その時は風も凪(な)いで波浪もなく渡り易かったが、惜しむらくは、あなたは時を錯(あやま)りました」

 神光は慇懃に漁翁に向かって

「私が時を錯ったのは、舟に乗る時だけではありません。江を渡ったと言う、その老僧との遇り會いも錯ったのです。今は後悔してなりません。ところでお伺いしますが、その老僧は再び江を渡って帰って来られましたか」

「いや、彼はきっと熊耳山の洞窟で坐行しているでしょう。私は朝夕ここを離れていないから、帰っていないことに間違いありません」

 神光は、大師が山中に居ると聞いて心忙しく火が燃えるようになり

「是非とも、今直ぐ江を渡らせて下さい」

と拝み頼みました。漁翁は神光の達摩を求める心が切々であるのを見て、初めて江を渡らせようと心に決めました。神光を小舟に乗るように導き、暫くの間目を閉じ精神を凝り固め心を澄まして静坐するように言い付け、そして神光を向こう岸に渡しました。

 神光は舟から降りて漁翁の眞心に感謝し、贈る物がないのでただ言葉で許しを乞いました。

「迷っているときに、あなたは私を渡(わた)しました。私が目覚めたときは、あなたを渡(ど)します。恩を頂けば当然これに報いるべきであるのが、眞の循環の道理です。有難うございました」

 謝辞を述べ終えた神光は、ひたすら熊耳山の頂上を目指して登り始めました。ようやく洞窟に辿り着くと、大師が壁に向かって黙然と坐禅をしている姿が目に入りました。神光はその後姿に向かって四礼八拝しましたが、大師は振り向きもせず端然と静坐し巍巍(ぎぎ)として動かず、口を開こうともしません。神光は、ただ後ろから俯伏し、大師を拝んで告げました。

「弟子、肉眼凡胎なるが故に大師が西より来られたことを識らず、冒した一切の罪過は、まさに雷霹に値します。伏して至尊にお願い申し上げます。慈悲を以って私の罪をお赦し下さい」

それでも大師は、長い間相手にしようともしません。神光は再三再四哀願して、言葉を続けました。

「神光、地に跪き、涙は顎に満ちています。師よ、怒りを息(しず)め心を寛(ひろ)くして下さい。肉眼なるが故に、西来の御僧を識らなかったのです。只々お願い申し上げます。至尊よ、私の罪をお赦し下さい」

 神光は、一昼夜懇願し続けました。時は十二月九日で寒気厳しく、夜に入ってから大雪が降り出し、神光の全身は雪に覆われました。それでも大師が快い返事をされないので、神光はそのまま動かず、じっと立ったままでいました。夜明け頃には、雪が積もって腰まで没してしまいました。神光は更に言葉を続けて

「昔の人は、道を求めるのに『骨を敲(たた)きて髄を抜き、血を刺して飢えを救い、髪を布(し)いて泥を掩い、崖に身を投じて虎を飼う』と申しましたが、古にあってもなお斯くの如しです。私は、また如何すればよいのでしょうか」

 今はもう涙も涸れて声も出ません。老僧はそれを見て、初めて哀れみ

「汝、久しく雪の中に立って、まさに何を求めようとするのか。洛陽はよき道場ではないか。三蔵の經典も口に任せて話せる汝が、どうしてわれを趕(お)いかけてここまで来たのか」

 神光は、これを聞いて、恥ずかしさと悲しみで頭を地に摺りつけ

「ただ願わくば、大師の御慈悲を以って以前の言葉をお忘れ下さい。眞(まこと)の人と別れては、何も求めることができません。どうか甘露の門を開いて、群品(ぐんぼん)を度して下さい」

「諸佛の無常の妙道は曠劫(こうごう)に精勤し、行じ難きをよく行じ、忍び難きをよく忍ぶに、どうして小徳・小智、しかも軽信慢心をもって眞常を願おうとする。徒に勤苦に労するのみである」

「是非とも師の心法を傳えて頂かなければ、六道の輪廻を解脱して三界を超越できません。私の寿命は既に尽きたので、どうぞ生死の道からお救い下さい」

 大師は心の中に憫みの情を起こし、偈(げ。詩)を詠じました。

「心に清静を求めても、清静を得ることはできない。

意は安(安閑)を欲しても、安なることはできない。

愚かな心では、三界を超え難いであろう。

妄意を存すれば必ず深淵(地獄)に墜ちる」

「弟子は敢えて愚かにも、佛祖に成就したいと妄想してはおりません。実は自己の性命は終え難く、閻君は免れ難く、地獄は躱し難いが故であります。大師の坐行を乱していることはよく存じておりますが、如何ともし難く、ただ師の御慈悲を以って御指示を垂れ賜わんことを願います」

「正道を求めんと欲すれば、すべき事として先ず左旁(さぼう)を去れ。紅雪が腰に斉(揃)うのを待って始めて傳授しよう」

 神光は大師の言葉の中の左旁を左膀(臂)と聞き違え、戒刀をもって自らの左臂を断ち切りました。血は吹き出して全身を染め、辺り一面の雪も紅に染めました。大師はこれを見て大いに慈悲心を動かされ、また神光が正しく法器であることを知り、急いで自分の袈裟を裂いて神光の左臂を覆いました。その瞬間に血は止まり、痛みもなくなりました。大師は、賛嘆して

「われ想うに、東土の衆生に既にこのような心念を持つ者が出た。全く、眞傳を受けさせるべきである」

と言い、神光に「直ちに洪誓(こうせい)の大願を立てるよう」命じました。神光は三歩退って衣服を整え、跪き天に向かって誓願を発しました。

「想うに父母生養の大恩は、身を殺しても報いることはできません。天地の覆載(ふくさい。天地の創造)を蒙り、日月照臨、皇王水土の恵みを享け、至尊の厚き教誨(おしえ)、種々の深き恩、何によって報答できましょうか。もし誠ならずして至道を求めれば生死を脱することはできず、五恩(天地覆載の恩、日月照臨の恩、皇王水土の恩、父母養育の恩、聖師傳法の恩)に報いることはできません。一生を虚しく過して六道四生に墜ち、どうして再びこの奇縁に遇り會うことができましょうか。よって即ち天神の監察を乞う。弟子、道を求めて若し二意あり、師を欺き祖を滅することがあれば永遠(とこしえ)に地獄に墜ち、超生を得られません」

 大師はこの言葉を聞いて

「善哉(ぜんざい。よいかな)、善哉。正しい道を修めんとするには、先ず左道旁門を去れと言うことである。しかるにどうして左膀を切り落としたのか、危うく残生を誤るところであった。紅雪が腰に揃うとは、要するに心の誠を験していることに他ならない。今後汝はこの紅袈裟をもって後世に留め、人々を警(いまし)めよ」

 更に大師は

「吾本(われは)、茲(こ)の土(ち)に来たる。法を傳えて迷情を救う。

一華は五葉(禅宗五家)を開き、結果は自然に成る」

の偈を示して神光を呼び

「汝の智慧良可なるによって、これより汝を慧可(えか)と名付けよう」

と言われました。神光(以下、「慧可」とする)は、大いに謝恩してこれを受けました。

 (続く)

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道の淵源~達磨大師伝(5)

2017-12-10 22:39:51 | 観音・釈迦・達磨・因果経

5、大師、再び化身して神光を覚ます

 間もなく大師は、一旦身を退き、嵩山(すうざん。中国河南省北部にある山)の北麓にある少林寺に暫く寄寓して、道脈の行く末を案じられました。

 密(ひそか)に思われるに・・・天命を体して東土に来ながら縁者を得ずして、どうして復命できようか。このままの状態では、足に任せて全国に有縁を求めても所詮は無駄に過ぎない。名の高い梁の武帝と徳の高い神光を除いて、果たしてこの国に道の後継者として相応しい人物がいるであろうか。そうだ、神光を除いて他には私から道脈を受け継ぐ人はいない。どうしても、神光を捨て去ることはできない・・・このように決断された大師は、ある方法を心に秘めて黙すること暫し、手に持った数珠から十個の珠を外し、地に撒きました。すると忽ち十個の球は、地獄十殿の各閻君に化身してしまいました。

 これらの化身した十殿閻君は、飄然と洛陽に現れ、神光が丁度法話を始めようとする寸前に法台の前に立ちはだかり、神光の登壇を遮りました。神光は台に登ることができず、良く見ればそこに十位の秀士が並んで立っているので、訝しげに声を掛けました。

「各位は、何処の方々ですか。私の説法を聞きに来られたのですか」

 十位の閻魔は首を振り、声を揃えて

「我われは、幽冥地獄におる十殿閻君である。汝の法話を聞きに来たのではない。汝の陽寿(寿命)が既に満ちたことに因って、ここに来たのである。今から汝の生魂を連れて行くために、地獄から特別に出向いて来たのである。跟(つ)いて来るがよい」

 神光は、びっくり仰天して

「私は曾て説法して衆生を度すこと四十九年の間、窮りなき辛苦を重ねてきました。従って、無量の功徳を積んでいる筈です。それでも、閻君の手を躱すことができないのですか」

「どんなに法を説き經典を講ずるとも、我われの手を避けることはできない」

「天下で、あなたがたの手を經なくてもよい人はいないのですか」

「今、天下に只一人の人を除いては、我われの手を躱す事はできない」

「只一人の人とは誰ですか」

「その人は、汝もよく存知の前日此処に来た達摩大師と言う、黒い顔をした和尚である」

「どうしてその和尚だけが、あなたがたの手から逃れることができるのですか」

「それは、天命を受けているからです」

「天命とは何ですか」

「天命とは、上天の特命を奉じて道脈を受け継ぎ、時代を治め、人々の心眼を點破し、口授心印を以って人の生死を解脱させ、究竟涅槃(くきょうねはん)に至る法を授ける御命のことです」

「その法を得れば、誰でも生死を脱れ、地獄のあなたがたの手を躱すことができるのですか」

「そうです。しかしその法は誰にでも傳えられるものではなく、単傳独授のままに傳えられています。その法を直接得た人は、即身成佛を得、人であっても既に人ではありません。一般に説法修行するに留まる人は、ただひたすら口頭三昧の念佛を唱え妄修瞎練(もうしゅうかつれん。専ら偽道邪教を信じること)こそすれ、心傳の眞法を求めようとはしません。一般の修行者は、口では自分こそ脱れることができると言っているが、その実我われの手を脱することができないのです」

 神光は、これを聞いて、気も転倒しそうになりました。そのとき一人の閻君が、むんずとばかりに神光の胸倉を捉えて言いました。

「もう時刻です。我われに跟いて来なさい」

 神光は自分が縁を失ったことに気付いて周章狼狽し、急いで両手を地に着き

「どうか私の罪を許して、死を逃れさせて下さい」

「それはできません」

「それでは私がこれから直ちに達摩大師を追って行きますので、大師からご指示を受けるまでの間暫しの猶予をお与え下さい」

「縁は、熟する時と熟さない時とがある。その時まで待つことはできない」

「では私に、三日間だけ猶予を与えて下さい。それを過ぎれば、ご命令に従います」

「よかろう。では汝の四十九年間の説法、勧導の功徳に免じて三日間の猶予を与えよう」

 神光は咄嗟(とっさ)にその場に平伏し、熱涙を流して感激しました。ややあって頭を上げて見ると、十位の閻君は忽然と消えていました。神光は深く謝恩して身を起こし、荷物の準備もなく、法台も踏み倒して急いで大師の後を追い掛けようとしました。

 これを見た人天百萬の弟子たちは、神光の前に立ち塞がり、各々神光の手足に取り縋って

「師父よ。我々を捨てて一体何処へ行こうとなさるのですか。その後我々は、一体誰に救いを求めればよいのですか」

 それでも神光は皆を振り切って行こうとしましたが、誰もが泣き叫んで行かせようとはしません。

「私は生死を超脱する道を得るために、どうしても大師を追い掛けて行かなければならないのです」

「では我々は、誰を主と仰げばよいのですか。主は、何時お帰りになられますか」

 神光は、逸(はや)る心を抑え

「皆、落ち着いて私の言葉を聞くがよい。今の私は、一心に眞傳を求める気持ちで一杯です。今までの私は、終日法を説くことはできても、実は未だに正法を得ていないのです。自分の生死が救えなくて、どうして他人の苦厄を滅することができるでしょう。後日正果を成就することができた暁には、必ず皆様を度(すく)って涅槃(ねはん)を証させましょう。師と弟子の情愛は、私とて変りはありません。しかし今捨て難い情愛を捨てなければ、共に地獄に落ちなければなりません」

 切々たる神光の声涙下る言葉を聞いて一同は、一層声を張り上げて別れの寂しさを訴えました。神光は、一同に向かって

「では皆、静かにして私の最後の嘱咐(ことづけ)を聞くがよい。そして各自が家に帰った後もこの嘱咐を胸に秘め、不退転の決意を以って私が帰るまでの心得としてもらいたい」

 そして神光は、おもむろに次のような嘱咐を申し渡しました。

「一つに嘱咐す。佛に帰依するには、完全に眞心に頼るようにしなければならない。

 恩を貪り、愛に恋(ひ)かれ、名利を争うような事があってはならない。

 大衆に勧める。佛と共に、常に親しくし常に近付くように心掛けなさい。

 四時(子・卯・午・酉)の中に信香を焚き、佛恩に報答しなさい。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。無明が未だ尽きることない故である。

 大衆に勧める。煩(わずら)いに耐える必要があることを牢(かた)く心に刻みなさい。

二つに嘱咐す。法に帰依するには、佛規を厳格に遵守しなければならない。

 二六時中、功果に勤め、法によって修行に励みなさい。

 この帰戒は、修行者の大いなる把柄(とりえ)である。

雑念を起こし、物事を胡(みだ)りに為し、乱(みだ)りに行なうことのないよう切に願う。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。神気を既に消耗し尽くした故である。

 大衆に勧める。常に存養することを牢く心に刻みなさい。

三つに嘱咐す。僧に帰依するには、清静を学ぶことが肝要である。

 佛門に投じ清規を守り、別に旁門を開くような事があってはならない。

 有為の法、夢幻泡影を学ぶことのないよう切に願う。

 あるいは静坐し、あるいは観空して雑念を生ずる事のないようにしなさい。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。自らの性が未だに明らかでない故である。

 大衆に勧める。相を飛ばすことが必要であると牢く心に刻みなさい。

四つに嘱咐す。殺生を戒め、仁徳を本とすること。

 西天の佛は、全てこれ慈悲の大仁である。

 修行の人は、生霊と仇恨を結ぶような事があってはならない。

 地獄の苦しみを免れ得て、初めて輪廻転生を免れることが出来る。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。寃孼(えんげつ。業罪)甚だ太(おお)い故である。

 大衆に勧める。多く放生(ほうしょう。生命あるものを大事にすること)すべきことを牢く心に刻みなさい。

五つに嘱咐す。偸盗(ちゅうとう)を戒め、義を以って本としなさい。

 一根の草、一条の線(いと)たりと雖も、各々に持ち主がある。

 他人が来て我を虧刻(そこな)えば、我はこれを耐え忍ぶことが難しい。

 我が人を虧刻えば、人はこれを許さず、禍根の種を蒔くこととなろう。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。刻薄(こくはく。冷酷)甚だしい故である。

 大衆に勧める。道は厚き志を持して行なうべきことを牢く心に刻みなさい。

六つに嘱咐す。邪淫を戒め、名節を本とすること。

 修道の人は、関睢(かんしょ。周の文王夫妻の家庭和楽のを讃えて詠じた詩經)に傚い、快楽を求めて邪淫に溺れるような事があってはならない。

西施(せいし。越国春秋の美人。呉王夫差の寵姫)に賽(まさ)る美貌の持ち主であっても、淫(おぼ)れれば畜生道に堕ち、禽蠢(きんしゅん。鳥や虫)と作(な)るであろう。

 欲念を起し、本眞を喪失するような事がないよう切に願う。

 我は閻君の手を躱すことが出来ない。欲念が尽きない故である。

 大衆に勧める。色(しき。色情)これ空なることを牢く心に刻みなさい。

七つに嘱咐す。酒肉を戒め、清濁を混じえることなかれ。

 酒は性を乱し、肉は性を濁す。佛の道を汚穢(よご)してはならない。

 二六時中あるいは經を念じ、あるいは静坐するようにしなさい。

眞に欲念を断ち、明心見性することが肝要である。

 我は閻君を躱すことが出来ない。心に純静が少ない故である。

 大衆に勧める。精進のものを食することを牢く心に刻みなさい。

八つに嘱咐す。妄語を戒め、信ある言を発するよう心掛けなさい。

 五戒を守り、五常を貫き、また五行を貫くよう努めなさい。

 諸行萬物全て、信によって運化されないものはない。

我は閻君の手を躱すことが出来ない。未だに性(しょう)、高ぶり傲(おご)る故である。

 大衆に勧める。血性(けつせい)を低くすることを牢く心に刻みなさい。

九つに嘱咐す。紅福、富貴の物を修める者達よ。

今より後は、八徳(孝・悌・忠・信・禮・義・廉・恥の徳目)を体し、更に五倫(人の守るべき道、即ち、君臣義あり、父子親あり、夫婦別あり、長幼序あり、朋友信あり)を体すよう努めなさい。

 花斎・月斎(かさい・げっさい。斎食の総称)を食するのは、随意である。

 人の上に立つよう修め、智慧光明と輝くように努めなさい。

 我が達摩の後を追って行くのは、只性命の指示を求める為である。

 大衆に勧める。広く済(すく)い施すことを牢く心に刻みなさい。

十に嘱咐す。諸々の善人、常に行を講ずるよう心掛けなさい。

 大善を行ない、小善を行ない、力の量(かぎ)りに行(つと)めること。

 財ある人は財を捨てる必要あり、済(すく)い施しを吝(おし)んではならない。

 財の無い者は方便を行ない、勤めて功行に励むようにしなさい。

 我が達摩の後を追って行くのは、心印の指示を求める為である。

大衆に切に仰(ねが)うのは、各々功を立て同(とも)に彼岸に登ることである」

 嘱咐する神光の両眼から涙が酒々(しゃしゃ)と流れ、また弟子の中からも嗚咽(おえつ)が洩れ、胸が締め付けられるようでしたが、神光はきっぱりと衆徒に別れを告げ、一路大師を追うために出発しました。 

 途中で人に訊きながら、やっと東緑関に到着しました。ここで大師が一婦人の家に立ち寄ったことを聞いて、その家を訪れました。

 楊胭脂は、高名な神光の突然の訪問を受けてその眞意を量りかね、不審そうにしておりました。神光は、性急に言葉を発しました。

「聞けばこちらへ一方の色黒で髯の多い老和尚が立ち寄られたと承って参りましたが、只今もいらっしゃいますか」

 楊胭脂は、これを聞いて

「先日、そのような老僧が私の茅屋(あばらや)にお出で下さり、七日間を過ごされました」

「今その老僧は、どちらに在(お)られますか」

 楊胭脂は、哀しそうな表情を作り

「重い病に罹って、急にご遷化(せんげ。昇天)なさいました」

 神光は、肝を潰さんばかりに吃驚(びっくり)して

「それでは、老僧は何れに葬られましたか」

「謹んで、東緑関の郊外に葬らせていただきました」

 これを聞いて神光は、痛く嘆き哀しみ、胸を捶(たた)いて自分の無縁を後悔し

「ここまで来たのに、何故明師に去られてしまったのか」

と深く激しく泣き悶えました。生死一大事の問題であるだけに、無理からぬことです。

暫くの間神光の嘆き哀しむ様子を見ていた楊胭脂は、やがて

「老僧は亡くなられたとは言え、道根は未だに存在しております。そんなに哀しんで、心を傷付けることはりません」

と、親切そうに神光を慰めました。神光は、この言葉を聞いて驚き、涙に濡れた顔を擡(あ)げ

「大師の道は、一体どなたが得られたのですか」

 すると楊胭脂は、座を正して厳かに言いました。

「道は、既に私に尽く傳えられました」

 神光は、これを聞いて訝しいと思ったが、ここが自分の縁、不縁を験す時であると考え、辞を低くして

「その道を私にもお傳えいただけませんか」

「あなたに傳えるにしても、あなたは心を降し、忍耐の念を存さなければなりません」

 神光は、これを聞いて慌てて深く一礼し、地に跪いて懇願しました。

「道は、軽々しく傳えられません。必ず天に対する立願を要します。そこで初めて、傳授が許されるのです」

「修行中の弟子は、未だに玄に通じません。専心一意、明師を拝して参禅を学びます。私がもし法を軽んじたならば、苦を離れ難いでしょう。師を忘れるような事があれば、性命は還元できないことを誓います」

 楊胭脂は、これを聞いて燭台に灯を点し、上座に座って徐に口を開いて語り始めました。

「修行の工夫は、全く心に憑(たよ)る。匪人(あしきひと)に傳授すれば、その罪は決して軽くはない。山を穿ち、海を透して時(つね)に現れ応ず。天を包み地を穿つは人身にあり。活溌動静(かっぱつどうじょう)、性天を養う。千度生まれ、初めて佛の凡に臨むこと能う。乾坤を貫き満たすは、眞性に憑ることによる。放ち去り収め来て本原に還る」

「では身中の性命、生死の根本由来は何れにありますか」

「生死、性命の原(もと)として、内外の分別があります。内には能く骨を穿ち、髄に透り、遍く人身を覆い、当に現れて物を化します。即ち六門(眼・耳・鼻・舌・身・意)の動静です。外には能く山を穿ち、海に透ることができ、天地を包み、十方に貫き満ち、放ち去るも収め来たるも動静は活溌です。これが、劫外の眞人です。金剛經に『現在・過去・未来の心、倶(とも)に得るべからず。人・我・衆生・寿者相、切に有すべからず』とありますが、ここに至って初めて輪廻の苦しみを逃れることができ、閻君の刑罰を脱することができます」

「いや、只今の道理は、曾て私が常に講義し論じたものばかりです。どうか私に、先天の大道をお傳え下さい」

「法は既に傳え尽くしました。再び別の法はありません」

 神光の心に、疑いの雲が広がってきました。先天の道は、經典の文句を羅列しただけで、生と死を解脱できるとは思われません。これには何か深い訳があると考え込んでいると、突然門の外から大きな声で誰かが叫んでいるのが聞こえました。

「東土の衆生は無縁である。惜しむらくは、西天の達摩がわざわざ佛駕を東土に臨ませたが、みすみすそれを放ってしまった」

 神光と楊胭脂はこれを聞いて驚き、急いで外に飛び出して見れば、一人の和尚が立っていました。神光は、早速その和尚に訊きました。

「あなたは、何処で達摩老僧に會われましたか」

「私は、西域から東土に来るときに、一日一夜同伴しました」

 和尚は神光の衝撃の表情を眺め、更に言葉を継いで話しました。

「私は前日、西洋湖で体を洗っているときに、また大師に巡り會いました。手に便鏟(べんさん。木削り鉋)を持ち、その先に片方の草履を挿して布団を背負い、葦を千切って江(かわ)に投げ、その上を踏んで長江を渡って行きました。そのとき私は大師に『どこへ行かれるのですか』と尋ねましたが、すると大師は『先に武帝を救いに行ったが縁が無く、逆に玉棍(棍棒)で殴られ傷を受けた。次に神光を度しに行ったが縁が無く、逆に鉄の数珠で顔を打たれ前歯二本を折られてしまった。次に楊胭脂を救いに行ったが、危うく毒殺されるところだった。今はただ、熊耳山(ゆうじさん)に行って、静かな所で暫く休みたい』と言われ、そのまま立ち去ってしまいました」

 神光は、この言葉に眞実があると察して、楊胭脂を激しく詰問しました。

「あなたは大師が病気で亡くなられたと言ったが、ご健在ではないか」

「亡くなられたのは事実です。信じられないならば、私と一緒に東緑関郊外にあるお墓に参って見られたらよいでしょう」

 神光と楊胭脂が一緒にお墓に参り、大師の墓を掘り起こしてみたところ、棺の中には片方の草鞋があるだけでした。神光がその草鞋を手にとって裏を見る

と、次のような字が刺繍してありました。

「達摩、西より来たりて一隻(かたあし)の草鞋、千針萬線を以って繍出す。東土の衆生、我を識らず。片方の草鞋を把(と)りて死人として埋める」

 神光は、これを見て、楊胭脂の悪毒な心に呆れ返って言葉も出なかったが、それよりも大師の神通広大、変化無窮に感嘆いたしました。  

続く・・・

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道の淵源~達磨大師伝(4)

2017-12-09 19:04:29 | 観音・釈迦・達磨・因果経

                         

4、大師、化身して楊胭脂の難を避く

年老いた大師は、武帝と神光を救い損ねて暫くは慨嘆していましたが、やがて東緑関(とうりょくかん)に向かって歩き始めました。関内に入ると、一人の婦人に遇り逢いました。その婦人の名は楊胭脂(よういんし)と言い、大師が来られたのを見て

「老僧は何処から来られ、そして何処へ行かれるのですか」

と問いました。

大師は、度重なる失敗に懲りて、余り気乗りがしなかったが

「私は西域からやって来て武帝と神光とを救おうとしたのですが、二人とも縁に欠けているので、また西へ帰るところです」

と答えました。

 これを聞いた楊胭脂は、この人は相当有徳な非凡の僧に違いないと思い、自宅に迎えて大いに歓待して上げれば決して損はないと心に邪心を抱き

「どうぞ、私の家にお越し下さい。私は幼い時から佛法に帰依して經堂を持っています。ここでご静養いただければ幸いでございます」

と言いました。

大師は、この婦人に邪念があるのを視透しましたが、人の心を試すのも一つの法と考え、招じられるままに楊胭脂の經堂に案内されました。楊胭脂は、大師を法座に上らせ、自分は法座の下に跪き大師を礼拝して申しました。

「弟子楊胭脂は、多年に亘って斎戒を持して参りましたが、未だ明心見性の域に至っておりません。今日縁がございまして、ここに明師のご降臨を仰ぐことができました。これは、終世の幸せでございます。私はここに喜んで願を立て、老師の徒(でし)になりたいと存じます。願わくば師のご慈悲を蒙り、私を徒とされ、正法を開示下さいますようお願い申し上げます」

大師「今、汝が願を発して道を求めたことは小さい事ではない。しかし女の体は穢れ多く、また愆(つみ)も多いので、正法を得るためには、更に天のように高く海のように深い大願を発し、三皈五戒(さんきごかい。三皈は仏・法・僧に皈依すること。五戒は殺・盗・淫・妄・酒の戒め)を堅持し、正しい念を強く抱いて行わなければならない。もし願に違えば、反って墜落(地獄に墜ちること)の目に遭うだけで萬劫(まんごう。永遠に)救われ難いであろう。よくよく考えた上で行なうことが賢明であり、軽々しく誓願を立てるべきではない」と嗜(たしな)めました。

 断られると逆に思いの募るのが人情というもので胭脂は、大師の言葉を聞いて、また一段と辞を低くして申し上げました。

「佛を証(あかし)として願を立てさせていただきます。もしも私が法を得てより師の恩を忘れ、規(のり)や戒律を守らず、中途で道から退嬰(たいえい)するようなことがあれば、永遠(とこしえ)に苦海(塵界)に沈み萬劫三界を越えられません。是非お助け下さいませ」

 しかし大師は、楊胭脂の心に虚(いつわ)りがあるのを見抜いて、僅かに幾句かの偈を告げ語られました。

「若(も)し三苦(さんく。三界)に在(あ)って正法を求めようとすれば、只ひたすら身中の動静の功を明らかにすべきである。

 法は萬物を生じ、三界を穿つ。道は天地を包み、虚空に満ちる。

 骨を穿ち髄に透り至らざる所なく、八方に応現してその妙、窮りなし。

 四大(しだい。地水火風)に周流してこれを眞の主とし、内に形相なく、外に踪(あとかた)もなし。

 常に三家(道・儒・佛の各開祖)と相會う。内外一体であって共にその金容を現わす」

 楊胭脂は感激して、熱心に聞き入っていました。大師は更に言葉を続け

「人法両(ふたつ)を忘れるのは、これ即ち眞空である。活発動静(どうじょう)、允(まこと)にその中(ちゅう)を執れ。自家の眞人を認め透すことが出来れば、詔を待って極楽宮に飛昇することが適う」

 胭脂は大師の法話を一言一句も洩らすまいと熱心に耳を傾け、その全てを記憶に留める努力を重ねる日々を何日か過ごしました。こうして大師から傳授された言葉を口授心印と錯覚した胭脂は、遂に本性を暴露し始めました。

――これで私も、明師と同じ位になった。明師の実質的な後継者は私である。天下に並ぶべき人がいない今は、大師が生きていては邪魔である。老師を毒殺してしまおう。大師を殺してしまえば、かの有名な武帝や神光がやって来て私を師と仰ぐことになろう。そうなれば、眞に光栄の至りである――

 このように考えて胭脂は、大師を毒殺する機會を窺っていました。大師は始めから胭脂の心を見抜いておりましたが、わざとその謀(はかりごと)に掛かろうとされました。

 或る日、楊胭脂は飲み物の中に毒を盛って大師に捧げました。大師は事前に片方の草履(ぞうり)を脱いでそれを自分の化身とし、わざと胭脂が捧げた毒入りの飲み物を飲み、死を装った化身だけを残し、ご自身は身を隠してしまわれました。

 楊胭脂は、大師が亡くなったのを知って喜びながらも表面は嘆き哀しみ、葬儀一切を済ませた後、大師の亡骸(なきがら。実は大師の化身である草履の片割)を東緑関の郊外に埋葬しました。

 大師は残りの片方の草履を手に持って東緑関を出て、歩きながら胭脂の一件を大いに嘆じ、偈を作ってその心を表しました。

「婦女を歎く。迷昧多く、自性(じしょう)を明らかに出来ない。

 既に回心(改心)して斎戒を持してはいても、未だ生死を究めることが出来ない。

 全く五漏(ごろう)の体(たい)は罪過甚だ大であるにも関わらず、そこまで思いを致すことがない。

 前劫に際して迷昧することが多かったために、修行することを知らない。

 故に女身に変じ、いろいろ不便多く難儀して尽きることがない。

 三従(さんじゅう。婦人の従うべき三つの事柄、即ち家にあっては父母に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う)四(しとく。婦人の守るべき四つの、即ち婦徳、婦言、婦容、婦工)に従い、命を人に聴く。

 楊胭脂が既に我に出會ったことは、三生の幸があると言える。

 今まさに一貫不二の法門を求めようとする。

 我、胭脂をよく観察すると、口は達者であるが、心はこれに反して正しくない。

 このような者に、正法を軽々しく傳授するわけには行かない。

禅の奥義について話を合わせられることを幸いに、吾を毒殺することを思い立ち、そしてあわよくば人の師となろうと考えた。

 これらの点から推察するに、我が来た時は一条の路經があったが、

 我が去った後は、数知れぬ宗門をぞくぞく輩出する虞が多分にある。

 更に信心の固い人を捜し出し、道統の後継ぎを定めねばならない。

 慧眼によって四部州を見渡しても、そのような人は一人もいない。

 只、那(か)の神光のみが信ずるに足る人物と思われる。

 我、再び彼の許に去(ゆ)き、転化することなければ、

他に人を訪ねて度そうとしても、枉(むだ)であろう」

 続く・・・

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道の淵源~達磨大師伝(2)

2017-12-08 23:10:09 | 観音・釈迦・達磨・因果経

2、達磨大師、神光と問答す・・・

 ※神光とは後の禅宗の開祖の慧可です。

洛陽は当時仏教の最も盛んな都で、ここに名僧・神光(後の禅宗の初祖、慧可)が在住して経典を講じ説法すること四十九年間、人天百万の聴講があると聞いて、大師は神光を救おうと思いました。

ひそかに聴衆の一人に身をやつして法座のそばに参りました。

果たして、聞きしにまさる雄弁で、これを言葉で形容すれば「天より花が乱れ落ち、地より金蓮が湧き出で、泥牛が海を越え、木馬が風にいななくが如し」という状態でありました。

それほど神光の説法は抜群で大衆の心を掴んで離しませんでした。

大師は、道脈が神光にあることをただちに察し、これに道を与えねばとの心から、神光の前に姿を現わされました。

神光は説法を終えて気がつくと、目の前にひげ面で色黒の目はギョロリとした一風変わった姿の僧侶がいるので、その人に向かって問いました。

神光「老僧は何処から来られたのですか」

大師「遠くないところから来ました」

神光「遠くないところと言われましたが、今まで見たお顔ではない。何処の生まれですか」

神光は敏い人ですから、人天百万の弟子があっても毛色の違った大師にはすぐ気がつきました。

大師は前と同じように人を食った言い方で、「暇がないからここに来たことはない。ある時は山に登って霊薬を採取し、またある時は海に入って珍寶を採取して一座の無縫塔を修造している。まだ功果が完成していないので今日は間をみてここに来た。あなたの慈悲深い経文を講ずるのを聴きたいと思う。」

神光は、大師の言葉を聞いて心中不可解な感じがしましたが、根が真摯で率直で徳の高い方でありましたので、「お経を聴きに来た」との言葉に早速経典を出して展下、一生懸命に説法し出しました。

大師は腕組みをして、黙然として神光の説法を聴いていましたが、終わるの待って、
「あなたが説かれたのは何ですか」と聞きました。

全く聞いていないようなので驚いた神光は、

「私が説いたのは法であります」

大師「その法はいずこに有りますか」

神光「法はこの経巻の中にあります」

大師「黒いのは字であり、白いのは紙である。その法は一体いずこかに見ることができましょうか」

神光「紙の上に載っている法は正しい法であります」

大師「文字の法に何の霊験がありますか」

神光「人間の生死生命を解脱させる法力が潜んでいます」

そこで大師は言葉をついで、

「今あなたが説いたとおり、法が紙の上に載っていて、それが人の生死輪廻から救う効験があるとすれば、今私は紙の上に美味しそうな餅(菓子)の絵を書いてあなたの空腹を満たしたいが如何ですか」

神光は驚いて、

「紙の上に書いた餅がどうして空腹を満たすことができましょうか」

大師「然り、紙上に書いた餅は空腹を満たすことができないと言うのであれば、あなたが説かれたところの紙上に載っているところの仏法が人の生死を救い輪廻を解脱させ涅槃の境地に至らすことができるのですか。あなたの説かれていることは元来無益です。その紙の巻物を私に渡しなさい。焼き捨ててしまいましょう」

神光は顔色を変え声を荒くして

「私は経を講じ、法を説いて無量の人々を済度しています。どうしてそれを無益と言うのか。汝は仏法を軽賤しているのか、仏法を軽賤した罪は甚だ重いことを知らないのか」

大師「私は決して仏法を軽賤していません。あなたこそ仏法を軽賤しているのです。あなたは全く仏の心印・心法を極めていないので、ただいたずらに経典や説法に執着し、その字句や題目に囚われ、偏った法の解釈をしているだけであって結果的に見てあなたは本当の仏法が明らかに解っていないのです」

神光は大師の理論を聞いてすこぶる不愉快となり、

「私に法が分からないと言うなら、どうぞあなたが私に代わって台に登り法を説いてください」神光は吐き捨てるように言いました。

大師「私に説く法はありません。ただ言えるのは一の字のみです。私は西域からわざわざこの一の字を持ってきました。

神光「その一の字とは何ですか」

大師「その一の字は須弥山を筆とし、四海の水で墨をすり、天下を紙としてもこの一の字は書き写すことができず、又この一の字の形を描くことは出来ません。形も影もないから見れども見えず描けども描くことができないのです。もしある人がこの一の字を識り、一の字を描くことができれば、その人は生と死を超越することができます。本来形象はないが春夏秋冬の四季を通じて常に光明を放つことができます。この玄中の妙、妙中の玄を知り得る人があれば、まさに龍華会において上人に会うことができます。」

神光は大師の言葉が理解できず、怒りが爆発しそうになりました。

大師はつづいて偈をつくりました。

「達磨、もとは天外天より来る。仏法を講ぜずともまた仙となる。

萬巻の経書、すべて要とせず。ただ生死一毫の端を提る。

神光、もと好く経を講ず。智慧聡明にして広く人に伝う。

今朝、達磨の救いに逢わざれば、三界を超えて生死を了え難し。

達磨西より来りて一字もなし。全く心意に憑りて工夫を用う。

 続く・・・

※ (2)と(3)の順序を間違えました。お詫びし訂正いたします。

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道の淵源~達磨大師伝(3)

2017-12-07 19:30:28 | 観音・釈迦・達磨・因果経

 

達摩大師伝『上巻』(二)                                       

二.大師、梁(りょう)の武帝と論法す

梁の武帝は元の名を蕭衍(しょうえん)と言いますが、全国に寺院や堂塔を数多く建立し、布教師を各地に派遣して説法と教化に当たらせるなど、極めて佛心(ぶっしん。佛教に対する信仰心)の厚い帝王と言えます。

国中至る所に五里に一つの庵を設け、十里に一寺院を建立して佛法の徹底を図られたほどの力の入れようです。そこで当然の事ながら印度から天命を奉じた名僧が入国したのを聞いて、佛道を更に深く究めようとされました。

大師も一見して道の後継者に相応(ふさわ)しく、武帝に法を傳えれば多くの衆生を目覚めさせることになろうと考えて、この対談に臨みました。

武帝「余は即位して以来、寺を造り、經を写し、僧を養い、衆を渡(度)す(どす。救う)こと数限りない。これらの業績による功徳は如何程あろうか」

大師「何の功徳もありません」

武帝「何をもって、功徳が無いと言うのか」

大師「それは只、ささやかな善行に過ぎず、煩悩の原因となるだけであって、言うなれば形に従う影のようなものです。功徳があるように見えて、実は無に等しいものです。叡智(えいち)は妙圓(みょうえん)であり、体(たい)はすなわち空(くう)です。このような功徳は、この世で求めるべきではありません」

武帝「何を聖諦第一義(しょうたいだいいちぎ)と言うのか」

 大師は、これに対して簡単に「廓然無聖(かくねんむしょう)」と答えました。

武帝は聖なる眞理、佛法の第一義つまり根本原理、究極の眞義は何かと質問したのです。これに対して大師は、大空が爽快に晴れ渡って一片の雲も無い(廓然)ように、大悟の境地には聖諦と俗諦(ぞくたい)、佛と衆生、悟りと迷いというような互いに相反する二つの概念を二元的あるいは対立的に捉えようとする意識は全く存しないと言う意味の返事をしたのですが、もちろん武帝がこの意味を理解できるはずもありません。

武帝「余に対する者は誰か」

大師「識(し)らず」

 余りにも冷たい返事に怒りを覚えた武帝は、言葉を荒げて

「汝、西域から来たならば、本性に通じているはずだ。人の生死(しょうじ)の根源が分かるか」

 大師は平然として

「識っているようで知らず、知らぬようで識っています」

と答えました。

 これに対して武帝は、詩を作って大師に訊きました。

「幾世(いくせ。一世=三十年)人間と生まれ、幾世をもって足るや。

幾時(いつ)から酒と肉とを戒め断ったか。

将(まさ)に何をもって君恩に報ぜんや。

誰が汝の眷属(家族・親戚)なりや。

昼間(ちゅうかん)は何処(いずこ)に行って縁を化し、夜間は何処に向かって宿となすか。

吾は将に八句をもって汝に問う。誰が天堂(極楽・天国)で、誰が地獄か」

 大師も、すかさず詩をもって答えました。

「吾は九世人となり、十世をもって足る。

母の胎内を離れたときに酒肉を戒め断つ。

吾は将に經巻(經典)をもって君恩に報ず。

菩薩は吾の眷属なり。

昼間は千家(多くの家)の門戸に立ちて縁を化し、夜間は茅(あばら)の庵に向かいて宿となす。

吾は将に八句をもって汝に返す。吾は天堂であり、汝は地獄なり」

 最後の詩の一句が理解できない武帝は、大師の心を知らず、怒髪天を衝くばかりに怒り出しました。

「この和尚(おしょう)め。全く道理を知らぬ奴だ」

 大師は、平然として言葉を返されました。

「吾には窮まりない道理があるが、帝にはその事がお分かりにならないでしょう。帝にこそ道理が無いのであって、吾に道理が無いのではありません。吾に対してこのように仰せられた帝の将来に、何の良い事がありましょう」

 これを聞いた武帝は、激昂して

「余は今までに五里に一つの庵を建て、十里に一つの寺院を建立している。庵や寺院は気まぐれに建てたものではなく、佛道を宣揚するためである。すでに大勢の僧侶を養成して、方々に遣わしている。それだけでも、無量の功徳があるはずである。ところが汝は余を地獄と罵り、将来に良い事が無いと言った。瓢(ひさご。ひょうたん)を提(さ)げ杖を頼りに十方(じっぽう)を乞食(こつじき)している貧僧が何で天国であり、そうして何で深い道理があり、また何の良い事があろうか。戯(たわ)けたことを申すな。もう我慢がならぬ」

そう言い放つと武帝は、「直ちに首を刎(は)ねよ」との命令を発しました。大師は、泰然として答えました。

「私の体(たい)は虚空に懸っているから、誰も私を斬首することはできないでしょう」

武帝「汝三歩進めば死し、三歩退けば滅ぶであろう」

大師「それでは横に三歩歩けば、何の妨げもないでしょう」

 この言葉に愚弄されたと思った武帝は、即座に文武百官に命じて

「この僧を西廓(さいかく)の所に監禁せよ。罰として明日高台を設置し、その台の周囲に四十八巻の經典を蓮華の形に積み重ね、その上に座らせて説法させよ。もし眞(まこと)の僧であれば、自然に明心見性(みょうしんけんしょう)ができて、大衆が満足するような法を講ずることができるであろう。もし假(仮)り(いつわり)の僧であれば、そのとき自然に罰が当たり、天譴(てんけん。天罰)を受けるであろう」と、武帝は怒りのために身を震わせながら言いました。 

 その夜、諸々の文武高官が大師を訪れ

「和尚、あなたの来歴をお聞かせください」

と尋ねました。そこで大師は、謎を含めた言葉で諸官を悟らせようとしました。

「諸々の大臣よ、これから私の言うことをよく聞かれよ。私は混元一気(こんげんいっき)から来た。無生(むせい。無生ラウム)が私の親である。幼名は小皇胎(しょうこうたい)と言い、兄弟は非常に多く九十六億あって娑婆の世界に住んでいる。或る者は朝廷にあって天子となり、或る者は大臣高官となって快楽を享け、或る者は富貴栄華の家庭に生まれて財を恣(ほしいまま)にし、或る者は貧乏な家庭に生まれて苦しみに喘ぎ、或る者は罪多くして四生六道(ししょうろくどう)に輪廻(りんね)し、また中には参悟修練して神仙・菩薩・聖人の位に達している者もいる。この魂の兄弟たちは、寅の會(かい。一會=一萬八百年。天の時は、子の會から始めて亥の會に至る十二會すなわち十二萬九千六百年をもって一巡し、この周期を一元と言う)に別離してから今日まで数えて六萬年經っている。私が今ここへ来たのは、無生の命を受け、努力して兄弟たちを早く故郷(理天)へ帰らせんが為である。それなのに却って笑われ、あるいは誹(そし)られ、吾の言など一向に聞き入れられない。西方の地に帰りたくても、まだ目的を達していないから帰ることもできない」

 これを聞いた文武百官は、大師の言葉の眞意を悟ることができず、むしろ大師は気が狂ったのではないかと訝(いぶか)って一人残らず退散してしまいました。

 翌日大師の噂を聞いた都の人々は、朝から高台の周囲に集まり、黒山のような人垣を作りました。正午には、武帝が文武百官を従えて貴賓席に姿を見せました。

 大師は高台に登って蓮台に座り、四十八巻の經典を一通り見渡しただけで、言葉を発することもなくじっと黙り込んでしまわれました。

 大師の道は無字眞經(むじしんきょう)であり、以心傳心の法ですから文字によっては人に傳えられません。勿論大師は一切の大蔵經(だいぞうきょう)に精通されていますが、大衆が文字經文に執着することを惧(おそ)れ、敢えて口を開かれなかったのです。

 何時まで經っても大師が一向に口を開こうとしないのを見て武帝は、

「汝に經を講じ法を説けと申し付けたのに、どうして一言も吐こうとしないのか」

と問い質しました。大師は、武帝の目をじっと見据えて

「見性すれば一転して三千巻、了意すれば一刻にして百部經。

迷いし人は西来の意を知らず、無字眞經は世に尋ね難し」

と詩で答えました。

 武帝はその意を解することができず、大師を狂人と見做し、心の底から怒って

「棍棒をもって、この和尚を叩き出してしまえ」

と左右の護衛官に命じました。

大師「叩き出されるまで待っている必要は無い。貴方は恐らく福を断たれて、台城に於いて餓死し、瞑目できないであろう」

武帝はこの言葉を聞いて益々怒り狂い、「速やかに追い出してしまえ」と命じました。

 大師は、一斉に打ち掛かってくる棍棒を僅かに受けたものの、軽々と身を躱(かわ)して殿外に難を逃れ、

「無縁かな、無縁かな、無縁かな」

と如何にも嘆かわしく三唱し、詩を吟じながら行く当ても無く歩き出しました。

「富貴の人を歎く。假(いつわ)りの名利の中に迷う人が余りにも多い。

塵の世の衆(衆生)の皇胎(こうたい。肉体)は、概ね紅塵(こうじん。この世)に困苦を味わう。

只、紅福(幸福)を享(う)け、勢力・利益の僥倖あれと願うのみ。

気が付けば、何時の間にか孼(げつ。罪)を重ね、その債(おいめ。借り)を背負ってしまっている。

梁の武帝、佛縁を結んで人爵の分は少なくないものの、惜しいことに彼は寃孼(えんげつ。罪)重く、一竅(いっきょう。玄関)を開く意味も解せない。

只心配なのは、福が尽きた時、彼の身に災禍が降り掛かることである。

将来、寃(つみ。罪)は寃を生み、やがて台城で困死することになろう。

佛はこれを忍びず、特に吾に命じ、前もって彼を指惺(しせい。指破)させようとしたが、遺憾ながら彼は迷昧すること甚だしく、全く我が意を理解することも出来ない。

已(や)むを得ず法船に乗って、また別郡に行くほか無い。

四部洲(*)を巡り歩き、有縁の人を尋ね訪れることにしよう」

(* 四部洲。須彌洲を中心に、東西南北の順に勝神洲・牛賀洲・胆部洲・倶盧洲に分かれる四部大洲。すなわち都の周辺諸国を指す。)

 詩を詠い終って大師は、金陵の都に渡すべき人がないのを悟り、機の至らざることを知って十月十九日密に江北に廻り、十一月二十三日洛陽に着きました。

周 武帝

 

 (続く)

 

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道の淵源~達磨大師伝(1)

2017-12-06 21:14:22 | 観音・釈迦・達磨・因果経

     

「道」を伝承する明師 達磨大師の物語をご紹介いたします。はじめは少し難しく感じるかもしれませんが、印象に残ることがあればそこを入口として必ず「道」の真髄に至ることができます。本ブログで繰り返していますが、キリストが「吾は道なり真理なり、性(命)なり・・・」と伝えてきた「道=真理」は同じ道理で、達磨伝の「道=真理」と異なるはずがありません。

西アジア・東アジアと地域が違っても伝える師が違っても、「道=真理」の真髄は違わず天地造物主によってこの人類救済の機会が齎されています。本編は「先天解」と言ってスピリチュアルメッセージと同じように次元を超越して、実際の真伝が伝承された状況についてつぶさに語られています。日本では優れた学識者によって翻訳されていますが、元の物語は高次の神仙によって中国で降ろされていますので、一語一句は深い真理を包含しています。やがて覚醒が進み人類が進化してゆく過程でこの中から多くことを学ぶことができます。

 

一.達摩大師、命を奉じて東土に渡る

西暦紀元前五百六十五年印度中部迦毘羅城(かびらじょう)に釈迦牟尼(しゃかむに。釈尊)が誕生し、「道」の天命はやがて中国本土から西域印度の地に移されることになりました。

釈迦は青陽時代の明師である燃灯古仏(ねんとうこぶつ)から道統を受け継いだ後、正法(しょうほう。教化別伝・不立文字・以心伝心の法)である秘法を迦葉尊者(かしょうそんじゃ)に伝えて八十年の生涯を終えましたが、無量の衆生を教化挽回した功徳(くどく)によって仏陀(ぶっだ)の称号を受け、後世にその名を留めました。

迦葉は道統を釈迦の従弟である阿難(あなん)に伝え、阿難は更にそれを商那和修(しょうなわしゅう)に伝え、以後道統は次々に優婆毱多(うばきくた)、提多迦(だいたっか)、弥遮迦(みしゃか)、婆須密(ばしゅみつ)、仏陀難提(ぶっだなんだい)、伏駄密多(ふくだみった)、脇尊者(きょうそんじゃ)、富那夜奢(ふなやしゃ)、馬鳴(めみょう)、迦毘摩羅(かぴまら)、龍樹(りゅうじゅ)、迦那提婆(かなだいば)、羅睺羅多(らごらた)、僧迦難提(そきゃなんだい)、迦耶舎多(かやしゃた)、鳩摩羅多(くまらた)、闍夜多(じゃやた)、婆修盤頭(ばすばんず)、摩拏羅(まぬら)、鶴勒那(かくろくな)、師子(しし)、婆舎斯多(ばしゃすた)、不如密多(ふにょみった)、般若多羅(はんにゃたら)、菩提達摩(ぼだいだるま)と、単伝独授の形で伝えられました。菩提達摩は、釈尊(釈迦牟尼仏)から数えると西域第二十八代祖となりますが、「道」を東土に還した後は東土初祖ということにもなります(現白陽期に於ける明師である天然古仏は、達摩大師を初祖として仰ぐ東土第十八代祖に当たるわけです)。

菩提達摩尊者は、グブタ王朝の中頃南天竺国(みなみてんじくこく)・香至王(こうしおう)の第三王子として生誕され、姓は刹帝利(さつていり)、名は元(げん)、菩提多羅(ぼだいたら)と名付けられていましたが、第二十七代般若多羅の許に出家し、師から菩提達摩(Bodhilrha-Rma)の名を与えられました。

菩提達摩には目浄多羅(もくじょうたら)、功徳多羅(くどくたら)という二人の兄がおりましたが、般若多羅はこれら三人の王子と話し合った末、二兄に勝る菩提達摩を後嗣として選び如来正眼(にょらいしょうげん。正法)を授け

「心地(しんち)諸種を生ず。事によってまた理を生ず。果(功果)満ち、菩提円(まどか)に華(はな)開いて世界起こる」

と付言して菩提達摩を第二十八代祖としました。

 般若多羅に師事すること四十年、菩提達摩は聊(いささか)も怠ることなく、師が入寂(にゅうじゃく。帰天)した後も本国に留まり国内を行脚して大いに仏道と大乗(だいじょう)禅観の宣揚に尽くし、衆生の教化に努めました。

当時香至国に、仏大先(ぶつだいせん)、仏大勝多(ぶつだいしょうた)と名乗る小乗(しょうじょう)禅観の二師がいて、仏大先は般若多羅の在世中すでに師の門に入り、小乗を捨てて大乗に赴き師の訓導を受け正宗(せいしゅう)に同化したのに対して、仏大勝多は六つの別門すなわち有相宗(うそうしゅう)・無相宗(むそうしゅう)・定慧宗(じょうえしゅう)・無得宗(むとくしゅう)・寂静宗(じゃくじょうしゅう)・戒行宗(かいぎょうしゅう)と称する六宗派を立てました。

 大師は、この小乗禅観六宗の各宗祖に会って、逐次これらを論伏し、六宗を尽く正道に改宗させました。このため大師の名声は南天竺を覆い、他の五印度にも高まり、やがて遠近の学者たちが大師の名声を慕って風に靡くように続々大師に響応してきました。大師は数知れない多くの衆生を救い、甥に当たる異見王(いけんおう)をも終に教化しました。

大師はその後、第二十七祖の「六十七歳になったら中国本土に赴き、「道」を本源に戻すがよい。あらゆる困難にも打ち勝ち、決して弱音を吐いたり挫けたりしてはならない」

との遺訓に従い、遠く東土(西域印度から見た東方の地。中国を始めとする東方諸国)に縁が熟し教化の時が至ったのを察して、諸々の弟子たちに別れを告げ海路中国に向かわれました。弟子らが懸命に引き止めるのも聞かず、老躯に鞭打ち単身で海を渡ったのです。

 中国本土に足を踏み入れた後、三年の歳月を経た梁(りょう)の普通元年(五百二十年)庚子(かのえね)の九月二十一日に、大師は南海(現在の広東)に到達しました。その当時の広州の刺史(しし。州知事)である蕭昂(しょうこう)は、大師に対して主の礼を尽して接見し、急いで金陵(現在の南京)の都に文を送り、時の皇帝である武帝に大師の来訪を報告しました。

武帝は早速詔勅を発して大師の入京を招請しましたので、大師は直ちに金陵に至り宮中に参内して武帝と問答しました。大師は心から梁の武帝を救おうと願い、言葉に謎を含ませ、武帝がこれを悟れるかどうかを試されました。

 (続く)

 武帝

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釈迦仏説~法滅盡経(ほうめつじんきょう)

2017-10-24 08:30:38 | 観音・釈迦・達磨・因果経
2012年6月3日 15:01
 
仏説法滅盡経


 釈迦さまがKushinagara国に住んでいた、涅槃に入る三ヶ月頃の話です。多くの出家者と菩薩が釈迦様を廻って座っているほか、無量無数の群衆は釈迦様のいる所までに集まり、大地の上で釈迦さまに恭しく礼拝します。

釈迦さまはただ沈黙のままで何も言わず、身からも光明を放っていません。阿難(Ananda)尊者は釈迦さまに頂礼して質問します。「釈迦さま、昔に説法なさる前となさった後、大威徳光明を放っていますが、無数の衆生が集いに来た今日だけ、光明がちっともないとはどういうことでしょうか。」釈迦さまは相変わらず沈黙を守って、その質問を答えません。

阿難(Ananda)尊者はこうして三度質問を繰り返しました。すると、釈迦さまは阿難尊者や大衆に仰いました。「私が涅槃に入って、仏法が滅びる頃、五逆罪を為しているこの汚濁世間に、魔道が非常に盛んになります。魔は仏門内に入り、修道人と変装して、私たちの正道の破壊活動をします。もしくは、世俗人の衣裳を着て、豪奢のお袈裟や彩った服飾を好んで着用します。魔は酒を飲んだり、肉を食べたり、命を殺害したり、食欲に耽ったりします。慈愛の心もないし、互いに憎みや嫉妬を抱きます。
偶に菩薩、辟支仏(pratyekabuddha)、阿羅漢などが世間に現れ、精進して道徳を修習し、一切の物事を至誠な心で応対しています。こういう修道人は、人に崇敬、帰依されるべき人で、平等で一切衆生を教化します。貧しい人を可愛がって、老人に暖かい心遣いをし、貧乏人や苦難者を教育し、助けます。よく経典や聖像を持って、恭敬、勉強、恭順や供養するよう教えます。

菩薩は広く一切の功徳をし、衆生に賜る善行ばかり考えています。他人を犯さないし、自分を捧げて、万物を捨てて他人を救済します。自身を出し惜しまないし、忍辱を行い、慈悲深くて内心が優しいです。若し、こういう人が出ると、魔比丘はみんな彼のことを嫉妬し、その修道人の過ちばかりを誹謗中傷し、正道の修道人を排斥、見下ろし、追い払い、除名し、修道に安住させないよう邪魔します。

魔比丘は共に業を為していますから、自ら道徳を修しないし、お寺が空っぽになって修道人が一人もいません。道場が壊れても建て直す人がいないから、最終的に滅びます。魔比丘は財物を寄せ集めるだけに興味を持って、真の福徳を修しません。
奴婢や財物を販売し、作物を植え、山林を焼き、衆生を慈悲なく傷付けます。他人(お金や名利含む)の奴婢のように根性が低い人は、出家の比丘・比丘尼になって、道徳無しに、婬欲に放縦し、汚濁混乱に行い、男女混住して礼を守ることができません。

正道がますます薄くなり、なくなるようにしたのは、こういう人です。政府の審査・逮捕から逃げるため、修道の隊伍に混ざる人もいます。沙門にならんと求めたんだけど、戒律をちゃんと守れなくて、半月ごとに表で布薩説戒(ふさつせっかい)をやっていますが、心が疲れてまったく聴聞する気がありません。もしくは、前と後を略して、戒律の条項集を全部読もうとしません。
お経を読誦、勉強したくない、もしくは、読誦しても、文字と章句の意味を知らなくて、自分の解釈こそが正しいとしいていい、分かった人に教えを請わない、自分が高ぶって名誉が欲しがっています。エレガンスのふりをして、光栄に思い、すべての人から供養してもらうよう言い立てます。

これらの魔比丘(在家の魔衆も)は死んだあと、間違いなく無択地獄に堕落します。五逆罪を犯した悪行のものは、ガンジス川の砂ほど数え切れない劫(kalpa=世界の成立から破滅に至るきわめて長い時間)に、ずっと餓鬼・畜生の身をして苦しみを耐えています。三悪道(地獄・餓鬼・畜生)の苦しみを舐め尽くしたあと、人としてへんぴな処や自然・社会環境が厳しい処に生まれ、仏法僧の三宝に恵まれていません。

仏法が滅びる時、女性たちは修行に励み、年月をかけて功徳を積みますが、男性たちは修行を怠り、我意を張り法話に従おうとしません。修行者を見て臭い糞尿のように扱い、信奉や愛敬の心は全くありません。仏法が完全に消えてしまうとき、天界にいる善人はみんな涙を流して泣きます。降雨や旱天は整いません。五穀米は正常に実らなく、いい収穫が取れません。色々な疫病はどこもかしこも流行って、被災者も死者も数多く出てしまいます。庶民は疲労困憊でへとへとになったが、官府は苛酷で、天道に従わずに、享楽や迷乱ばかりを考えています。海の中の砂のように悪人は積んで多くなります。一方で、善人は一人、二人ほど少ないです。もうすぐこの劫の一番最後になりますので、一日間と一カ月間の時間は短くなり、人間の寿命も短くなります。人間は40才になって、髪が白くなり、老人になります。男性たちは淫欲に溺れるため、精力を使い尽くして早死してしまいます。男性の寿命は短いに対し、女性の方は長生きしています。男性は60才の寿命とすれば、女性は70才、80才、乃至100才までに生きます。

洪水は突如として襲いかかり、思いがけずに不定なところに氾濫します。世の中の人は正しく仏法を信奉としないで、昔のまま悪行しています。豪門だろうが、穢多だろうが、いろんな人は混雑して水の中に浮き沈みして、魚類や亀類に噛まれてしまいます。その時、菩薩、辟支仏や阿羅漢は救いの手を伸ばそうとしても、魔衆に邪魔され、追い払われてしまいます。声聞、縁覚や菩薩の根性を持っている衆生は、深山など福徳の地に入り、恬淡としてただ本分を守り、歓喜を得て長寿を全うしました。後には、諸天に保護されて月光菩薩は世に現れ、三乗の衆生に会い、52年間、正道を盛んに興しました。
『首楞嚴経』『般舟三昧経』などは一番早く世の中から消えます。そして、十二部経は相次いで消え、文字まで見えなくなります。沙門の袈裟は自然に俗人様になり、在家者の服装と何も異なるところはありません。仏法が滅びる時、オイルランプの如く、火が完全に消える前の瞬間、一時明るくなります。仏法が滅びるのも、オイルランプの火が消えると同じ、一時的な繁栄が見られます。これからの状況はなにも言えません。

このような状況は数千万年間ずっとしてはじめて、弥勒菩薩がこの世に誕生され、修証によって成仏されます。よって、天下が太平に戻り、毒気が消除されます。好天候に恵まれて、作物はよく育っています。立木も人間も高いです。身長が八丈に達する人類は八万四千才という長寿です。生死の海から救い出される衆生は数え切れないほどおおいです。

賢者阿難は釈迦さまに礼拝されて、訊ねました。「どんな名前をこのお経を呼んでよろしいでしょうか。どのようにこのお経を奉行、受け持ちするでしょうか。」

 釈迦さまはこう申せました。「阿難よ。このお経の名前は「法滅盡」と申します。このお経をすべての人に広く知らせ、分別・決断の根拠を衆生に与える人は計れないほど無量の功徳を積みます。」

 お経を聞いた四部弟子は悲しくて心が沈み込んでしまい、みんな無上の道意を興しました。釈迦さまに頂礼して御前を退きました。

(大正新脩大蔵経データベース:http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&useid=0396_,12,1118c09&key=%E4%BB%8F%E8%AA%AC%E6%B3%95%E6%BB%85%E5%B0%BD%E7%B5%8C&ktn=&mode2=2
日本語訳:如云妙法
 
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釈迦仏説~三世因果経

2017-10-24 08:28:39 | 観音・釈迦・達磨・因果経

 その時、阿難陀尊者(アナンダソンジャ:釈迦の弟子)が霊山会上に千二百五十人とともにおりました。阿難は頂礼合掌し、釈迦佛を幾重にもとりまいている遥か遠くに跪いて問いました。この浮世において一切衆生は末法(法が乱れた世の終わり)の時に至って多くの不善が生じ三宝を敬わず、三綱五倫は雑乱し、下賎の人、貧困な人、六根の足りない人、そして終日殺生をしては命を害する。又富貴や貧困の不平等がある人、なにを以ってこのような結果の報いがあるのでしょうか。望ましくは世尊のお慈悲を持って弟子に解説してくれますようお願いいたします。

仏は阿難と諸弟子に告げて曰く、

『汝等よく聴きなさい、善哉!善哉!吾は当然汝等に明らかに解説します。世間一切の男女、貧賤富貴や苦を受け極まりない人物、福を享け尽きないのも是みな前世の因果の報いです。是ゆえに身を修めなければなりません。』

『何を以って行うのでしょうか』

『先ず父母を敬い孝行しなければなりません。次には三宝を信じ敬う、三番目は殺生を戒め生き物を放す、四番目には布施を行う、こうして後世に福の種を蒔くことです。』

富貴は皆定めによる、是は各々前世に修めた因です。

ある人が受持すれば世世の福禄は深い。

善男信女よ因果の言葉を聴きなさい。

三世因果の経を念ずるを聴きなさい。

三世の因果は小さいことではありません。

仏が言われている真の言葉を軽んじてはいけません。

 

今世、官職(公務員)になれるのは何の因ですか?

前世に黄金を以って仏身を装ったからです。

 

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

高貴な服や金の帯を仏前に求め、黄金で仏を装う、つまり己自身を装うのです。

如来仏を蓋うというが自身を蓋うのです。

官職になるのは容易であるというなかれ。

前世に修めていないのにいずこから来ることができますか。

 

馬に乗ったり、籠に乗ったり出来るのは何の因ですか?

前世に橋を修理したり道路を補修した人だからです。

 

上等の絹織物を着ることの出来るのは何の因ですか?

前世に衣類を僧や人に施したからです。

 

衣食が安定しているのは何の因ですか?

前世に貧しい人にお茶や飯を施したからです。

 

衣食が無く不安定なのは何の因ですか?

前世に半分文(一文の半分)のお金も惜しんで人に施すことの無かったからです。

 

高楼大邸宅に住んでいるのは何の因ですか?

前世に米を寺院に施したからです。

 

福禄が具足しているのは何の因ですか?

前世に寺院を造ったり涼亭を建てたからです。

 

容貌が端正で威厳があるのは何の因ですか?

前世に咲き始めた新鮮な花を仏前に供えたからです。

 

聡明で智慧がある人は何の因ですか?

前世に出家して身を修めたからです。

 

きれいな妻、美しい妾、これは何の因でしょうか?

前世に多くの仏門と結縁したからです。

 

夫妻が長く晩年まで互いに己の道を守り仲良くするのは何の因ですか?

前世に旗(仏堂に飾るのぼり旗)を仏前に供えたからです。

 

父母双方ともにそろって健在なのは何の因ですか?

前世に孤独な人を重んじ(軽蔑せず)敬ったからです。

 

小さい時から父母がいないのは何の因ですか?

前世に狩人として鳥を撃っていたからです。

 

子供や孫の多いのは何の因ですか?

前世に籠を開いて鳥を放してきたからです。

 

子供を養育できないのは何の因ですか?

前世に女に溺れ家庭を返り見なかったからです。

 

今世子供が無いのは何の因ですか?

前世にみだりに百花を折り取ることをしたからです。

 

今世小人(こびと)として生まれてきたのは何の因ですか・

前世地下にて経文を見たからです。

 

今世吐血(血を吐く)をするのは何の因ですか?

前世肉を食べてから仏前で経文を念じたからです。

 

今世『ツンボ』になったのは何の因ですか?

前世に経文を誦(とな)えているのをよく聴かなかったからです。

 

今世『デキモノ』が多く、又霊の狂っているのは何の因ですか?

前世に仏台に魚肉を熏(にお)わせたからです。

 

今世体に臭気があるのは何の因ですか?

前世に線香売るのに偽妄(ぎもう:いつわり、にせ)して売ったからです。

 

今世に長命に成れたのは何の因ですか?

前世に多くの動物を買って放生したからです。

 

今世短命なのは何の因ですか?

前世に多くの生き物を屠殺した身だからです。

 

今世妻が無いのは何の因ですか?

前世に人妻を盗み不正な関係をしたからです。

 

今世夫を早く亡くし寡を守るのは何の因ですか?

前世に夫を大切にせず軽蔑したからです。

 

今世奴婢(下男・下女)になっているのは何の因ですか?

前世人の恩を忘れ義にそむくようなことをしたからです。

 

今世目がとても良いのは何の因ですか?

前世油を寺院に施し佛燈のあかりを明るくしたからです。

 

今世目が悪いのは何の因ですか?

前世に人に路を教えるのに分明に指さなかったからです。

 

今世兔唇(三つ口)になったのは何の因ですか?

前世仏前の燈りを口で吹き消したからです。

 

今世聾唖(耳の聞こえない人と口がきけない人)の人は何の因ですか?

前世に両親を悪口で罵ったからです。

 

今世「セムシ」になったのは何の因ですか?

前世に仏をおがむ人を笑ったからです。

 

今世手の曲がっているのは何の因ですか?

前世にいろいろと悪業をつくってきたからです。

 

今世脚(あし)が曲がっているのは何の因ですか?

前世に路をさえぎり、人をおびやかしたからです。

 

今世牛や馬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人から物や金銭を借りて返さない人だからです。

 

今世に豚や犬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人を騙して害を与えたからです。

 

今世病が多いのは何の因ですか?

前世に酒や肉を神、仏に供えたからです。

 

今世病がなく健康なのは何の因ですか?

前世に薬を人に施し、病を救ってきたからです。

 

今世牢屋にばかり入って居るのは何の因ですか?

前世に悪いことばかりして、少しも人に譲ることしなかった人です。

 

今世餓死するのは何の因ですか?

前世いつも鼠や蛇の洞窟(穴)ばかり閉ざして殺してきたからです。

 

毒薬によって死ぬのは何の因ですか?

前世に河をさえぎり毒をもって魚を殺してきたからです。

 

ひとりぼっちの孤児(みなしご)の苦しみは何の因ですか?

前世に悪い心を起して人を侵害してきたからです。

 

今世首を吊りで死ぬのは何の因ですか?

前世にロウプを携帯して山林に行き罠を作り動物を捕らえたからです。

 

妻を亡くし、あるいは夫を亡くして孤独なのは何の因ですか?

前世に心はいつも人を嫉妬していたからです。

 

雷に打たれ、或いは火傷をするは何の因ですか?

秤や升を公平にしなかったかからです。

 

虎や蛇に咬まれて傷を負うのは何の因ですか?

前世に怨家(恨みのある家)の筆頭者である人だからです。

 

万般何事も自分でしたことは自分で又受ける。

地獄にて苦を受けても誰を怨むことができましょう。

因果を誰も見たことが無いというなかれ。

遠くは子や孫に至り、近くは我が身にあり。

吃齋(きっさい)し多くを修めなければならないことを信ぜずば、

見なさい眼前に福を受けている人を、

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

 

もしも、因果経を毀謗(ひぼう:そしる、けなす)する人は、

来世は堕落して人身を得ることは出来ません。

因果経を受持している人は、

諸仏、菩薩が証明してくれるでしょう。

因果経を書き写した人は、

世代が勤学で家道は興隆(盛んになる)する。

いつも因果経をありがたく携帯している人は、

兇災は横にそれ禍は身にかからない。

因果経を講説(説き明かす・講義)して人に聴かせると、

来世に生まれてきても聡明な人になれます。

 

因果経を唱える人は、

来世に生まれてくれば多くの人に愛され恭敬(うやうやしく)される。

因果経を印刷して人におくる人は、

来世は帝王の身になる利がある。

 

もし前世の因果を問うならば、

武帝の前世はどんな人でしょうか。

 

もし後世の因果を問うならば、

希氏が大蛇の身に堕落する。

 

もしこの因果の感応がないならば、

目蓮が母を救うのはどんな因ですか?

もし、因果経を深く信じる人は、

みな西方極楽浄土に行くことができます。

 

三世の因果を説明尽くすことはできない。

上天の神様は善心の人に欠損させるようなことはしない。

三宝の門中で福を修める事はそう難しくない。

一文を喜んで捨てれば、万文の収入ができる。

皆さんはこのことを自分の心庫に堅く寄せておきなさい。

そうなればこの世に生きている時は福が絶えないでしょう。

 

もしも前世の因を問うならば、

今世受けているのがそうです。

もし後世のことを問うならば、

今世行っているのがそうです。

 

 

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釈迦の仏説~法滅盡経

2017-10-15 09:48:01 | 観音・釈迦・達磨・因果経
2012年6月3日 15:01
 
仏説法滅盡経


 釈迦さまがKushinagara国に住んでいた、涅槃に入る三ヶ月頃の話です。多くの出家者と菩薩が釈迦様を廻って座っているほか、無量無数の群衆は釈迦様のいる所までに集まり、大地の上で釈迦さまに恭しく礼拝します。

釈迦さまはただ沈黙のままで何も言わず、身からも光明を放っていません。阿難(Ananda)尊者は釈迦さまに頂礼して質問します。「釈迦さま、昔に説法なさる前となさった後、大威徳光明を放っていますが、無数の衆生が集いに来た今日だけ、光明がちっともないとはどういうことでしょうか。」釈迦さまは相変わらず沈黙を守って、その質問を答えません。

阿難(Ananda)尊者はこうして三度質問を繰り返しました。すると、釈迦さまは阿難尊者や大衆に仰いました。「私が涅槃に入って、仏法が滅びる頃、五逆罪を為しているこの汚濁世間に、魔道が非常に盛んになります。魔は仏門内に入り、修道人と変装して、私たちの正道の破壊活動をします。もしくは、世俗人の衣裳を着て、豪奢のお袈裟や彩った服飾を好んで着用します。魔は酒を飲んだり、肉を食べたり、命を殺害したり、食欲に耽ったりします。慈愛の心もないし、互いに憎みや嫉妬を抱きます。
偶に菩薩、辟支仏(pratyekabuddha)、阿羅漢などが世間に現れ、精進して道徳を修習し、一切の物事を至誠な心で応対しています。こういう修道人は、人に崇敬、帰依されるべき人で、平等で一切衆生を教化します。貧しい人を可愛がって、老人に暖かい心遣いをし、貧乏人や苦難者を教育し、助けます。よく経典や聖像を持って、恭敬、勉強、恭順や供養するよう教えます。

菩薩は広く一切の功徳をし、衆生に賜る善行ばかり考えています。他人を犯さないし、自分を捧げて、万物を捨てて他人を救済します。自身を出し惜しまないし、忍辱を行い、慈悲深くて内心が優しいです。若し、こういう人が出ると、魔比丘はみんな彼のことを嫉妬し、その修道人の過ちばかりを誹謗中傷し、正道の修道人を排斥、見下ろし、追い払い、除名し、修道に安住させないよう邪魔します。

魔比丘は共に業を為していますから、自ら道徳を修しないし、お寺が空っぽになって修道人が一人もいません。道場が壊れても建て直す人がいないから、最終的に滅びます。魔比丘は財物を寄せ集めるだけに興味を持って、真の福徳を修しません。
奴婢や財物を販売し、作物を植え、山林を焼き、衆生を慈悲なく傷付けます。他人(お金や名利含む)の奴婢のように根性が低い人は、出家の比丘・比丘尼になって、道徳無しに、婬欲に放縦し、汚濁混乱に行い、男女混住して礼を守ることができません。

正道がますます薄くなり、なくなるようにしたのは、こういう人です。政府の審査・逮捕から逃げるため、修道の隊伍に混ざる人もいます。沙門にならんと求めたんだけど、戒律をちゃんと守れなくて、半月ごとに表で布薩説戒(ふさつせっかい)をやっていますが、心が疲れてまったく聴聞する気がありません。もしくは、前と後を略して、戒律の条項集を全部読もうとしません。
お経を読誦、勉強したくない、もしくは、読誦しても、文字と章句の意味を知らなくて、自分の解釈こそが正しいとしいていい、分かった人に教えを請わない、自分が高ぶって名誉が欲しがっています。エレガンスのふりをして、光栄に思い、すべての人から供養してもらうよう言い立てます。

これらの魔比丘(在家の魔衆も)は死んだあと、間違いなく無択地獄に堕落します。五逆罪を犯した悪行のものは、ガンジス川の砂ほど数え切れない劫(kalpa=世界の成立から破滅に至るきわめて長い時間)に、ずっと餓鬼・畜生の身をして苦しみを耐えています。三悪道(地獄・餓鬼・畜生)の苦しみを舐め尽くしたあと、人としてへんぴな処や自然・社会環境が厳しい処に生まれ、仏法僧の三宝に恵まれていません。

仏法は滅びる時、女性たちは修行に励み、年月をかけて功徳を積みますが、男性たちは修行を怠り、我意を張り法話に従おうとしません。修行者を見て臭い糞尿のように扱い、信奉や愛敬の心は全くありません。仏法が完全に消えてしまうとき、天界にいる善人はみんな涙を流して泣きます。降雨や旱天は整いません。五穀米は正常に実らなく、いい収穫が取れません。色々な疫病はどこもかしこも流行って、被災者も死者も数多く出てしまいます。庶民は疲労困憊でへとへとになったが、官府は苛酷で、天道に従わずに、享楽や迷乱ばかりを考えています。海の中の砂のように悪人は積んで多くなります。一方で、善人は一人、二人ほど少ないです。もうすぐこの劫の一番最後になりますので、一日間と一カ月間の時間は短くなり、人間の寿命も短くなります。人間は40才になって、髪が白くなり、老人になります。男性たちは淫欲に溺れるため、精力を使い尽くして早死してしまいます。男性の寿命は短いに対し、女性の方は長生きしています。男性は60才の寿命とすれば、女性は70才、80才、乃至100才までに生きます。

洪水は突如として襲いかかり、思いがけずに不定なところに氾濫します。世の中の人は正しく仏法を信奉としないで、昔のまま悪行しています。豪門だろうが、穢多だろうが、いろんな人は混雑して水の中に浮き沈みして、魚類や亀類に噛まれてしまいます。その時、菩薩、辟支仏や阿羅漢は救いの手を伸ばそうとしても、魔衆に邪魔され、追い払われてしまいます。声聞、縁覚や菩薩の根性を持っている衆生は、深山など福徳の地に入り、恬淡としてただ本分を守り、歓喜を得て長寿を全うしました。後には、諸天に保護されて月光菩薩は世に現れ、三乗の衆生に会い、52年間、正道を盛んに興しました。
『首楞嚴経』『般舟三昧経』などは一番早く世の中から消えます。そして、十二部経は相次いで消え、文字まで見えなくなります。沙門の袈裟は自然に俗人様になり、在家者の服装と何も異なるところはありません。仏法が滅びる時、オイルランプの如く、火が完全に消える前の瞬間、一時明るくなります。仏法が滅びるのも、オイルランプの火が消えると同じ、一時的な繁栄が見られます。これからの状況はなにも言えません。

このような状況は数千万年間ずっとしてはじめて、弥勒菩薩がこの世に誕生され、修証によって成仏されます。よって、天下が太平に戻り、毒気が消除されます。好天候に恵まれて、作物はよく育っています。立木も人間も高いです。身長が八丈に達する人類は八万四千才という長寿です。生死の海から救い出される衆生は数え切れないほどおおいです。

賢者阿難は釈迦さまに礼拝されて、訊ねました。「どんな名前をこのお経を呼んでよろしいでしょうか。どのようにこのお経を奉行、受け持ちするでしょうか。」

 釈迦さまはこう申せました。「阿難よ。このお経の名前は「法滅盡」と申します。このお経をすべての人に広く知らせ、分別・決断の根拠を衆生に与える人は計れないほど無量の功徳を積みます。」

 お経を聞いた四部弟子は悲しくて心が沈み込んでしまい、みんな無上の道意を興しました。釈迦さまに頂礼して御前を退きました。

(大正新脩大蔵経データベース:http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&useid=0396_,12,1118c09&key=%E4%BB%8F%E8%AA%AC%E6%B3%95%E6%BB%85%E5%B0%BD%E7%B5%8C&ktn=&mode2=2
日本語訳:如云妙法
 
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未来から学び未来を創造するため、途轍もなく古臭くて時代遅れの転生輪廻システムを選択した目的~自ら許諾して体験してきた輪廻転生を釈迦仏説【三世因果経】から学ぶ

2017-09-15 20:46:35 | 観音・釈迦・達磨・因果経

 

以下の釈迦仏説~三世因果経から『今まで持ち続けていた輪廻転生のコンセプトは、途轍もなく古臭くて時代遅れで、極めて旧式な考え方』内容をご確認ください。

5千年前から急速にくだりつづけた人類の因業(生命進化の最終段階)を支えるために3千年前に降臨された釈迦仏が人々の苦しみをささえるため三世因果経を説きました。

今までの時代がどういう時代だったのかを理解できれば、例えば古い階級制度や搾取社会を数多くの転生をへて耐え忍んできた体験によって、他の次元に住む”異なる自分”の”異なる体験”から、学びを拝借する事も可能となる』本来の自分自身を感受できるわけです。

仏教では、“今を見れば過去を知り、今を見れば未来がわかる”と説かれてきました。

人が人としての尊厳を回復することで未来は飛躍的に変ります。

輪廻に振り回されないよう社会の環境を整理整頓することが大事ですが、

真理が明らかになれば総てがその一点に帰し、総てが一貫します。

二元性の世界から脱し自由で荘厳な創造の世界にはいることができます。

特殊な能力ではなく、天与の生活習慣によって活かされるものです。

夢やひらめきの中でより現実的な思考や判断が始まっています。

未来から学び未来を創造するため、あなた自身が神となり創造者であるために・・・

 

バシャール:輪廻転生システム

2017-08-31 01:32:54
テーマ:

最近になって、輪廻転生システムが無くなっただとか、完了したという話しをよく耳にする事がありますが、実際のところはどうでしょうか。バシャールは次のように答えています。

貴方達が今まで持ち続けていた輪廻転生のコンセプトは、途轍もなく古臭くて時代遅れで、極めて旧式な考え方であったとバシャールは話しています。貴方達を含めた全ての全ては、”今ここ”に結集されているのです。どんな生命だろうとどの時代に生きようと、どこの次元のどの並行世界だろうと関係なく、全てが”今ここ”に結集しています。ですから私たちが考えていたような”方法”で転生が行われているわけではないという事を、今一度認識してゆきましょうとバシャールは話しているのです。

しかしこういった新しい概念を真に受け止めるようになるには、貴方自身が”今ここ”を意図的に生きる事が必要があるのです。そうする事で、貴方の異なる人生にアクセスするさまを直接体験する事ができます。他の次元に住む”異なる自分”の”異なる体験”から、学びを拝借する事も可能となるのです。ですからまず、”今ここ”を生きるようにしてゆきましょう!

 

釈迦仏説~三世因果経

 

人はどのように因果の報いを受けるのか、今の自分自身をより正しく理解するためにご参考にしていただきたいと思います。

    大英博物館所蔵 釈迦像

その時、阿難陀尊者(アナンダソンジャ:釈迦の弟子)が霊山会上に千二百五十人とともにおりました。阿難は頂礼合掌し、釈迦佛を幾重にもとりまいている遥か遠くに跪いて問いました。この浮世において一切衆生は末法(法が乱れた世の終わり)の時に至って多くの不善が生じ三宝を敬わず、三綱五倫は雑乱し、下賎の人、貧困な人、六根の足りない人、そして終日殺生をしては命を害する。又富貴や貧困の不平等がある人、なにを以ってこのような結果の報いがあるのでしょうか。望ましくは世尊のお慈悲を持って弟子に解説してくれますようお願いいたします。

仏は阿難と諸弟子に告げて曰く、

『汝等よく聴きなさい、善哉!善哉!吾は当然汝等に明らかに解説します。世間一切の男女、貧賤富貴や苦を受け極まりない人物、福を享け尽きないのも是みな前世の因果の報いです。是ゆえに身を修めなければなりません。』

『何を以って行うのでしょうか』

『先ず父母を敬い孝行しなければなりません。次には三宝を信じ敬う、三番目は殺生を戒め生き物を放す、四番目には布施を行う、こうして後世に福の種を蒔くことです。』

富貴は皆定めによる、是は各々前世に修めた因です。

ある人が受持すれば世世の福禄は深い。

善男信女よ因果の言葉を聴きなさい。

三世因果の経を念ずるを聴きなさい。

三世の因果は小さいことではありません。

仏が言われている真の言葉を軽んじてはいけません。

 

今世、官職(公務員)になれるのは何の因ですか?

前世に黄金を以って仏身を装ったからです。

 

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

高貴な服や金の帯を仏前に求め、黄金で仏を装う、つまり己自身を装うのです。

如来仏を蓋うというが自身を蓋うのです。

官職になるのは容易であるというなかれ。

前世に修めていないのにいずこから来ることができますか。

 

馬に乗ったり、籠に乗ったり出来るのは何の因ですか?

前世に橋を修理したり道路を補修した人だからです。

 

上等の絹織物を着ることの出来るのは何の因ですか?

前世に衣類を僧や人に施したからです。

 

衣食が安定しているのは何の因ですか?

前世に貧しい人にお茶や飯を施したからです。

 

衣食が無く不安定なのは何の因ですか?

前世に半分文(一文の半分)のお金も惜しんで人に施すことの無かったからです。

 

高楼大邸宅に住んでいるのは何の因ですか?

前世に米を寺院に施したからです。

 

福禄が具足しているのは何の因ですか?

前世に寺院を造ったり涼亭を建てたからです。

 

容貌が端正で威厳があるのは何の因ですか?

前世に咲き始めた新鮮な花を仏前に供えたからです。

 

聡明で智慧がある人は何の因ですか?

前世に出家して身を修めたからです。

 

きれいな妻、美しい妾、これは何の因でしょうか?

前世に多くの仏門と結縁したからです。

 

夫妻が長く晩年まで互いに己の道を守り仲良くするのは何の因ですか?

前世に旗(仏堂に飾るのぼり旗)を仏前に供えたからです。

 

父母双方ともにそろって健在なのは何の因ですか?

前世に孤独な人を重んじ(軽蔑せず)敬ったからです。

 

小さい時から父母がいないのは何の因ですか?

前世に狩人として鳥を撃っていたからです。

 

子供や孫の多いのは何の因ですか?

前世に籠を開いて鳥を放してきたからです。

 

子供を養育できないのは何の因ですか?

前世に女に溺れ家庭を返り見なかったからです。

 

今世子供が無いのは何の因ですか?

前世にみだりに百花を折り取ることをしたからです。

 

今世小人(こびと)として生まれてきたのは何の因ですか・

前世地下にて経文を見たからです。

 

今世吐血(血を吐く)をするのは何の因ですか?

前世肉を食べてから仏前で経文を念じたからです。

 

今世『ツンボ』になったのは何の因ですか?

前世に経文を誦(とな)えているのをよく聴かなかったからです。

 

今世『デキモノ』が多く、又霊の狂っているのは何の因ですか?

前世に仏台に魚肉を熏(にお)わせたからです。

 

今世体に臭気があるのは何の因ですか?

前世に線香売るのに偽妄(ぎもう:いつわり、にせ)して売ったからです。

 

今世に長命に成れたのは何の因ですか?

前世に多くの動物を買って放生したからです。

 

今世短命なのは何の因ですか?

前世に多くの生き物を屠殺した身だからです。

 

今世妻が無いのは何の因ですか?

前世に人妻を盗み不正な関係をしたからです。

 

今世夫を早く亡くし寡を守るのは何の因ですか?

前世に夫を大切にせず軽蔑したからです。

 

今世奴婢(下男・下女)になっているのは何の因ですか?

前世人の恩を忘れ義にそむくようなことをしたからです。

 

今世目がとても良いのは何の因ですか?

前世油を寺院に施し佛燈のあかりを明るくしたからです。

 

今世目が悪いのは何の因ですか?

前世に人に路を教えるのに分明に指さなかったからです。

 

今世兔唇(三つ口)になったのは何の因ですか?

前世仏前の燈りを口で吹き消したからです。

 

今世聾唖(耳の聞こえない人と口がきけない人)の人は何の因ですか?

前世に両親を悪口で罵ったからです。

 

今世「セムシ」になったのは何の因ですか?

前世に仏をおがむ人を笑ったからです。

 

今世手の曲がっているのは何の因ですか?

前世にいろいろと悪業をつくってきたからです。

 

今世脚(あし)が曲がっているのは何の因ですか?

前世に路をさえぎり、人をおびやかしたからです。

 

今世牛や馬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人から物や金銭を借りて返さない人だからです。

 

今世に豚や犬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人を騙して害を与えたからです。

 

今世病が多いのは何の因ですか?

前世に酒や肉を神、仏に供えたからです。

 

今世病がなく健康なのは何の因ですか?

前世に薬を人に施し、病を救ってきたからです。

 

今世牢屋にばかり入って居るのは何の因ですか?

前世に悪いことばかりして、少しも人に譲ることしなかった人です。

 

今世餓死するのは何の因ですか?

前世いつも鼠や蛇の洞窟(穴)ばかり閉ざして殺してきたからです。

 

毒薬によって死ぬのは何の因ですか?

前世に河をさえぎり毒をもって魚を殺してきたからです。

 

ひとりぼっちの孤児(みなしご)の苦しみは何の因ですか?

前世に悪い心を起して人を侵害してきたからです。

 

今世首を吊りで死ぬのは何の因ですか?

前世にロウプを携帯して山林に行き罠を作り動物を捕らえたからです。

 

妻を亡くし、あるいは夫を亡くして孤独なのは何の因ですか?

前世に心はいつも人を嫉妬していたからです。

 

雷に打たれ、或いは火傷をするは何の因ですか?

秤や升を公平にしなかったかからです。

 

虎や蛇に咬まれて傷を負うのは何の因ですか?

前世に怨家(恨みのある家)の筆頭者である人だからです。

 

万般何事も自分でしたことは自分で又受ける。

地獄にて苦を受けても誰を怨むことができましょう。

因果を誰も見たことが無いというなかれ。

遠くは子や孫に至り、近くは我が身にあり。

吃齋(きっさい)し多くを修めなければならないことを信ぜずば、

見なさい眼前に福を受けている人を、

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

 

もしも、因果経を毀謗(ひぼう:そしる、けなす)する人は、

来世は堕落して人身を得ることは出来ません。

因果経を受持している人は、

諸仏、菩薩が証明してくれるでしょう。

因果経を書き写した人は、

世代が勤学で家道は興隆(盛んになる)する。

いつも因果経をありがたく携帯している人は、

兇災は横にそれ禍は身にかからない。

因果経を講説(説き明かす・講義)して人に聴かせると、

来世に生まれてきても聡明な人になれます。

 

因果経を唱える人は、

来世に生まれてくれば多くの人に愛され恭敬(うやうやしく)される。

因果経を印刷して人におくる人は、

来世は帝王の身になる利がある。

 

もし前世の因果を問うならば、

武帝の前世はどんな人でしょうか。

 

もし後世の因果を問うならば、

希氏が大蛇の身に堕落する。

 

もしこの因果の感応がないならば、

目蓮が母を救うのはどんな因ですか?

もし、因果経を深く信じる人は、

みな西方極楽浄土に行くことができます。

 

三世の因果を説明尽くすことはできない。

上天の神様は善心の人に欠損させるようなことはしない。

三宝の門中で福を修める事はそう難しくない。

一文を喜んで捨てれば、万文の収入ができる。

皆さんはこのことを自分の心庫に堅く寄せておきなさい。

そうなればこの世に生きている時は福が絶えないでしょう。

 

もしも前世の因を問うならば、

今世受けているのがそうです。

もし後世のことを問うならば、

今世行っているのがそうです。

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未来から学び未来を創造するため、途轍もなく古臭くて時代遅れの転生輪廻システムを選択した目的~自ら許諾して体験してきた輪廻転生を釈迦仏説【三世因果経】から学ぶ

2017-08-31 21:49:44 | 観音・釈迦・達磨・因果経

 

以下の釈迦仏説~三世因果経から『今まで持ち続けていた輪廻転生のコンセプトは、途轍もなく古臭くて時代遅れで、極めて旧式な考え方』内容をご確認ください。

5千年前から急速にくだりつづけた人類の因業(生命進化の最終段階)を支えるために3千年前に降臨された釈迦仏が人々の苦しみをささえるため三世因果経を説きました。

今までの時代がどういう時代だったのかを理解できれば、例えば古い階級制度や搾取社会を数多くの転生をへて耐え忍んできた体験によって、他の次元に住む”異なる自分”の”異なる体験”から、学びを拝借する事も可能となる』本来の自分自身を感受できるわけです。

仏教では、“今を見れば過去を知り、今を見れば未来がわかる”と説かれてきました。

人が人としての尊厳を回復することで未来は飛躍的に変ります。

輪廻に振り回されないよう社会の環境を整理整頓することが大事ですが、

真理が明らかになれば総てがその一点に帰し、総てが一貫します。

二元性の世界から脱し自由で荘厳な創造の世界にはいることができます。

特殊な能力ではなく、天与の生活習慣によって活かされるものです。

夢やひらめきの中でより現実的な思考や判断が始まっています。

未来から学び未来を創造するため、あなた自身が神となり創造者であるために・・・

 

バシャール:輪廻転生システム

2017-08-31 01:32:54
テーマ:

最近になって、輪廻転生システムが無くなっただとか、完了したという話しをよく耳にする事がありますが、実際のところはどうでしょうか。バシャールは次のように答えています。

貴方達が今まで持ち続けていた輪廻転生のコンセプトは、途轍もなく古臭くて時代遅れで、極めて旧式な考え方であったとバシャールは話しています。貴方達を含めた全ての全ては、”今ここ”に結集されているのです。どんな生命だろうとどの時代に生きようと、どこの次元のどの並行世界だろうと関係なく、全てが”今ここ”に結集しています。ですから私たちが考えていたような”方法”で転生が行われているわけではないという事を、今一度認識してゆきましょうとバシャールは話しているのです。

しかしこういった新しい概念を真に受け止めるようになるには、貴方自身が”今ここ”を意図的に生きる事が必要があるのです。そうする事で、貴方の異なる人生にアクセスするさまを直接体験する事ができます。他の次元に住む”異なる自分”の”異なる体験”から、学びを拝借する事も可能となるのです。ですからまず、”今ここ”を生きるようにしてゆきましょう!

 

釈迦仏説~三世因果経

 

人はどのように因果の報いを受けるのか、今の自分自身をより正しく理解するためにご参考にしていただきたいと思います。

    大英博物館所蔵 釈迦像

その時、阿難陀尊者(アナンダソンジャ:釈迦の弟子)が霊山会上に千二百五十人とともにおりました。阿難は頂礼合掌し、釈迦佛を幾重にもとりまいている遥か遠くに跪いて問いました。この浮世において一切衆生は末法(法が乱れた世の終わり)の時に至って多くの不善が生じ三宝を敬わず、三綱五倫は雑乱し、下賎の人、貧困な人、六根の足りない人、そして終日殺生をしては命を害する。又富貴や貧困の不平等がある人、なにを以ってこのような結果の報いがあるのでしょうか。望ましくは世尊のお慈悲を持って弟子に解説してくれますようお願いいたします。

仏は阿難と諸弟子に告げて曰く、

『汝等よく聴きなさい、善哉!善哉!吾は当然汝等に明らかに解説します。世間一切の男女、貧賤富貴や苦を受け極まりない人物、福を享け尽きないのも是みな前世の因果の報いです。是ゆえに身を修めなければなりません。』

『何を以って行うのでしょうか』

『先ず父母を敬い孝行しなければなりません。次には三宝を信じ敬う、三番目は殺生を戒め生き物を放す、四番目には布施を行う、こうして後世に福の種を蒔くことです。』

富貴は皆定めによる、是は各々前世に修めた因です。

ある人が受持すれば世世の福禄は深い。

善男信女よ因果の言葉を聴きなさい。

三世因果の経を念ずるを聴きなさい。

三世の因果は小さいことではありません。

仏が言われている真の言葉を軽んじてはいけません。

 

今世、官職(公務員)になれるのは何の因ですか?

前世に黄金を以って仏身を装ったからです。

 

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

高貴な服や金の帯を仏前に求め、黄金で仏を装う、つまり己自身を装うのです。

如来仏を蓋うというが自身を蓋うのです。

官職になるのは容易であるというなかれ。

前世に修めていないのにいずこから来ることができますか。

 

馬に乗ったり、籠に乗ったり出来るのは何の因ですか?

前世に橋を修理したり道路を補修した人だからです。

 

上等の絹織物を着ることの出来るのは何の因ですか?

前世に衣類を僧や人に施したからです。

 

衣食が安定しているのは何の因ですか?

前世に貧しい人にお茶や飯を施したからです。

 

衣食が無く不安定なのは何の因ですか?

前世に半分文(一文の半分)のお金も惜しんで人に施すことの無かったからです。

 

高楼大邸宅に住んでいるのは何の因ですか?

前世に米を寺院に施したからです。

 

福禄が具足しているのは何の因ですか?

前世に寺院を造ったり涼亭を建てたからです。

 

容貌が端正で威厳があるのは何の因ですか?

前世に咲き始めた新鮮な花を仏前に供えたからです。

 

聡明で智慧がある人は何の因ですか?

前世に出家して身を修めたからです。

 

きれいな妻、美しい妾、これは何の因でしょうか?

前世に多くの仏門と結縁したからです。

 

夫妻が長く晩年まで互いに己の道を守り仲良くするのは何の因ですか?

前世に旗(仏堂に飾るのぼり旗)を仏前に供えたからです。

 

父母双方ともにそろって健在なのは何の因ですか?

前世に孤独な人を重んじ(軽蔑せず)敬ったからです。

 

小さい時から父母がいないのは何の因ですか?

前世に狩人として鳥を撃っていたからです。

 

子供や孫の多いのは何の因ですか?

前世に籠を開いて鳥を放してきたからです。

 

子供を養育できないのは何の因ですか?

前世に女に溺れ家庭を返り見なかったからです。

 

今世子供が無いのは何の因ですか?

前世にみだりに百花を折り取ることをしたからです。

 

今世小人(こびと)として生まれてきたのは何の因ですか・

前世地下にて経文を見たからです。

 

今世吐血(血を吐く)をするのは何の因ですか?

前世肉を食べてから仏前で経文を念じたからです。

 

今世『ツンボ』になったのは何の因ですか?

前世に経文を誦(とな)えているのをよく聴かなかったからです。

 

今世『デキモノ』が多く、又霊の狂っているのは何の因ですか?

前世に仏台に魚肉を熏(にお)わせたからです。

 

今世体に臭気があるのは何の因ですか?

前世に線香売るのに偽妄(ぎもう:いつわり、にせ)して売ったからです。

 

今世に長命に成れたのは何の因ですか?

前世に多くの動物を買って放生したからです。

 

今世短命なのは何の因ですか?

前世に多くの生き物を屠殺した身だからです。

 

今世妻が無いのは何の因ですか?

前世に人妻を盗み不正な関係をしたからです。

 

今世夫を早く亡くし寡を守るのは何の因ですか?

前世に夫を大切にせず軽蔑したからです。

 

今世奴婢(下男・下女)になっているのは何の因ですか?

前世人の恩を忘れ義にそむくようなことをしたからです。

 

今世目がとても良いのは何の因ですか?

前世油を寺院に施し佛燈のあかりを明るくしたからです。

 

今世目が悪いのは何の因ですか?

前世に人に路を教えるのに分明に指さなかったからです。

 

今世兔唇(三つ口)になったのは何の因ですか?

前世仏前の燈りを口で吹き消したからです。

 

今世聾唖(耳の聞こえない人と口がきけない人)の人は何の因ですか?

前世に両親を悪口で罵ったからです。

 

今世「セムシ」になったのは何の因ですか?

前世に仏をおがむ人を笑ったからです。

 

今世手の曲がっているのは何の因ですか?

前世にいろいろと悪業をつくってきたからです。

 

今世脚(あし)が曲がっているのは何の因ですか?

前世に路をさえぎり、人をおびやかしたからです。

 

今世牛や馬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人から物や金銭を借りて返さない人だからです。

 

今世に豚や犬に生まれてきたのは何の因ですか?

前世に人を騙して害を与えたからです。

 

今世病が多いのは何の因ですか?

前世に酒や肉を神、仏に供えたからです。

 

今世病がなく健康なのは何の因ですか?

前世に薬を人に施し、病を救ってきたからです。

 

今世牢屋にばかり入って居るのは何の因ですか?

前世に悪いことばかりして、少しも人に譲ることしなかった人です。

 

今世餓死するのは何の因ですか?

前世いつも鼠や蛇の洞窟(穴)ばかり閉ざして殺してきたからです。

 

毒薬によって死ぬのは何の因ですか?

前世に河をさえぎり毒をもって魚を殺してきたからです。

 

ひとりぼっちの孤児(みなしご)の苦しみは何の因ですか?

前世に悪い心を起して人を侵害してきたからです。

 

今世首を吊りで死ぬのは何の因ですか?

前世にロウプを携帯して山林に行き罠を作り動物を捕らえたからです。

 

妻を亡くし、あるいは夫を亡くして孤独なのは何の因ですか?

前世に心はいつも人を嫉妬していたからです。

 

雷に打たれ、或いは火傷をするは何の因ですか?

秤や升を公平にしなかったかからです。

 

虎や蛇に咬まれて傷を負うのは何の因ですか?

前世に怨家(恨みのある家)の筆頭者である人だからです。

 

万般何事も自分でしたことは自分で又受ける。

地獄にて苦を受けても誰を怨むことができましょう。

因果を誰も見たことが無いというなかれ。

遠くは子や孫に至り、近くは我が身にあり。

吃齋(きっさい)し多くを修めなければならないことを信ぜずば、

見なさい眼前に福を受けている人を、

前世に修めてきたのを今世受けるのです。

 

もしも、因果経を毀謗(ひぼう:そしる、けなす)する人は、

来世は堕落して人身を得ることは出来ません。

因果経を受持している人は、

諸仏、菩薩が証明してくれるでしょう。

因果経を書き写した人は、

世代が勤学で家道は興隆(盛んになる)する。

いつも因果経をありがたく携帯している人は、

兇災は横にそれ禍は身にかからない。

因果経を講説(説き明かす・講義)して人に聴かせると、

来世に生まれてきても聡明な人になれます。

 

因果経を唱える人は、

来世に生まれてくれば多くの人に愛され恭敬(うやうやしく)される。

因果経を印刷して人におくる人は、

来世は帝王の身になる利がある。

 

もし前世の因果を問うならば、

武帝の前世はどんな人でしょうか。

 

もし後世の因果を問うならば、

希氏が大蛇の身に堕落する。

 

もしこの因果の感応がないならば、

目蓮が母を救うのはどんな因ですか?

もし、因果経を深く信じる人は、

みな西方極楽浄土に行くことができます。

 

三世の因果を説明尽くすことはできない。

上天の神様は善心の人に欠損させるようなことはしない。

三宝の門中で福を修める事はそう難しくない。

一文を喜んで捨てれば、万文の収入ができる。

皆さんはこのことを自分の心庫に堅く寄せておきなさい。

そうなればこの世に生きている時は福が絶えないでしょう。

 

もしも前世の因を問うならば、

今世受けているのがそうです。

もし後世のことを問うならば、

今世行っているのがそうです。

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第46話 大師涅槃に入られ、観世音菩薩に封ぜられる、 本編(完)

2017-08-09 22:43:44 | 観音・釈迦・達磨・因果経

 

第46話 大師涅槃に入られ、観世音菩薩に封ぜられる

 いよいよ、大師が涅槃入寂される時刻が来ました。大師は用意した香湯で沐浴浄身して法衣と頭巾を纏い、後事を保母と永蓮に託しました。

 耶麻山麓に住む老幼男女の信者は、大師の涅槃入りを聞き、続々と玲瓏閣に集まって来ました。また保母が走らせた急使は、飛ぶようにして宮殿に向かいました。

 この時宮殿の妙荘王は、昨夜見た変わった夢を思い出しながら、部屋の中で落ち着きも無く暗い表情で歩き回っていました。保母からの急使と聞いて、妙荘王は不安な表情を隠しもせず、直ぐに部屋に入れました。使節から「大師が今宵涅槃に入られます」と聞いて妙荘王は一瞬血の気が引いて顔面蒼白となり、肩を落として失望のどん底に突き落とされたようでした。

「矢張りそうであったか。退ってよい」

 急使を退らせた妙荘王は、深々と椅子に倒れ込みました。実は昨夜、夢・現(うつつ)の中に大師と会ったのです。寝間に入って小半刻した頃でしょうか、枕元に一柱の菩薩が現れました。驚いてよく見ると、紛れも無く愛娘の妙善姫です。左手に浄瓶を持ち、右手に一枝の柳を持っています。姫は、父王に笑顔を見せながら

「父王様、私達は縁あってこの世で父娘に結ばれ育ちました。有難い事です。お陰で私は一心に修行に励むことが出来、ここに正果を成就して尊くも彌陀から『大慈大悲・尋声救苦・広大霊感・観世音菩薩』に奉ぜられました。これから三十二相に変化顕現して衆生の霊苦を救います。将来、父王様臨終の時にはお救いに参ります。どうか父王様も佛門に帰依し、罪業を清算して修行に尽くし、羅漢体を得て下さい。それでは、これでお別れします」

 大師はにっこり笑い、妙荘王に深く揖礼して立ち去って行きました。妙荘王は呆然としていたが、はっと気付いて

「待っておくれ、妙善」

と大声で叫びました。叫んだ瞬間に目が覚めましたが、全身汗でびっしょりです。父と娘が別れるとは不吉な夢を見たと思い、夜が明けるに従って嫌な予感が走り、いらいらしていたところでした。

 独り部屋に籠る妙荘王の胸に、色々な思い出が走馬灯のように流れます。幼くして母と別れ、花園で苦しみ、長じて白雀寺での労役、処刑と入山、須彌山行脚と苦難の多かった妙善、けれども魔難を克服して立派に成長した妙善、止め処も無く涙が頬を伝わります。やがて妙荘王は力なく立ち上がり、妙音と妙元姫を呼ぶように命じました。入って来た二人の娘に一部始終を語り

「早く行って、大師に別れを告げてくるが良い」

「父王様も参られますか」

と聞く両姫に、淋しそうな横顔を見せながら

「いや、わしは行かぬ。二人で行って、わしの代わりを務めてくれ」

と言いました。二人の娘は、父王は大師の涅槃を見るのが辛く悲しいに違いない、だから行けないのだと察して、強いてお勧めもせず、そのまま連れ立って金光明寺へ急ぎました。

 金光明寺は何時の間にか大勢の人が詰め掛け、犇めき合って身動きも出来ないほどです。慈悲深い大師とお別れするために集まった人々ではあるが、また一面、涅槃の歴史的瞬間をこの目で見て子々孫々後世に語り継ぎたいという気持ちもあったのでしょう。殊に玲瓏閣の周囲は、人でぎっしり詰まっています。

 妙音・妙元両姫は、急ぎ修房に入りました。大師を見た瞬間に感情が昂ぶり、涙で霞んで声も出ません。金光明寺晋山以来の再会が、涅槃入寂の日となりました。妙音・妙元姫にとっては、これ以上の悲しい事はありません。だが大師は、微笑みながら言いました。

「二方の姉君、喜んで下さい。私は、いよいよ今夜涅槃に入ります。生死別離は人の世の常、永遠に息むことがありません。昨夜私は自在を観じて菩薩道の極致、阿耨多羅(あのくたら)三藐三菩提(さんみゃくさんぼだい)を得ました。これでお別れしますが、悲しまないで下さい」

 妙音姫は、悲しみを抑えながら訊きました。

「父王にお別れを告げないのですか」

「既に昨夜会ってお別れしましたからよいのです」

 これを聞いた両姫は、父王の見た夢は事実だと知り、更に妹姫に対する尊敬の情を高め、姉妹の縁を結び得た幸運を喜びました。二人の胸に佛門に対する帰依の念いが突然のように込み上げ、思わず叫ぶように言いました。

「大師よ、私達二人も今から帰依すれば救われますか」

「今からでも遅いと言うことはありません。過去を懺悔し、我執を離れ、真心を以って修めたら得道の機会を得て人天を超越できましょう」

「では、今すぐ私達の帰依をお許し下さい」

 大師は頷いて答えました。

「喜んでお受けします。それは、二人の姉君にとって最も喜ばしい事です。どうか今後は求法に専念なさり、正法を得て佛陀の説かれた四諦(苦・集・滅・道。苦・集は悪因悪果、滅・道は善因善果)の理を悟り、八正道(聖者の道。正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)を行ない、善果を修め、罪業を滅ぼして正しい如来の教えを遵守して下さい。私達が人界に姉妹として生まれ合わせた事も、深い因縁があります。姉君の夙世の善根は、浅からぬものがあります。妙音姉君は、やがて理・定・行を司り、妙元姉君は、やがて智徳・証を司り、共に一切菩薩の上首となり、常に如来の化導摂益の事を助成し、衆生の命を延ばし正法を宣揚されましょう。宜しく修行して下さい」

 今度は、妙元姫が訊きました。

「父君は、心から非常に大師の事を思っておられます。父君にも、得道聞法の機縁がありますか」

「父君もやがては佛門に帰依しなければなりませんが、しかし今はその時期ではありません。それは白雀寺で焼き殺した五百余名の比丘尼の生命を償った後になります」

 三人が話し合っている中に何時の間にか日がとっぷりと暮れ、四方で焚かれた松明や篝火の焔が夜空に映えて、玲瓏閣を鮮やかに浮かび上がらせています。大師の部屋に多利尼が入って来て、準備が整ったことを謹んで知らせました。その後ろから老宰相アナーラが、悄然とした姿を見せました。

「大師、何故そんなに涅槃に入ることを急ぐのです。私は一体どうなるのです。私も職を辞して大師に帰依しようと思っていますのに」

「佛門に入ることは、在職・在家のままでも出来ます。帰依は象よりも心が大事です。宰相よ、私はそなたに大恩を受けています。そなたのお陰で、修行を全うすることが出来ました。将来は、必ずよい報いがありましょう。また、菩薩道を行ずる者の永き祝福と報恩を受けましょう」

「勿体ない。大師の御言葉を聞いて、将来に光明を見出しました。私は、終身必ず大師に帰依します。大師とお別れするのは一番辛いことですが、今此処で大師の涅槃を親しく見られることは終生の光栄です。玲瓏閣へ一緒にお供させて下さい」

 老宰相の願いに、妙音・妙元両姫も共に願い出ました。大師は快く承諾し、静かに立ち上がりました。保母と永蓮が両側から寄り添って、奥殿へと進みました。その後ろに、多利尼・舎利尼・妙音・妙元姫、アナーラ宰相が続きます。

 奥殿に入られた大師は、丁寧に彌陀と佛陀を拝してから、卓上にある浄瓶を両手で捧げ持ちました。奥殿から玲瓏閣にかけて、目を真っ赤に泣き腫らした比丘尼達が並んでいました。大師は、静々と玲瓏閣に登られます。下の広場には耶麻山麓の信者が、寂しさと悲しさを織り交ぜたような表情で土下座して待っております。大師は四方の群集に向かって、合掌しながら語りました。

「私の愛する比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)達よ。私はこれから涅槃に入り、南海の普陀落伽山へ参ります。今後は諸衆に接して親しく口で以って説法することは出来なくなりますが、肉体というものは早晩滅びるものです。私は既に正覚を得て、消滅の無い自在身を得ました。生死を超越したこの霊魂に、死という言葉は当てはまりません。私は、三界の衆生の霊苦を救うことを発願(ほつがん)しています。肉体のままでは、限られた数の人しか救えません。肉体を捨ててこそ、十方に遍く示現して、災厄や塗炭の苦しみを救うことが出来るのです。決して悲しみ嘆くことはありません。私は永遠に、あなた達の側に居て常に護っています。諸衆達は今後更に、大勢の人や子孫に語り継ぎなさい。もし無量百千萬億の衆生が苦悩・死厄に於いて救われざる時は、一心に私を求めなさい。さすればその憂苦の音声(おんじょう)に応じて即刻私が来て、その尽くを払拭し解脱させて上げましょう。大火に焼かれ、洪水に溺れそうな時、暴風に遭った時にも私を求めなさい。早速威神力を発して、その危難を救いましょう。大海で嵐に遭い船が沈没しようとする時、龍魚猛獣羅刹悪魔の害を受ける時、怨賊に囲まれ悪人に追われ高山より墜落する時、また刀兵乏難・囚禁・呪詛の害が及ぶ時、その他色々な苦しみや恐怖を受けた時には私を求めなさい。即座に威神力を発して、その災難を払い除けましょう。もし淫慾が多く、瞋恚が多く、愚痴が多い場合も私を求めなさい。忽ち、その念を取り除いて上げましょう。

 私には、広大な智慧観及び慈悲の真観があります。常に願い常に望めば、無垢清浄な光があって慧日諸々の闇を破し、能く災の風火を伏し、遍く明らかに世間を照らしましょう。如何なる富貴貧賤の階級の人も、真心を以って罪を懺悔し、過ちを後悔すれば彼岸が待っています。苦海に窮まりはありません。一日も早く、無等等呪の正覚を証すべく目覚めて下さい」

 大師の一言一句は、人の心に響き、聴く人を感動させずにおきません。群集は大師の最後の御言葉を一言も聞き洩らすまいと、真剣に耳を傾けています。大師の嘱咐が終ると、悲しく重苦しい静寂が辺りを包みます。ただ粉火の爆(はぜ)る音と共に、燃える松明の焔が大きく小さく風に揺れて荘厳な大師の姿を浮かび上がらせています。

 説法を終えた大師は右手に柳の枝を持ち、これに浄瓶の水を付けて四方の群衆に振り掛けました。数回同じ事を繰り返してから、小声で偈を誦えました。

「甘露と法雨を散らして、汝等の煩悩の焔を滅す。

 柳の枝の一払いを以って、水火風の災難を消除(のぞ)く。

 凡ゆる所で吾を求めば、凡ゆる所で汝等に応う。

 常に苦海に迷う衆生を、永く救い続けて終らず。

 肉体や世の總ては亡ぶと雖も、真身の実相は常に滅びず」

 大師は誦え終って右手と左手を交差させ、ゆっくりと椅子に腰を下ろしました。この時、突如空中から一条の光が射したかと思うや、大師の身体から金色の光が輝き、その身体は静かに空中に浮かび上がりました。跣足のお姿で左手に浄瓶、右手に楊柳を持ち、燦然と輝く大師の御法像は、金色の光に乗って上へ上へと昇って行きます。余りの尊厳さに大勢の群衆は騒ぐことも忘れ、掌を合わせてただ見送るばかりです。そのお姿も、やがて雲間に消えてしまいました。はっと気付いた永蓮が目を椅子に戻すと、そこには天界に消えた筈の大師が元のままのお姿でおられます。大勢の群衆も、閣上を見上げてどよめきました。保母が近寄って、御身体に触れました。

「大師は、涅槃に入寂されました。大師が・・・」

 激しい嗚咽と共に保母の告げる声が群衆に届くや、今まで静寂を守っていた群衆は一度に堰を切ったように大声で泣き出しました。

時は九月十九日、何時の間にか半分に欠けた月が出て、常に変わらず塵界を照らしています。夜は深々と更け、一陣の秋風に音も無く散る枯葉、何時までもその場を離れようとしない群集の頭上で、今まで美しく輝いていた大きな星が流れるように青い尾を引きながら悲しく消えていきました。

本編(完)

 

観世音菩薩伝(後記)

                            
                          

この観世音菩薩の御真影は、砂盤を通じた予告どおり千九百三十二年十二月吉日、中国江西省東部の上空獅子雲中に示現されたものです。指示された時間と場所の空中に向けてシャッターを切った数十台のカメラの一つに、この映像が撮影されていたと伝えられています。これは妙善大師が昇天入寂された時、すなわち観世音菩薩として成道された時のお姿です。従って成道後の尊称は、大師から菩薩に変わり、菩薩道を極めた人の最高位となられました。

菩薩成道の感激的光景に立ち会ったアナーラ宰相は、保母様と永蓮様を伴い、妙音・妙元両姫に従って早速宮殿に参内し、大師の涅槃入りを妙荘王に詳細に報告しました。妙荘王は悲しみと良心の呵責に苛まれ、深く前過を懺悔しました。そして直ちに命を下し、菩薩のご遺体を香布で鄭重に包み、防腐の工夫を凝らした上で栴檀の大香木で特製した棺槨(かんかく。柩)に固く納め、菩薩の墓稜として改築した玲瓏閣にこれを安置させました。更にこの楼閣を大慈大悲観音閣と改称し、永遠に後世の香煙を享けさせるようにしました。また菩薩のお姿を後世に留めるため、一流の工匠に彫刻させた彫像を金光明寺の奥殿に供奉し、絵師に依頼して壁にそのお姿を描かせ、人々に菩薩に対する親近感を末永く抱き続けさせるよう配慮しました。国中に止まらず隣邦外地の民衆も早速これに倣い、寺院は勿論家庭の祭壇に菩薩像を祀り御生前のを讃えました。

菩薩が須彌山へ行脚された途中に立ち寄られた村や部落の人々、わけても菩薩の恩恵を蒙った人達は、大師入寂の報に接するや延々群を成して興林国へ巡礼し、懿徳(いとく)を偲んで心から菩薩の大乗慈悲心に感泣しました。そうして菩薩の大徳が、この人達の口伝によって、波紋が広がるように西域から須彌山の行程沿いに北天竺にまで鳴り響きました。菩薩の徳風威光は更に大乗信仰の人達によって全天竺から全佛教伝播の国々へと伝えられ、佛陀の教えを遍く各地に広めました。つまり佛陀の真髄を体得された菩薩は、大乗思想の気運を盛り上げさせ大乗佛教を一段と興隆させ、佛教の一層の伝播に大きく貢献しました。正しく佛教あっての菩薩でありますが、また菩薩あっての佛教でもあります。

金光明寺は、菩薩の遺命により保母様と永蓮様が住持を務めましたが、実務は専ら多利尼と舎利尼が勤め、二方は菩薩道に専心奉行しました。この二方は、菩薩成道の大功労者であります。

妙荘王も、その後佛門に帰依しました。上は王から下は庶民に至るまで固く彌陀を信じ、佛陀の教えと菩薩の訓諭を忠実に守り行なって怠りませんでした。妙荘王の佛門帰依には、次に述べるような動機がありました。

菩薩が入寂して二・三年後、突然大病を患いました。その病は普通の病と違って全身に瘡腫(そうしょう)ができ、腫物(できもの)が破れて血や膿が流れ出し肉が腐り爛れてその痛さは針で刺すようで、他に譬えようもありません。妙荘王の苦悶する形相は見るも凄惨で、八方に手を尽くして医者を集め治療させたが、薬功は全くありません。その中、昼は痛みで呻されるばかりでなく、夜になると数知れぬ亡霊・死霊が夢枕に立って悩まされるため、心身共にすっかり痩せ細り、見るも哀れな生きた屍となりました。このような忌まわしい空気が国中に漂っていた頃、一人の老医者が宮殿に現れて、妙荘王を診ました。

「この悪病を治すには、ぜひ自分の血縁に当たる人の目と指を薬と配合して飲む以外に術はありません。これは、焼き殺された五百余名の尼僧の怨恨が憑き纏っているためです。はっきり言ってこれは寃孽(えんげつ)の症状で、尋常の薬石で癒ることはあり得ません」

妙荘王は失望しました。血縁の繋がりがある者と言えば、妙音・妙元の二姫しかおりません。その二人も今は、佛門に入って菩薩道を行じています。譬え佛門に入っていなくても、目をえぐり指を切ることは出来ません。妙荘王は、自分に纏わる不吉な運命に身を任せようという一つの悟りに達しました。今までに犯した罪の報いであるなら仕方がない、自分が病み苦しむことにより加害された無数の寃魂が救われるなら、このまま苦しみぬいて死ぬことがせめてもの償いになると思い至って、きっぱりと老医者の勧告を拒絶しました。老医者は、妙荘王の真実の告白と懺悔を聞き終えると、急に目を輝かせながら

「驚きました。もはや絶望と診断しましたが、只今の懺悔と捨て身の願心によって急に容態が変わりました。癒す方法が一つ見付かりました。速やかに誰かを遣わして、大香山に登らせなさい。そこの精舎に目的とするものが置いてありましょう」

妙荘王は観念したのか首を振ったがアナーラは、松林精舎へは曾て大師を訪問したことがあるので自ら使いを買って出て、早速早駕籠を飛ばして大香山へ向かいました。往年姫を尋ねて大香山へ向かった情景がアナーラの心中を過ぎり、感慨正に無量です。松林精舎は、以前姫が絞首刑に遭った時、神虎が突然現れ姫を咥えて入った所です。

アナーラ宰相は松林精舎に到着するや早速門内に入って調べると、中央の卓上に小箱があり、ふたを取ってみると中に香布に包まれた両眼と指が入っていました。アナーラはこれを謹んで持ち帰り、老医者に確かめて間違いないと解るや早速治療を依頼しました。老医者がその眼と指とを薬に配合して施術したところ、不思議にも妙荘王が見る見る中に元気を取り戻し病気が癒えました。大いに喜び感激した妙荘王は恩賞を取らせようとしたところが、老医者は固くこれを拒み妙荘王に言上しました。

「実はこの指と眼は、王様の三番目の姫である菩薩のものであります」

妙荘王は、驚きの余り声も出ません。しかし本当だろうか、と一抹の不安と疑念を抱きました。顔色の変化を読み取ったのか、老医は

「信じなければ、観音閣に安置されている菩薩の御遺体をお調べになれば解りましょう」

と言って立ち去りました。

早速王が自ら観音閣に参って調べてみると、果たして老医が言ったとおり、菩薩の遺体から眼と指が抉り取られていました。妙荘王は痛ましさと、人の子としての孝心を失わない菩薩の厚い心遣いに痛く感動し、自分の犯した罪業の深さを益々痛感し世を儚んで城に戻らず、そのまま大香山の松林精舎に出家してしまいました。その後修行に励み正果を得て遂に「大荘厳善勝菩薩」に封ぜられ、国母寶妃も「大聖慈萬善菩薩」に加封されました。

その後王位は妙音様の婿である超魁様か、妙元様の婿である可鳳様かのどちらかに継がせるようにと命じられたが、二人とも妙音様・妙元様の強い感化力を受けているため堅くこれを辞退し、遂には出家してしまいました。困り果てたアナーラ宰相以下の大臣・高官が集まって相談した結果、妙荘王の弟であるシッタンタツ様を立てることにしました。この王弟も始めは堅く辞退したが、兄妙荘王と重臣達のたっての要望で已むを得ず王位を継承したのでした。かくして菩薩の感化力は、人を無慾にし譲り合うことを美徳とさせました。

シッタンタツ王は、菩薩の説法と行蹟を記述させてそれを経典とし、菩薩の大乗慈悲行を体して治国に当たりました。そして佛教を国教に定め、布教師を諸国に遣わし、佛陀の真旨と菩薩の真行を宣揚しました。

 このようにして菩薩の有形無形の影響は人々の心の中に沁み込み、人徳を崇めるようにその心を感化しました。アナーラ宰相はその後一切の国務・政治をシッタンタツ王に返上し、妙荘王を追って大香山に登り出家して修行に励んだが、日浅くして没しております。

妙音様はやがて菩薩の遺言どおり大智師利文殊菩薩(だいちしりもんじゅぼさつ)となり、妙元様は大行能仁普賢菩薩(だいぎょうのうじんふげんぼさつ)に成果(じょうか)されました。

幼い時に国母を失って以来ずっと菩薩を愛し守り共に苦労をして来られた保母様は、菩薩保護の大功によって保赤君菩薩(ほせきくんぼさつ)に封ぜられ、また永蓮様は長年の菩薩随持の大徳によって持香龍女菩薩(じこうりゅうにょぼさつ)に封ぜられ、共に末永く菩薩の霊前に侍って離れることはありません。きっと無限永遠に菩薩に随って、世衆の厄難と業苦を救い続けられることでありましょう。

 かの奇童であった畛英様も菩薩が入寂されてから翻然と悟り、これまた大香山の松林精舎に入って一心に修行に励みました。本性は聡明で霊気に優れていたので参悟も頓に早く、普通人の遠く及ぶところではありません。功徳円満となった後は善財童子に封ぜられ、菩薩の蓮台の下に収められました。

その後耶麻山の金光明寺は尼僧寺として発展し、大香山の松林精舎は比丘尼達の寺院として規模も共に大きく膨らみ、勤行に精進する人は日に日に増加の一途を辿って行きました。

人類が歩んで来た永い歴史を通じて菩薩の庇護と保佑を受け、慧光と慈愛を享けた人は何十億何百億あったか分かりません。仮令日月の光が潰えることがあっても菩薩のは滅することなく、また減ずることもなくその威神霊は遍く拡がり、その威光は大きく輝いて世人を照らし、その御意思は後代に受け継がれて青史に馨り続けられましょう。

正しく菩薩生誕の時に老翁が予言したとおり、菩薩は人世を化して佛國としました。一度に咲いた華が一度に散るように菩薩の人間生活は僅かに十数年の短い期間でしかなかったが、百年生きるよりも価値があり、千年生きて勤める以上の大きな聖事を果たされたのであります。

観世音菩薩には、千手・千眼、聖、馬頭、十一面、准胝(じゅんでい)、如意輪の六観音の化身のほか、楊柳、龍頭、持経、圓光、遊戯、百衣、蓮臥、瀧見、施薬、魚藍、王、水月、一葉、青頚、威徳、延命、衆寶、岩戸、能静、阿耨、阿摩提、葉衣、瑠璃、多羅尊、蛤蜊、六時、普慈、馬郎婦、合掌、一如、不二、持蓮、麗水観音等の分身があります。時と場合に応じて菩薩はこれらの分身に変化し、随地に色身を示現なされては人々の苦難を助けておられます。これら何れのお姿も、世を愛し衆生の霊苦を解脱させるために顕現されたのであります。菩薩のお働きが余りにも大きいため後来経典の上にその状況が無限に表現され、そのが讃えられました。その一例として『観無量寿経』の中に

「この菩薩の身の丈は八十萬億那由他由旬(*)で、身は紫金色、頂に肉髻(にくげい)あり、頚に圓光あり。面は各百千由旬、その圓光中に五百の化佛あり、釋迦牟尼佛の如く一つ一つの化佛に五百の化菩薩あり、無量の諸天が以って持者となり、挙身光中、五道の衆生、一切の色相みなその中に於いて現ず。頂上の毘楞迦摩尼寶(びりょうかまにほう)は以って天冠となす。その天冠中に一立化佛あり、高さ二十五由旬なり。観世音菩薩の面は閻浮壇(えんぶだん)、金色の如し。眉間の毫相に七寶色を備え、八萬四千種の光明を流出す。一つ一つの光明に無量無数の化佛あり、一つ一つの化佛は無数の化佛を以って持者となす。変現は自在にして十方世界に満ち、譬えれば蓮華の色の如し云々」

とあります。

菩薩のは人類の続く限り絶えることなく人々の魂の中に刻み込まれ、菩薩信仰は限りなく盛んになりましょう。菩薩は婦人として最高の道と法を得られたお方であり、最上の道徳を歩まれたお方であります。素直で清純で汚れを知らない山奥の谷間に咲く美しい紫蘭の花のように、遠くからでも近くからでも美しく芳しい香りを漂わせており、富貴に生まれて富貴に染まらず、栄華に生まれて栄華に汚されない麗しい大慈大悲の菩薩、一切の苦厄と魔障を救脱される菩薩、福徳智慧の圓満なる菩薩は、永遠に窮まりなく変化して三界十方の衆霊を救い続けられることでありましょう。実(げ)に菩薩は、過去の衆生だけでなく、現在・未来を通じて永遠に衆生の救星になられることでありましょう。慈悲に満ちたその温かい御相貌は、人類の究極理想とする母親であり、尊敬し崇拝して止まない偉大なる萬世の師表でもあります。

(*)我が国および中国など漢字文化圏では、数の単位としては一萬(万)刻みに大きな数を表わす事が慣わしとなっています。小さい方から順に示せば、萬・億・兆・京(けい)・垓(がい)・溝(こう)・潤(じゅん)・正(せい)・載(ざい)・極(ごく)・恆河沙(ごうがしゃ)・那由他(なゆた)・阿僧祇(あそうぎ)・無慮(むりょ)・大数(たいすう)・不可思議(ふかしぎ)となります(垓の所またはその次に、稀・穣を入れる説もあります)。つまり那由他は非常に大きな数を表わす単位で、一那由他は一の次に〇が四十八個付いた数です。これは一億を六回続けて掛けた数に相当し、大宇宙に存在する総ての星の数よりも遥かに大きな数です。

由旬は古代インドで用いられた長さの単位の一つで一由旬は約十一キロメートル、あるいは十四キロメートル余りと言われています。中国では六町を一里として三十里または四十里、あるいは十六里に当たるとされています。

最後に、恐らく誰もが疑問に思われる数々の化身をされた老人、長眉の老翁、百衣老僧、予言者白髯老人或いは老医師等の御本体は燃燈古佛の化身されたお姿でありました。仙佛は時運に応じて、随所に分霊化身されます。諸佛祖の顕現護庇があってこそ、始めて菩薩の成道がありました。これも無量の寿命・無量の光明であられる彌陀の御配慮と慈悲深い本願と存じ、深く礼拝感謝を捧げる次第であります。

 (完)

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観音菩薩伝~第44話 奇童、計を使って浄瓶に柳の枝を挿す、第45話 大師、比丘尼達に最後の説法を行なう

2017-08-08 22:42:55 | 観音・釈迦・達磨・因果経

第44話 奇童、計を使って浄瓶に柳の枝を挿す

 その後、大師は老翁から授かった浄瓶を奥殿の壇卓の上に安置し、独り修房に籠り結跏趺坐して内功の修行を続けられました。この日から誰ともなく金光明寺の屋上に、夜になると金色の光が燦然と輝き大光明を放つのを見た、と言う話が至る所に拡がり、大師の法身は神通無礙になられたということで、人々の心の中に大師の菩薩道に精進成就されることの祈願が一層深く込められるようになりました。

 一方、寺院の衆尼は、誰もがこの白玉浄瓶の由来を知っていますので、敬虔な気持ちで朝晩仕えて怠りありません。永蓮は、毎日比丘尼達から浄瓶の消息を聞いて、常にその変化に備えていました。

 こうして何事もなく、一か月の光陰が過ぎ去りました。その頃、畛英(しんえい)と呼ぶ十二・三歳の使い走りの小坊主が金光明寺に来ました。非常に剽軽(ひょうきん)で明るく、よく冗談を言ったり、おどけたりして絶えず比丘尼達を笑わせていました。時には大真面目な顔で嘘を吐き、正直な比丘尼を驚かせることもあります。この畛英も浄瓶の由来を人から聞いて知っていたが、まだ子供であるうえ、何時まで経っても浄瓶に柳の芽が生えないので、だんだん浄瓶の話が信じられなくなってきました。当然の理として、誰かが瓶の中に水を入れたり柳の枝を挿さない限り、自然に水が湧いたり、柳が芽生える筈がない、と畛英は思い込むようになりました。

 ある日、奥殿の前を通り掛かった畛英は、壇卓の上に安置してある浄瓶を見て、ふと悪戯心が湧きました。私が水と柳の枝を入れてみよう、と思い付いたのです。子供らしい戯れの心が、大変な結果を招くとは露ほども知りません。早速様子を窺ってみると、比丘尼達が始終出入りしていて、とても中に入り込めそうにありません。それではと夜になって忍び込もうとしたが、夜番の比丘尼が交代で勤行しており、これも叶いません。深い悪気があってしようとするのではなく、ただ皆を驚かせよう、どんな表情で驚くだろうか、という軽い気持ちからの思い付きであったが、三か月が過ぎても付け入る隙がありません。こうなると子供心にも意地を張り、どうしてもやってやろうと真剣に考えるようになりました。

 こうしている中に一つの計画が思い浮かび、早速実行に移しました。先ず畛英は山に入って楊柳の枝を手折り、誰にも気付かれないように一桶の水と楊柳の小枝を持って奥殿の隣部屋に入り、そっとこれを隠しました。それから別棟の薪木(まき)小屋に行き、枯れ草に火をつけて、素早く元の隣部屋に戻り身を潜めました。火は折からの風に煽られ、薪木に燃え移り大きく広がって行きました。通り合わせた比丘尼がこれを見て、大声で

「火事です。火事です」

と騒ぎ立てたので、寺中の比丘尼が手に手に水桶を提げて薪木小屋に集まって来ました。奥殿にいた比丘尼も、もちろん飛び出して来ました。

これを待っていた畛英は、隣部屋に用意していた水と柳の枝を持って素早く奥殿に忍び込みました。壇卓に近付くと、飛び上がって浄瓶を掴み、中に水を注ぎ入れ、楊柳を端整に活けました。終ると、気付かれないように布巾で卓上を拭い、足跡を消し、用意してきた水桶を提げて火事場に駆け付けました。桶を提げて火事場に駆け付けた畛英を誰も疑う者も無く、むしろ消火を手伝った労をねぎらうほどでした。畛英は上手く行ったと喜び、後で起こる騒動に大きな期待を掛けて胸を膨らませました。皆の話が本当なら、この日が大師の涅槃に入られ成佛される日だ、果たして如何なる結果になるだろう、私の悪戯と知らないから皆は驚き慌てるだろう、色々な事を想像して独り楽しんでいました。しかしその夜は、火事騒ぎに疲れたのか、比丘尼は誰も奥殿に行かず、それぞれ自分の修房に帰りました。畛英の予想は外れ、その夜は静かに更けて行きました。

 

第45話 大師、比丘尼達に最後の説法を行なう

 その翌朝、何時ものとおり三人の比丘尼が奥殿に入って来ました。朝の掃除が始まりました。三人の比丘尼達は期せずして卓上の浄瓶を見て、自分達の目を疑いました。浄瓶に水が満ち、青々とした楊柳が生えているではありませんか。両眼を擦ってみたが、夢ではありません。三人はその場に座り込んで、暫くの間呆然自失した状態でした。軈て一人の比丘尼が気を取り直して浄瓶の側に寄り、手で触れてみてはっきりと確かめました。幻でもありません。事実です。三人の顔は喜びに変わり、清掃道具を放り出して、一目散に注進に駆け出しました。信じていたが、まさかこんなに早く現実に成佛する日が来るとは、誰も想像をしておりませんでした。しかも、生死を解脱した佛道最高の涅槃に入られる目出度い日です。夢中で駆け出して行く三人の向こうから、摘み取ってきた花を持ち静かに歩いて来る永蓮に危うく衝突しそうになりました。

「何事です。寺院の中では、もっと落ち着いて静かに歩くものです」

 永蓮の厳しい声に蹈鞴(たたら)を踏んで立ち止まった三人は、興奮した声で次々に言いました。

「大変です。浄瓶の中に柳が生えました」

「水も一杯入っています」

「本当です。この目で確かめました」

 これを聞いた瞬間に永蓮の顔から血の気が引き、目の前が昏くなり掛けたが、気を取り直し三人の比丘尼に確かめてから

「そなた達は、この花をお供えしておくれ。私は、大師にお知らせに参ります」

 手に持った花を比丘尼達に渡し、引き返して行く三人の後姿を見送ってから永蓮は、荘厳な気持ちになって大師の修房に向かいました。こんなに早く成道されるとは、喜んでよいのやら悲しんでよいのやら、心が複雑に揺れ動きます。大きな願望の実現と大師にお別れしなければならない悲しみが入り混じり、永蓮の心は千々に乱れます。修房に入ると大師は、保母と向かい合いながら何事か話し合っていました。永蓮が口を開こうとするより先に、大師が話を切り出されました。

「永蓮よ、そなたに話したい事があります」

 静かな語調の中に、重大な響きを持っております。永蓮は不安に胸を押さえながら

「何でございましょうか。私も、大師にお話申し上げたい事がございます」

 永蓮の縋り付くような瞳を優しく見返しながら、大師は答えました。

「浄瓶に水が湧き、柳が生えたことでしょう」

「どうしてそれを御存知なのですか」

「いよいよ私は、今日涅槃に入ります。昨夜私が冥想している時、白蓮が満開になったのを観じたのです。もう、この身体を捨てて往きます」

 保母の啜り泣きが聞こえます。永蓮は、答える術を知りません。暫く萬感の思いを抱いた大師は

「長い間そなた達二人と苦労を共にして来ましたが、これでお別れです。私の仕事は、これから益々忙しくなるでしょう。世の中の諸法は無常です。一日も早く解脱して、四方の生民を塗炭の苦しみから救わなければなりません。私が涅槃に入った後は、保母と永蓮が私の後を引き継いで後修を導き、更に修練に精進して下さい。諸々の人に善法を施し、佛陀の真伝を説き聞かせ、煩悩と顛倒を除いて上げて下さい。切に頼みます」

 永蓮は沈痛な面持ちながら、意外に落ち着いて答えました。

「大師様。御成道をお喜び申し上げますが、私達は今後大師の恩恵と説法を受けることが出来ません。どうすればよいのでしょうか」

「永蓮よ。悲しむべきではありません。人身は一時的なもの、霊魂は永遠のものです。菩提薩埵の法身は常にして滅びることなく、永遠にそなた達と共にありましょう」

 静かに話し合っていたところに、あの三人の比丘尼が浄瓶に柳が生えたと知らせたのか、大勢の比丘尼が大師の修房に押し掛けて来ました。多利尼、舎利尼も部屋に入り、永蓮の後ろに跪きました。重苦しい空気が流れて、しわぶき一つありません。涅槃に入るという喜ぶべき日であるのに、誰も喜ぶ人がおりません。誰もがやがて別離せねばならない大師への慕情と哀愁で胸が詰まり、喜びの気持ちがどうしても湧いてこないのです。皆は言葉も無く、俯いて泣くばかりです。

 この様子を後ろのほうで窺っていた畛英は、さてこれからどうなるであろうかと、身を乗り出して見ていました。大師は畛英のほうに僅かに目をやったが、構わず皆に語り掛けました。

「親愛なる比丘尼衆よ。皆も承知のとおり、浄瓶に水が満ち楊柳が生えました。これは或る機会を借りた彌陀の思し召しと佛陀の権化です。やがて楊柳は私が世間一切の苦厄と災難を払い除けるための慈器となり、浄水は甘露の法雨に変わりましょう。世の中に苦悩と災難が続く限り、この楊柳と浄水は衆生の良医となり心の病を癒すでありましょう。私の往生は衆生済度の第一歩であり、世が続く限り人類に佛法の奥義を与える機会になります」

 保母の胸は張り裂けそうになり、思わず叫びました。

「大師様。今しばらくお待ち下さい。悟りを開かれていない人々がたくさんおります。これ等の人々を教え導いてから涅槃に入られても遅くはありますまい」

 多利尼も、泣きながら言いました。

「現在私達が大師とお別れすることは、生身を裂かれるよりも苦しく切ない思いです。いや私達だけでなく、この世界から太陽が無くなるのと同じです。全民衆の悲しみです。もう暫くお待ち下さい」

 大師は慈しみの目で皆を優しく眺めながら言いました。

「親愛なる比丘尼諸衆よ。涅槃は、自然に課せられた因縁です。時は既に熟しました。人間、肉体を有する以上は、早晩死を避けられません。私は自分の身体の為すべき事は全て果たし、行なうべき事は尽く行ないました。たとえこの肉体を捨てても、皆さんを教え導くことは出来ます。そなた達から大衆に言い聞かせて下さい。無量百千萬億の衆生があって、諸々の苦悩や煩悩を受ける時、恐怖受難の時、救いを必要とする時は私を求めなさい、と。私の法身はその身辺に来て護って上げましょう。佛門を奉ずる人は、驕慢を戒め、正しい心意を持ち、深い智慧と清静な霊気を養い、貪欲や瞋恚、愚痴を戒め、貧富老若の分け隔てなく正しき真理を説き正しき法を伝えなさい。咒文や法術などを使って、衆を惑わしてはなりません」

 説法する大師の顔色は艶々としており、とても今すぐ涅槃に入られる人とは思えません。しかし大師の言葉は一言一句人の心を打ち、別離の悲しみは更に深まるばかりです。余りにも悲しい別離の場面を見ていた畛英は、自分の犯した悪戯の罪が恐ろしくなり、突然耳を劈(つんざ)くような大声で泣き出し、大師の側に駆け寄って

「大師様。お許し下さい。全て私の悪戯です」

床に頭を打ち付けて泣きじゃくりながら謝る畛英に、人々は驚きましたが、何の事か分かりません。大師は温かい眼差しで畛英を見ながら、優しく論(さと)しました。

「畛英よ。哀しまないで良いのです。そなたの心の動機は彌陀の所願であり、佛陀が与えたものです。気にする事はありません。しかし今後は、怪異を慎み、軽妄を戒め、邪心を捨て、具足戒を持して修行するように心掛けなさい。決して虚偽や妄語を発して人々を惑わしたり誑かしたりしてはなりません。

 修行の要素は、身・口・意の三業にあります。身は殺・盗・淫の三戒を守り、口は妄言・綺語・両舌・悪口の四戒を守り、意は貪欲・瞋恚・愚痴の三戒を守って、これらを放縦にせず抑制し、精進して業根を折伏(しゃくふく)し、諸々の罪過を無くして涅槃に親近する行に努めるべきです」

 畛英は、自分の悪戯から大師をとうとう涅槃入りさせてしまった、と身を震わせて泣きました。さながら不孝な子が死に往く慈母に取り縋って泣いているようで、満座の人を泣かせました。大師は普段と変わらない様子で、今後の修行のあり方について説法を続けました。大勢の比丘尼は、これが最後の説法と知り、悲しみを抑え、耳を欹(そばだ)て一生懸命聴きました。

「菩薩行とは上に妙理を求め、下に衆生を済渡することです。私は無量劫を経るとも伝法救霊の行を続けるという、海のように広大無辺な弘誓を発しました。諸々の方所に応じて諸有の苦を滅し、水火風の災難を消滅し、縁・無縁を問わず時に応じて無量の苦を救いましょう。菩薩道を成したならば、久遠の大光明が得られます。永遠の生を享けた人には寿限は無く、天地萬物や人類が続く限りその上に居し、その中に与(くみ)し、その消滅や消長や変化に遭っても変わらずに存在し、後世の人々の心の中で生き続けていくことでしょう。

 佛法は、永遠に滅びることはありません。法身も、永遠に死にません。天地日月が壊れても、法身の実相は極楽に留まって絶えることのない法悦と快適を享けられます」

 大師の言葉が止まるのを待ちかねたように、永蓮は覚悟を決めて問いました。

「大師は、何時ごろ涅槃に入られますか」

「日暮れから夜に掛けてです」

「何処で涅槃に入られますか」

 大師は暫く考えておられたが、顔を上げて

「玲瓏閣がよいでしょう。多利尼よ。そなたご苦労ですが玲瓏閣に行って、辺りを綺麗に清掃し、道場を構えるように取り計らっておくれ。それから中央に椅子を一脚置くことを忘れないように」

 多利尼は流れる涙で顔を上げることができず、頭を垂れたまま畏まりました。暫く静寂が流れ、再び大師は語り始めました。

「凡そ修行には、苦労や艱難は付き物です。皆も終始不退転の心を固めて、正法を求め続けることです。怠惰や傲慢の意念を起すべきではありません。心して修行して下さい。

 比丘尼衆よ。私と縁あることを喜びます。これから修行する人に、よく言い聞かせるがよい。私は未来永劫、私を信ずる人と共にありましょう。真の危難に遭えば、心を定めて私を念じなさい。必ず妙智の力を以って、世間の苦を救いましょう。神通力を具足し、広く十方の諸々の国土に刹に身を現じないことはありません。種々の悪趣、地獄、鬼、畜生、生老病死を滅してあげます。固く信じて努々(ゆめゆめ)疑うこと無きように。

 では私は、これから涅槃に入る準備をしましょう。舎利尼よ、そなたは盥に香湯を入れて運んで来ておくれ」

 語り終わるやそのまま瞑想される大師の姿を見てどうすることも出来ず、大勢の比丘尼は悲痛な面持ちでその場を引き下がりました。保母と永蓮は、修房に戻ると、大師の為に荘厳な法衣と頭巾を用意しました。布作りの履物も用意したが、大師は平常どおり跣足のまま涅槃に入りたいと言われたので、大師の意志を尊重して履物を揃えるのは止めにしました。

次回は最終回です。

 

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