いつかの疑問とちいさな理想

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着物の押さえどころ

2017年02月23日 00時04分44秒 | 興味のほこさき
毎月、何度か着物を着て出掛ける機会がある。最初は必要に迫られてだったが、今では立派な着物好きになった。さすがに毎日着物で過ごそうという余裕は今のところないが、季節の行事ごと外出ごとに「着物がいいじゃないか!」と一人力説するほど着物が性に合う。
先輩にコツを教えてもらったり本で勉強しながら着方を覚えた。教室には通っていない。でも着はじめた頃からよく人に褒めてもらった。洋服より似合ってると言われた時は少しばかり複雑だったが、いずれにせよ美しく着たいこんな風に着たいと工夫し努力しながら着続けてきてよかったと思う。また振り返ってみれば、必要に迫られていなかったら着物に親しむこともなかったんだなあ、最初は不安だったけれど機会を与えてもらってありがたかったなあと思っている。

さて、着物の着方にはその人自身が如実に表れる。とにかく腹の辺りに帯が回っていればよいという人から、どんな条件でも一定ラインを外さずピシッと着て来る人。また、いつ見ても足袋の裏が薄っすら黒ずんでいるという強者もいたが(これには卒倒しそうになった)、しかしこの現象は着物歴の長さはほとんど関係ないのが興味深い。グダグダ帯の人はいつまで経ってもグダグダだし、要所を押さえた美しい着姿の人は大体最初からきちんとしているのだ。

もうひとつ例を挙げると、帯揚げだ。帯の上に沿っているあの布状のもの。帯揚げの美しい始末には確かにコツがいるが丁寧にやれば良いことで、おはしょりの処理や合わせを調節するといった事に比べれば断然取り組みやすい。また着た後に何度でもやり直しがきく点でも人の目にも自分の目にも付きやすい点でも、スタイルの完成としてかなり神経を使いたいところだ。
しかし残念ながらあまりにもおざなりな帯揚げは多い。もちろん自分で着ている場合だ。そういうおざなりな人に限って「亡くなった母の物なの」などと言って大昔に流行った総絞りの帯揚げをしていたりする。時代や体型を超えて受け継がれるのが着物のいいところとはいえ、絞りが伸び切ってヨレヨレな割にボリュームは相変わらず出やすい帯揚げは扱いにくく野暮ったい(着物自体は古くても小物を刷新して現代の気分で着られるが、古臭い小物はどうにも活かし難い)。既にその点で分かるようにどうであれ気にしないのだから、グチャグチャな帯揚げはそのまま帯の上に乗る。ああ、その帯揚げの哀しさよ……。せめて帯揚げが見えないように帯の中に入れ込んでしまえばいいのだが、そういう人は枕の紐もきちんと中に押し込んでないので、どうしても帯揚げは上へ上へと押し上げられてくる。物事は面白いほど繋がっている。

話を元に戻すが、着物の着方にはその人がすっかり出る。もちろんどんな物事にもその人は出るのだが、着物の着姿とは本当にあからさまで特にだらしなさは隠しようがない。
だから着物を着た人から「どうやったらそんな風に綺麗に収まるんですか?」と聞かれても、一度は丁寧に説明するがその次に会って取り組んだ形跡(出来てなくてもよい。形跡だけでも分かるものだ)がなければ、その人に再び何か問われても私はもう熱心には答えない。冷たいようだが、経験上言っても無駄だと分かっているから。

一回一回、着物の着方は変わる。上達する人はメキメキ変身していくのだがそれは努力しているからだ。しかしスタートの一定期間でそうならない人は端から頓着がないと言っていい。とどのつまり、着姿の結果は知識のあるなしだとか器用不器用、慣れ不慣れの問題ではなく、どこまでも基本的な心掛けと気概の問題なのだ。気にして注意して着ていますか?どんな風に着るか考えていますか?ということ。ただそれだけ。逆にいえば、誰でもお金を掛けず自分で素敵になれるということだから、着れば着るほど面白い。

いまや嫁入道具に着物を誂えるという一般家庭はほぼ皆無に近いのかな、私もその内の一人だけれども、ある年齢になって興味が湧いたときに誂えてみるのもいいと思う。いや、誂えなくてもいいのだ。他に手に入れる方法はいくらでもあるから、とにかく入り口をくぐって楽しさを知って欲しい。そうして多くの人の身近になればいいなと思っている。(という割には、前半脅かしすぎたかな…?)
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