acc-j 茨城 山岳会日記

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南会津・黒谷川、大幽西ノ沢

2014年10月17日 17時03分28秒 | 山行速報(沢)

2014/10/9-11

南会津・黒谷川、大幽西ノ沢


丸山岳には道がない。
春の残雪か、沢。もしくは藪との格闘を覚悟しなければならない。
草原の二つ並んだ池溏。
それを見るには、沢か藪かを迫られることになる。

二度、頂に立ったことがある。
13年前の春と12年前の秋。

春は会津朝日から会津駒まで。
秋に大幽東ノ沢から。

そして尚、丸山岳を目指す理由は?
それが、西ノ沢の存在だった。

結果から言うなら完敗だ。

丸山朝日沢出合の手前で時間切れ敗退。
ん?時間切れ?
いや、時間だけの問題ではない。
それは明らかに言い訳だ。

野太さに打ちのめされた。
そんな山行だった。


10月9日
黒谷川林道は2011年の豪雨により寸断され、現在修復工事中。
入り口ゲ-ト跡から2.7kmほどは車で入れるようだが、工事中なので路肩に駐車するのは躊躇われた。
ゲ-ト手前の空き地に駐車し、単身歩きはじめる。

崩壊場所が其処ここに見受けられる。
小幽沢(高幽橋)を見送った先、林道は寸断される。
踏み跡を一旦河原まで降り、登り返す。

その後、この大崩壊は2か所(全部で3か所)あった。
河原に降りるのもなかなか不安定。ロ-プが張ってあるものの、言うなれば「悪い」。
ヘッドランプでの通過は困難だろう。

3カ所目の大崩落を河原まで降りて、林道への復帰点を探していると見覚えのある水色の橋。
大幽沢の出合であった。
歩きはじめてほぼ2時間。

取水堰への踏み跡を行くが、途中不明慮になったところで支沢を下り大幽沢に合流する。
僅かで取水堰。

そこから先は幅広の瀬が広がっていたと記憶するが河原に砂利が堆積し、川幅が細くなったイメ-ジ。
水量は平水+10cm、2日前に台風通過したからまあ、そんなところか。
しかし、アクアステルスが大幽沢のヌメに全く相性が悪いようで出だしから滑りまくる。
それだけ、人が入っていないということか。はたまたフエルト靴ならどうなのだろうか?

滝場を一つやり過ごして西ノ沢出合。
一見穏やかな西ノ沢。
ここからが今回の本題だ。

 


2011年豪雨以降、西ノ沢の記録は少ない。
黒河原沢までは比較的穏やかではあるが、3カ所ほどのゴルジュ、滝場が控えている。
出来るだけ濡れないようにと左岸、右岸、右岸と高巻き、最後の巻きは懸垂下降で河原に戻った。

黒河原沢からはゴルジュと滝のパレ-ドだ。
次々に現れる滝、もちろん、容易なものばかりではなく安定しない巻きを強いられることも。
いにしえの記録には「そのほとんどが登れ、高巻より早い」とある。
とはいえ決して容易ではない。
自分の登攀力はともかく、ここは安全策をとって右へ左へ高巻に活路を見出すことにする。

いつの間にか大幽朝日沢を過ぎると滝は徐々に高さを増し、次々と迫ってくる。
遡行図は滝マ-クばっかりでどれがどれやらというのがホントのところだ。
しかもV字の峡谷は巻きに入ろうにもそのル-ト取りが困難。

初日は想定していた1074付近での幕。
いつもは持たないGPSを持ってきて大正解。
地図だけではとても現在地をつかめない。

沢と言えどもストイックな遡行に軽量化。
泊つきながら焚火、宴会なしで質素な食事をとったら、日暮れとともにシュラフに入る。


10月10日
4時起き、6時発。
暗いうちに準備して、沢を歩ける明るさになるのを待って出発する。

いきなり、登れそうにない滝を巻いて沢床に戻ると、わずかでまた滝場を巻き。
一気に巻いてしまえばと思うが巻きの途中に深いルンゼが横切っていてそうもいかない。
巻いて、巻いてを繰り返すとなんだか、薮山に来ているような錯覚さえ覚える。

しかもまったく距離が伸びない。
たしかに滝を登ればとは思うが、深い釜の先に手がかりが見いだせない。
登れそうなら、、、と思うも、できれば濡れたくないなあという躊躇いが先に立つ。先人の偉業に比べて自分の弱さにため息ものだ

 

一旦流れは穏やかになり、紅葉の三角山と爽やかな秋空に気分も上々。
西ノ沢の難所といわれる2段8m滝に出る。

ここは左岸を巻く。
岩塔上ではなく岩塔基部をトラバ-スが良いだろう。

これで難所も終わりかと思ってはいけない。
まだまだ、滝はたくさん出てくる。

登れたり、微妙に登れなかったり、登れそうになかったり。
また、ヌメが本当に滑る。
安心して足を置けるのは乾いた岩だけだ。
また、巻きも次第に悪くなってくる。

15:00

GPSは丸山朝日沢(1:1出合)手前を指し示していた。
目前の2条滝の直登を試みるがシャワ-とヌメで断念した。
巻くには右岸だろう。
しかし、下部の草付は決してよくない。

これを巻いたらおそらく後戻りはできない。
そういう時間だった。

この先、僅かで二俣。首尾よく困難な滝場がなければいいのだろうが、それはわからない。
まあ、得てして都合のいい解釈は必ず裏切られる。
思い切って突っ込むことも考えてはみたものの、3日目の下山は保証できなくなる。
そして、今ならまだ戻れる。

大いに迷った。
それはここまでいくつもの滝や巻きを繰り返した事が頭をよぎったからだ。
それを戻らねばならない。
それなら先を行ったほうが早いのではないか。

先を行くリスクを背負うか、後戻りする苦痛をとるか。

いろんな考え方はあろうと思う。
しかし、ここは撤退することにした。
そこからは、まさに時間と心理的圧迫との戦いだった。

底の見えない暗澹たる釡への懸垂下降。
そして時にダイビング。漆黒の水流渦巻く底深く、引き込まれるのではないかという恐怖。
釜から上がった時の安堵と引き換えに全身を覆う冷え。
か細い草を頼りに巻き下る瞬間。
恐ろしい高さに溜まっている流木は、増水の痕跡だ。

暗闇迫る河原に幕を張ったのは16:30
全身の冷えに加えて、気温も下がりつつあり、息が白い。
ようやく見つけた場所は水面からわずか40cmほど高いだけの河原だ。
とても増水には耐えられないだろう。
しかし、ここしかないのだ。

予報で雨はない。
とはいえ一抹の不安は眠りの中にも襲い掛かってくる。
悪夢にハッとし、外を見ると月明かりが眩しいほどに峡谷を照らしていた。
悪夢とは対極の、息を呑む美しい光景だった。

10月11日

夜明けとともに行動開始。
ル-トの概要と時間的捕捉は出来ているものの、決して余裕のあるものではない。
明るいうちに崩壊した林道を越えるまで安心はできない。

途中の滝場は、どうやって登ったのか、はては巻いたのか?
皆目記憶が定かではない場面もあったものの、一つ一つを丁寧にこなす。

昨日の反省から極力体を濡らさぬように留意する。
体の冷えは身体能力と精神力を奪う。
とはいえ、今日は今日もで何度となく胸までつかる釜の通過はある。

東沢出合へは、14:45
大幽沢出合へは15:40

16:30
なんとか明るいうちに林道崩壊箇所3か所を通過してようやくほっとした。
幕場から10時間半の下降だった。

あとは暮れゆく中、平凡な林道を一時間半ほど。
非常食を頬張りながら、心から安堵を楽しんでいた。

野太さに打ちのめされた。

3日間を不意にした、という無念もあった。

本気の山は、かくも厳しく、時に苦痛を伴う。

そうして心と体は覚醒していく。

西ノ沢は遠かった。
でも、また、きっとの想いはある。

そんな山行後感だ。


sak

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