acc-j 茨城 山岳会日記

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吾妻・前川大滝沢

2012年09月04日 22時45分05秒 | 山行速報(沢)
吾妻・前川大滝沢

見上げる空に夏の雲。
癒しの沢旅で、風の流れを遡る。
そんな山もまたイイ。

-板谷峠-
板谷街道は1548年(天文17年)伊達晴宗の米沢居城以降整備され、江戸時代には米沢藩主の参勤交代に通った街道である。
吾妻山塊の北麓に位置する急峻な街道の最高所が板谷峠。
奥羽本線開業後は日本屈指の難所として知られるようになり、近現代史で重要な役割を担うこととなる。

車は一路、板谷街道を走る。
トンネルをいくつも越えると板谷峠。
ここで国道を離れる。
板谷駅、峠駅を越えて滑川温泉方面へ。
峠駅はスノ-シェッドで屋根があるので、前夜泊には有効だ。

-峠駅-
なんにもない。
この地に立った人ならば、おそらくは誰しもがそう感じる光景。
峠駅はスノ-シェッドに覆われた奥羽本線の無人駅。
昭和初期まではわずかに湯治客が乗降する程度であったが、木材の搬出及び滑川鉱山と共に活況を呈する。
しかし国道13号など自動車道の整備や滑川鉱山廃坑に伴い、今では日に数本の列車が停車するだけの秘境駅となった。
この秘境的な無人駅を山形新幹線が通過する様は現代と近代の狭間を行き交うエアポケットのようでもある。
今はなきスイッチバックに想い馳せる鉄道マニアも少なくはない。



滑川温泉手前の橋を渡ったところに駐車スペ-スがある。
道路標識は全方向的に温泉というスバラシサ。



嬉しいことにアプロ-チはゼロに等しい。
尾根上に索道跡の鉄塔を見る。
滑川橋の下には明るいナメが広がり大滝沢が出合う。











いくつかのナメ滝を思い思いに越えて行けば滑川大滝。
まさに圧巻のスケ-ル。
ただ見上げるほかない。



-滑川大滝-
滑川大滝は山形県米沢市にある日本の滝百選のひとつ。
「落差100m、幅17m」といわれているが実際にはそれ以上のスケ-ルの大きさに圧倒される。
阿武隈川の支流、松川の上流標高860m付近に位置する。地質は流紋岩層。
ナメの柔らかさが伝わるような特徴的な大型滝。



大滝下右岸を高巻く。
踏み跡は明瞭だが、上部での草付トラバ-スは滑落すれば命はない高さだ。慎重に。



滝上からはこれでもかというナメとナメ滝が続く。
中でも幅広のナメ滝は正面からが美しく、落ち口の川床が平坦で、なお美しい景観だ。







ナメで水を蹴りながら歩く。ナメ滝を小さく巻く。時に泳ぎも交えて越えていく。
すると、はるか上空に吊り橋を見る。
その上流にトロッコの車輪が悠久の時を過ごし、鉱山の歴史を残していた。



-滑川鉱山-
滑川鉱山は吾妻連峰の東大巓の北東、標高約1300メートルに所在した。
薬師森と久蔵森とに東西からはさまれた大滝沢の谷あいに位置し、凝灰岩と安山岩とからなる地質で、鉱床は褐鉄鉱床。
採掘される鉱石は、鉄の含量53%とかなりの高品位だったらしい。
また、鉄鉱石の推定埋蔵量は65万トンと推定され、全国に占める割合の約1.3%にもおよぶ。
同鉱山の鉄鉱資源はけっして小さくはなかった。
鉱山発見の経緯については明らかでないが、林山鉱業株式会社社長・平林誠個人の試掘権により開発に着手。
1940年に同社がこれを譲り受け、1941年に試掘権から採掘権に転願して本格的な採掘を開始。軍需資源として操業が続いた。
「第一鉱床」が久蔵森直下の大滝沢左岸にあり、鉱床最下部には吊り橋が架かって沢の右岸に渡れるようになっている。
橋から数十メートル程度登った台地上には、「元山事務所」と2棟の宿舎が建っていた。
さらに上流部には「第二鉱床」があり、事務所のそばとのあいだには「鉱石運搬軌道」(全長270メートル)が敷設。
軌道終点からは、吊り橋の左岸側まで「自動交走索道」(全長230メートル)が架設され、ここから峠駅まで「青空索道」(全長5300メートル)が架設されて
いた。
敗戦後も1万トン以上の生産量を維持していたが、1970年に閉山となった。



さらに上部では温泉が流れ出ていたが残念ながら水温は低い。
もしかして・・・。
湯船を掘っての入浴を期待していたが、夢と散る。

-滑川温泉-
前川の渓流沿いにある一軒宿。
寛保年間に発見され、胃腸病・切傷・婦人病・リウマチに効力がある。
吾妻特有の「湯の花」が多く、硫黄香が強く、温泉らしい温泉。
宿舎も歴史を感じる創りで混浴。まさに秘湯だ。
大滝沢上部でも河原に湧き出るのを見ることができるが、水温は低い。



登山道横断点を過ぎるとほどなく潜滝。
なるほど、確かに潜っていて面白い造形だ。

幾人に大滝沢を勧められたことだろう。
どんなガイドにも★がいくつもついている。
たしかにスバラシイ癒し沢だ。
そして、歴史を紐解いていく楽しさがココにはある
何にも予備知識がなくてもこれだけ楽しめる。
後になって調べる楽しさもまたイイ。



峠の力餅をお土産に・・・。

-力餅-
いまだ駅で立売りしている峠の力餅は明治34年創業。
その昔、奥羽の難所越えは、4駅連続スイッチバックに象徴されるように汽車といえども困難な峠越えであった。
飛び切り馬力を要する機関車。しかもトンネルの続く峠越えは煤煙に悩まされ、決して快適なものではなかったのだろう。
そんな客を慰め、喜んでもらおうという心づかいで生まれたのが名物「峠の力餅」。
列車が5分停車した当時は売行がよかったが、電化に伴う通過列車が大部分で往時ほどの活況はない。
しかし、峠の力餅を名指しして買ってゆく客もまだまだ多い。


見上げる空に鉄の道
彼の地の遺構は未来を夢見た残骸とでもいうのだろうか。
癒しの沢旅で、時の流れを遡る。

sak
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