あややの家

あややとその家族のつれづれ

北鎌倉観光その2

2017-06-14 | 旅行・お出掛けレポート

   :美しかった東慶寺のハナショウブ


ポケおやじ:店を出てから、幻董庵の店名はいにしえの映画女優田中絹代の邸宅にちなんで映画の前身である幻灯機から来てるのではなどと思い当たりました。

車で走ったことはあるけれど北鎌倉はほとんど歩いた事ないな。そんな事を思いながら歩きます。北鎌倉は昔の鎌倉の風情のままの古臭さと生活臭が漂う町並みでした。

年相応に足腰を痛めている我母も物珍しいらしく、「あっちの道も行った事ない行ってみたい」と探求心のままに歩きたがるのを抑え、進んでいくとえらく庶民臭いみやげ物屋さんに出ました我母が「車でこられないから1度しか食べた事ないけれどここの羊羹はおいしい」というので「松花堂」の「あがり羊羹」を購入。

我母も思わぬ店に行けて満更じゃなさそう。

そのまま東慶寺(縁切寺・駆込)に行きました。

ここは以前に行った事あるのかないのか記憶が無い。

雨があがった後の東慶寺は多種多様なあじさいや菖蒲、山帽子、岩タバコ等岩肌花草木が美しかった。

ここでも我母の探求心炸裂。

「家に東慶寺の著名人の墓の地図があったんだけどみあたらなくって」山肌に広がる墓を好奇心のおもむくまま我々を置いて「○○聞いたことある。俳諧の人だわ」等と言いながら墓誌を確認したり全て見尽くしてました。途中からここ数年少し曲がってきた背筋がピンとのびてきて、雨後の滑る石の上をスイスイと歩くのには驚かされました。

私は墓にはあまり興味が無くて…。でも、小林秀雄、和辻哲郎や西田幾多郎。安宅産業の安宅弥吉の墓、

「海賊と呼ばれた男」出光佐三と妻の墓があって興味深かった。

あと後醍醐天皇皇女用堂尼の墓。

これには我父母は全く興味を持っていなかったが、後醍醐天皇と鎌倉の組み合わせだけでこれは凄そうと私は思ってしまいました。

これについては発見があったんですが、長くなるので改めて書きます。

そのまま浄智寺を見ようと思ったんですが4時半を過ぎていてタイムアウト。食事ゆっくりとったからなあ。

建長寺も明月院も次回にお預け。

そこで神奈川交通のバスに乗って八幡宮で降りて我父母と別れてアンジェラと小町を歩きました。  以下次号

                                                         

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 北鎌倉観光その1 | トップ | 北鎌倉観光その3 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。