静岡県議会議員

2007年04月30日 | Weblog
本日4月30日をもって静岡県議会議員に任期が
スタートしました。
政治家というのは信念と仕事を両立させてこそ本物。
本物になれるかどうかのいわば「審査」が今日から
始まります。

4月8日の選挙で、さまざまな思いを込めて私を選んで
くださったみなさまにお応えしてゆくためにも、
今と未来をきちんと考え、チャレンジをしてゆかなければ、
そう考えています。

静岡県議会議員 阿部卓也。
次の時代をつくるために、しっかりと歩んでゆきます。
どうぞよろしくおねがいします。
 


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昭和の日によせて

2007年04月29日 | Weblog
今年から4月29日が「みどりの日」から「昭和の日」に改名。
で、「みどりの日」は5月4日へ。
納得できる改名ですよね。

もともと今日は昭和天皇の誕生日。
「昭和」という時代は日本にとって激動の時代であり
過去と未来を考えるうえでも大切な時代だけに
記念日として昭和天皇を偲び功績をたたえるだけではなく
「昭和という時代」を考える一日になっていったらよいと思う。

ただ、あまりにも「昭和の歴史」が知られていないことへの危惧、
正しく認識されていないのではないだろうか、という危惧、
あまりにも偏った認識にとらわれていないか、という危惧、
それらの危惧はありますが、
とにかく「昭和の歴史」は大切です。
少なくとも戦前とGHQ占領下、戦後の高度成長期と3つの
異なる体制が昭和にはあります。
歴史の検証は、必ずや未来につながります。
それも政治家として、そして日本人として実行できるように
がんばってゆきたいと考える今日「昭和の日」となりました。

「昭和の日」を”未来への扉”にできますように。



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独身だっけ?

2007年04月28日 | Weblog
21時。
スーパーマーケットで買い物。

GWでもシゴトシゴトのパパなので
女房子供を女房の実家に里帰りさせました。
そこで夕食の買い物にいくつかの会合を終え
スーパーに立ち寄ったのです。
私は、大学以来結婚までの東京での一人暮らしでは
基本的に自炊生活をしていたので、買い物も料理も
ごく普通のことで、今回も普通の行為として
遅い夕食とあすの朝食の買出しに行ったのです。
そしたらば、店長さんに「独身でしたっけ?」と
聞かれてしまいました(笑)

今日の夕食は遅い時間にもなってしまったので
お米はやめて、おいしいお豆腐と98円で手に入れた
エリンギをソテー、そして黒酢もずくとチーズ。
そしてビールを一本。
完全に気の利いた”おつまみセット”で
かなり幸せな夕食となりました。

さあ、”部屋を散らかす天才たち”がいない間に
部屋のかたづけとそうじもして寝ることとします。
たまには”独身”もいいものですね(笑)

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長女誕生日

2007年04月27日 | Weblog
今日は長女「花霞(かすみ)」の2歳の誕生日です。
この季節はほんとうに花が咲き乱れる時期だけに、
季節感のある名前を、と思い名づけました。

我が家は門からくぐると玄関までのあいだに藤棚があります。
この季節ちょうど藤が美しいときで、最後まで「藤子(とうこ)」と
いう名前を押したのですが、妻に反対されて第2候補の「花霞」に
落ち着いた覚えがあります。

まあ、現在の彼女は「花よりダンゴ」を地で行くような大食漢で、
見事なまでにおなかがポコンとでっぱっております。
今朝も「お誕生日おめでとー」という言葉に返す言葉が
「パン」ときました(笑)
抱きかかえるとずっしりしているんで、彼女の好きなパンに
例えると「あんバターパン」といったところのわが娘。
保育園では「癒し系ですねー」といわれているそうですが、
わたしからすると「いやしい系」といったところでしょうか(苦笑)

きっと食いっぱぐれないだろう長女の健やかな
(「健やか」というのは標準体重で、との意味もあります・・・)
成長を祈りつつ、2歳の誕生日を無事迎えられたことに感謝です。

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気力!

2007年04月26日 | Weblog
咳がひどく頭痛もひどい。
かぜが悪化の一途をたどっている。
が、ここで休むわけにはいかない!
なんとかかんとか気力で直さないと・・・

選挙のときはかぜなんてひかなかったのに
やっぱり気の緩みがあるのだろうか。
うーん いかんいかん。

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ミス

2007年04月25日 | Weblog
このところ非常にありがたいことですが、
会合案内・陳情・相談などをつぎつぎと頂戴します。
挨拶のついでの立ち話だったり、電話だったり、書面だったり。
書面のときはキチンと存在するんで間違いはおきづらいのですが
立ち話などのときにいただく事案については要注意です。
私は必ずメモをとるようにしているのですが、
メモがなかったりすると、手帳の空きスペースに書いたり
書類のウラに書いたりしてしまいます。
細心の注意をはらっているつもりでも、その内容がどこかに
紛れ込んでしまうこと、忘れてしまうことがあります。
今日も昨晩「明日の朝うかがいます」と言っておきながら
手帳に書き込まなかったがために、
今朝「ン?今朝なんかあったような・・・!?」と思いつつ
内容を思い出せず、結局忘れてしまいご先方にわざわざ我が家まで
お運びいただいてしまった、という失敗をしてしまいました。
”冷や汗”の出来事となってしまいました・・・

こころからのお詫びを申し上げつつ、
これはイカン、と自分自身危機感です。
今後は手帳、ノート、メモを必ずその日のうちにチェックして
落としがないように万全の注意をしてゆくつもりです。
効率化と確実性を生み出すためにななにが一番良いのか
自分自身試行錯誤をしてゆく所存です。
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エリツィン逝去にあたり

2007年04月24日 | Weblog
ロシアの前大統領ボリス・エリツィン氏が逝去。
訃報に際してマスコミは彼を「ロシア民主化の立役者」
と持ち上げる報道が多いが、私は多少違う思いを
彼に抱いています。

基本的に、私はこう考えています。
ロシアの民主化は大きな時代の流れのなかの必然であり、
エリツィンはたまたまその時期に”そこにいた”だけだ。
彼は、斜陽の共産党を批判し大衆の支持を集め、
共産党の”悪あがき”ともいえる91年のクーデターも
計算ずくで「身体を張って止めた英雄」という絵を作り出し、
そして権力を握ると、国有財産をタダ同然で自分の親族や
近親者に払い下げをして「ロシアの新興財閥」をつくりあげ、
「格差社会」を民主化まもないロシアに出現させた。
そこで、大衆の不満が高まってくると、言う事を聞かない者を
力で抑え込もうとする強権政治に走り出す。
そして、泥沼のチェチェン紛争を引き起こしたのも彼だ。
さらに、当時の日本の橋本首相との間で”友情”を協調し、
北方領土の返還が実現するかにみせかけ、日本から
多くの経済援助や投資を引き出していった。
エリツィン自身の後日談に
「北方領土を返す気などさらさらなかった」というものがあり、
今日の私の「エリツィン評」を固める決定打にもなったのである。

なぜ、こんなロシアの前大統領に噛み付くのか!?
と疑問に思われる方のために少しご説明をしますと、
私は、大学時代ロシア語を第2外国語として選び、
ロシアの研究に没頭した時期がありました。
チェルノブイリ原発の事故がなければ大学推薦の学費免除で
モスクワ大学へも4ヶ月間の留学もしていたはずです。

なぜロシア語を選んだのかというと、
ちょっと長い説明となりますが、
もとはといえば共産主義が大嫌いだったからで、
当時のアメリカのレーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と
決め付けたときには拍手喝采をしたものです。
だから最初から選択肢になかったロシア語なのですが、
そんな私をみていた父からこういわれました。
「おまえは、ほんとうにソビエト連邦という国を知っていると
言い切れるのか?共産主義についてどれだけ知っているんだ?」
絶句した私に父はこうたたみかけました。
「イメージだけで物事を判断するな!
本質も知らずに好き嫌いを簡単に口にする軽い大人にするために
大学に行かせたわけじゃない。そんな軽薄な勉強をしたいというなら
学費はださないから自分で稼げ。俺も共産主義は嫌いだが、
もっといろんな角度からキライなわけを話すぞ。イデオロギーとは
イメージだけで決めることができるような軽いものではなく
たくさんの人間が命がけで築き上げてきたものだ。しっかり勉強して
心して判断しろ。歴史や思想、言語には魂があるんだ。
それをきちっと覚えておけ!」

そう言われて、冷や水をぶっ掛けられた私は
当時のソビエトのことをほとんどなにもしらない自分に気付き、
第2外国語の選択にあたって、その他の言語との比較検討を
じっくりして、最終的に「いちばん知らない」ロシア語を選択した
という覚えがあります。
だからこそ、大学1年生の時は”人生で一番勉強した”かんじでした。
授業を真剣に聞いて、テープに授業を録音してきて復習しながら
ノートおこしをする、という繰り返しで各授業に臨み、
ソビエトに関してもロシア語に関してもこの時期にかなり勉強しました。
ロシア語は及第点でしたが(苦笑)、共産主義や社会主義国家のシステム
現状などは幸なことに日本ではロシア研究に関しては「上智か東海」か
といわれていたほどの豊富な資料と優秀な教授陣のお陰でかなり研究が
すすみました。

余談が長くなりましたが、
それゆえに私は最初に共産主義を壊し始めたゴルバチョフ氏は
評価したいと思っていますが、
その後の「時流にうまく乗った策略家」はあまり
評価できないと思っています。
日本にもゴロゴロいますね。この手の政治家が。
”当選さえすればいい”とか”マスコミ受けだけすればいい”とか
「やるべきこととちがう方向」を向いているひとが。

けっしてそうはなるまい、
と「エリツィンの政治」を振り返りつつ誓う今日一日でした。
コメント (4)
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ランチ

2007年04月23日 | Weblog
「選挙戦の感謝を込めて」と銘打って
久しぶりに妻とふたりで食事。
とはいっても、お昼の1時間だけ
諸々の打合せを兼ねてのランチ。

選挙が終わっても朝は早く夜遅い生活に変化はなく、
子どものことやらあとかたずけやら事務所のことなど
打合せをしなければいけないことがいっぱい!
そこで子どもたちが幼稚園と保育園の間をぬって
今日の「ランチ」とあいなったのですが、
充実した”打合せ”になりました(笑)

支払いの段になり、妻が
「これで”感謝のをこめて”にされたらたまらないので、
ここは私が払います!」とキッパリ。
これにはギャフンとなりながら、久しぶりの
”まともな食事”を楽しみました。

えー
ちなみに今夜の私の夕食はというと、
4本の会合をハシゴする間の車でのパン2コです・・・
んー ぜんぜん選挙が終わってない気がする・・・

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当選!当選!また当選!

2007年04月22日 | Weblog
今日は統一地方選挙後半戦の投票日でした。
全国注目の長崎市長や夕張市長の選挙も行なわれました。
両市とも「実務型」の市長が選ばれ、
「即戦力」が求められている姿が如実に浮かび上がった
選挙結果だったとかんじました。
最近は本当に政治への関心が高まっているんだな、
すごく良いことだ、とあべたくや的には実感する選挙結果でした。

さて、私自身も統一地方選挙の前半戦を戦わせていただいて
当選の栄をいただいたのですが、昨日は全国の仲間やお世話に
なったかたがたが審判を受けました。
本当にありがたいことに、私が応援に行かせて頂いた候補者は
全員トップ当選!そのほかの仲間たちもみな上位で当選を果たし
ほんとうに嬉しい朝を迎えることができました。
さあ、これからが本番です。
”維新は地方から発す”
この言葉は私の信条ですが、みんなで元気な地方をつくり
生活感のある政治をつくってゆきたいと思います!

池田好郎  静岡県湖西市議  1位当選
 ホームページなし
深沢竜介  静岡県富士宮市議 1位当選
 http://www.fukaryu.com/
橋本一実  静岡県熱海市議  3位当選
 http://www.atami.info/
花見 隆  東京都北区議   2位当選
 http://www.hanami.info/
岡野朱里子 香川県高松市議  1位当選   
 http://www.k5.dion.ne.jp/~syuriko/index.htm
小坂泰之  長野県南箕輪村議 4位当選
 ホームページなし 

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今日もまた叱られる・・

2007年04月21日 | Weblog
選挙は終われば終わったでまたひと苦労です。
一生懸命お礼の挨拶にはまわらせていただいていますが
なかなか”身一つ”ですので追いつかず、
そこに公務がはいったり、片づけが入ったり
準備がはいったり・・・

「お礼の挨拶がない!」と今日も叱られてばかりです(苦笑)
しかし、これは「嬉しい悲鳴」ということで
とにかく一生懸命動きますのでなにとぞご勘弁を。
ぜったいきちんと伺いますので。
ただし、どんなに一生懸命動いても時間だけは生み出せないので
終了は夏になるかも、と焦ってはいますが・・・
堪忍袋の緒が切れたかたは、遠慮なく叱ってくださいませ。

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