デラシネ(deracine)

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寒い冬に思い出すこと。

2012-01-31 22:42:24 | weblog
寒い日が続きますが、それもあと1ヶ月〜2ヶ月。
寒いということは春が近いということでもあります。

しかし今年の寒さ、尋常ではありません。
東京でここまで毎日のように寒いのはあまり記憶がないです。

私は北国秋田で生まれて育ちましたが、
東京の寒さはまた格別のものがあります。
なんというか、コンクリートの中にいる状態での寒さだからか、
「寒い」というより「寒々とする」雰囲気があります。
北国は寒いとはいえ雪をはじめ自然がある中での寒さ。
もちろん寒いのは北国ですが、自然な寒さなんですよね。

寒い、ということや冬、ということで昔を思い出すと、
いろんなことが思い出されますが、
私が小学校卒業寸前の昭和63年終わりからの冬は暖冬でした。
そしてそれが長く続く暖冬の始まりだったと思います。

それでも昭和天皇が崩御された昭和64年1月7日は非常に厳しい寒さで、
家の前にあった物置の温度計が氷点下17度ぐらいでした。
いつものようにスキー部の練習に行こうとする寸前で危篤が伝えられ(この時点で実は死んでいた)、
スキー場についてロッジに入ったら崩御が伝えられましたが、
その時の寒さは今でもよく覚えています。


それでも小さい頃は雪も多く寒さも厳しかったものの、
逆に防寒体制はバッチリで、外が寒いというのは顔で感じるぐらい。
元々手足が冷え性だったのでその点だけは難儀しましたが。

幼稚園ぐらいまでの時は親が家の庭に雪で滑り台を作ってくれたり、
家の前の広い畑をスキーで走ったりしました。

幼稚園では雪が強い日は入るとすぐ先生がほうきで雪を払ってくれたり、
小学校では、校舎とグラウンドの間が坂だったのでそこに自然の滑り台ができていて滑ったり、
中学校は雪の中を毎日30分かけて歩いて通学したりしました。
高校では列車で通っていましたが雪で動かなくなったことも。

最近では平成18年の豪雪が語り草ですが(今日もテレビでやっていた)、
あの時の冬は実家でずっと過ごしていましたが雪は多かった。
1月半ばまではずっと雪寄せで大変でした。ピーク後パッタリ降りませんでしたが。
あの時は本当に雪寄せしましたね。


雪や冬とは共存していかなくてはならないのが、雪国に住む人の宿命です。
それでも辛いことももちろんありますが、
逆に雪があるからこその楽しみ、寒いからこそできることなどがあり、
それはやはり東京では味わえないものですね。

あと少し、冬を越えれば春が必ずやってきます。
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2 コメント

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Unknown (GEN)
2012-02-01 20:42:46
昨年3月11日、地震直後に冷え込み出して
急に雪が降り始めたのをついつい思い出しましたねえ。
こんなタイミングで降るんかい、と他人事のように思ったものです。

東京だと、冬の夜道を歩いているときに
いろいろ思い出しちゃうかもしれませんね。
れす (あべしん)
2012-02-01 22:57:26
あの日はそう、夜になるにつれて急に冷え込んだよな。その中を6時間かけて家まで歩いたよ。
東北は雪になって。3月はまだ寒いからね、ホンとに被災地が可哀相だった。

東京は雪がレアだけど、雪で思い出すのは98年かな2月の全日本武道館見た後西川口の某アパートにチャンコ、アミーゴと泊まり、やたら寒いと思ったら未明に雪になってたことだね。

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