おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

ドッちゃん、12歳

2017-05-03 10:41:22 | 福島

 昨日の誕生日でドリは12歳になった。ドリとは6年前から生活を共にしているので、出会った頃は6歳ということになる。今考えれば、ずいぶん若かったんだなあと思う。

 そう言えば、あの頃の力は半端なく、リードを持つ手も常に全力を出していないと、いつドリに引きずられるかわからなかった。実際、土手に立ち景色を眺めていたら、ドリが急に土手を駆け下りたので、気づいた時には地面から足が離れ、2メートル下のあぜ道に横っ跳びに落ちたことがあった。また、全力で駆け出した先に梅の木があり、僕は避けることもできず真正面から梅の木に激突し、その時の傷はいまだに残っている。でも、そんなことも今ではすべていい思い出だ。生きていればこそ、悪さもするし大変なことも起こる。

 朝と夕方、決まった時刻にほぼ同じコースの散歩に行くが、それは毎日のルーティンとなっている。そんな中でも、思い出に残る散歩というものがある。僕らは思い出すことによってしか、そこに意味と価値を見出すことはできない。おそらく、それは僕らの創作とも言えるだろう。そしてそのことを僕らは歴史と呼んでいる。

 僕らの生活とは、植物や昆虫の生活となんら違いのない自然である。毎日食事を摂ることも、食事を得るために働くことも、人間に与えられた特権ではない。けれども、あの時に食べた食べ物やシチュエーションが特別なものとして思い出されるなら、それは歴史に変わるだろう。

 思い出づくりという言葉があるが、それはある体験を指して言うのではなく、僕らの中にある記憶をたよりに、思い出を創作することにある。別の言い方をすれば、日々思い出を新たに創作していかなければ、僕らには何もなくなってしまうに違いない。

コメント (1)
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