カードのお告げ=阿部ヒロの『近未来案内所』=

週間タロット占い『カードのお告げ』は,毎週金曜日更新。
月刊誌『一枚の繪』に毎月占い『明後日案内所』を連載中。

光る沼

2007-09-04 17:40:33 | 不思議体験
生まれ育った町なので土地勘はあった。しばらく離れている間にずいぶんと様変わりもしている。
いつの間にか消えてしまった路地もあったが、ほとんどは記憶のままに残っていた。

それでも子どものころからあまり通った記憶がないルートもあった。
そのひとつが隣町へ抜ける近道である。
住宅地の中にあるにもかかわらず、なんとなく通りたくない道だったのだ。
そいういう道は他にもいくつかあった。
どうしても通らなくてはならない時は、抜けるまで絶対口をきかないとか、後ろをふり返らない、とかいう子どもの世界のルールを守らなくてはならなかった。お葬式の前を通る時は親指を隠して通る、という迷信の類いである。当時,、私たちは律儀にその約束を守っていたのだ。
ところがこの道には,記憶する限り何のルールもなかった。子ども心に、ただただ敬遠していた。

__

だからこちらに戻ってしばらくは、どうしても使わなくてはならない時だけ、それも昼間に限ってしぶしぶ通っていた。
そこは道の片方が崖山で片方が宅地。崖の縁に沿うように緩い坂を描いて続いている。
路面は舗装されて歩きやすくなっていたが、それ以外は幼い私の記憶とほとんど変わらぬ家並みが残っていた。

間もなく隣町の友人宅で不幸があった。
通夜に参列するためにはこの道を通らなくてはならない。
夜、それもひとりでここを抜けるのは気が進まなかった。

街灯はあるが、周囲を青く弱々しく浮かび上がらせているだけだ。
闇はかえってグラデーションを際立たせ、境目が不明瞭な分、底がないように思えた。
ふっと、少し先の暗がりをみると、崖にそってたくさんの影が並んでいる。
とたんにプンと湿った泥と水の匂いがして、なぜかカエルの鳴き声が頭の中でわんわん響いてきた。

一瞬ののち、崖の反対側にあるはずの住宅地が消え、一面の沼地が現れた。
水面がぼうっと白く光っている。

あれ?ここには沼があったんだな…と、頭の隅で思った。

気がつくと、私は、住宅地と崖に挟まれた道の上に立ったままだった。
崖に並んでいる影は相変わらずだったが、何やら手(?)に手に、ぼんやりと光るものを持っていた。
さっき水面に光っていたものに似ている。
暗い道が、その光るものでぼうっと白く縁取りをされているようにみえた。

黒い影の一連は、一列に並んだままジッと動かない。
初めは気味悪かったが、こちらに襲いかかってくる様子はない。
どうやら夜道を照らしてくれているようでもある。
思い切ってその前を通った。

通夜の家はちょうどその先にあるのだった。


しばらくして、土地の古老とよく言葉を交わすようになった。
まもなく米寿をむかえるというの品のいいご夫人である。ひょんなことから、この辺りの昔語りになった。


「私がこっちに嫁に来たのはもう戦前(第二次世界大戦)の事よ。60年以上も前になるわね。
あなたなんてまだ影も形もないでしょ。そのころはまだこの辺りは民家もまばらで、この先は大きな沼地があったの。
沼といっても池と湿地ね。今とは比べ物にならないくらい寂しいところだったわ。

戦争が終わりの頃、この先に住んでた某さんの息子に赤紙が来たの。赤紙なんて若い方は知らないでしょうね。
赤紙というのは召集令状の事。これが来たら兵士になって戦地にいかなくてはならないの。
イヤ、だなんて言えない時代でしたよ。その頃の男の人はほとんど兵隊にいったのよ。戦争だったから。
某さんは泣いてましたよ。母ひとり子ひとりだったから。
私も同じ町内だったから、千人針を刺して、万歳して、その息子さんを送り出したけれど、かわいそうだったわ。

その某さんがある晩
『○○がかえってきた!』といって、外に駆け出していったの。
隣近所の人がビックリして後を追いかけていくと、沼の方にどんどん歩いて行くじゃない。
まさか身投げでもするんではと、みんなであわてて引きとめたの。それでも某さんは
『○○が帰ってきた、○○が帰ってきた!』と沼に向かって言い続けている。そのうちにカエルが鳴き出したの。
(戦争)当時はカエルも貴重な食料で、近所の人がみんなで採るもんだから、鳴き声もほとんど聞かなかったのに。
その上、沼の面がぼうっと白く光って、それは何とも言えない光景だったわ。」

結局、某さんの息子は戻ってこなかった。数日して、戦死報告が届いたそうである。

まもなく日本は終戦を迎えた。

「戦後、この辺も埋め立てられてバラックが建って、そのうちにすっかり住宅地になったけど。
今でも、時々カエルが出てくるでしょ。土カエル。この頃またよく鳴くようになって…。
どこか人間が知らない水脈が地下に残っているのかもしれないわね。

私はね、今でもカエルの声を聞くたびに、あの時の某さんが光る沼地を息子の名前をよびながら
『帰ってきた、帰ってきた』と歩き回る姿を思い出すのよ。」


___


今でも雨がよく降った翌日には、ブーブーという土カエルの鳴き声がする。
道をもそもそと横切る姿も見かける。グロテスクな姿は、近所の子どもたちには敬遠されている。
私に話をしてくれた老婦人も、今は亡き人になった。

しかし、そこに湿った土の匂いを捕らえた時、私の目の前に広がるのは
水面を白く光らせたあの、沼の風景である。
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たたずむ影

2007-06-26 15:17:00 | 不思議体験
前からたびたび見かけていた。
やせて黒い手足に、白い半袖のシャツと短パンを着た子どもの影。
明らかにこの世のものではない。
いつのころからか、その家の玄関の前に、ずっとたたずんでいた。
こちらに背をむけたまま。

初めてみかけた時は、黒っぽい霧の塊だった。
毎日見るわけではないのだが、何度か通りかかるたびに、その形は徐々にかわっていった。
こういうものを見かけた時に、土臭さやお線香のような匂いがするときは、近々その家の一族に死者が出る。
これは今までの経験で、なんとなくわかる。
しかし、今回のように徐々に影から形がはっきりとしていくというのは、経験がなかった。

その家は老夫婦とまだ未婚の息子が住んでいると聞いていた。
最近、娘夫婦が近所に越してきて、孫を連れてちょくちょく遊びにくるという。
小さな三輪車が停まっていたり、可愛いピンクの洋服がベランダに干してあったり、
見かけるたびに、家自体が賑やかになっていた理由は、それでわかった。

しかし、その間も相変わらずその影は伸びたり縮んだりを繰り返していたのだろう。
たまに通りかかる限り、必ずそこにいて見かけるたびに、
始めに書いたように少しづつ輪郭をはっきりさせていく。

そして、いつしかその影は、少年の姿になっていた。

少年といっても顔がはっきりわかるわけではない。
頭に何かかぶっているようにも見えるのだが、わからない。
手足は真っ黒な霧状のものの集合体なのに、身につけている半袖のシャツと短パンが真っ白に浮かび上がっている。

声をかけようと思ったとたん、影は頭の部分をくるりとこちらに向けた。
顔は、いや顔があるべき場所には何もなく、ただただ暗い闇が広がっていた。

しばらくして、次にその家の前を通った時には、すっかりその姿はなくなっていた。
行くべきところにかえったのかもしれないと、そのまますっかり忘れていた。

それから数ヶ月して、その家にふたり目の孫が産まれたことを知った。

待望の男の子だったそうである。


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おおまがとき

2007-04-04 16:52:41 | 不思議体験
<おおまがとき、とは、大禍時と書く。災いの起こりやすい時ということで、夜になる手前、夕方の薄暗い頃をさす。『ま』に『魔』をあてて、人事では解せない事変がおこりやすい、という説もある。>

その日は、友人たちと遠出をした。車で行ったので、早めに帰途についたのだが、途中、とうとう渋滞につかまった。
こういう時の常で、反対車線はビックリするくらい空いている。時折、すれ違う車は、これみよがしに猛スピードで走り去っていく。どうにもしようないと、半ば諦めつつ、私たちの車はのろのろと進んでいった。
夏至に向って昼間の時間が長くなってきたとはいえ、そろそろと夕闇が迫ってきた。

ふと外を見ると、反対車線に面した大型パチンコ店の前で、子どもがひとりで遊んでいる。
そこは店舗併設の無料駐車場になっており、どの方向からでも車が自由に乗り入れてくる。
子どもが遊んでいるのは、その駐車場のど真ん中だ。その奥、ちょうど店の入口前に黒のヴァンが停まっている。その前で数人の大人が煙草を吹かせつつ、時折大笑いをしながらおしゃべりをしていた。

子どもは男の子で、身長や仕草から4、5歳くらいかと思われた。
『あー、あれ、あぶないねー』私たちの誰もがそう思い、誰とはなくつぶやいたその時、男の子が、いきなり車道に向ってよたよたと走り出したのだ。
その様子はまるでお酒にでも酔っているかのようで、足もとがおぼつかない。
大人たちはおしゃべりに夢中で、気がつく気配もない。
男の子は、うつむいたままだ。が、よたよたとした足取りとは裏腹に、明らかに何か目的があるかのように確信を持って、車道に向ってくる。あたかも、走ってくる車に飛び込むと、いわんばかり。そのようすは、まるで操り人形のようだ。

『ちょっと!!あぶないよ!!』
がまんできずに、私たちは車の窓を開けて口々に叫んだ。

その瞬間。

…それまで下を向いたままの男の子がふっと、顔をあげた。

その顔は子どもではない。
大人の『顔』だ。

正確に言うと、大人の顔がその子どもの顔に上に張り付いている、のである。
性別は分からない。
その『顔』が、窓を開けて身を乗り出していた私にむかって、ニヤリ、と笑った。

間髪を入れずに、反対車線を猛スピードで走ってきた乗用車が、その駐車場に乗り入れて急ブレーキをかけて、停止した。

タイヤのこすれる独特のブレーキ音に、さすがのおしゃべりな大人たちも気がついたらしい。
あわててひとりの女性が走ってくると子どもを抱きかかえた。
そして、なぜか、私たちを睨んだのである。実に不満そうに、そしてあたかもその怒りは正当であるかのように。

不思議な事に、さっき駐車場に入ってきた乗用車は、いったん駐車場内で止まったものの、そのまま何事もなかったように方向転換をすると、別の出口から出て行ってしまった。

道路は相変わらず渋滞しており、のろのろとしか前にすすまない。
なぜか睨まれたままの私たちは、なすすべもなく、その視線をぶつけられたままである。
やがて、子どもを抱きかかえた女性は、すたすたと仲間の元に戻っていった。
抱えられ、こちら側に向いているのは、かの男の子の『顔』だ。
一瞬だが、その『顔』は、私たちを睨みつけた女性と同じ視線を、こちらにむけていた。
同時に声が聞こえた。

『よくも邪魔をしたな!』

張り付いた仮面は、そこで消えた。


それは、時間にすれば瞬くほどのものだったかもしれないけれど、私にはスローモーションのコマ割り映像を見せられているようだった。


『なんだよぅ、注意したのにさー』
『やだなー、ああいう親になりたくないねー』
友人たちとは、不満をぶつけあったものの、まあ子どもが無事で良かったという事で、話は落ち着いた。

実はその後、私たちは事故に巻き込まれた。
実に不思議な事故で、見通しのよい国道に出てから、信号停止中に後ろからいきなり追突されたのだ。
私たちの車と、その前に停車していた車が巻き込まれた。
つまりその瞬間には,加害者の車も含めて道路には3台しか走っていなかったのだ。
それはまた別の機会に書くつもりでいる。

あの時の仮面の顔については、果たしてみんなにも見えたものだったのか、そうではなかったのか。

私は未だに聞きそびれている。

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足首

2006-12-06 16:12:21 | 不思議体験
実にみっともない格好の転び方だったと思う。
真っ正面から転倒して、そのまま危うく地面にこめかみを激突させるところだった。

師走の町は人でごった返していた。おまけに暮れになるとおなじみの道路工事、改修工事のせいで歩道のあちこちが塞がれたり、一方通行になっていたりと、歩きにくいことこの上なかった。
仕事を終え、別件の立ち寄りと打ち合わせをすませて、帰宅路線が共通の何人かと駅に向っていた時の事である。
打ち合わせが思いのほか長引いて、全員喉もからからで疲労感も増殖中。誰が言い出すともなくちょっとおチャしていこうということになった。
しかし、時間帯のせいか、目星をつけた喫茶店はすべて満員。
数件続けて断られ、諦めかけた時、工事中の囲いの先が妙に明るくなった。

のぞくと小さなソフトクリームスタンドが、鉄板の囲いの奥で営業している。
真っ白で清潔そうな店内はまだ席がありそうだ。
実をいうと、わたしはソフトクリームがあまり好きではない。だからそのまま気づかないふりで通り過ぎようと思った。

そこに、がやがやと年配のおばさまたちのグループがやってきた。
そしてなんとなく固まっていた私たちに気がついて、一緒に奥を覗き込んだ。
『あら!ここやってるわよ!』『どうする』『よさそうね!はいりましょうか!』
こうなるとおばさまグループの決断は早い。
立ち止まってた私たちを、あなた達も当然入るんでしょ?早く前にすすんでちょうだいと、いわんばかりに睨む。

工事のガードは歩道からその店の入り口に向って通路を作るように凹んでいる。
そのとば口にいた私たちは、おばさまグループに押されるように店内に入った。

入る瞬間、奇妙に床が揺れている。脚の裏からブーンという振動音が伝わってくるのだ。
しかし誰も気にしている様子もはない。
駅が近いせいだろうか?と思った。

店は外からのぞいた時に感じたように清潔で明るい。が、それはこうこうと照らす白熱灯と蛍光灯にこれでもかと白くディスプレーされたインテリアが反射しているせいと気がついた。
禁煙と喫煙のコーナーは区切ってあるものの、私たちは座れたのは喫煙コーナーで、明るい光の乱反射の中、煙草の煙がうっすらと立ちこめている。

スタッフが3人いる。全員が20代くらい。応対もしっかりしていて、作業も丁寧だ。
うちのひとりが女性で、彼女は時折カウンターから出ては、客席のテーブルをふいたり、
お客の注文を運んでいたりしている。その彼女とホンの一瞬目が合った。
逆光になったせいか、真っ暗な中に目だけがきょろりと動いたように見えた。

注文したコーヒーやソフトクリームもちゃんとしたものだ。
歩き疲れた脚も休めたかったし、重い鞄をおろせるのも嬉しい。

しかし、振動はますますひどく、そのうち頭も痛くなってきてしまった。
こういう時、一緒にいるのがごく親しい友人だけなら、
『早く出ようよ』といったかもしれない。
しかし、いまいる人達はそこまで親しいわけでもない。

幸いな事に、コーヒーを飲み終えると誰がいうでもなく『じゃあ、そろそろ』という流れになった。
私が一応下っ端なので、飲み終えたカップやらトレーやらを片付けようとしたら
『こちらでおあずかりします』とさっきの女性スタッフがカウンターから出てきてくれた。
私は礼をいうと、ごちゃごちゃと食器やナプキンの乗ったトレーを彼女に手渡して、先に店を出た仲間のあとを追った。

自動ドアを通り、店から一歩脚を踏み出したその時だ。

両方の脚が突然まったく動かなくなってしまった。さらに

『待てよ!』と下から声がした。

しかし身体は前に進むつもりである。肩には資料の入ったショルダー。反対側の手にも荷物を提げている。
私はそのまま、前のめりに倒れた。

本能とはスゴいものだと思う。顔面がぶつかる事を少しでも回避しようと、その一瞬で顔を横に向け、荷物をさげたまま両手を前に出したのである。
コンマ何秒かの差で、手の方が先に地面を押さえ、そこに崩れるように身体と顔が乗った。
ちょうどその時通りかかった女性がビックリして息を飲むのがわかった。
しかし私はそのまま何事もなかったように立ち上がり、連れのあとを追った。

恥ずかしかったわけではない。
確かに、みっともない転び方に違いなかった。
しかしなんと思われようと、私はただただ、この場所を離れたかったのだ。

店の前には工事の時に敷かれる滑止めのついたゴム製のシートが敷かれていた。
私は中ヒールのブーツを履いていて、靴底のゴムがシートの滑止めにかんで
脚をあげる事ができなくなったのだと、だれもが思う。私もそう思いたい。

しかし、入る時にも同じシートの上を通っているのである。
そしてあの声は?男の声だった。

幸いに、荷物はぶちまけれられることもなく、持ち物も何一つ壊れることはなかった。
事情をきいた仲間は、ケガがないか心配しつつ『ばかだなあ』『あわてるからよ』と笑った。

私も笑った。

あのとき声と
私の両足首を掴んで離さなかった毛深い手の感触については、その時、誰にもいえなかった。
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早く出なさい。

2006-11-08 23:59:29 | 不思議体験
大学生になりたての頃、広いキャンパスの右も左もわからずにうろうろしていたら1枚のチラシを渡された。
そこにはサークル名と説明会の場所と時間が記されている。場所は目の前の新校舎の4階。何となく促されるままにその場にいた何人かの新入生とその教室に誘われた。

しかし、説明会はいつまでも始まらない。
気がつくと、わたしのような新入生ひとりひとりをそれぞれ囲む、いくつかのグループができている。

やがて全員がいきなり何かの経文?を唱い出した。

あぜんとする私を尻目に、口々にある特定の哲学について論じはじめた。その倫理がいかにすばらしいものであるか、そしてそれ以外の物事の全てがいかに間違っているか。
が、私にはまったく理解できなかったし、次の授業時間も迫っていたのでそのまま席を辞そうとした。

いきなり行く手を阻まれた。
わりと身体の大きい男子学生が、さりげなくしかし断固とした態度で私の進路を塞いだ。
入ってきたドアは、いつの間にかすべて閉じられている。そして数人の学生?に囲まれた。
「せっかくきたのに入会しないでかえるつもり?」顔はあくまでにこやかだし、声を荒げているわけではない。
「クラブの説明会というのでそれをききにきただけです。次に授業がありますから。」と私。
『説明会をきいたのだから、一緒にやっていきましょう。』
『私の考え方と違うし、入るつもりはありません。』
『違うかどうか、やってみなくてはわからないでしょ。』
『ここはクラブではなく○○なんですか?」私は思い切って、ある特定の宗教団体の名称をあげた。
『違います。研究会です。』
『それでも、入るつもりはありません。』堂々巡りのやり取りが続き、どうしても帰るというならば、住所氏名と連絡先を書いていくようにと強要された。
それが、デートの約束ではない事くらい私にもわかる。しかしその間に私を囲む輪は包囲網を徐々に絞っている。数人が前後左右をがっちり固め、その用紙に記入しないままでこの教室から出る事は全く困難な状態になってしまった。

突然、

反対側から大きな声が上がった。
「なんだと!ばかやろー!!』

同じように説明会に誘われた誰かが暴れ出し、乱闘になったのだ。場内が騒然となった。
私を取り囲んでいた輪が崩れ、そこにいたメンバーが騒ぎの方向に走っていくのが見えた。
その瞬間である。

『早くでなさい』
女の人が私を促した。声の方を見ると、教室の扉が開いている。
わたしは声の主に急いでお礼をいい、一目散に階段を駆け下りた。

あとで知ったのだが、そこは大学のサークルの名を借りた某宗教団体だった。毎年新入生をサークルの説明と称して勧誘するのだそうだ。もちろん大学とは全く関係ない。
わたし自身、何かを信仰する事は個人の哲学であるし自由だと思っているので、宗教感を排除するつもりはない。しかし、イヤだというものを無理強いするのは信仰とは違うものではないだろうか?
後日、この団体は新聞をにぎわす事件を起こす。また、別口でこの団体に誘われた知り合いが、自分の生活だけでなく自らのアイデンティティまでも壊されていく様も見た。この時もし関わってしまったら、この知り合いの姿が自分に投影されていたかもしれない。
それにしても、あの時のあの女性は誰だったのだろう。

たしかあの場には不似合いな年配の女性だった。逆光のせいで顔は全くわからない。
セミロングの緩くウェーブがかかった髪は当時の流行のスタイルではなかったし、そしてなんだか時代に合わない長さのスカートをはいていたような気がする。

ただ静かな声だけは、今でもおぼえている。
『早くでなさい。あなたは、ここにいてはいけません』



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大丈夫

2006-10-18 11:08:28 | 不思議体験
部屋の灯りは消してあるはずなのに、妙に明るかった。
天井は夜光虫のように光っている。

旅行中の両親に頼まれて留守番のために実家に泊まった晩、
特にする事もなく、早めに床についた。

いきなり身体が重くなり、方向を変えることも、
いや、指一本動かすこともできなくなったのに頭だけは妙に冴えている。
金縛りだな、と思った。

目は開いている。
が、おそらく今見えているものは、現実には無いモノだ。

まず視界に飛び込んだのは、2本の足。
甲冑脚絆をつけている。
上に目線を移動させると、黒光りする鎖帷子に肩当て、実戦用の飾りのない兜。
歴史の教科書でしか見たことがないような甲冑姿の武士が私の上に馬乗りになっていた。
顔は黒くて見えない。完全武装しているのだからともかく重い。
チャラチャラと金具がこすれあう音が聞こえる。

「弱ったなあ」と思った。
声を出すと良い、とか、お経を唱えろ、とか、言われているが、
どちらもできそうにない。
さらに、別の手?にくるぶしを掴まれて身体の位置をグルリと変えられたのが、わかった。

それを合図に、上に乗っている鎧武者はぐいぐいと体重をかけて
私の首を絞めはじめた。
こわい、というより、『なんだかどうでもいいや』という気分である。
抵抗することを放棄したくなり、
それが正しい選択のような気分になったその時、

「だいじょうぶ」

正確にはそういう言葉ではなかったと思う。

「だいじょうぶ」
直接頭の中にひびいた音が、そう聞こえた。

その瞬間ものすごく良い香りがして、女の人(だと思う)が武者の後ろに立っていた。

くるぶしを掴まれた感触も馬乗りされた重さもあっという間に消えて、
私はやっと、目を醒した。
身体は休んだ位置からはほぼ半回転して、
布団から大きくはみ出て畳の上に直に転がされていたけれど。



そしてその後も時折、感知する。

非常階段から突き飛ばされた時、
深夜の駅で酔っぱらいに殴られそうになった時、
そして交通事故に巻き込まれた時に。

あの時の光と良い香り。そして、あの声を。

「だいじょうぶ」

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訪問者

2006-08-09 06:55:23 | 不思議体験
私は大学生でした。
夏も真っ盛り、
テレビで高校野球の中継をしていたので、ちょうど今時分です。

実家の仏壇は家の中央、茶の間にありました。私はひとり、留守番をしていたのです。
家中の障子はあけはなたれていて、掃き出し窓には網戸がはいっていました。
よく晴れた気温の高い日でしたが、心地よい風が家の中を吹き抜けて行きます。

ふと、人が尋ねてきた気配に玄関を覗くと、いつ来たのか、玄関の引き戸の向こうに年配の男性が立っていました。
引き戸にも網戸が入っていましたが、内側からしか開けることができない仕組みです。
インターホンが鳴った覚えもなく、表のくぐりの鍵をかけ忘れたのだと思い、一瞬ぎょっとしました。

いぶかしげな私の様子に、その男性はこういいました。
『お宅のおじいさんに世話になった者です。
ご無沙汰していましたが、先日こちらに戻りましたら、亡くなられたと聞きました。
生前にご挨拶にうかがえず申し訳ありません。
失礼とは思いますが、お線香だけでもあげさせてもらえませんか?』
今思ってもアヤシイ話です。祖父が亡くなったのはこれより6年も前でしたから。
しかし、この時わたしは何の躊躇もせず、この訪問者を仏壇の前に招き入れたのでした。

この人は仏前でしばらく手を合わせていました。
私がお茶を出すタイミングを計りかねていると、くるりと向き直ってこういったのです。
『○○○をよろしく、お願いします。』
『??』
何のことかわからず、首を傾げる私にその人は深々と頭をさげました。
ふと見ると、甲子園中継をしていたはずのテレビは、
いつのまにか高校サッカーの試合に変わっています。

その瞬間、ゆらりと視界が暗転し、わたしは茶の間でぽっかり目を開けたのです。
単調な蝉の声と吹き抜ける風に、思わずうとうとしていたのでした。
当然、あの老人の姿はありませんでしたが、仏壇の扉は開いていて
テレビはつけっぱなしのまま甲子園の中継が続いていました。

その後、私が社会人になってしばらくして、
「どうしても会わせたい人がいるから来てほしい」と、知り合いに誘われました。
待ち合わせの場所にいくと、知り合いは見知らぬ人を連れています。
この人?と思っていると向こうも顔を上げました。
その瞬間、グワンと身体の中の何かが、別の次元に吹っ飛んだような感じを受け、
そして、突然思い出したのがあのときの夏の訪問客のことだったのです。
『こういう人を知りませんか?』と、
私がその話をはじめると、見知ぬ人は瞬きもせず聞き入っていました。

話が一通り終わるとこういったのです。
『(私がその訪問者を見た)その年、自分はおじいさんを亡くしている。訳あって、おじいさんに育てられ、とてもかわいがってもらった。学生時代を通じて(自分は)サッカーの選手だった。』
最後にこうしめくくりました。

『自分の名前は○○○です。』

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コンコン…何の音?

2006-07-19 16:34:09 | 不思議体験
夜中にひとりで仕事をしていると、ドアをノックされた。
事務所は飲食店の多い通りの雑居ビルの2階。
場所柄、酔っぱらいや不審者が入り込むのは容易な環境なので、夜は必ず内鍵をかけるようにしていた。
ノックの音でドアを見る。磨りガラスなので、人がいればすぐにわかる。
誰もいない。
そんな事が何日か続いて、静かになった。

夜中にノックをされるのは、これが初めてではない。
実家にいたころも、よくそういう事があった。
我が家は夜食というものを家族が運んでくれるような習慣はない。夜中に家人が私の様子を見に来る事はあっても、外から声をかけていくだけだ。『先に寝るよ、おやすみ』あるいは『お風呂のガス,忘れずに消してね』
だから夜半をすぎると必ずきこえる『コンコン』という2つノックにも、そのあとに言葉が続かない限り、返事もしないでいた。

S市のアパートにいた時は、インターホンだった。『ピンポーン』と1回だけ鳴るのだ。
『ピン・ポーン』ぐっとボタンを押してから離すのか、こう聞こえた。やはり夜中である。
試しにドアスコープで覗いた事があるが、誰も立っていなかった。それでもあまりに続くので、一度だけドアを開けた。
その時は何事もなかったが、しばらくして近所であらぬ噂をまき散らされて往生する事態になった。

事務所のノックがおさまってしばらくすると、自宅の寝室がノックされるようになった。
『コンコン』
習慣で、言葉が続かない限り返事はしないし、ドアを開けに行くこともない。
だいいちそういう時に限って、めっぽう眠いか、ものすごく忙しいのだ。

以前、ある人から『それはご先祖さまが訪ねてきているのだから、邪険にしてはいけない。』といわれた事がある。
私は、古いタイプの人間だし、ご先祖さまは大切にしている方だと思う。
亡き祖父母には本当にかわいがってもらい、未だに守ってもらっていると信じてもいる。
しかし、ご先祖さまならまず、わざわざノックはしないだろう。
用事があるなら、ノックをしたりインターホンを鳴らす前に、用件を言って来るのではないか。

どんなものに対してもオープンである必要はない。気がついてくれる人のところに寄りたい気持ちはわかるが、彼らを受け入れなくてはならない人や場所は、私でなくてもいいはずだ。

私にそういった人は、ノックを聞いたことがあったのだろうか?
その時、どうしたのだろう?
その人は,私と同じような人の話も知っているのだろうか?
詳しく聞いておけば良かったと、今になって思う。

あなただったら、どうするの?
あなたはいったい、どうしたいの?

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入ってはいけない

2006-06-29 07:36:29 | 不思議体験
祖父は人を家に呼ぶのが好きでした。
何かにこじつけては、人を呼んではもてなすので、実家は常に人が出入りしていました。考えてみれば昭和50年くらいまではどこのお宅もそうだったのではないかと思います。
私がその人たちにあったのは、ちょうどそういうなにかの集まりの日のことです。
実家は廊下がグルリと間取りを囲っている、典型的な昭和の住宅です。和室を仕切るふすまを取り払うと大きな座敷になり、ここが宴の中心になるのです。私はまだ小さくて、手伝いにも話し相手にもならず、台所からも座敷からも追い出され、この廊下の隅で1人で遊んでいました。

その人たちは3人いて、3人とも女性。紋の入っていない暗い色の着物をきちんと着ていました。中の1人が私をて招いて言いました。
『あの扉の先に、いってはいけません。』
指し示された廊下の先には玄関と、唯一の洋間へのドアがありました。玄関わきの洋間をつける風は、この家が建築された昭和の初期にたいへん流行ったそうです。ここは主に父の友人たちが来た時使われていましたが、ふだんは閉ざされたままです。
とまどっていると、さらに肩に手を置かれて、念を押されました。
『入ってはいけません。……が、いるのです。』
その時私は誰かに呼ばれてそちらを向き、新たなお客が玄関に招き入れられているのに気がそれた一瞬、彼らは掻き消えていました。別段不思議にも思わなかったのは、来客か、さもなければ裏方に手伝いにきた親戚だと思っていたからです。

その後、ある事情でこの洋間の周りをお浄めすることになった時、父がこんなことを言いだしました。

もともとこの家はこの形で立っていたのではなく、以前に住まっていた人が家を手放したものを近所の大店の主人が買い取ったのです。お得意様のための宴席も兼ねられる別邸にするためでした。趣味と実益をかねて、当時の棟梁が腕を振るったといいます。第2次大戦中、軍需施設の近くは爆撃の対象になるからと当時H区に住んでいた祖父の一族の家が国の強制疎開の対象になり、代わりにこの別邸が新たな住まいとしてわり当てられました。元々のこの家には、洋間のあったあたりに『離れ』が建っていて、渡り廊下で母屋と繋がっていました。噂では、この離れには病気の男の人が住んでいたらしい、と父はいうのです。
もちろん、父はその人物に面識はありません。しかし大学時代、彼がこの部屋の裏手にある納戸を整理していた時、見たことのない学生帽と某大学のフラッグ(野球の試合などで応援に使う)、古いフイルムの缶が出てきたそうです。当時父は、祖父の兄弟姉妹たちと大勢で暮らしていたので、叔父やいとこたちにこの帽子のこと尋ねたそうですが、誰も持ち主を知らず、戦後いつしか処分されていました。

私が先の話を思い出したのもこのときです。
紋の入っていない着物をきちんと着た女性。髪はキッチリ結い上げているのに顔を思い出すことができません。
それでも確かにこういっていました。

『あの部屋に入っては、いけません。ビョウニンが、いるのです。』
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横切る人

2006-06-14 22:01:52 | 不思議体験
実家は古い日本家屋です。
濡れ縁に続く廊下側のガラス戸を網戸に替えて家の中の障子を開け放っておくだけで、風が抜けていきます。
夏は家の中から小さな庭の植え込みをながめながら、よく冷えたスイカと麦茶で涼をとったものです。

当時私は付き合っていた人がいて、その夏その人を連れて実家に戻っていました。
妹も夏休みで在宅中。両親も一緒にみんなで素麺でも食べようという事になったと記憶しています。
ワイワイと準備をはじめた時、彼が煙草をきらしたのでちょっと買ってくると言い出しました。
自販機は表通りにあります。
一緒に行こうかといいましたが、わかるから大丈夫、といって彼は1人ででかけていきました。

麺もゆで上がり、付け合わせのおかずの用意も整った時、庭をさっと横切る人影がありました。
わたしは彼が戻ったのだと思い、玄関の引き戸の鍵を開けに出ました。が、そこには誰もいないのです。
最初にお話ししましたが、実家は古い日本家屋です。
ぐるりと塀と生け垣に囲われていて、裏口を入るとそのまま庭を横切り表玄関にたどり着くようになっています。
狭い庭なので、玄関までたいした時間もかかりません。
なのに、玄関の引き戸を開けたそこには誰ひとり見当たらないのです。

横切ったのは男の人でした。
冷静に考えれば、いささか異常だったのはその早さです。ススッ……という表現がピッタリでした。
歩くと人の頭は微妙に上下するものですが、頭の位置はまったく変わらないまま横に移動していました。
そして背の高さについても植え込みを基準に目測すると、あり得ない高さが導き出されるのです。
さらに目に残っている残像のそれは、頭に白い帽子を被っていました。彼は帽子をかぶりません。

間もなく、裏木戸が開いて今度こそ買い物に出た彼が帰ってきました。
さっき帰ってきてもう一度出たのか?と尋ねると、
今戻ったばかリなのに、なにをいっているんだ?ねぼけたのか?と笑われました。

頭に白い帽子をかぶって庭を横切ったのは、誰だったのでしょう?
私が錯覚したのかもしれません。

心当たりは、ない事もないのです。
20年近く前に他界した祖父は、夏のこういう時期には決まってカンカン帽と呼ばれた白いパナマ帽子を被り、
絽の着物を着て出かけていきました。初孫の私を目に入れても痛くないほどかわいがってくれた人でした。

旧盆のころの話です。



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晴明神社

2006-05-08 12:58:33 | 不思議体験
何年か前に、京都に遊びに行った時のことです。
かの有名な晴明神社を参詣しました。

当時『陰陽師』がブームになりつつあり、書店でも関連書を良く見かけるようになっていました。
が、私自身は恥ずかしながら『安倍晴明』という人については、「同じ苗字で、妖怪退治をした人」程度の知識しかなかったのです。
同じアベでも私は『阿部』と書きます。これは関東以北のアベさんに多く、私自身のご先祖様というのも東北の豪族です。関西以南のアベさんは『安倍』と書くときいていましたから、確かに興味はありました。
ちょうど京都に行く機会があり、コースにこの神社も組み入れていただいたのです。

雲は多く出ていましたが、ときおり陽も差す穏やかな一日でした。
神社にはほとんど観光客の姿はなく、町の中にひっそりととけ込んでいました。
有名な神社というより、町の人々に大切にされている神社なんだな、というのが第一印象です。

境内に入り、本堂の前に立った瞬間私の口をついて出た言葉、
『ここ、ちがう!』
何が違うというのでしょう?自分で言ってそれはないだろうと思うのですが、
どうにもとめる事はできませんでした。

とたん、いきなり‥風が通り抜けていきました。

そのとき一緒に居合わせた友人によれば、
『風なんかなかったよ』。

確かに、私の真横にある提灯が誰もふれていないのに大きく揺れているのは、見えたそうです。
友人はプロのイラストレーターで観察力は確かな人ですから、むしろ何故その提灯だけが揺れているのか不思議だったといいます。

調べると、晴明神社は安倍氏の居住地跡に定められました。しかしその後、戦災や土地の分割などを経て増改築を繰り返し、現在の場所に落ち着いたそうですが、元の社の場所は、現在某ホテルが立っているところだったそうです。

信仰は形のあるものではありません。信じる気持ちと、奉られている方への敬愛の念が長い年月を経て練られて『信仰』となるのです。ですから、場所の正確さということは、さほど問題ではないと考えています。

あの時の風は『無礼者!』というおしかりだったのでしょうか?
それとも『そうなんだ、よくわかったね』という合図だったのでしょうか?
それとも、他に意味があるのでしょうか?
これは安倍清明という方がどのような人物だったのか?という事にもかかわってくると思うのですが…。

機会があればまた、おたずねしたいと思っています。
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落ちる車

2006-04-03 00:03:21 | 不思議体験
録画したものを見直す事は可能です。コマ送りしたり、気に入った場面を何度も繰り返し再生したり、できます。
それと同じように、現実に起こることを事前に何度も見る事があります。
夢ではなく、普通に生活している空間で、の話です。

数年前の事、暑い日だったと記憶しています。
いつもの道を、いつものように自宅に向っていました。ふと横の駐車場を見ると、白い乗用車が上から落ちて来たのです。
?!!
思わず叫びそうになって、よく見れば、何も落ちていません。(そりゃそうだ…

この駐車場は4階立ての立体駐車場。不動産会社の管理になっていますが、管理人はいません。借り手がそれぞれパネル操作キーを持ち、各自で動かす仕組みです。
通常の入庫の場合、まず操作パネルを開き、シャッターをあげます。次に自分のプレートを呼び出して車を入庫、ブレーキを引き、降車。ボードを元に戻してシャッターを下ろし、操作パネルを閉じて完了となるようです。

暑さで、幻覚でも見たかと思いました。

するとまた、車が落ちて来たのです。まるで、そのシーンだけを巻き戻して再生しているかのようでした。

あり得ないことだと、家路を急ぎました。
すると、すれ違った車が、遠目に、その立体駐車場の前で停車したのです。白のセダン。猛烈に気になりました。
ドライバーは30代くらいの女性。シャッターを開け、上階の自分プレートを呼び、入庫させると車を降りて、パネル閉めてそそくさと立ち去ったのです。プレートは、かのセダンを載せて最上階を目指し、ソロソロと上昇していきます。
すると、ブレーキをかけていなかったのか、ゆるゆるとセダンが前に動き出し、プレートが異常に左右に揺れ始め,
そして…


…落ちたのです。

さっき見た光景と全く同じものが、スローで再生されているようでした。

次の瞬間ものすごい音がして、あり得ない形で車が地面を直撃していました。フロント部分を下に、セダンは逆立ちしていたのです。
ドライバーの女性の姿はもう、どこにもありません。ちょうど配達途中に通りかかった商店街の八百屋のお兄さんが、セダンの持ち主を知っていて、すぐさま連絡に走りました。物音に驚いた付近の住人が、おそるおそる窓から顔を出しはじめています。そして私は、駐車場のシャッターに書かれている連絡先の管理会社に連絡するハメに。
応対に出た係の人に状況を説明しながら、なんとも複雑な心境でした。
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夢か現(うつつ)か

2006-02-20 00:01:43 | 不思議体験
ちょっと以前、実家に帰省した時のことです。
私は当時S市に、妹はH市にそれぞれ暮らしていましたが、
どちらも実家に、ほど近く、時折車での行き来を欠かしませんでした。

さてその日は、仕事もひと山超えて、連日の半徹夜状態から解放されたせいで眠くてたまらず、
実家の気安さにホッとして、いつもより早めに休んだのです。

ところが夜中、母に起こされました。
妹が、突然荷物をとりに来た。
直ぐ帰るつもりだったので路駐したのだが、このままだと
バックして切り返さないと通りに出られない。
いったん、わきの路地にバックするから誘導して欲しい
というのです。
私は眠い目をこすりながらも、あわてて着替え、表に出ました。
妹の車は赤のゴルフです。確かにこの止め方だと切り返さなければ、通りに出る事ができません。
私は、わきの路地に妹のゴルフがバックで入るのを誘導し、車は無事切り返して、大通りへ出る事ができました。
が、人を叩き起こして誘導させたくせに、妹からは、一言もありません。
遠ざかる赤い車を見送って、私は憮然と布団にもどったのです。
しかし車のテールランプの光がいつまでも目の裏に焼き付いて、なかなか寝付く事ができませんでした。

と、思ったら、母の声で再び起こされました。
『hiroちゃん、警察の人が来てるんだけど。』

は?

『車がどうとかって、よくわからないからあんた聞いてよ』

はたして、玄関には制服姿の若い男の警官が立っていました。
『夜分申し訳有りません』こう切り出すと、彼は話しはじめました。

先ほど、この地区の住人と言う人から通報があったそうです。
『家の前に赤い車が停車しているため、家人が駐車場から車を出す事ができないで困っている。
この車はいつもここに無断で停めているようだからとりしまってもらえないか?』

民事なので、警察は介入できない旨伝えたのですが、再三にわたって同じ通報をされたので、
とりあえず確認に来たと言います。
ところが、通報を受けた住所に行ってもそこには家はなく、名乗った人物の該当者もいません。
しかたなく、近隣を尋ねたものの誰も警察には「通報」などしない、と言われました。

弱っていると、ある家の人が
『この辺りで赤い車に乗っているとしたら、阿部さんちの娘さんだ。
でもあそこのうちにはちゃんと車庫もあるし、無断で何回も路駐はしないだろう』と、教えてくれたそうです。

『もしかしたら、悪質ないたずらかもしれませんが、』とその警官はひどく恐縮しています。
気の毒に思いましたが、心当たりがあるとすれば先ほどの妹の件だけです。
それも、今夜急に来て、用をすませるとサクサク帰っていったわけで、該当の通報で言われるように、
いつも迷惑をかけているわけはありません。
それに確かに普段は、実家の車庫に入れているのです。
私はその事を警官に伝えて、引き取ってもらいました。

警官が立ち去ると、それまで黙って私たちのやり取りを聞いていた母が、玄関の内鍵を掛けながら、こういいました。

『hiroちゃん、K(妹)ちゃん、今夜は来てないけど??』

え??!

『Kちゃんが来たのは一昨日で、朝早くに研修だからって、直ぐ帰ったのよ。いわなかったっけ?』

え????!きいてません。

『それに私がhiroちゃん起こしたのは、今が、はじめてよ』

では、あの誘導は、夢だったのでしょうか?
私はあの若い警官に結果として大嘘をついたのでしょうか?
これがもし犯罪がらみなら、私は偽証罪です。

混乱する頭で夜を明かし、翌朝妹に連絡を取りました。

『Kちゃん!!どうしよう、ワタシ大嘘つきだ!!!』
わたわたと事情を説明しました。
すると、妹はこう言ったのです。
『あのさ、一昨日、アタシ実家にいった時、荷物とリに寄っただけだったんで路駐したよ。
で、帰りは、あの路地でいったんバックで切り返してから通りに出ようと思ったんだ。
あそこの路地、狭くて暗いし、夜、バックで入るの怖いんだよね。
その時、hiroちゃんの声が聞こえた。「オーライ。オーライ」って。
で、バックミラーに人影も映ったんだけど。急いでたんでムシして帰っちゃった‥‥ゴメン』


何がゴメンなんだか、もうワケがわかりません。

時間は過去から未来に向って流れるものだと信じていますが、私は過去に逆走したのでしょうか?
それとも単純に寝ぼけただけなのでしょうか?

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開く空

2005-12-07 13:04:32 | 不思議体験
もう、時効だと思うので書く事にします。
空が、『開いた』のを見ました。

ナンの変哲もない地方都市の公園。
季節は今頃で、時折陽も差し、風もなく、寒い日ではありませんでした。
午後の公園では、子どもたちが遊具で仲良く遊んでいました。
傍らでは、若い母親たちがそれぞれのグループをつくって談笑しています。
良くあるのどかな風景です。
スケッチに来ていた私も、手を止めて、離れた場所からぼんやりと、そのさまを眺めていました。

…その時です。
ホンの一瞬ですが、空がぱっくり割れて、それは大きな顔?が片目を覗かせたのは。

顔とか目とかと書いてますが、そういうものだったのか、全く違うものなのかわかりません。
え?と思った瞬間、跡形もなく消えたのですから。錯覚と思われても仕方ありません。

その真下にはいくつか遊具があって、何人かの子どもたちが群がっていました。
ほどなく、喧嘩をしたわけでも押し合ったわけでもないのに、女の子が落下して腕の骨を折りました。
その後も同じ場所の別の遊具で、男の子が、ケガをしたと聞きました。
さらにいくつかの小さな事故が続き、間もなく遊具の配置換えが行なわれ、女の子が骨折した遊具は撤去。
『保護者は子どもから目を離さぬ事』という注意書きが新たに立てられました。
10年近く前の出来事です。

最近、某週刊誌連載中の漫画に、私が見た光景と似た画面が載っていました。
話は全く違うのですが、もしこの作者の方に会う事があったら、是非、訊いてみたいと思っています。
あなたも、『開く空』を見たことがあるの?と。

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