阿部ブログ

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鬼塚英昭氏の『日本の本当の黒幕』を読了~三菱の出自~

2013年07月15日 | 雑感
鬼塚英昭氏の『日本の本当の黒幕』を読んだ。正直面白かった、一気呵成。
           

様々腑に落ちる点が幾つもあり、特に大正から昭和における政治殺人の背景・動機が、良く理解出来た。この本を書く動機は、当初、三菱を調べていたが、調べるうちに、どうにも田中光顕が気になり始め、途中から主題を三菱から田中に変えたとある。成程、三井・住友と違い、明治維新のドサクサに紛れて成り上がった三菱のやり方がわかる。
特に三菱の情報収集能力は、他の財閥を圧倒しているように見える。過去ブログ「2.26事件を三菱合資会社は東京憲兵隊より早く部隊蜂起の情報を得ていた」にも書いたが、憲兵隊などよりもいち早く情報を得る能力、そして戦略的に情報を三井や住友と一部を共有しつつ、自らを保全するなど如何にも策士。

さて、田中光顕だが、鬼塚氏が参照していないデイビッド・タイタス著の『日本の天皇政治~宮中の役割の研究~』にも134ページから138ページに渡り田中光顕について言及している。

例えば、「宮内大臣時代(1898~1905)の田中の行動を見れば、明治40年の官制中の宮内省の任務規定に盛り込まれている対政府関係は、「廷事における天皇」の筆頭マネージャーと言う宮内大臣の資格から生ずるのだということがわかる。そうしたマネージャーとしての田中は、猛烈な強固さで宮廷の自律性をまもった。きわめてささいな典礼上の問題でも譲ろうとしなかったのである。」とあるが、同書を読めば、宮廷の自律性の本質がわかるだろう。

その反面、「田中は政府に対して一線を画そうとしたが、同時に宮廷や天皇に向かってもつよい態度でふるまった。(中略)田中はまた、天皇の思召しさからってでも宮内大臣としてせねばならならぬと信ずることは貫ける人間だ、と言う評判を得ていた。田中の伝記作者富田幸次郎は、当時、面と向かって天皇に直言しようとする者はいなかった。元老であろうが侍従長であろうが同様であったと記している。
しかし、田中は、「同志が対話するごとく」天皇と論じ合うのがつねであった。あるとき天皇は、田中がかたくなにさかららった為、激しく怒っていた。
「お前は陸軍少将ではないか、それが大元帥の命令をきかぬというのは軍律上不都合だ」。
田中は言いかえした。
「おそれながら、私は陸軍少将の資格でもうしあぐるのではありません。宮内大臣としての立場から是非ともおききいれを願わなければなりません」
何故、同志が対話するごとく天皇に話をする事が出来たのかは、繰り返しになるが鬼塚氏の著書を読むとわかる。

タイタスは田中光顕に言及した最後に面白いコメントをしている。
「田中にとって天皇とは、維新の「柱石」たる仲間の一人、田中なりの「職務」観からも寡頭政治家たちの間に根強かった競争的盟友意識からも、叱責を加えてもかまわない戦友の一人だったのだ、とすら思えないではないのである」と。
そう田中光顕と明治天皇は戦友だ。

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