国宝石仏で名を知られている大分県臼杵市で竹を使った光の祭「うすき竹宵」が11月5日、6日の両日催された。
親戚が壇家である「大橋寺(だいきょうじ)」が今年初めて参加するとあって,切った竹筒にロウソクを入れ点火を共にさせて頂いた。門徒の家族が総出でおにぎり、ぜんざい、臼杵の味噌汁等の屋台を出して振る舞い、訪問客は夜遅くまで絶えなかった。門徒の心が一つになる良い機会でもあった。
キリシタン大名で有名な大友宗麟の妻イザベルの墓があるこのお寺の本堂にゆかりのオペラや日本唱歌のライブが響きわたった。本堂から寺宝のある書院まで広く開放され親しみやすいお寺を目指しているのは住職の心の広さであろう。
街じゅうが竹の光に包まれて、人・人・人で路地は埋まっていた。毎年エ夫を凝らした作品が訪れる人々を楽しませている。それぞれの家、お店、寺、神社等が竹と光のテーマを共有して参加する新しい祭の姿である。
臼杵の街は1600年代の面影が今まだ多く残り、これから佐賀市の「開明の道を編む」のように「OLD & NEW」してゆくと、現代人が求めている生活文化や心の豊かさとは何かを気づかせてくれる可能性を大いに秘めている。
佐賀市では17年前から1.5キロある駅前中央大通りの街路樹をライトアップするライトファンタジーが行なわれている。
5万6000個の豆電球ということで当初大きな話題となったが、このところマンネリ化の感が否めない状況にあった。
時代に合ったものにすべく、各種ディスプレイ、空間演出、光のオブジェの実績があり、福岡イムズを手がけた池田シューコウ氏を紹介し、JR佐賀駅からの部分がLEDを使って今般一新された。
写真は街かど広場の既存の彫刻をLEDでライトアップしたものを下から見上げたのだが、色があり、動きがあって宇宙的でとても面白く人を集めている。
翌日から始まるバルーンフェスタの前夜祭でもあり、老若男女、例年以上の多勢の人出で夜遅くまで通りは賑わった。来年の1月8日までの長丁場であり、車からではなく歩いて楽しんでもらうには、これから数々の工夫が求められる。今の時代の祭として若い人達が参加し始めて活気が感じられてきた。企画の段階から参画して皆で楽しむ祭は達成感もあって賑わいを生み出すのが今風と感じられる。
市役所や企画会社任せではなく街の人達が自らの頭で考え、企画を練り、実践することが、延いてはコミュニケーションも醸成され、その意気は訪れた人々に伝わるものである。
昨晩は「開明の道を編む」の企画をして頂いている今井俊博氏主宰の「ゆうど」で催されている”茶の風流”に出かけた。題して”茶坊主集まれ!!”
車の往来の頻繁な目白通りを1本道を入ると、虫の音も聞こえてくる武蔵野の風情が残る庭のある一軒家がゆうどである。木造、漆喰の壁、タタキ床・・・など、同氏が常日頃仰られているモンスーンアジアの気候風土に合った家屋がそこにはある。今回は”ゆうどを庵に見立て、ふだんのお茶の遊具たちを提案。”福岡の若手の陶芸家石原稔久の土の香り豊かな作品が数多く出品されている。他にリチャード・フレイビンの手漉き和紙と古道具、伊吹美野里の布小物、ZAKKI、松藤洋の古材木工・・・。
日頃は静かな佇まいのゆうどであるが、昨晩は20歳代の若手アーティスト集団のコンサートが催された。庭を舞台に、縁側や座敷を客席にして、秋の夜長を楽しませて頂いた。ビデオは「蕾裸」であるが、素朴に心情風景を歌っていたのに好感が持てた。「古代野蛮ギャルド」は手づくりの竹笛で静かにそして激しく、五感で演奏している風であったが、最近の”オーガニック”、”スローライフ”、”ロハス”のような、ファッション的な世の中の柔な動きに警告を発しているように聞こえてきたのは私だけだろうか。ファッションやデザインではなく、自然と一体となった、泥臭く蛮な香りのするライフスタイルが求められ始めているような気がしてきた。
言葉を変えれば、世の中の何もかもが実体の希薄なバーチャル化の傾向にある中で、本物に接して感動する機会をもう一度取り戻したいという願望を世の中の人たちは抱き始めているように思えてきた。
今月中旬の週末は二期倶楽部那須にて催された「桃山晴衣の梁塵秘抄せかい」に遊ばせて頂いた。
北山ひとみさんが20年の歳月をかけて創り上げてきたリゾートホテルは今やなかなか予約が出来ない人気を博している。4万2000坪の敷地の中に42室の宿泊棟が点在する光景は、北山さんが「未だ思いの20%」、「民宿」と謙遜されるが、充分国際水準に達しているとともに、凌駕していると言っても過言ではない。落葉樹が主体の植生や敷地の形状を尊び、清らかな川の流れと水音が清々しく、季節の移ろいを五感で感ずることが出来る。かつて福岡のイムズに「創造の森」、「無限の滝」、「百草木の径」を創った時のことを想い出させられた。人間は自然の中で謙虚に生きなければならない存在であることを気付かされる。
今年の8月下旬に英国のコッツウォルズからウェールズをマナーハウスに泊まりながらドライブを楽しんだが、何処もキッチンガーデンを持っており、オーガニックの野菜や果物を育てている。二期倶楽部那須では数千坪の野菜ガーデンや温室を擁して、全ての食材を賄うことは無理としても大いに季節感を楽しませてくれる。
中川幸夫・麻殖生素子さんの作品に囲まれて、梁の上の塵が宙に舞う桃山晴衣さんの歌謡の世界は、初めての者にとっては実に新鮮なものであり平安の時代に暫し飛んでいった感があったが、桃山さんの人柄が滲み出ていて和やかな会であった。ここでも「日本の本来」を感得させられた暫しの滞在であった。
先日23日(日)に四国村を訪問する機会がありました。たまたま3週間前に高松市近郊の大規模商業施設の新設による中心市街地への影響を調べに訪れたばかりであったが、今回は「日本の本来」に改めて気付く機会となった。
「開明の道を編む」プロジェクトは高温多湿のモンスーンアジアに属する我が国の気候風土に合った衣食住の生活文化を”OLD&NEW”(古き良きものを現代に見直す)して、我が国或いは地球本来の姿に向かおうとする動きである。
写真の茅葺の民家でドキュメンタリー映画「平成職人の挑戦」を拝見しました。
江戸時代に消失した飛騨高山の祭屋台を12人の名工たちが平成の今日新造する記録映画ですが、正に「日本の本来」を見る思いでした。夜は茅葺の由緒ある古民家の囲炉裏で、映画の語りをされた三國連太郎氏を囲んで土地の美味を堪能しましたが、今年82歳になられた同氏の映画に対する変らぬ情熱に胸を打たれました。
映画のサブタイトルに”職人を育てるのはいい仕事に出合うこと”とありましたが、「開明の道を編む」も毎回数十人のアルチザン・アーティスト(職人的芸術家)が参加して開催しており、何か共通するものを感じました。
四国村では一般公開はしていませんが、数多くの民具を収集しておられ、それらを見ていると正に失ってしまった我が国の気候風土に合った生活文化が彷彿として甦ってきました。過去に戻るのではなく、我が国に古来あった生活文化を今一度見直し現代に生かしてゆこうとするのが「開明の道を編む」の主旨であり、このプロジェクトの価値を改めて気付かされました。









