ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ・大江健三郎

2010-05-27 22:13:12 | Book
 「アナベル・リイ」「エドガー・アラン・ポー」の最期(1849年)の詩からの引用です。大江健三郎は小説を書く以前から、たくさんの詩に出会っています。


アナベル・リイ (日夏耿之介訳)

(1)主人公17歳の時に「創元選書」で読む。

わたの水阿(みさき)のうらかげや
二なくめでしれいつくしぶ
アナベル・リイとわが身こそ
もとよりともにうなゐなれど
帝郷羽衣の天人だも
ものうらやみのたねなりかし。

(2)主人公が老作家となった時期に読む。

在りし昔のことなれども
わたの水阿(みさき)の里住みの
あさ瀬をとめよそのよび名を
アナベル・リイときこえしか。
をとめひたすらこのわれと
なまめきあひてよねんもなし。


 そして天使に妬まれて夭折したほどの美少女「アナベル・リー」。全文は6連ありますが、その1連のみ引用されています。そして最終連の6連が、この小説のタイトルに繋がっています。


月照るなべ
たしアナベル・リイ夢路に入り、
星光るなべ
たしアナベル・リイが明眸俤にたつ
夜のほどろわたつみの水阿(みさき)の土封(つむれ)
うみのみぎはのみはかべや
こひびと我妹(わぎも)いきの緒の
そぎえに居臥す身のすゑかも。


 主人公の作家が旧友の映画監督の「木守有」と、戦後すぐ製作された映画版「アナベル・リイ」に主演した元少女スター「サクラ」とともに、ドイツ作家の「クライスト」が19世紀初頭に執筆した小説「ミヒャエル・コールハースの運命』を映画化するという計画から始まる。この小説は、16世紀の末、ブランデンブルク出身の博労「コールハース」が、隣国のサクソニヤへ行った時に、新城主となったトロンカの謀略で黒馬を取り上げられ、愛妻まで殺され、復讐をする物語です。

 しかしこの企画は実現しませんでした。30年後にこれを、老作家の故郷の四国で実際にあった「農民一揆」に置き換え、中心人物である「コールハース」を女性に振り替えるという構想を練る。いよいよ製作再開。老作家と老監督と元少女スターから国際女優となった「サクラ」が「後期の仕事」を共作していくのでした。
 
 「農民一揆」とは、大江健三郎の小説「水死」のなかに書かれている、一揆で殺された「メイスケ」に変わり、「メイスケ母」が一揆の先導者となる物語です。

 「アナベル・リイ」が「ロリータ系小説」の出発点であったことは予想外なことでした。それゆえ「サクラ」は元少女スターから脱却してゆかねばならないということでした。そして最も自分が演じてみたい「メイスケ母」を選ぶのでした。「コールハース」の妻も「メイスケ母」も権力に抗するゆえに、精神的肉体的な辱めを受けるということでは共通しています。さらに「サクラ」が少女時代に演じさせられた「アナベル・リイ」の制作過程においても・・・・・・。

 (2007年・新潮社刊)

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