日航機墜落事故の日

2010年08月12日 | Weblog
以前にもこれについての記事を書いた。

↑で引用した『日本航空 123 便事故 御巣鷹山 悲劇の真相』というHPを完読すればこの事件の真相がわかると思うが、難しすぎるので別の文章を探すことにした。


【二十七のネタ】 日航ジャンボ機123便事故・・・2怪目 》 より

当時ボーイング747型機というのは「4つのフェールセーフ」構造と言われ、二の手、三の手、四の手の安全性があると言われた。要するに“壊れない構造” ではなく、人間は必ずミスするから“壊れることを前提としその防波堤を4つ設けた”という画期的な構造である。これが当時世界に600機売れた。もちろんボーイング社=アメリカということは言うまでもない。しかし・・・実際には8119号機(123便)の後部圧力隔壁修理ミスにより垂直尾翼部分が破壊。そこで重大な脆弱性が露呈してしまった。

機体後部が破損した場合、自慢の「4つのフェールセーフ」が全て破壊してしまう

ことである。747型機は油圧系統は4本のうち1本でも機能すれば正常な航行が出来る。しかし唯一機体後部においてはその4本が集中しているのである。従って機体後部に損傷が発生すると「4つのフェールセーフ」は一気に失われるのである。また、尾翼付近のリベット強度にも問題が指摘された。

これは747型機全体に言える脆弱性である。


こんなことが世界にバレタラ、ボーイング社≒アメリカの信頼が失墜することは確実だ。ではどう回避するのか?

【隠蔽された真実】

その脆弱性から目を背けさせるべく発表された見解こそが

123便(8119号機)だけが抱えていた問題=ボ社の修理ミス

という内容だったのである。発表というよりは押し付けだ。何しろ事故調査委員会は4日でそれを発表している。しかも実際調査したのはボ社=アメリカだ。そしてその事故調査委員会とは誰が主要になって結成されているか・・・?そう・・・

当時アメリカのレーガン大統領と親しかった(略)

中曽根康弘

である。日航ジャンボ機123便事故は「修理ミスが原因の事故」とだけ報道され・・・早期救出の可能性があった米軍ヘリに関する情報、ボーイング747型機の脆弱性の問題、官民一体経営状態(当時、日航の役員人事は運輸大臣の承認事項)の日本航空の責任問題、などが封印された。当然事故そのものは誰も防ぐことが出来なかったかもしれない。しかし中曽根総理は、520名もの犠牲者が出た事故の原因究明を封殺することと引き換えに、逆に自分達の利権を安定化させ、日本航空(政府の金の成る木)を護り、無傷でアメリカに恩を売る形(日米経済摩擦激化の解消)を成立させた。

もちろんこの事件後、747型機は機体後部の設計変更を行っている。また刑事事件として有罪になった日本航空役員は一人もいなかったこと(最終的に不起訴処分)をつけ加えておく。こうしていつの時代もお上は悠々、馬鹿を見るのは一般庶民ばかりってのが現実なのだ。でわでわ。今日はこの辺で。。。

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後継機(?)のB747-400では「垂直尾翼の設計が変更になっている」(Wikipedia 日本航空123便墜落事故 より)。


《 航空事故調査委員会(委員長:武田 峻)と、NTSB(アメリカ国家運輸安全委員会・主任調査官:Ron Schleede)が結論付けた事故原因の要点 》はWikipediaの記事に載っている。

事故の原因以外のことは、

日航機墜落事故 その1〜4に書いている。



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