塵埃落定の旅  四川省チベット族の街を訪ねて

小説『塵埃落定』の舞台、四川省アバを旅する

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阿来『ケサル王』 169 物語:伽国で妖魔を滅ぼす

2016-10-31 01:42:44 | ケサル
★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です  http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304


物語:伽国で妖魔を滅ぼす



ケサル一行は暗く日の差さない伽国を進んで行った。昼の闇は微かに灰色に傾き、夜はどこまでも深く濃い灰色となった。
行く手を遮る障碍に遭うたびに、ムヤで手に入れた法物で一つ一つ取り除いていった。

 伽国の中心に近づくほどに光は弱くなり、最後に、生い茂った竹林の中に宿営した時には、闇はどの夜よりも深かった。
 タンマは言った.
「この国は、まるで何重もの箱の中に入れられているようだ」

 ケサルは言った.
「妖魔である皇后の亡骸が光を畏れているからだ」

 彼らがテントを張ると、宮中の妖魔の死体が常になく震え、テントの周りの竹がすべて毒蛇に変わり、リン国の君臣を幾重にも包囲した。
ケサルはムヤの宝庫から持ってきたジャコウジカから作った護心油を取り出し、炎の上でゆっくりと溶かした。溶けだした油から異様な香りが立ち昇り、蛇の群れは退散した。

 瘴気が霧のように襲って来た時、蛇心檀香木を取り出すと、瘴気は消えた。

 ケサルは言った.
「これでゆっくり休めるだろう。明日は伽国の王城に入るぞ」

 タンマは皆が安心して休めるようにと言った.
「朝、空が明るくなったら私が一番に起きて飯を作りましょう」

 ケサルは言った.
「今からは、空が明けることはない、われわれが妖皇后を倒すまで、この世で再び日の光を見ることはないのだから」

「では、われわれはどうやって朝を知るのですか」

「鳥が餌を探し始め、花が花弁を開き、われわれが自然に目覚めた時、それが朝だ」

チンエンが尋ねた.
「光がなくて、花はどうやって開くのですか」
ケサルは何も答えなかった。

 次の日、再び歩き始めると、道の両側にぽつぽつとか弱い光が見えた。良く見ると、開いたばかりの花が光を放っていた。
 濃い闇の中に、白い大理石の橋が見えた。石はそれ自身で微かな光を放ち、遠くから来たケサルたちにも見ることが出来た。この橋の丸屋根の下で、待ち受けていた公主と出会った。

 公主は道を照らす灯篭を持ち、侍女たちが輪になって、黒い布で光を取り囲んでいた。リン国の君臣たちの足音を聞くと、黒い幕は彼らに向かって開かれた。

 公主はなよやかにケサルの前に歩み寄った。
 「わたくしはここで日々お待ち申しておりました。今か今かと待ち望み、間もなく三百日になります」

 ケサルは言った。
 「そなたが私を呼んだのは、そなたを生んだ母を葬り去るためというが」

 「私は皇帝の娘でもあります。天下の民のことを考えなくてはなりません」

 ケサルは、公主は姿はなよやかだが、心の内は男児よりも強靭だと感じた。

 公主が街へと案内する道すがら、ケサルたちが目にした情景はまるで夢のようだった。
 この街の建物、道、井戸、そして市に並べられた品々は、日の差さない暗闇での長い日々の間に、わずかな光でぼんやりとした輪郭を描き、姿を示す術を身に着けていた。
 その間を動いて行く空洞のように黒く暗い影は人だった。彼らもまた公主と同じように厚く黒い布で道を照らす灯りを覆っているのだった。

 人々は外からは見えない灯りの中で取引し、語り合い、口づけし、本を読み、乳を与え…街すべてがひそやかな世界に沈んでいた。
 人目を忍ぶかのような行為は人々に特別な快感をもたらしているようにも見えた。

 公主は彼らを王城の中の最も美しい建物へと案内した。以前、多くの属国が王城に貢物を捧げに来て、国王からの下賜を待っている間ここに泊まったのだと言う。
 こう話しているうちに、彼らの周りでいくつかの黒い影が行き来し、その姿は見えなかったが、目の前にはいつの間にか熱い茶と美味しい料理が並んでいた。
 
 ケサルは言った。
 「皇帝にお会いしなければならない」

 公主はその場を離れ、リン国の王たちが伽国に到着したという知らせを皇帝に告げに行った。
 だが、皇帝は言った。
 「彼らはワシの許しを得ずに、なぜやって来たのだ」

 公主は間を取り持とうと悩んだ末、ある考えを思いついた。
 皇帝の名で手紙を送り、まず数人の大臣を宮殿へ拝謁に向かわせるよう、ケサルに願い出た。
 伽国の皇帝はリン国の大臣が拝謁に来たという知らせを受け、仕方なく名の通った大臣数人に出迎えさせた。

 チンエンは皇帝の声は聞いたが、姿は見えず、ただ金色の皇帝の椅子だけが見えた。その椅子の中央から無気力な声が伝わって来た。
 「では、王宮の前の広場でそなたの国王と会うことにしよう」

 「何故宮殿ではないのですか。伽国には堂々たる広間がないはずはありますまい」

 「われわれ伽国は特別な情況にある。大臣殿、内と外もどちらも同じとは思われぬか」

 チンエンはそれも道理だと考えた。
 皇帝が宮中で生身の人間に会おうとしないのは、妖皇后の亡骸に何か起こるのを恐れるためだと、チンエンにも分かっていた。






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