塵埃落定の旅  四川省チベット族の街を訪ねて

小説『塵埃落定』の舞台、四川省アバを旅する

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阿来『ケサル王』 167 物語:法物と誓い

2016-10-11 01:41:28 | ケサル
★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です  http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304




物語:法物と誓い




 トトンを済度した後、ケサルは首席大臣に言った。
 「今私は残酷な国王になった」

 首席大臣は言った。
 「王様は、公正な国王です」
 「では、ズゥォグゥォテンジンとは何者だ」
 「リン国とムヤの接する辺りにいる土地神です」
 「さすがは首席大臣。知らぬことなどないようだな」

 首席大臣は国王の言葉の裏に皮肉の意があるのを聞き取り、言った。
 「王様は、私がなぜアサイ羅刹の居場所を知らなかったのか、とおっしゃりたいのですね。確かに私は彼がどこにいるのか知りませんでした。この世にそのような名前があると聞いたこともありませんでした」

 「つまり、ケサル――リン国の国王がこれまで目の前にムヤという国があるのを聞いたことがなかったと同じように、と言いたいのだな」

 「尊敬する王様。トトンを葬ったことで王様のお心は乱れているのでしょう。もしそのために誰かを罰したいのなら、私の任をお解き下さい」

 ケサルは何も答えず宮殿に戻ったが、一時もしないうちに、首席大臣に城を守らせ、自分は伴を連れてズゥォグゥォテンジンという土地神を探しに行く、との伝言を寄越した。

 首席大臣は笑って言った。
 「王様のお咎めが長くないことは分かっていた。王様がこのように早く怒りを鎮められたのは喜ばしいことだ。どうぞ安心して出発されますよう」

 国境近く、四方を頂きの赤い山々に囲まれた場所まで来て、ケサルが足を踏み鳴らすと、土地神が姿を現した。
 タンマが大声で、なぜ国王の前に跪かないのかと威嚇した。土地神は白い眉を寄せて言った。

 「どの国に属しているのかワシは知らぬ」
 土地神は尊大な態度で言った。
 「神には国などないのだ」
 自分はこの地で神としてすでに千年の月日を過ごした。人間によってリンとムヤの境を決められたのはその後である。

 「リン国の首席大臣とトトンという者は兄弟のようだったが、彼らはムヤの二人の兄弟と共にやって来て、ワシの土地を二つに分けた。その時からワシは二人の国王に仕えなくてはならぬとでもいうのかな」

 タンマは土地神のくどくどしい話しぶりに耐えられず、前に進み出て土地神を無理やり跪かせようとした。
 タンマがわずかに力を込めると、老人の体はそのまま地下に沈んでしまった。そして次の瞬間、少し離れた地面からせり上がって来た。だが依然として跪こうとはしなかった。

 「国王が治めるのは人や牛や羊と畑であろう。
  ワシが治めるのは土地の精気、成長する鉱脈、そしてお前たちのような凡人には見ることのできない精霊である」

 トトンを葬ってから、ケサルは気持ちが落ち込み、更にまた土地神に弄ばれることになった。

 タンマが弓に矢をつがえて放とうとすると、ケサルは土地神と寸分たがわぬ姿に変化し、白い眉の老人の傍らに立ったのでに、タンマは仕方なく弓を置いた。ケサルの力を見た土地神は言った。
 「お前はただ者ではないな」

 「国王様は天がリンに遣わされた方だ」

 この時、その声に応じて美しい虹が現われた。虹の上から清らかな楽の音が流れ、薄い雲の間から神々が立ち並んでいるのが見え隠れした。土地神は言った。
 「お前は本当に天から降ったのか」

 ケサルは笑って答えず、腰から短剣を抜き出し、空に線を書くと、向かいの山に白銀の鉱脈が現われた。それは土地神が長い年月慈しみ育て、今まさに成長している鉱脈だった。
 この様子を見て土地神は自ら跪いた。

 ケサルが変化した土地神は言った。
 「よいよい、跪くには及ばない。そなたが跪いても自分に跪くと同じこと。私はアサイ羅刹の行方を知りたいのだ、教えてはくれないか…」

 「ワシにはできぬ……」

 土地神の言葉が終わるより先に、ケサルが手をあげると、平地に突然強風が荒れ狂い、土地神をまるでほら貝のように転げ回し、あっという間に大地の果てまで吹き飛ばした。
 冷え切った灰色の虚空は、無限の広がりのようでもあり、また小さな点のようでもあった。始まりもなく終わりもないこの感覚は、この世のあらゆる恐ろしいものより更に恐ろしかった。

 再び引き戻された時、土地神は泣いた。
 「あなたが神であることは良く分かった」
 
 「では知っていることを話してくれ」

 「これから更に二つの赤い頂の山と黒い峠を越えた所がアサイ羅刹の土地だ。
  アサイを訪ねて戻って来た者はいない。あの山の草と樹、その間に流れる水にはすべてに毒が含まれていて、軽く触れるだけで死んでしまうのだ。
  黒い峠に大きな樹が一本立っている。樹の下に天地開闢の時から存在している岩があり、アサイはそこを中心に四方を遊び回っている。
  ただお願いだ、アサイを傷つけないでくれ」

 話が終わるやいなや、晴れた空に突然雷鳴が響き、アサイ羅刹が現われた。

 アサイ羅刹は山の頂きに立ち、体は天に届き、結んだ黒髪の間から様々な色のトルコ石の髪が見えた。
 アサイは山の上に立って泣いた。大粒の涙が一つまた一つと足元の赤い山肌に落ち、鉄錆びの匂いのする煙を巻き上げた。
 アサイは言った。
 「ケサルよ、私がなぜ泣いているか分かるか」

 ケサルは言った。
 「私はただ法力の強い宝を借りに来ただけだ。そなたの命を損なうことはしない。恐れなくて良い」

 「いや」
 羅刹は首を振った。涙は向かいの山のくぼみに飛んで行き湖となった。

 「ケサルよ、そなたは知らないのだ。私は数百年修行したが世間を騒がすことはなかった。それは、私の行方を知る者たちが秘密を守ると誓ってくれたからなのだ。
  私のトルコ石の髪のすべての結び目はみな秘密を守ると誓った者たちの功徳を表わしている。長い年月、周りの者たちはこの秘密を守って来た。
  空の鳥もこの秘密を守り、ムヤの国王もこの秘密を守った。
  今ズゥォグゥォテンジンが口を開いたために、私の髪の結び目は緩んでしまった」




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