底無しの夢(麻亜子の勝手に選歌)

短歌人の皆さんの歌や、読んだ歌集を紹介しています。
「古今伝授の里フィールドミュージアム」のことなども…

『ウォータープルーフ』沼尻つた子第一歌集

2016年10月13日 | 歌集
今年に入ってからあるきっかけでご縁をいただいた、埼玉県在住
「塔短歌会」所属・沼尻つた子さんの第一歌集(2016年9月7日青磁社)です。
塔入会後10年間の作品が編年体でまとめられています。 
職場詠、家族詠、社会詠と題材が幅広く豊富で、読み応えがあります。
さまざまな変転を乗り越えて、既然と生きるひとりの女性の姿と、
父母やわが子など、家族に寄せる深い思いに貫かれた歌集です。

ささがにのごときわが手が端末を走り他人の失職を打つ

虫籠を開け放つように兄は売る蒐集したる記念切手を

ひとひらを甲羅に貼りし亀ふいに濠へ潜りて花のみの浮く

さやぐ葉とともに産声あげし子の名前に木偏を添えたり 五月

とねりこの蔭の家にて母ひとり椅子七脚と暮らしていたり

わが娘にもわれにも父のあらぬ夏 麦茶に塩をつまみいれたり

TOKYOに五輪の巡り来る年が十三回忌とのみ覚えおり

ままごとの椀に花びら摺り潰す サリンの響き舌に涼しき

捨ててきた「もし」の種から咲く花はあんなにきれいで見てはいけない

浅いカップ分厚いコップ汚しつつドリンクバーへ向かう 生きたい


好きな歌を順に挙げたら、最初の三首が続けて「生き物」の歌になりました。
端末を扱うわが手をささがに(細蟹…蜘蛛の古名、または蜘蛛の糸)に、
(兄が)、蒐集した記念切手を売るさまを虫籠を開け放つと、このように
人の行為を小さな生き物に投影していくさまに、ささやかな生への希求を
感じます。

八首目のサリンの歌も、この一首のみだと唐突に感じられますが、
千代田線は父親が毎朝使っていたこと、長期間の指名手配ののち逮捕された
菊地直子と作者は2日差で生まれた同年ということで、詠む必然性を思わされます。
「花の子」という章に収められていますが、地下鉄サリン事件さえ、我が身に
引き寄せて詠む姿勢に、詠い抜く覚悟のようなものを感じます。  


水溜りに近づくことを禁じられ靴を汚さず娘は帰り来ぬ

浚われしプールの底を打つ雨の、それでもここにとどまるしかない

店員用Tシャツに<がんばろう日本!>自分では読めぬ背中へ刷らる

新聞が新聞紙となる明けがたに行方不明者は死者へと変わる

冷めし茶を飲みほし「一緒に住まないか」あなたは言えり余震の夜に

東京電力(とうでん)に社内結婚せし友の賀状途絶えぬ 膾を残す


編年体で構成された歌集の中核をなすのが、上に挙げたような震災詠。
この経験を経て、上記十首目の、

浅いカップ分厚いコップ汚しつつドリンクバーへ向かう 生きたい

という力強さに繋がってゆくのですが、震災詠のリアリティと具体に、
作者の巧さがよく表れていると感じました。
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3 コメント

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ありがとうございます! (沼尻つた子)
2016-10-15 19:28:22
麻亜子さん、拙歌集を丁寧に読んで下さり、本当に感謝しております。
お手紙もとても嬉しく拝見いたしました。
短歌は良い読み手を得てこそ、
息が吹き込まれるものだと思います。
これからも是非宜しくお願い申しあげます。
追伸 (沼尻つた子)
2016-10-15 20:54:30
https://twitter.com/numatsuta/status/787259949323722752
私のTwitterにてご紹介させていただきました。改めて感謝いたします。
Unknown (麻亜子)
2016-10-15 22:34:14
つた子さん、
歌集に力があるのは、ひとつに「華のある」良い時期にお出しになったからでしょうね。
永くたくさんの方に読み継がれていきますように…

私も歌集を出して丸2年になりました。もうなんだか遠いことのようですが、たくさんの宝を得ました。
紹介いただきありがとうございます。
しばらくは大変な毎日かと思いますが、どうぞお体に気を付けて!!

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