新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

東北ドライブ旅行ダイジェスト (2日目)

2017-05-02 22:41:15 | 旅行記

山形県米沢市に来ています。

上杉神社

きのうの記事で「未踏の地、会津と●●伏せ字にしていたのは米沢でした。

ここで修正させていただくことがあります。

考えてみれば米沢奥羽本線が通っておりまして、高校生だった私が初めて上京したとき、寝台特急あけぼのに乗って米沢を通過しておりました

でも、米沢の街を歩く(クルマで走る)のは、きょうが初めてでございましたので、「未踏」と言えないこともなかろうかと…

ということで、きょうの旅程は以下のとおりです。

ホテル背あぶり山公園鶴ヶ城公園会津若松IC磐梯河東IC磐梯山ゴールドラインR459道の駅「裏磐梯」R459喜多方R121米沢城址上杉神社 & 米沢市立上杉博物館)⇒ホテル

きのうは、厚い雲の中にその姿の大部分を隠していた磐梯山でしたが、きょうは、しっかりと、いろいろな角度から、そして、まぢかに拝見することができました。

まずは背あぶり山(手がかじかむほど寒かった)から。

鶴ヶ城天守の一番上層(第5層)から。

鶴ヶ城天守第5層からの磐梯山

そして、磐梯山ゴールドラインの駐車場から。

なんともとげとげしい山ですが、会津にとっては、猪苗代湖鶴ヶ城野口英世とともに、故郷のアイデンティティーみたいなものかもしれないな、と思ったりして…
会津の人は1万円札5千円札は極力使わず、千円札で支払うとか…。
そりゃないな…

そういえば、私、ずいぶん前に、慶應義塾大学でちょっとしたアルバイトのようなことをして、礼金&交通費として1万円札をいただいたんですが、まさか、学内だけで通用する紙幣かもしれない、なんて思いましたっけ…。これもないな…

それはさておき、、きのう行ってきた飯盛山は、鶴ヶ城磐梯山を結んだほぼ線上にあったんですな…。
まったく気づきませんでした。

もっとも、飯盛山でふり返っても山肌しか見えないわけではありますが…。

ところで、鶴ヶ城天守は、戊辰戦争後っつうか明治に入ってから(1874年)取り壊され

1965年に鉄筋コンクリート造りで建てられたものだそうで、

内部は、同様に再築された大阪城、名古屋城、熊本城以上に「いかにもコンクリート造り」っぽかったのですが、

展示自体は、しっかと整理されていて、見やすく、かつ、面白いものでした。(前日に拝見した白虎隊記念館の展示が、創設者・運営者の思いが強すぎるせいなのか、なんでもかんでもとりとめもなく展示されている感じで、ちょっとうんざりしたのと対称的)。

とりわけ、旧会津領主の一人、蒲生氏郷「燕尾形兜(えんびなりのかぶと)(複製。本物は岩手県立博物館所蔵)ときたら、衝撃的

常々感じていることですが、甲冑安土桃山時代最盛期じゃなかろうか?
このあと、米沢で拝見した2領甲冑(どちらも本物)もまた凄まじかったですし…。
2領の甲冑のお話は本編で書きますので、しばしお待ちくだされ

さて、明日はどうしましょうかねぇ…
祝日ですから、どこもかしこも混んでいるでしょうしねぇ。

そうだそうだ、きょう一番の驚きは、上杉神社の社殿を設計したのが、あの明治建築界の巨匠伊東忠太だということこちらの記事をご参照方)

伊東忠太さんが、どうして神社建築、それも何のへんてつもない社殿を設計したのだろうか?
なんとも繋がらなくて不思議に思っていましたら、実は伊東さん、米沢のご出身であらせられましたとさ。

つづき:2017/05/03 東北ドライブ旅行ダイジェスト (3日目・最終日)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 東北ドライブ旅行ダイジェス... | トップ | 東北ドライブ旅行ダイジェス... »

コメントを投稿

旅行記」カテゴリの最新記事