新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

「ビバ初め」札幌旅行記 #2-9

2017-04-05 22:23:07 | 旅行記/美術館・博物館・アート

「『ビバ初め』札幌旅行記 #2-8」のつづきです。

「駅」といえば、電車に乗り降りする場所なんですが、どうしてなんでしょ? 

日本での「駅」の歴史をたどれば、今からさかのぼること1300年以上前大化の改新で設けられた「駅伝制」に至ります。
もちろん、駅伝といっても、陸上競技の駅伝ではありませんよ。

国交省のサイトから引用すれば、

  • 道路に沿って人・馬・車を常備した駅を置き、を伝わって往来する交通手段。世界各地に存在
  • 日本古代の駅伝制は7世紀に確立、朝廷が関与した駅制と国・郡が関与した伝馬制とに分けられる

というもの。
ですから、元をたどれば「道の駅」こそご本家で、わざわざ「道の駅」と名乗るのが本末転倒。現在、単に「駅」と呼ばれる施設こそ「鉄道の駅」と名乗るべきなのかもしれません

そんなことを考えたのは、北海道開拓の村で、「旧ソーケシュオマベツ駅逓所」を見たからです。

「駅逓所(えきていしょ)」というのは、北海道だけで運用された制度で、

物資輸送の継立(つぎたて)や、宿泊施設を必要とする場所に駅逓を設置し、交通網の整備をすすめた。駅逓所で業務を行う駅逓人や、駅舎畑地牧場などは国の費用で賄われた。
道内で設置された官設の駅逓所は517ヵ所(千島41ヵ所)におよんだが、鉄道など交通機関の発達にともない、しだいに機能が失われ、昭和22年(1947)3月に全廃された。

というものだそうな。 

上に写真を載せた「旧ソーケシュオマベツ駅逓所」は、喜茂別村徳舜瞥村(現在の大滝村=現在の伊達市大滝区)の中間地点」にあった建物で、事務所や客室があった母屋みたいなもの。

その隣には、厩舎が再現されていました。

説明板によれば、

この駅逓では、明治44年頃、50町歩(約50ヘクタール)の牧場と、8頭の官馬を持っていたという。

だそうで、とんでもなく広い牧場を持っていたんですな。
さすがは北海道です

実際にもいた (もちろん、模型です)

ね、どうして「駅」馬偏なのか理解できる気がしますでしょ?

いやはや、知らないことが多すぎる

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