「肌寒かった関西旅行記(その20・京都編⑦)」のつづきです。
JR二条駅の駅前で昼食を摂ったのち 、嵯峨野線に乗って花園駅へ。
花園駅からバスに乗って仁和寺に行くつもりだったのですが、この勘違いのことは「関西旅行4日目(最終日)のダイジェスト」で書きましたので省略
仁和寺というお寺、私が知ったのは、徒然草がきっかけでした。
仁和寺の坊さんが、石清水八幡宮に出かけたところ、本殿が山の上にあることを知らずに、途中で満足して帰ってきてしまった話とか(第52段「仁和寺にある法師」)、宴会で酔っ払った仁和寺の坊さんが頭に鼎(かなえ)をかぶって踊っていたら、鼎が取れなくなってしまったおバカな話(かなり悲惨な話)とか(第53段「これもまた仁和寺の法師」)が印象的で、いったいどんなお寺なんだろうかと思っておりました。敢えて調べるまでに至りませんでしたけど…
で、京都駅の観光案内所でいただいた地図を見ながら歩いていて知ったのは、私が歩いている道が雙ヶ岡(双ヶ丘)の麓の道であること。双ヶ丘といえば、徒然草の著者、吉田(卜部)兼好ゆかりの地だ なんてときめいていたときに目にしたのが、「兼好法師旧跡」の碑
さらに、この記事を書いている過程で知ったことですが、私がJR花園駅から仁和寺に向かって歩いたルートの大部分が、こちらのサイトによれば、「つれづれのみち」だったとな
成り行きで歩くことになったルートが、これほどいわくたっぷりの道だったとは、重ね重ね巡り合わせのありがたさに合掌…、とは大げさかも…
ところで、雙ヶ岡(双ヶ丘)は、その名のとおりの姿で、写真に撮っておきたかったんですが、周りは住宅街で、建物や電線が写り込んでしまいそうだし、何よりも近すぎる
とても全貌をカメラに収めることなんて無理で、写真を撮っても、何を撮ったのかさっぱりわからないものになりそうだったもので、結局、一枚も双ヶ丘の写真を撮りませんでした
その代わり、、、というわけではありませんが、「つれづれのみち」で、こんな写真を撮りました。
「オムロン発祥の地」だそうな
傍らのプレートに刻まれた文を転記しますと、
立石一真が創業した立石電機株式会社は 1944年に大阪より当地に移転
世界への飛翔を期して 地名の“御室”(おむろ)にちなみ ブランドを
「OMRON」(オムロン)と命名しました。
1990年に社名を「オムロン株式会社」に変更し 社会とともに発展し続けてきます。
2005年5月10日 オムロン株式会社
だとか。オムロンのブランド名(& 現社名)が、「御室」からとられたとは、初めて知りました
なるほどねぇ~
でも、現在はこの碑があるだけで、跡形もありません
現在、オムロンの本社は京都市の中心部にありますが、いつ移転したのかと同社の沿革を見ても記載はありません
続いて、Wikipediaで調べてみると、、、ありました
1991年3月 - 本社事務所を京都市下京区に移転。
へぇ~、社名を「立石電機」から「オムロン」に変えた翌年に、御室の地を離れたとは…
本社移転を前提にした社名変更だったのかもしれませんな。
ちなみに、この近くの小学校は、その名も御室小学校でした。
そして、仁和寺に到着
立派な「二王門」です。
仁和寺のサイトによれば、
仁和寺の正面に建つ巨大な門。高さは18.7mで重層、入母屋造、本瓦葺。門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置します。同時期に建立された知恩院三門、南禅寺三門が禅宗様の三門であったのに対し、平安時代の伝統を引く和様で統一されています。
だそうですが、いつ建てられたものなのか、記述がありません。
「同時期に建立された知恩院三門、南禅寺三門が…」と言われてもねぇ…
さっそく調べると、江戸時代初期の建立でした。
Wikipediaによれば、
応仁の乱(1467年-1477年)で伽藍は全焼した。近世になって、寛永年間(1624年-1644年)、徳川幕府により伽藍が整備された。また、寛永年間の皇居建て替えに伴い、旧皇居の紫宸殿、清涼殿、常御殿などが仁和寺に下賜され、境内に移築されている(現在の金堂は旧紫宸殿)。
だそうで、旧皇居から移築された建物も含めて、すべて江戸時代以降の建物のようですな。
ところで、仁和寺のサイトの説明では「後面には唐獅子像を安置します」とありますが、
左(阿像)は(唐)獅子ですけれど、右(吽像)は「狛犬」じゃないですか? 角が生えているし…(こちらの記事をご参照方)。
通常、「向かって右側が口を開いた角なしの『阿像』で獅子、左側が口を閉じた角ありの『吽像』で狛犬」ですけれど、仁和寺の彼らの場合、門に背を向けていますから、左右が逆になっている(門の外の視点からだと、おきまりの配置になる)と解釈できますな。
というところで、今日はお終いです
つづき:2013/08/12 肌寒かった関西旅行記(その22・京都編⑨)
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