新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

Misia Candle Night 奈良遠征旅行記(初日・その8)

2016-10-14 23:08:31 | 旅行記

「Misia Candle Night 奈良遠征旅行記(初日・その7)」のつづきです。

法隆寺東大門をくぐり、聖徳太子お住まい址と伝えられる東院伽藍への道すがら、あれ

9月第2週に入ってもまだまだ十分暑いのに、道ばたのカエデは早くも色づいていました。
そして、見上げれば、確かに秋の気配

でも、やはり、暑い

   

そして、夢殿

バランスの良い「八角堂」ですなぁ。
今回は「聖徳太子等身と伝える秘仏救世観音像(飛鳥時代)」を拝見することはできませんでしたが、私としては、夢殿を拝見するだけでも十分に満足です

ところで、夢殿のような「八角堂・八角円堂」は、それほど多くないようで、Wikipediaには夢殿を含め全部で11例が挙げられているだけです。
でも、Wikipediaの記述、奈良美智による青森県立美術館「八角堂」を載せながら、こちらが漏れているのには納得できない

日本武道館です。
プロポーションはだいぶ違いますが、この建物が法隆寺夢殿をモデルにしていることは良く知られている話です。
そして日本武道館の屋根のてっぺんには、「タマネギ」こと巨大擬宝珠が鎮座しています。

一方、日本武道館のモデルになったという夢殿の屋根の天辺にある宝珠かなり複雑な形をしていまして、

文化遺産オンラインによれば、

頂上の露盤宝珠宝瓶八角形宝蓋や華麗な光明をともなったもので、世上著名な優作である。

だそうです。
加えて、文化遺産オンラインの説明には、私の気になっていた屋根の傾斜についても、

建立以来何回かの修理をうけてきたが、なかでも寛喜2年(1230)の修理は大改造をともなったもので、今見る姿はほぼこの時に定まった。改造の主な点は、組物を一段分積み重ね、軒部材を新材にとりかえて軒の出を増し屋根勾配を強くしたなどで建立当初と比べると建物の建ちが高くなり、全体に鎌倉時代らしい武骨さが強まったといえる。

とありました。

なるほどねぇ~
昨年10月元興寺で見た説明(記事はこちら)、

左に見える元興寺五重小塔の屋根の勾配は、きわめて緩く屋根に厚みがないことに気づかれると思います。古代(飛鳥~奈良時代)の建築はすべてこのような屋根をしていましたが、雨漏りが激しいのと、軒が深いために軒先のたるみが激しいという難題がありました。
古代末期に至り、この問題は野小屋を組むという技術革新で解決しました。その結果、勾配は急になり、屋根に厚みができ、建物は少し高くなりました

を思い出しました。

いろいろ面白い…

つづき:2016/10/16 Misia Candle Night 奈良遠征旅行記(初日・最終回)

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