Morning Mr. Yamagpie

山口龍彦と申します。音楽を作ることと聞くことが趣味です。自作曲の宣伝・公開を行っています。

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ブログ移行のお知らせ

2049-01-01 00:00:32 | 宣伝
ブログをgooからFC2に移行しました。
新しいURLはこちらです。

http://touchsensitive.blog.fc2.com


理由は主にファイルのアップロード制限を回避するためです。
調べてみると、FC2だといろんな種類のファイルがアップロードできたり、アフィリエイト登録できたりするそうです。
大変お手数ではございますが、今後は新しいブログをよろしくお願いします。
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INDEX

2048-12-31 23:59:30 | INDEX
はじめまして。
このホームページでは、私の作曲した音楽の宣伝・公開を行います。
時間を掛けて、コンテンツを増やしていきたいと思っているので、
どうぞよろしくお願いします。

<メニュー>
自己紹介
ディスコグラフィ
日記
宣伝
フリー音源
リンク


twitter↓
https://twitter.com/touch0225
facebook↓
https://www.facebook.com/tatsuhiko.yamaguchi.90

フォローやご連絡等、お気軽にお願いします。
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2013年のまとめ 1

2013-12-31 20:18:17 | 日記
良い年を迎えるご準備はいかがでしょうか?

楽しいことを書こうと一生懸命考えて、
考え抜いたこと書こうとすることを忘れてしまって、
それでも思い出そうと試みる気持ちを抱きつつも書くこと自体を怠って、
そうこうしているうちに今年が終わってしまいそうです。

でも、今年が終わることに対して特別な感情を抱くことが必要なのでしょうか?
普段通り眠って次の日には普段通り目を覚まして挨拶を交わすように、
穏やかな気持ちで新年を迎えたいと私は時々考えてしまうことがあります。

もしくは毎日が新年であるかのように過ごすことができたらいいのに、とも思います。
一日を跨ぐ直前にその日のことを振り返ります。
私の仮定のもとでは、それはとてもドラマティックに行われなければなりません。
今日の12時には弟の作った料理を食べたなー、とか、
16時には母の軽乗用車と軽トラックを洗車していい気持ちになった、とか、
今朝立てた目標は達成できなかったから明日ことは!といった具合に、
日々を過ごすことに重大な意義を見出すことができるのかもしれません。

少なくとも私は新年に対してそれなりに真剣に向き合っているつもりです。
今夜はとても長かった「去年」のことを思い出しながら、
実家にて過ごそうと思っています。
何と言っても去年のことを振り返るのは今日が最後の機会、
そして最も相応しい機会なのですから。
今日は「去年」が一番長くなる日なのです。
それでは皆様来年もよろしくお願いいたします。
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Amazonでの自作CD発売 "虹のコンフラクス"

2013-11-23 18:18:59 | 宣伝
おはようございます。

今週から自作CD"虹のコンフラクス"を、Amazonにて販売しています。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00GM79HD6/



2013/11/18よりAmazonにて発売中(600円)。
(済)2013/10/27 音楽イベントM3@第一展示場 K-18aにて発売。(イベント価格 500円)

1. ためいき
2. truth
3. subliminal wolves
4. 海開き
5. 星々のかけらyoutubeで聴く
6. 斜虹横断

*曲名をクリックすると、歌詞・解説ページに移動します。

1,2曲目は、大阪にて偶々知り合った、あおまふさんに詩を書いていただきました。
可愛らしいジャケットデザインは、大学の後輩の、みんてぃさんです。

5曲目のみyoutubeにて公開しているので、
興味のある方は是非お聴きください。

内容はおおむねロック音楽です。
リバーブのかかったギターサウンド/シンセサイザーや、
やや難解な和音・メロディが特徴となっていると思います。
全曲私自身が歌っています。

2013/11/23
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覚え

2013-08-18 20:47:12 | 日記
実家の福岡県田川市から、大阪府大阪市に新幹線で帰ります。
同時に私の生活の叙述が次第に意味を失います。
書き記すことを忘れると、私はどこに行き着くのでしょう?

祖母の認知症が進行しているようで、今年の頭に会った時と比べると著しいです。
私は会話することしかできませんでしたが、
それでも普段の変化のない生活を強意することができたことを私は祈るばかりです。

変わることについて。

祖母はいいベッドを持っていました。
先月末に、母と兄が選んであげたそうです。
私の実家は家具店なので、いいベッドを安く入手して利用することができるのです。
私の自己紹介の際には、家具店という単語にも注釈が必要です。
どうしてか私が「家具店」と言うと、決まって家具メーカーと誤解されるのですが、
実際はメーカーや商社から仕入れた商品を販売するだけの小売店舗の経営者であって、
従業員2人、会社ではなく個人事業主なのです。
祖父の代から続いており、祖母も若い頃はそこで働いていたそうです。

想像することについて。

私は将来について、想像することしかできません。
科学の発展はSF(sci-fi(science-fiction))小説の叙述内容を変化させます。
しかし私の発展は何を変化させるのでしょう?
例えば私が成長するに伴って、近所のスーパーマーケットの店舗数は減っていき、
小学校の校舎は古くなります。
景気循環によってたまにそれが更新されます。
私はそれらの変化、減衰と繁栄の場にたまたま居合わせているだけなのでしょうか?
それとも私が成長することによって時間の経過という概念が発生し、
周囲のものを変化させていくのでしょうか?
そういえば、去年末に閉店したスーパーマーケットは、
先月新しいスーパーマーケットに変化しました。
実家の近所に便利な場所ができて嬉しく思いました。

一般に想像することは創作することよりも、経験することよりも簡単です。
一方それに耽溺するだけで得られるものの数は、おのずから限界を迎えます。
議論のための机を弾き倒して、
時には音楽を聴いて、
絵画を鑑賞して、
野球の試合に参加して、
新しい歌を口ずさんで、
青白い海を睨みつけて、
古代の石斧に思いを馳せて、
ゲームを一生懸命クリアして、
粘土細工を組み立てて、
そうやって過ごす時間の愛おしさを考えれば、
私たちがどうやって成長していくか、
何を選択すべきか、
見えてくると思います。

未来を望むことについて。
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