白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

猫が見た密室(解決編)

2017年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム

「犯行時刻にはずっと診察室に居たとの主張です。しかも患者を診察していた。だから犯行など不可能だと。なるほどおっしゃる通りでしょう。しかし犯行はまったく不可能だったでしょうか。次の写真を御覧下さい。



222。その時その部屋で診察中の患者に割り当てられた番号です。この数字が変わっていないことが何よりの証拠。222と223の間なら幾らかの時間ができて席を外すことも可能だが、222のままなのだから患者は同一人物であり医師も診察中だと。ところで診察中に患者はずっと医師の顔を見ていることが可能でしょうか。この猫の写真を御覧頂きたい。



医師の側から見て患者をこのようにじっと壁の側へ向かせておくことはできない相談でしょうか?さらに大病院の部屋は診察室だけでなく応急処置室や更衣室などと繋がっているケースが少なくないばかりか、大量の薬物を一時に移動させることもできます。また院長選挙に伴う莫大な利権という見地からはどうでしょう。病院は大病院であればあるほど製薬会社もその利権には目ざといものです。この病院だけが例外とはまったく限りません。この写真のように同一人物を診察中であるという証拠を部屋の外へ向けて掲げておくと同時に、診察中の患者を──数分程度で十分でしょう──部屋の壁の側へ向かせておく。そのあいだに、複雑に入り組んだ構造になっている院内を手早く移動して犯行に及びそしてまた手早く元の部屋へ戻ってくる。診察室の外の患者らには222という番号だけしかわからないわけですから、依然として222番の患者の診察だけが行なわれているとしか見えません。そしてあなた、次期院長候補であるあなたは、何食わぬ表情のまま222番の患者に言えばいいわけです。『はい、こちらを向いて下さい』と。」(’17.5.20「猫が見た密室・解決編」)

BGM-A

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