白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

自由律俳句──二〇一七年五月五日(2)

2017年05月06日 | 日記・エッセイ・コラム

防衛相に関する一考察。稲田朋美である。「日本会議」との関連で論評されたりもしている。しかし思想・信条の自由は死守されねばならない。わかりきった話だ。「生長の家」を中心として発展した日本会議の有力メンバーと、「統一教会」との不可解な繋がりを活かして安倍内閣に食い込んだ稲田防衛相とは、思想・信条の自由といった一般性を獲得している諸々の理論と照らし合わせてみて、さらに稲田防衛相のイデオロギーを勘案したとしてもなお、日本会議と統一教会の宗教的信仰の違いは、とてもではないが相容れ難いというほかない。

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論語に次の言葉がある。有名過ぎるので説明は省く。

「己れの欲せざる所を人に施す勿(な)かれ」・「自分がしてほしくないことを、他人にしない」(「論語 P.324~325」中公文庫)


当り前だ。しかし乱世という時空間では「当り前のことが当り前で済まされない」時期を指し示す。

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さらに先日来NHKで報道されていた稲田防衛相の国会答弁。なんだあれは。塵芥に膾炙している言葉がある。「仁義」。まずその「仁」に集中して孔子はいう。

「顔淵(がんえん)、仁(じん)に問う。子曰く、己(おの)れに克(か)ちて礼に複(かえる)を仁と為(な)す。一日己れに克ちて礼に復れば天下仁に帰す。仁を為すは己れに由(よ)る、而(しこう)して人に由らんや。顔淵曰く、請(こ)う、その目(もく)を問わん。子曰く、礼に非(あら)ざれば視(み)ること勿(な)かれ、礼に非(あら)ざれば聴くこと勿かれ、礼に非ざれば動くこと勿かれ。顔淵曰く、回(かい)、不敏(ふびん)と雖(いえど)も請(こ)う、斯(こ)の語を事(こと)とせん」・「顔淵が仁の徳についておたずねした。先生がこたえられた。『自己にうちかって礼の規則にたちかえることが仁ということである。一日でも自己にうちかって礼の規則にたちかえることができたら、天下中の人がこの仁徳になびき集まるであろう。仁徳の実践は自己の力がたよりで、他人の力によってできることではけっしてないのだ』顔淵はさらにおたずねした。『仁徳の実践要項について、詳しくお聞かせねがいたいと存じます』先生がいわれた。『礼の規則にはずれたものに目を向けてはいけない、礼の規則にはずれたものに耳を傾けてはいけない、礼の規則にはずれた発言をしてはいけない、礼の規則にはずれた動作をしてはいけない』顔淵が申し上げた。『わたくしはまことに鈍物ではございますが、どうか、先生のお教えを実行させていただきたいと存じます』」(「論語 P.321~323」中公文庫)

「礼」とある。孔子は言った。「礼の規則にはずれたものに目を向けてはいけない、礼の規則にはずれたものに耳を傾けてはいけない、礼の規則にはずれた発言をしてはいけない、礼の規則にはずれた動作をしてはいけない」。

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稲田防衛相はどう思うだろうか。徹底的に「礼」を欠いていた自身の答弁について、だ。古代中国ではまず生き残っていくことは不可能な官僚主義的態度であったというほかない。

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さて、「日本を取り戻す」と連呼している連立内閣だが、そのスローガンはそれほど悪くはない。野党共闘の側からは「どんな日本なのか?」という類いの聞き飽きた質問が垂れ流されてはいるが、軽くいなすことができるのは野党共闘に実力がないということをあからさまに暴露することに貢献していて、何だか野党共闘の側がわざわざ連立与党の側に向けて与党の応援演説でも繰り広げているかのようで、笑えない。ここで問い改めたいことはほかでもない。ハイデッガーのいう「故郷喪失」についてだ。

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「人間の本質的な故郷喪失を直視すれば、存在の歴史に即した思索にとっては、人間の来たるべき運命は、人間が存在の真理のなかへと行き着くこと、しかもこの行き着く歩みへと出発することのうちに現れてくる。どんな国家民族主義もみな、形而上学的には、人間学主義であり、そのようなものとして、主観主義である。国家民族主義は、たんなる国際主義によっては克服されず、むしろ、ただ拡大されて、体系へと高められるだけである。国家民族主義は、そうしたやり方によっては、フーマーニタース(人間性)へともたらされずまた止揚されないのであり、それはちょうど、個人主義が、歴史を見失った集団主義によっては、人間性へともたらされずまた止揚されないのと同じである」(ハイデッガー「『ヒューマニズム』について・P.83」ちくま学芸文庫)


「歴史を見失った集団主義」。ここでハイデッガーは無意識的スターリニズムに触れている。「止揚されない」。当り前だ。資本主義社会の鉄の掟である。バタイユは正確に言った。「終りなき弁証法」と。しかしハイデッガーの場合、マルクスとともに言うとすれば、商品Aは労働力であり商品Bは労働賃金でなければならない。まったくその通りだ。この鋼鉄の錬金術に全世界がひれ伏した時、「止揚」と言おうが「廃棄」と言おうが「揚棄」と言おうが、原文が指し示す意味は同じである。一般的な二極対立的な弁証法がようやく終わるかと思われたその瞬間、均等的な代理構造として「終りなき弁証法」(東西冷戦)が始動したのだ。そしてそれは宗教・民族・領土などの問題を筆頭として終わっていないどころか、増々増殖しつつある。

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「集団主義は、全体性というありさまにおける人間の主観性である。集団主義は、この主観性の無制約的な自己主張を遂行している。この無制約的な自己主張は、取り消されることができない。この無制約的な自己主張は、片側だけしか媒介しないような思考によっては、十分に経験されることさえできない。いたるところで人間は、存在の真理の外へと追放されて、アニマル・ラティオーナーレ(理性的動物)としての自分自身を中心とした圏内で旋回している」(ハイデッガー「『ヒューマニズム』について・P.83」ちくま学芸文庫)

読んで字の如し。「集団主義は、全体性というありさまにおける人間の主観性である」。中学生レベルの教科書にも載っていそうな歴史だ。旧ソ連による「全体主義/官僚主義的ファシズム」とナチス・ドイツという形態で全面化した「ナチズム」の両様を覚えておこう。大日本帝国に関してはこのどちらとも言い難い不可解な動きを伴いつつ全体主義化した経緯があるため、簡略化できない嫌いがある。関心がある読者は是非とも歴史ブームに便乗しながら、さらに行く先々で様々な出会いと別れを繰り返しながらロマンスとは別に基準を設定し、少なくとも日本各地、経済的に許されれば海外旅行といった形で世界を歩いてみて来てほしいと切に願う。色んな人々と出会い、うれしかったり、怖い思いをしたり、思いも寄らない事件に巻き込まれて命からがら帰国できたりと、できることはまだまだある。

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「規律のあらゆる設立にもましていっそう本質的であるのは、人間が、存在の真理へと至ってそのなかに居場所をもつまでになるということである。このような居場所が初めて、支えとなりうる堅牢なものの経験を叶えてくれる。あらゆる態度の支えを贈ってくれるのは、存在の真理である。『支え』とは、私たちの言葉においては、『守護』を意味する。存在は守護である。すなわち、その存在の守護のおかげで、人間は、存在へと身を開き-そこへと出で立つみずからの本質において、その存在の守護の真理を目指して、大切に守られるのであり、しかもその際、その存在の守護のおかげで、存在へと身を開き-そこへと出で立つあり方は、言葉のうちに住まうようにさせられるのである」(ハイデッガー「『ヒューマニズム』について・P.137」ちくま学芸文庫)

ハイデッガーは増々言語と存在の関連へ注意点を促している。

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それゆえに、湧き出てこないわけにはいかない問題について。

「それゆえに、言葉は、存在の家であると同時に、人間本質の住まいである。言葉は存在の家であると同時に、人間本質の住まいである。言葉は人間本質の住まいであるからこそ、まさにその理由からしてのみ、歴史的な人間全体のあり方や個々の人間たちが、みずからの言葉のうちにそれを住処(すみか)としていることができずに、あげくの果てには、言葉は、彼らにとって、彼らのもろもろの作為的術策を盛り込む器になり変わる始末となるのである」(ハイデッガー「『ヒューマニズム』について・P.137」ちくま学芸文庫)

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ところで。先日、文章というより文体について、いろいろと考えていた時期があると述べた。幾つか紹介した。が、長いという理由で別に場所を改めて記述しておこうと思っていた小説家の文体がある。中上健次──。中上抜きに八〇、九〇年代の日本の文学界を語ることは不可能だ。センテンスの長さで変に定評がある小説家だが、それはまあお約束のギャク的評論として、まず書きっぷりを述べておきたいと思う。例えば出だしはこうだ。

「明け方になって急に家の裏口から夏芙蓉の甘いにおいが入り込んできたので息苦しく、まるで花のにおいに息をとめられるように思ってオリュウノオバは眼をさまし、仏壇の横にしつらえた台に乗せた夫の礼如さんの額に入った写真が微かに白く闇の中に浮きあがっているのをみて、尊い仏さまのような人だった礼如さんと夫婦だった事が有り得ない幻だったような気がした。体をよこたえたままその礼如さんの写真を見て手を組んでオリュウノオバは『おおきに、有難うございます』と声にならない声でつぶやき、あらためて家に入ってくる夏芙蓉のにおいをかぎ、自分にも夏芙蓉のような白粉のにおいを立てていた若い時分があったのだと思って一人微笑んだ」(中上健次「千年の愉楽・P.9」河出文庫)


これには正直、まいった。小説の立ち上げにおいて、このような風貌があって良いのか。そのことだけでも何か心の底に蒼鴉の滓のようなものをじわじわ蓄積することになった。もっと簡単にいえば、敗北した、と感じないわけにはいかなかったということになるだろう。

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次のような文章はあからさまにみずみずしい。今の高校生、あるいは大学生なら実際に経験しておいて欲しいことが余りにも初々しく描かれている。

「山の中の修業で痛めたものか、昔子供の頃のものか分からないが、女は文彦に冷えて来ると親指のつけ根から痛いと言って足を見せ、文彦がそれを哀れに思って両の手でそれを抱くとくすくすわらい、足を引いてから、文彦に裸にしてくれと言う。かまどの火に照らされて裸になった女は文彦の手に乳房を触らせ桃色の乳首にも針がささったし傷跡ひとつない腹から女陰にかけて針で幾つもさされたと教えた。文彦は女の味わった幻のような痛みをなだめるように抱きよせて頬を寄せた。女は文彦の首に腕を巻きつけて耳に温い息をかけながら、自分は確かに普通の女とは違う巫女だから文彦の手でそんなにして欲しいと言い、女は身をそらして舞台のひきだしの中から錦に織った布袋を取って文彦に渡したのだった。文彦は布袋をあけて中に一面だけ針が幾つも出た緋色の御手玉ほどのものがあるのを見た。その針の出た御手玉の中はただ針が動かぬように糸でゆわえつけ真綿でくるんだだけというのにずしりと重かった。それは山の中で、いや、それ以前から、女の肌を破り流れ出たものを吸い込んだせいだと思って女が心底怖くなったが、文彦の体に身をあずけからみつき文彦の唇を吸う女が、『刺してください』と物に憑かれたように言うのを聴いて、『ここもか?』と指で女陰を広げるとうなずく」(中上健次「千年の愉楽・P.113~114」河出文庫)

「男の文彦に女が誘った事は巫女らだけの中にしか流行らない陰湿なまじないのように見えたし、それが文彦が好きこのんでやろうというなら路地の若衆らから誰にも相手にされない棒引き組の変態の事だと見えたが、『刺して下さい』と言う切迫したあえぐ女の声を耳にすると、元々巫女として修行中を山から連れだした何が起っても不思議ではない女だったと思った。この辺りに唇をつける度に女が喜悦の声をあげたあくまでも白いねっとりと指に貼りつくようなもち肌の首から右乳のふくらみがはじまる辺りに、つかみごたえのない針の御手玉を当てると女は声をあげる。針が白い肌を破ってどのくらい入ったのか分からないが十ほどの赤く光る血の玉がたちまちのうちに出来女のあえぐ声を耳にしながら見つめていると、光る玉はたちまち崩れ帯のようになって文彦にあずけた女の白い肌の上を流れる。雨が降る度に山の方から痛みが伝わってくると女はよく言ったのだった。あえぎながら痛みがすぐにかき消えてしまいそうだからもっと沢山、文彦の情欲が消えるまで方々を刺してほしいと言い、文彦の股間をさぐってから文彦の情欲の中心がそこにあったと哀れむようにつかみ笑みを浮かべる。文彦は女にさぐり当てられいきり立ったものにとまどいながら、女にそうするのは情欲ではなく、天女のような女をあがめるからだと胸苦しく流れ出た血に唇をつけて丁度喉が乾きいまにも死ぬ重病人がよみがえりのため獣の血をのむように飲んだ。女は痛むと言いつづけた。一時ほどすれば体のいたるところが血でおおわれぬところがないほどに白い肌は緋に変り、文彦はその女の輝き眩ゆい美しさに茫然とさえなって女を抱えて、それから喜悦の声をあげ続ける眩ゆく光る美しい阿弥陀如来のような女に這いつくばり許しを乞うように裸になり女陰に猛ったものを押し入れ、喜悦の中の中に入ろうとした」(中上健次「千年の愉楽・P.114~115」河出文庫)

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しかし問題は依然として日本語の来歴にある。

「オリュウノオバは祭りになるたびに、熱狂している若衆らを見て胸苦しかった。御燈祭りにのぼる予定の者が二ではなく四に縄を巻いてしまい、それが、ヨツに、穢れの最たる者として死とも四つ足の獣とも言葉が通じ、その言葉がつくり上げた仕組みにひっかかって『あかん、やりなおしじゃ』と顔を憤怒で赧らめ縄の巻き直しを命じている若衆らのその気持が悲しく、腹立ち、絶望した。世が世ならば神の子とも、神の言葉を持つスメラミコトともなる者らが四に、ヨツに、四つ足に穢れるとどなっている」(中上健次「千年の愉楽・P.89」河出文庫)

この箇所を見ないで読むことは不可能だし、今なおこの箇所が日本のあらゆる言語に貼り付いて離れないという実態を、ほんの少しでも頭の隅に置いておくのは良いことだろう。というのは、天皇制との密接な関係を抜きにしてこれ以上語ることは不可能だからでもある。

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