白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

自由律俳句──二〇一七年四月二十四日(3)

2017年04月25日 | 日記・エッセイ・コラム

音楽コーナー。

「YOUNG GUITAR 2017年5月号」(シンコーミュージック)


P.184。「Kubotyのもっこりチャンス」。なぜか“Jackson”のロゴにばかり目が行くので、どう言ったら良いのやら。

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つい先日でしたか。読書中にですね、家族がたまたまNHK見てたらわざわざ言いに来たんですよ。「マーティ・フリードマンが出てる!」と。恐らくですけど、「天城越」?と思ってテレビを見たら本当に弾いてるんだよ。「天城越」は知ってても、ギター・ソロが入るとどうなるかっての知ってるのは家族の中でもたったの一人。そりゃ大変だってんでリビングへすっ飛んで行ってテレビ見ました。

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Kubotyは知ってるよね?マーティは他の日本の歌手とも色々な企画で共演して場を賑わわせて来ました。八代亜紀との共演とか、もう一杯。そこで何でかな〜と思ってしまうわけです。演歌だけでなく、ポップスとか、ジャズでも、ここまで曲調に込められた心根を聴き取ってくれた上で、ヴォーカリストの邪魔をすることなくギター・ソロを披露できるのは稀有の人材だと。

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余りの名演に言葉を失った我が妻は最初から最後まで見入ってしまってました。なのに、もうマーティの名を忘れてしまっているという──。失礼しましたって感じかなあ。いきなり出て来るんだもん。わかんないじゃん?まあそれはそれとして。

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Ex-1:いつもの「マーティ節」って言ってしまったら身も蓋もありません。その意味でKubotyが取り上げてるエクササイズは大事です。酔った勢いでどれほどギター弾いてみても、それはどこまでも「しらふ」のリスナーから見れば軽蔑されてしまいます。じゃあ一体どこで差を付けるか?2小節目に3回出てくるスタッカート。そこです。6小節目4拍目にも僅かだけどスタッカートがあるはず。この「こぶしを利かせた」マーティ節を体得するには「ため」を利かせることと「スタッカート」を利かせることの両方を頭でも体でも不自然なく整理させておかねばなりません。そうでないと、いざ本番!って時になって失敗してしまいます。フィンガリングは別にどうこう言うべき難関ではまったくない。にもかかわらず難しい。年齢性別を問わずヴォーカリストと相談し、意見を言い合い、アイデアを出し合い、互いの身の処し方を考えてみるのが正統かつ王道かと思います。

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