白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

伊万里市長「再稼働反対は民意」 九電に不信感示す(1)

2017年01月03日 | 日記・エッセイ・コラム

3日朝日新聞から。

伊万里市長「再稼働反対は民意」 九電に不信感示す

九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働に反対する佐賀県伊万里市の塚部芳和市長が朝日新聞のインタビューに応じ、その理由を語った。東日本大震災後も変わらない電力会社の体質、原発抜きでも経済や生活に大きな影響がない現実などを挙げ、「再稼働反対は民意。市民の声を代弁している」と話す。原発周辺自治体の首長が「反対」を明言するのは異例だ。
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公務員よりも遥かに公務員的。民間企業にも数多く存在する。とりわけ「大手」には。「官僚の民間化/民間企業の官僚主義化」。要するに「官僚主義の一般化/全体主義化」という危険。この問題は八〇年代バブル期すでに提出されてはいた。「決まったことだから」の一点張り。また昨今、マスコミ報道でも取り上げられて話題になり続けている詐欺の手法。「もう契約書にサインしたことになっていますので」という詐欺グループが頻繁に用いる手口も同様。官僚主義的体質あるいは手法。だがそのような官僚主義的手法を押し進めた結果、世界の約半分が大量に自滅した歴史がある。

「いかなる体制もそのすべての可能性を汲みつくさないかぎり、舞台を降りないというマルクスの命題」(トロツキー「ロシア革命史5・P.34」岩波文庫)


そもそも何のことを指して言っているのか。

「一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない」(マルクス「経済学批判-序言」・「経済学批判・P.14」岩波文庫)


BGM1

ドイッチャーから引いておこう。

「クロンシュタット反乱軍はボリシェヴィキ党独裁の廃止とボリシェヴィキの公約した真のソヴェト的支配の回復を要求した。彼らはまた経済的、政治的弾圧の撤回をも要求した。彼らの指導者の一部は無政府主義者と共産党左派であった。また、彼らのスローガンは革命初期のボリシェヴィズムのスローガンから借りてきたものであった。極左的色彩が強かったとはいえ、暴動は敗北した反革命陣営に新しい希望を呼び起こした。他の革命にもよくみられるように、旧政権支持者を打ち破った独裁主義が左右両派、保守、革命両グループを強硬な反対派結集に追いやるところまできていたのである」(I.ドイッチャー「スターリン・P.179」みすず書房)


BGM2

トロツキーは述べる。

「多くの点でいまだ後進的なロシアのプロレタリアートが半封建的君主制から社会主義独裁へという史上かつてない飛躍を数ヶ月で成しとげたからこそ、プロレタリアート自身の隊列の中で不可避的に反動がおこらなければならなかったのである。反動はつぎつぎに押しよせる波の中で強力になっていった。外部の諸条件と事件とが競ってその反動をはぐくんだ。干渉に干渉があいついだ。西欧の直接の支援はなかった。期待されていた富裕にかわって恐ろしいほどの窮乏が長らく国を支配した」(トロツキー「裏切られた革命・P.121」岩波文庫)


「恐ろしいほどの窮乏」。その一方、官僚主義制度は急速に完成に向けて諸条件を整えていた。急激な変化の後には必ず多少なりともその反動がやって来る。とはいえ「反動の時代」に顕著な官僚主義的傾向の増殖を許したのは何か。

「しかし反動の時代の特徴はなによりも思考する勇気が欠けていたことである」(トロツキー「裏切られた革命・P.124」岩波文庫)

BGM3

「支配党の急速な増大にともない、任務の新しさや大きさに面してたえず内部的な意見対立が生まれた。国内の隠然たる反対諸潮流はさまざまの手段を用いて唯一の合法的政治組織に圧力を加え、フラクション闘争(原語は『フラクツィヤ』でヨーロッパ語からの借用語。議会や大衆組織内に形成される党員グループの意と、党内部に形成される一定の政綱をもった党員集団の意をもつ。後者は邦語の派・閥・派閥・党閥・政策派閥に近い──訳注)を強化させようとした。内戦の終結の時点ではそれは国家権力を揺るがすおそれがあるほどはげしい形態をとるにいたった。一九二一年三月、少なからぬボリシェヴィキをまきこんだクロンシュタット反乱の日々、第十回大会党大会はフラクションの禁止、すなわち国家の政治体制を支配党の内部生活にもちこむという措置に訴えざるをえないと判断した。しかしフラクション禁止はやはり情勢が本格的に好転したらただちに撤廃されるべき例外的措置として考えられていた。同時に中央委員会は新しい掟の適用にきわめて慎重で、なによりもそれが党の内部生活の窒息を招かないように気をくばっていた」(トロツキー「裏切られた革命・P.129」岩波文庫)

BGM4

「しかし、党の内部生活にたいしてもっぱら管理上の都合の見地からのぞむようになっていた官僚には、当初の構想ではたんに重大な情勢ゆえの余儀なき譲歩として見なされていたものがこのうえなく気に入るところとなった。レーニンは早くも一九二二年、健康が短期間ながら回復したとき官僚主義の恐るべき成長に身ぶるいし、国家機構を占拠するまえにまず党機関の中軸になっていたスターリン・フラクションにたいするたたかいを準備した。レーニンが内部の反動にたたかいをいどむことができなかったのは、二度目の卒中と、それにつづく死のためであった」(トロツキー「裏切られた革命・P.129~130」岩波文庫)

BGM5

教育現場でも並行して「形式主義的」監獄化が進行していた。

「形式主義の砂漠にオアシスをつくりだそうという生徒たちのサークルはどんなに無邪気なものでも恐ろしい弾圧を招く。ゲーペーウーは手先を使っていわゆる『社会主義的な』学校に密告と裏切りという身ぶるいするような堕落をもちこんでいる。より考えぶかい教育者や児童作家たちは楽観主義の強制にもかかわらず、学校環境に死をもちこむための強制と欺瞞と倦怠の精神に面して時にみずからの恐怖をかくすことができない」(トロツキー「裏切られた革命・P.207」岩波文庫)

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