白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

野田民進幹事長と小沢自由代表が会談 野党共闘を協議か(3)

2016年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム

ところで、「連立」とか「共闘」とか。もっとすんなり行かない理由は一体どこにあるのか。行かないなら行かないで構わないと考え始めている人々は少なくないのだが。思想も立場も異なる相手と一時的にであれ手を組まねばならない情況に立ち至った時どうするか。レーニンの手法を見ておこう。

「われわれが深く確信していることであるが、社会革命党の見解をともにしながら、プロレタリアートの陣列でたたかっている労働者は、首尾一貫していない。なぜなら、彼らは真にプロレタリアート的な事業を行いながら、非プロレタリア的な見解を持ちつづけているからである。われわれはこの不徹底さと、思想的にもっとも断固としてたたかう義務があるが、しかし、緊要な、さしせまった、生き生きとした、すべての人にみとめられた、すべての誠実な人々を結集した革命の事業が、このためにそこなわれないような仕方でたたかわなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.53~54」国民文庫)


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「われわれは、これまでのように、社会革命党員の見解を、社会主義的な見解ではなく、革命的民主主義派の見解であると考えている。しかし戦闘的目的のためには、われわれは党の独立性を完全にたもちながら、ともにすすまねばならない、そして、ソヴェトこそ、戦闘的な組織であるし、またそうでなければならないのである。われわれがほかならぬ民主主義革命を遂行している現在、献身的な、誠実な革命的民主主義者を追放することは、ばかげたことであり、狂気のさたであろう。彼らの不徹底さをわれわれは容易に、片づけるであろう。なぜなら、歴史そのものが、現実の一歩一歩が、われわれの見解を支持するからである。われわれの出す小冊子が、彼らに社会民主主義をおしえないとしても、わが革命が、彼らに社会民主主義をおしえるであろう」(レーニン「一九〇五年の革命・P.54」国民文庫)

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「もちろん、依然としてクリスチャンで、神を信じている労働者も、神秘主義の味方(チェッ、チェッ)であるインテリゲンツィアも、不徹底である。しかしわれわれは、彼らをソヴェトから追いださないばかりでなく、党からさえ追いだしたりはしないであろう。なぜなら、現実の闘争が、戦列内での活動が、すべての生育力のある分子にマルクス主義の真理を確信させるであろうし、生育力のないものをすべてふるいおとしてしまうであろうと、われわれはかたく確信しているからである。一方、自分の力、すなわちロシア社会民主労働党内のマルクス主義者の圧倒的な力については、われわれは一瞬も疑ったことはない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.54」国民文庫)

人間という動物はとにかく他人を信頼できないことにかけてはなるほどどんな動物も及ばないに違いない。しかしこの「一瞬のためらい」「疑心暗鬼」「相互不信」が残っているうちは政治家として何を期待して行動すればいいのか。その点、レーニンの言葉は力強い。

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「私の見解では、政治上指導的立場にある革命的中心としては、労働者代表ソヴェトは、広すぎるどころか、狭すぎる組織である。ソヴェトは自分を臨時革命政府であると宣言するか、臨時革命政府を樹立するかしなければならないが、そのためには、どうしても、労働者の新しい代表ばかりでなく、第一には、すでにいたるところで自由をめざしている水兵と兵士の、第二には、革命的農民の、第三には、革命的ブルジョア・インテリゲンツィアの、新しい代表をもひきいれなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.55」国民文庫)

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「ソヴェトは臨時革命政府の強力な中核をえらびだし、それをすべての革命的政党と、すべての革命的(もちろん、自由主義的ではなくて革命的なものにかぎるが)民主主義者との代表で満たさなければならない。われわれは、顔ぶれがこのようにひろく、雑多であることをおそれず、むしろそれをのぞんでいる。なぜなら、プロレタリアートと農民の統合がなく、社会民主主義者と革命的民主主義者の戦闘的接近がなくては、ロシア大革命の完全な成功は、不可能だからである。これは、明白にきめられた、当面の、実践的任務のための一時的同盟であろう、そして社会主義的プロレタリアートのよりいっそう重要な、利益の守り手としては、その終局目標の守り手としては、独立した、原則的に一貫したロシア社会民主労働党が断固としてこれにあたるだろう」(レーニン「一九〇五年の革命・P.55」国民文庫)

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「顔ぶれが広範で、雑多であるにもかかわらず、実践的指導に十分な、結束した、単一の中心をつくりだすことができるだろうか、と私に反駁する人がいるかもわからない。私は、つぎの質問でそれにこたえよう。十月革命〔一九〇五年十月の全国的・政治的ストライキ〕はなにをおしえているか?ストライキ委員会は、《事実上》、一般にみとめられた中心、真の政府ではなかったか?そしてこの委員会は、自由のために容赦なくたたかうプロレタリアートを真に支持する、真に革命的な、『自由職業協会』と『自由職業協会連盟』の一部からの代表をその戦列に喜んでむかえいれたではないか?と。ただ必要なことは、臨時革命政府の基本的な、純プロレタリア的中核が、強力であること、たとえば、何百人かの労働者、水兵、兵士、農民にたいして、インテリゲンツィアの革命的団体の代表は、何十人かになることだけである。そして、私は、プロレタリアが、実際に正しい割合いをすぐうちたてることができるだろうと、おもっている」(レーニン「一九〇五年の革命・P.55~56」国民文庫)

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「このような政府の綱領であって、革命の勝利を保障するにたるほど完全なもの、またあらゆる言いのこしや、あいまいさや、沈黙や、偽善をしらない戦闘的結合の可能性をつくりだすにたるほど広範なものを、提出することができるだろうかといって、私に反論する人がいるかもわからない。このような綱領は、すでに生活によって完全に提出されていると、私はこたえよう」(レーニン「一九〇五年の革命・P.56」国民文庫)

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「このような綱領は、すでに原則的には、正教の聖職者をふくむ、国民の例外なくあらゆる階級と階層の、すべての自覚した分子によってみとめられている。この綱領で第一位をしめなければならないのは、ツァーリがきわめて偽善的に約束した政治的自由を実際に完全に実現することである。言論、信教、集会、出版、結社、ストライキの自由を束縛しているあらゆる法律の廃止と、この自由を制限しているあらゆる制度の廃止は、即時、現実に行われ、また保障されて、実際に行われなければならない。この綱領のなかには、自由な武装した人民に依拠し、ロシアに新しい秩序を樹立するために全権力と全実力とをもっているような、真に全人民的な憲法制定議会の召集がなければならない。この綱領のなかには人民の武装がなければならない。このような武装の必要は、あらゆる人によって自覚されている。のこっていることは、すでにはじめられ、いたるところでなされている仕事を、最後まで遂行し、統一することである」(レーニン「一九〇五年の革命・P.56」国民文庫)

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「臨時革命政府の綱領のなかには、さらに、ツァーリという怪物によって圧迫されている諸民族に、真の完全な自由をただちにあたえることがなければならない。自由なロシアは生まれた。プロレタリアートはその部署についている。彼らは、英雄的なポーランドがもう一度おしつぶされるのをゆるしはしないであろう。彼らはみずから戦闘に突入するであろう、しかもたんに平和的なストライキによるばかりでなく、武器を手にして、ロシアとポーランドの自由のために立ちあがるであろう。この綱領のなかには、すでに労働者によって『奪取されつつある』八時間労働日、その他資本主義的搾取を制限するために即刻必要な措置の確認がなければならない。最後に、この綱領のなかには、かならず、すべての土地を農民の手にうつすこと、すべての土地の没収にかんする農民のあらゆる革命的措置を支持すること(もちろん、小規模な土地用益の『均等性』という幻想を支持するわけではなく)、いまではすでにひとりでに結成されはじめた革命的農民委員会をいたるところで創設すること、がふくまれていなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.56~57」国民文庫)

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「この綱領が猶予ならないものであること、実践的に急を要するものであることを、いまみとめないものが、黒百人組と黒百人組の政府以外に、だれかあろうか?ブルジョア自由主義者でさえ、口さきでは、それをみとめることを辞さないではないか!だが、われわれには革命的人民の力でそれを実際に実行にうつすことが必要なのであり、そのために、プロレタリアートが臨時革命政府を宣言して、この力をできるだけはやく統一することが必要である。もちろん、このような政府の現実の支柱となることができるのは、武装蜂起だけである。だが、設計中の政府は、すでに成長し、成熟しつつあるこの蜂起の《機関》にほかならないではないか。蜂起が、すべての人の眼にあきらかな、いわばだれにも感じることのできる規模に成長するまでは、革命政府の創設に、実際に着手することはできなかった。だが、いまでは、この蜂起を政治的に統合し、それを組織化し、それに明確な綱領をあたえ、すでにたくさんあるが、しかも、急激にその数をましている革命軍部隊をすべて、この新しい、真に自由な、真に人民的な政府の支柱と武器に転化させなければならない。闘争は避けることができず、蜂起は必然的であり、決戦はすでに非常に近づいている。正面から挑戦し、解体していくツァーリズムにプロレタリアートの組織された権力を対置し、先進的労働者の手でつくられた臨時革命政府の名において全人民に宣言を発すべきときである」(レーニン「一九〇五年の革命・P.57~58」国民文庫)

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「われわれはいまではもう、革命的人民の内部からこの大事業を遂行することのできる人々、革命に私をすてて献身する人々、そして重要なことは、わきたつ無限のエネルギーをもった人々が現れるであろうということを、はっきり知っている。われわれはいまではもう、この事業を支持する革命軍の要素が存在していること、また新政府が、死に瀕した農奴制的・警察的ロシアに、決戦を宣言したあかつきには、住民のあらゆる階級のなかの誠実なもの、生あるもの、自覚したものはすべて、ツァーリズムと最後的に絶縁するであろうということを、はっきり知っている」(レーニン「一九〇五年の革命・P.58」国民文庫)

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「革命政府のこの宣戦布告、この宣言のなかでは、つぎのように述べねばならないであろう。──市民諸君、どちらかを選びたまえ!向うには、旧ロシア全体があり、搾取し圧迫し、人間を侮辱するいっさいの暗黒勢力がある。こちらには、すべての国事に平等な権利をもつ自由な市民の同盟がある。向うには、搾取者、富者、警察の同盟がある。こちらには、すべての勤労者、人民の生きた全勢力、すべての誠実なインテリゲンツィアの同盟がある。向うには、黒百人組があり、こちらには、自由と啓蒙と社会主義のためにたたかう組織労働者がある」(レーニン「一九〇五年の革命・P.58」国民文庫)

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