白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

アニメで交流、日ロの「懸け橋」に 元国後島民の3世(1)

2016年12月13日 | 日記・エッセイ・コラム

13日朝日新聞から。

アニメで交流、日ロの「懸け橋」に 元国後島民の3世

日本とロシアを「両思い」に――。15日に迫った山口県での日ロ首脳会談に期待をかける国後島の元島民3世の青年がいる。かつて「敵の島」と憎んだ北方領土を何度も訪れ、ロシア本土の若者とアニメを通した交流を重ねてきた。「もっと互いを知ろう」と訴える。
─────
前回、E.H.カーから引用した。主なものとして次の名前が上げられていた。レーニン、スターリン、トロツキー、ジノーヴィエフ、カーメネフ、ブハーリン、プレオブラジェンスキー、ジェルジンスキー、オルジョニキーゼ。スターリンについてはI.ドイッチャーから次の部分を引用した。

「スターリンという名前は一度も挙げられていなかったが、この攻撃が個人的にだれを目指しているかは明白だった──労農監督部創設以来、四年間にわたって、スターリンは同部の最高責任者の地位にあった」(ドイッチャー「スターリン・P.203」みすず書房)


「代々農奴の家に生れたグルジア人が動かしていた人民委員部は、全行政機関の活動を審理しなければならない立場にありながら、自らは《官僚的、農奴的文化》のなかで我がもの顔に振舞っていたに違いない」(ドイッチャー「スターリン・P.203」みすず書房)

BGM1

いま上げたそれぞれの主要人物について、実際のところレーニンの「遺書」にはどう書かれているか。引いてみよう。なお、プレオブラジェンスキーについては「ロシア共産党(ボ)第十一回大会」の中で大きく取り扱われていたためかどうかわからないが、ここでは省かれている。

「一九二二年十二月二十四日。──わが党は二つの階級を基礎としているので、党の不安定ということは、ありうる。そして、もしこの二つの階級のあいだに協定が成りたちえないものとすれば、党の没落は避けられない。そのばあいには、なにかと措置を講じたり、総じてわが中央委員会の安定性について論議したりしても、むだである。このばあいには、どんな措置を講じても、分裂をふせぐ力はないであろう」(レーニン「大会への手紙~覚え書の続き~」・「レーニン全集36・P.702~703」大月書店)


「二つの階級」とあるのは「労働者」「農民」の二つ。

BGM2

「私がいま念頭においているのは、近い将来の分裂をふせぐ保障としての安定性のことであって、ここでは純然たる個人的な事情をいくつか検討してみようとおもう。私は、この見地からみた安定性の問題で基本的なのは、スターリンやトロツキーのような中央委員であると考える。私の見るところでは、分裂の危険の大半は、彼らの間柄からきている。この分裂は避けようとおもえば避けられるだろうし、私の意見では、中央委員の数を五〇人ないし一〇〇人にふやすことが、とりわけ、それを避けるのに役だつにちがいない」(レーニン「大会への手紙~覚え書のつづき~」・「レーニン全集36・P.703」大月書店)

「分裂」回避のためのアイデアが提案されるべきところなのだが、余り力が込もっていない様子である。身体的に持たないという点もあるが、それと同等か、あるいはそれ以上に、党内においてさえもはや分裂は不可避とする気分が圧倒的かつ支配的だったのだろう。それでも指摘すべきは指摘しておかなければならない立場であった。

BGM3

「同志スターリンは、党書記長となってから、広大な権力をその手にしたが、彼がつねに十分慎重にこの権力を行使できるかどうか、私には確信がない。他方、同志トロツキーは、彼が交通人民委員部の問題について中央委員会と闘争したことがすでに証明したように、めだった点は、すぐれた能力をもつ人物というだけではない。個人的には、彼は、おそらく現在の中央委員中でもっとも有能であろうが、しかしまた、度はずれて自己を過信し、物ごとを純行政的な側面に度はずれに熱中する傾きがある。現在の中央委員会のこのふたりのすぐれた指導者のもつこういう二つの資質はふとしたことから分裂をひきおこすことになりかねない。そして、もしわが党がそれを防止する措置を講じないなら、思いがけなく分裂がおこるかもしれない」(レーニン「大会への手紙~覚え書のつづき~」・「レーニン全集36・P.703」大月書店)

BGM4

「ジノヴィエフとカーメネフの十月のエピソードは、もちろん、偶然のものではなかったが、しかし、そのことで個人的に彼らを責めてはならないのは、まさに非ボリシェヴィズムの点でトロツキーを責めてはならないのと同じである、ということである。──ブハーリンは、党のきわめて貴重な、最大の理論家であるだけでなく、正当にも全党の寵児(ちょうじ)とみなされているが、彼の理論的見解を完全にマルクス主義的とみなすことには、非常に大きな疑問をいだかないわけにはいかない。というのは、彼にはスコラ学風のところがあるからである(彼はけっして弁証法を学ばなかったし、けっして十分にそれを理解しなかったと私はおもう)」(レーニン「大会への手紙~覚え書のつづき~」・「レーニン全集36・P.703~704」大月書店)

「ジノヴィエフとカーメネフの十月のエピソード」。当時の様子については、前回、トロツキーによる詳細な記録を見た。

BGM5

「大会への手紙~覚え書のつづき~」には翌年(一九二三年一月四日)になって追加された部分がある。次の通り。

「スターリンは粗暴すぎる。そして、この欠点は、われわれ共産主義者のあいだや彼らの相互の交際では十分がまんできるものであるが、書記長の職務にあってはがまんできないものとなる。だから、スターリンをこの地位からほかにうつして、すべての点でただ一つの長所によって同志スターリンにまさっている別の人物、すなわち、もっと忍耐づよく、もっと忠実で、もっと丁重で、同志にたいしてもっと思いやりがあり、彼ほど気まぐれでない、等々の人物を、この地位に任命するという方法をよく考えてみるよう、同志諸君に提案する。この事情は、とるにたりない、些細なことのようにおもえるかもしれない。しかし、分裂をふせぐ見地からすれば、また、まえに書いたスターリンとトロツキーの間柄の見地からすれば、これは些細なことではないとおもう。あるいは、些細なことだとしても、決定的な意義をもつようになりかねないそういう種類の些細なことだとおもう。一九二三年一月四日」(レーニン「大会への手紙~覚え書のつづき~・一九二二年十二月二十四日付の手紙への追記」・「レーニン全集36・P.704~705」大月書店)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 進むヘリパッド建設、沖縄・... | トップ | アニメで交流、日ロの「懸け... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。