白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

核兵器禁止条約、交渉へ決議採択 国連、日米ロなど反対(3)

2016年10月28日 | 日記・エッセイ・コラム

二〇世紀の百年を通して、特に戦争と革命を通して、世界は様々なことを学んだ。もっとも、その教訓が現在どのように活かされているか。はなはだ疑問ではあるが。ともかく、学ぶべきことは大量にあった。しかしそのすべてを本当に活かしきれているだろうか。戦争にしても革命にしても小ブルジョアジーの動向にしても、二十一世紀は技術の革新とともに大きく変化した。変化したからと言って、では学ぶべきことは少なくなっただろうか。むしろ増えたかのような様相すら呈している。急激な変化と同時に、戦争と革命的言動の両方から、学ぶべきことは大いにある。とりわけ基本的な意味での変化はほとんどないかのように思われはしないだろうか。二〇世紀という戦争と革命の世紀を通して。

「ヨーロッパの戦争は、他に比類がないほど苛酷なものになるだろうということは、だれもが知っており、見ており、またみとめたところである。戦争の経験は、ますます、このことをうらがきしている。戦争は拡大しつつある。ヨーロッパの政治的屋台骨は、ますますぐらついている。大衆のうけた災厄は、おそるべきものであり、これらの災厄を黙殺しようとする政府は、ブルジョアジーおよび日和見主義者の努力は、いよいよ頻繁に失敗をかさねている。一群の資本家たちの戦争利潤は、前代未聞に、外聞の悪いほど、巨額にたっしている。矛盾の激化ははなはだしい。はけ口のない大衆の憤怒、ほどよい(『民主的な』)講和をしたいというしいたげられた、無知な階層の漠然たる願望、きざしはじめる『下層』の不平──すべてこれらは現に目のまえにある。ところで、戦争がさらにながびき、より激化すればするほど、それだけに政府は、大衆に異状な力の緊張と自己犠牲を呼びかけてみずから大衆の活動力をますます強力に発展させるし、また発展させずにはおかない。歴史上のあらゆる危機、あらゆる大災厄と人間生活におけるあらゆる激変の経験と同様に、戦争の経験は、ある人々を愚鈍にしうつひしぐが、《しかしそのかわり、他の人々を啓発しきたえあげる》。しかもだいたいにおいて、全世界の歴史においては、あれこれの国家の衰頽と滅亡の個々のばあいを別とすれば、後者の数と力のほうが前者のそれより大きかったのである」(レーニン「第二インタナショナルの崩壊」・「第二インタナショナルの崩壊 他・P.39」国民文庫)


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「ブルジョアジーの御機嫌をとるために、プレハノフは弁証法をこのように恥しらずに歪曲したが、この弁証法の根本命題を戦争に適用すると、『《戦争は、異なった》』(すなわち暴力的な)『《手段による政治のたんなる継続である》』ということになる。これが、戦史の問題にかんする偉大な著者の一人であるクラウゼヴィッツの定式であり、彼の思想は、ヘーゲルによってゆたかにされたものである。そしてまたこれこそが、つねに、マルクスとエンゲルスの見地であったし、マルクスとエンゲルスは、《あらゆる》戦争を、そのときどきにおける当該関係列強の──およびこれらの国々の内部の《種々の階級》の──政治の《継続》として考察したのである」(レーニン「第二インタナショナルの崩壊」・「第二インタナショナルの崩壊 他・P.45」国民文庫)

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「革命の数ヶ月は、ときには政治的停滞の数十年よりもいっそうすみやかに、いっそう完全に市民を教育する。革命的階級の自覚した指導者の任務は、このような教育の事業で、つねに革命的階級の先頭をすすみ、新しい任務の意義を説明し、われわれの偉大な終局目的にむかって前進するよう、呼びかけることである。こんご革命軍の編成と臨時革命政府の樹立を企てるにあたってかならずわれわれを持ちもうけている失敗も、かえってこれらの任務の《実践的な》解決の仕方をわれわれにおしえ、かえって新しい、溌剌とした、いまは内部にかくれている人民の力量をこれらの任務の解決にひきよせるであろう」(レーニン「一九〇五年の革命・P.38」国民文庫)


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「軍事問題をとりあげてみたまえ。すこしでも歴史を知り、軍事問題の偉大な達識者エンゲルスからまなんだ社会民主主義者はだれひとり、軍事知識が巨大な意義をもっていること、軍事技術と軍事組織とが、偉大な歴史的衝突を解決するために人民大衆と人民諸階級とが利用する武器として、巨大な重要性をもっていることを、かつて疑わなかった。社会民主党は、かつて軍事的陰謀をもてあそぶほどに堕落したことはなく、内乱が開始しているという条件が現に存在しないかぎりは、軍事問題を前面におしだしたことはけっしてない。しかし、《いまでは》、すべての社会民主主義者が軍事問題を、たとえ第一位におしだしていないにしても、第一級の地位の一つにおしだしており、軍事問題の研究と、軍事問題を人民大衆に知らせる仕事とを日程にのぼしている。革命軍は、ロシア人民のこんごの全運命を決定し、自由の問題という第一の、もっとも緊切な問題を解決するために、軍事知識と軍事的武器とを実践的に応用しなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.38~39」国民文庫)

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「ごく最近、軍事技術は、さらに新しい前進をとげた。日露戦争は、手榴弾を出現させた。武器工場は自動小銃を市場におくりだした。この両方とも、すでにロシア革命のなかでみごとにつかわれはじめているが、その規模は、まだまだ不十分である。われわれは、技術の改良を利用し労働者部隊に爆弾を大量に用意することをおしえ、彼らやわれわれの武装隊が爆薬や導火線や自動小銃を貯えるのをたすけることができるし、またそうしなければならない。労働者大衆が都市の蜂起に参加するならば、敵にたいして大衆的攻撃がおこなわれるならば、国会や、スヴェアボルグとクロンシュタットの事件ののちにますます大きく動揺している軍隊を獲得するために、断固たる、たくみな闘争がおこなわれるならば、また共同の闘争に農村が確実に参加するならば──つぎの全国的な武装蜂起の勝利はわれわれのものである!」(レーニン「一九〇五年の革命・P.70~71」国民文庫)

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「動揺する者を《たすけよう》と望むなら、まず自分が動揺しなくなることから始めなければならない」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.52」国民文庫)


だから「動揺」から来る「強行採決」などという議場内の暴力的制圧行為は、実質的には国会の暴力的占拠としてしか見えていない。言うまでもなく論外。しかしそれを阻止できない野党サイドもまた情けないと溜息するほかないのだろうか。学んだこと、あるいは学び直すべきことは、まだまだあるにもかかわらず。

「人民のあいだでの扇動全体をたてなおして、ほかならぬ現在の革命の、そしてとくに七月事件の具体的経験を考慮したものに、改めなければならない。すなわち、人民の真実の敵、軍閥、カデット、黒百人組をはっきりと指摘し、また小ブルジョア諸党、エス・エルとメンシェヴィキの諸党が死刑執行の助手の役割をつとめてきたこと、現につとめていることを、はっきりと暴露するように、改めなければならない。軍閥の権力を倒さないかぎり、エス・エルとメンシェヴィキの諸党を暴露して、人民の信頼を失わせないかぎり、農民が土地を受け取る見込みはまったくないことを明らかにするように、人民のあいだでの扇動全体を改めなければならない。資本主義発展の『正常な』条件のもとでは、これはきわめて長い時間を要する。きわめて困難な過程であろうが、戦争と経済的崩壊とは、どちらもこの仕事をすばらしく促進するであろう。この二つは一ヶ月を、いな一週間をさえ、一年に等しいものとすることのできる『促進者』である」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.69~70」国民文庫)

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「諸事件が、とりわけ帝国主義戦争とこの戦争によってひきおこされたきわめて深刻な危機に影響されて、異常な速さで発展してきたロシア革命の経験、一九一七年二月から七月にいたるこの経験は、小ブルジョアジーの地位の不安定性についての古くからのマルクス主義の真理を、すばらしくあざやかに、まざまざと確証した。ロシア革命の教訓はつぎのとおりである。勤労大衆が戦争、飢え、地主と資本家による奴隷化、という鉄の万力からまぬかれる道は、エス・エルとメンシェヴィキの諸党と完全に手をきり、彼らの裏切的役割をはっきりと認識し、ブルジョアジーとの協調はいかなるものもことごとくしりぞけ、断固として革命的労働者の味方となるほかにはない」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.90~91」国民文庫)

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「ロシアが公正な講和を提議せず、帝国主義と手をきらないあいだは、ロシアの側についてみて、戦争は、不正義の戦争、反動的な戦争、征服戦争である。戦争の社会的性格、その真の意義は、(無知な百姓のような卑俗な水準に落ちこんだエス・エルとメンシェヴィキが考えているように)敵の軍隊がどこにいるかということで決まるのではない。この性格は、戦争が《どんな政治》の継続かということで(「戦争は政治の継続である」)、《どの階級》がどんな目的で戦争をやっているかということで、決まるのである」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.155」国民文庫)

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「秘密条約にもとづいて大衆を略奪戦争に引きこんでおいて、大衆の熱情を期待することはできない。革命的ロシアの先進的な階級であるプロレタリアートは、この戦争が犯罪的なことをますますはっきりと認識している。そして、ブルジョアジーは、大衆にこの確信を捨てさせることができなかったばかりでなく、この戦争が犯罪的だという認識はかえって強まっている。ロシアの《両首都》のプロレタリアートは、最後的に国際主義的になった!それなのに、どうして戦争にたいする大衆的熱意などを語ることができようか!」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.155~156」国民文庫)

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「戦争は、はかりしれない危機を生みだし、人民の物質的および精神的な力をはなはだしく緊張させ、今日の社会組織全体に深刻な打撃を与えたので、人類は、滅びるか、それともより高度の生産様式にもっとも急速に、もっとも徹底的に移行するために、自分の運命をもっとも革命的な階級にゆだねるか、二つに一つを選ばなければならなくなった」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.156~157」国民文庫)

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「いくつかの歴史的な原因──ロシアが他国よりもおくれていたこと、戦争がロシアに特別の困難をもたらしたこと──ツァーリズムが極度に腐敗していたこと、一九〇五年の伝統が異常に生き生きとのこっていたこと──のため、ロシアでは、他の国々にさきがけて革命が起こった。革命の結果、ロシアは、数ヶ月で、《政治》制度の点で先進諸国に追いついた。だが、それだけではない。戦争は仮借ないものであり、容赦ない鋭さでつぎの問題を提起している。すなわち、滅びるか、それとも《経済的にも》先進諸国に追いつき、追いこすか、という問題である」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.157」国民文庫)

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「《経済的にも》先進諸国に追いつき、追いこすか」。この問題は後々まで随分検証された。また様々な専門家の見方によって当然異っていた。しかし実際、ソビエト連邦樹立の最初期には凄まじい勢いで「先進諸国に追いつき、追いこ」した。余りの勢いに驚嘆したのはどの国よりも先を行っていたはずのアメリカ合衆国だった。ソ連の急速な経済的発展に負けてはならない。そう考え新しい経済政策が発明された。その一つに余りにも有名なケインズ経済学と「マーシャル・プラン」がある。しかしソ連は思想警察、住民監視、強制収容所など、まるで今の日本の「秘密保護法」と極めて近い政治体制を敷いた。それだけが直接の原因でないとはいえ、結果的にソ連は政治的にも経済的にも破綻した。だがしかし、ソ連の崩壊は同時にアメリカの勝利を意味しない、ということも最近になって明らかになってきた。いまやロシアとアメリカ、それに中国を含めたとしても、これら「軍事大国」は、どこまでも完全な敵対関係にあるとは言えないからだ。ところで、二〇世紀からもっと学ぼう。

「これは可能なことである。なぜなら、われわれは、多くの先進諸国の既得の経験、それらの国の技術と文化の既得の成果を、目のまえに見ているからである。ヨーロッパで高まっている戦争反対の抗議、成長しつつある世界労働者革命の雰囲気が、われわれに精神的援助を与えてくれる。帝国主義戦争の時期にあたってはきわめてまれな革命的民主主義的自由が、われわれをふるいたたせ、駆りたてている。滅びるか、それとも全力をあげて突進するか。歴史は、問題をこのように提出している」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.157」国民文庫)

この切迫感満々たるレーニンの問いかけには、党中央委員会に対する脅迫めいた迫力すら漂っていたと、のちにトロツキーらは回顧している。

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「こういう時代におけるプロレタリアートの農民にたいする態度は、農民をブルジョアジーの影響下からもぎとるというボリシェヴィキの従来の方針を──適当な修正をくわえながら──確認するものである。これだけが、革命を救う保障である。そして、農民は、小ブルジョア大衆全体の、もっとも人数の多い代表者である。わがエス・エルとメンシェヴィキは、農民をブルジョアジーの影響のもとにひきとめ、農民をプロレタリアートとの連立へではなくて、ブルジョアジーとの連立へ導くという、反動的な役割を引き受けた」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.157~158」国民文庫)

「農民」とある。マルクス=エンゲルスのいう通り、ここでは現代的な解釈が施されねばならない。この「農民」とは当時のロシアの「大多数」という意味なので、現代的には要するに「正社員、非正規社員、専業主婦、アルバイト、パート従業員、日雇い労働者、失業者など」となるだろう。

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「革命の経験は、大衆を急速に教育している。こうして、エス・エルとメンシェヴィキの反動的な政策は、破綻しつつある。彼らは、両首都のソヴェトで敗北をなめた。この両小ブルジョア民主党のなかには、『左翼』反対派が成長しつつある。ピーテル(ペテルブルグ=ペトログラード=サンクト・ペテルブルグ」)では、一九一七年九月十日のエス・エルの市協議会で、プロレタリアートとの同盟に傾き、ブルジョアジーとの同盟(連立)を拒否するエス・エル《左派》が、三分の二の多数を占めた」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.158」国民文庫)

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ここでもまた、戦争/革命/マスコミ/世論との関連、なかでも「情報戦略」について特記しないわけにはいかない。次を見よう。

「ロシア革命の諸事件は、とくに五月六日以後、またそれにもまして七月三日以後、旋風か爆風のような、信じられないほどの速さで発展しているので、党の任務は、けっしてこの発展を促進することではない。反対に、事件に立ちおくれないようにし、情勢の変化と階級闘争の進行上の変化を労働者と勤労者にできるだけ理解させるわれわれの活動においておくれをとらないように、最大の努力をそそがなければならない。いまも党の主要な任務は、まさにつぎのことにある。それは、情勢がおそろしく危機的であり、どんな行動も爆発に終わりかねないので、早まった蜂起は最大の害を及ぼすおそれがあるということを、大衆に説明することである。しかし、それと同時に、危機的な情勢は、労働者階級が、彼らに依存しない事件の転換によって、反革命的ブルジョアジーとの決定的戦闘にはいり、権力を獲得せざるをえない状態に、彼らを不可避的に──しかも、おそらくは破局的な速度で──導いていく」(レーニン「さしせまる破局、それとどうたたかうか 他・P.96~97」国民文庫)

問題にされているのは政治的行動において常に問われる「タイミング」に関する「動力学的」心構えだ。トロツキーは述べる。

「いまやことばから行動に移るときである。『わが党はいま民主主義会議で事実上、自分たちの大会を開いており、その大会で(好むと好まざるとにかかわらず)革命の運命を決しなければならない』。決定はひとつしか考えられない──武力革命である。蜂起にかんするその最初の手紙でレーニンはさらに注釈を加える。『問題なのは、蜂起の『日』でも、狭い意味でのその『瞬間』でもない。それを決めるのは労働者や兵士など、大衆と接している人々の共通の声だけである』。しかし、その二、三日後(当時の手紙には普通、日付がない──忘れたせいではなく、秘密保持のためである)、レーニンは明らかに民主主義会議が瓦解しはじめているという印象のもとで、行動への即時移行を主張し、その場で実際的計画を提起する」(トロツキー「ロシア革命史4・P.371」岩波文庫)


しかし、この「瞬間」とは?。トロツキーは実に上手い具合に言っている。

「『瞬間』ということばは、一定の日や時間としてあまりに文字どおりに理解してはならない。自然は出産にたいしてもかなり時間の幅をあたえており、その境目には助産の技術ばかりでなく、相続権の法適用論も関心をもつ。蜂起を起こす試みがまだ否応なしに時期尚早で、革命の流産をもたらさなければならない時点と、有利な情勢ではすでに絶望的に失われたと考えるほかない時点の間には、革命の一定の期間──それは数週間かもしれないし、ときには数ヶ月間かもしれない──が流れる。その期間内に、多かれ少なかれ成功の可能性を期待して蜂起をおこなうことができる。その比較的短い期間を見定め、ついで、最後の一撃を加えるために正確な日にちと時間という意味で一定の瞬間を選ぶという点で、革命指導部にはもっとも責任ある任務が提起される。それは決定的な問題であると言ってかまわない。なぜなら、それは革命の政策を蜂起の技術と結びつけるからである。蜂起が戦争と同じように、手段を異にするだけの政治の継続であるということを指摘する必要があろうか?」(トロツキー「ロシア革命史5・P.30」岩波文庫)

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「手紙の調子だけでもうペトログラードの指導者の優柔不断がレーニンにいかに破滅的に見えていたかがわかる」(トロツキー「ロシア革命史4・P.379」岩波文庫)

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