白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

山城さん家族 街頭に 長期勾留に支援者らと釈放訴え(3)

2017年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

「ご存知の通り、アメリカは大統領が替わったばかり。これからの政策、特に経済がどうなるかはまったく未知の世界なのですが、今回のNAMMショウは、楽器業界は熱気があるんだとパワーを感じさせる盛況ぶりでした」(ウイリアム・ヘイムス「YOUNG GUITAR2017年3月号・P.187」シンコー・ミュージック )

漱石もまた言ってるけど。

「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい。住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)が出来る」(夏目漱石「草枕・P.5」新潮文庫)


ウイリアム・ヘイムスの連載も相当長い。漱石のいう「引き越し」で思い出しました。一九九四年一月十七日「ロサンジェルス大地震」。あの時はポール・ギルバートすらびっくりして一時「引き越し」したとか。でもシーンには戻ってきてくれた。アートは良いよね!

音楽コーナー。

「YOUNG GUITAR2017年3月号」(シンコー・ミュージック)


さて、P.26~51。「THE メタル・ギター」。その後半。でもその前に。「with 乃木團(from 乃木坂46)」とある。P.140~151のギター・スコアには“コウモリよ”が載っている。せっかくだから“コウモリよ”をコピーすることにしました。何せ「ワニさんマーク」だから。なぜかはよくわからないんだけど、十代の頃から、この「ワニさんマーク」を見るとふつふつと無性にギターが弾きたくなるんだよね。OZZY OZBOURNE“MR.CROWLEW”もそんな感じで完コピしたうちの一曲です。

BGM25

“EPIPHONE”。(with 和田まあや)。いかにもマホガニー・サウンド。試奏してるKOUTAを見てて思いました。このギターは「実用向き」だと。コメントにこうある。「アームレスのVシェイプとしては実は珍しい24フレット仕様」。トーン・ノブがキル・スイッチ兼用。最近よく見かけるようになりましたね。でもそれだけじゃなくて面白いこだわりがある。普段の練習は椅子に腰掛けて、ってキッズが大半だと思いますが、その時に太腿に当たるギター側面に、黒いゴム製の滑り止めが付いている。P.40のフォト(with 和田まあや)を見よう。驚くべきことに格好わるくないんだよ。始めからそういうコンセプトでデザインされた機種って印象で違和感がない。フライングVで練習する場合、椅子に腰かけて練習するとつるつる滑るって難点だったんだが、それが解消されてる。価格も比較的廉価だし。エピフォンだから廉価なんだろ?って簡単に言う人々もいるにはいるけど、そんな場外の野次なんて無視すりゃいい。だってそれを言い出したら“JACKSON”だって言ってしまえば“Fender”系列でしかねえじゃん、なんて不毛な議論になるだけだから。あくまで選択は賢く、用途に合わせて、挑んでみたいですね。

BGM26

“KILLER”。(with 中元日芽香、能條愛未)。P.42のフォト(with 中元日芽香、能條愛未)は2本映っています。2本合わせりゃ車が一台買える。それもそのはず。高崎晃モデル。説明がいらないくらいラウドネスしています。不思議なのは、KOUTAの試奏は実にそっくりの演奏で、しかも文句なく一流だと思うんだけど、高崎晃自身の生音とはどこか違うって言うか。どこがどう違うのかギターにしかわからないことかも知れない。高崎晃にしか出せない音なのかも知れないね。ちなみにイングヴェイがデビューする前はスウィープ・アルペジオって便利なテクニックはロック界になかったのですが、じゃあ、どうやって同じフレーズを弾いていたかって言うと、オルタネイト・ピッキングで弾き倒していたわけ。みんなそういうもんだって思ってたもの。高崎晃も勿論そうだった。ラウドネス“DREAM FANTASY”のギター・ソロの決めフレーズなんかそうだよね。スウィープが定着する以前の話。んで、エクササイズとしてはスウィープでもオルタネイトでも弾けるようにしておくとピッキング・テクニックはより一層レベル・アップすること間違いなしってことです。

BGM27

“SCHECTER”。(with 川村真洋)。個人的には最も好みの音かな。どの音域でもまったく雑味がなくてクリアこの上ない。ネックやフィンガーボードのすべすべ感まで伝わってきそうだ。派手なインレイは苦手なんだけど、このギターのインレイはなぜか嫌味のない良質なデザインに思える。コントラストがはっきりしてるのと、メタル系という枠は特に気にしなくても良いかなと思えてしまうほど、どちらかって言うとクラシック音楽に用いる楽器類のデザインを想い起こさせるインレイだからかも知れないですね。試奏を聴いた限りでは、ヴィブラートでもろに特徴が出るのかな。速く激しく揺らしてみても、ゆったり大きく揺らしてみても、どちらにしても指の動きを忠実かつダイレクトに伝達してくれそう。その意味では、弾く側にとっては楽しくもあり怖くもあるよね。

BGM28

“ERNIE BALL MUSIC MAN”。(with 中田花奈、和田まあや)。KOUTAも言ってますが、これ1本で何でもできてしまいそうです。M-Card映像見て思った。楽屋でのドリーム・シアターってこんな雰囲気なんじゃないの?って。ちなみに、ギターのカラーは白色だけじゃなくて他にも様々あるようです。試奏に用いられた白色の場合、P.46の中田花奈のブーツのデザインがぴったり嵌まりましたね。最初からそのつもりだったのかどうかはわかんないけど。よく似合っていると思います。

BGM29

“IBANEZ”。(with 斎藤飛鳥)。メシュガー・サウンドの肝はここにあったのか!極太極長スルー・ネック。ギター本体が随分重いんじゃないかなあと思っていたら、実際「重い」らしい。とはいえ、個人的なこと言えば重量はそれほど気にならないんだよね。高校時代。実はベースを担当してた時期があったからか、耐えきれないほど苦にはならないと思います。でも、ごく普通の感覚から言えば多分、やっぱり重いのでしょう。何せあの音聴けば誰でもそう思うだろうし。でも、昨今のアニマルズ・アズ・リーダーズの活躍のおかげか、メタルという枠にとらわれず、新しい音楽作りのための1本として持ってても良いかなあと。例えば、アヴァンギャルド。本格プログレとか。現代音楽とかさ。まあ、現代音楽はクラシック業界なんだけど、実は「難解になり過ぎた」という理由で空中分解しちゃった。でも断片は残っていて、それらは様々な音楽製作分野で、素材の部分として利用されてはいるんだよ。しかも思いがけないほど身近なところ。映画業界とかアニメ業界とかが代表的かな。うたた寝してしまいそうな時は寝ればいいんだけど、起きた時なんかにふと思い付いたアイデアをすぐに試すことができる。何かの「風景」でも良いでしょう。が、それは既にフュージョン周辺のミュージシャンがやってますね。でも、「風景画」ならどうでしょう。あるいは「《ネオ》・シュール・レアリズム」とかね。昔のシュール・レアリズムは中途半端なとこで止まってしまった感じがなくもない。方法にも限界があったし。が、フーコーのいう「人間の消滅」が現実のものとなってきつつある今、かつてとはもっと別次元へ進んでみようって「乗り」はあって良いと思うし、実験的にであれ、実際にやり始めたアーティストも居ますから。

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