白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

自由律俳句──二〇一七年五月十六日(1)

2017年05月16日 | 日記・エッセイ・コラム

二〇一七年五月十六日作。

(1)病的疲労だ昼寝で葬る

(2)握り飯握って居る日付が変わる

(3)わからなくなってきた昼夜

(4)洗濯機が呼ぶ茶を置く

(5)ありそうでなさそうな楽できない

☞「ジャクる、とは海軍用語で、上官に反抗することである」(睦月影郎「永遠のエロ・P.47」二見文庫)


知らなかった。知らなくても構わないが。

BGM1

「女学生たちは、一、二年の低学年の大部分は地方へ疎開し、三、四年生は海軍工廠に勤務していた。残っているのは卒業待ちの五年生ばかりらしい」(睦月影郎「永遠のエロ・P.47」二見文庫)

BGM2

「百合子が、笑みを見せて言った。白いブラウスに黒のタイトスカート。髪を引っ詰めてノーメイクだが、濃い眉が凛々(りり)しく、実に颯爽とした美女だった」(睦月影郎「永遠のエロ・P.48」二見文庫)

カバーイラストのモデル。最も男性の気を引く典型例の一つ。喪服や制服に継ぐほどの人気。社会的認知度は今一つらしい。多くの女性(時には男性も)は逆に誤って思い込んでいるようだが。

BGM3

「治郎は美少女の足の匂いを貪り、爪先にしゃぶり付いて、順々に指の間に舌を潜り込ませていった。『あう──、い、いけません──、そんなところ──』『いや、全て味わえと上官からの厳命なんだ。どうかじっとしていて』恥じらう志保に、治郎は適当なことを言いながらしゃぶり尽くし、もう片方の足も、味と匂いが薄れるまで貪ってしまった」(睦月影郎「永遠のエロ・P.54」二見文庫)

BGM4

戦中と戦後に生じてきた男性不在による乱倫は特に語り継がれて長い。

「『私の夫も、南方へ発ったばかりなのです』『そうだったのですか──』もし治郎の到着がもう少し早ければ、彼女の夫と同じ艦だったかも知れない。聞くと、百合子は二十三歳。海軍工廠で知り合った将校と結婚し、僅か半月で出撃していったようだ。ここも夫の家で、親たちはすでに疎開しているらしい。『そこでお願いです。私を抱いて下さい』『え──』決意を秘めた美しい顔に真っ直ぐ見つめられ、治郎は驚いて聞き返した。『私には身寄りがありません。仮に夫が戻らなくても、子がいれば何とかなります。半月の間では、孕んだかどうかも分かりませんので』なるほど、とにかく子が欲しいのだろう。大変だろうが、それが生き甲斐にもなるし、この家との繋がりも保てる。打算ではなく、身寄りのない者には必死の願いのようだった」(睦月影郎「永遠のエロ・P.66~67」二見文庫)

BGM5

場面が変わる。治郎は逆に女子生徒を教える側に立つ。

「『いいかい?よく聞いて。その月の十八日に、横須賀に空襲がある。その日は決して外へ出ないように。それを覚えて』治郎は祖父、二郎に何度となく聞かされていた話を思い出しながら言った。志保の命日は七月十八日である。その日、横須賀鎮守府と海軍工廠がB-29の空襲に遭い、停泊中の戦艦長門(ながと)も損害を受けたと聞いている」(睦月影郎「永遠のエロ・P.83」二見文庫)

BGM6

次の光景は特にNHK朝ドラで好まれ、採用される割合の高いシーン。

「校内はどこもがらんとして静かだった。戦時中の学校とは、こんなものなのだろうか」(睦月影郎「永遠のエロ・P.85」二見文庫)

BGM7

「海軍さん」「軍人さん」という用語の用い方が秀逸な二例。

「なおも尿道口から滲む白濁のシズクを丁寧に舐め取ってくれた。『も、もういい──』治郎が過敏に反応し、身悶えて言うと、ようやくみな顔を上げた。『生臭いわ。でも味はあんまりしないのね──』『これが海軍さんの子種なのね──』」(睦月影郎「永遠のエロ・P.95」二見文庫)

「『ね、今度は僕が舐めたい。一人ずつ顔に跨がって』治郎が言うと、また三人は激しく身じろいだ。『そ、そんな、大切な軍人さんを跨ぐなんて』」(睦月影郎「永遠のエロ・P.96」二見文庫)

BGM8

対照的な文章がある。谷崎潤一郎。猫の性質の一つに関してこう述べている。

「『リリー』と呼ばれると、『ニャア』と云いながら寄って来る。そこを摑まえようとすると、又するすると手の中を脱(ぬ)けて行ってしまう。庄造は猫のこう云う性質がたまらなく好きなのであった。わざわざ戻って来るくらいだから、余程恋いしかったのであろうに、そのなつかしい家に着いて、久しぶりで主人の顔を見たのでありながら、抱こうとすれば逃げてしまう。それは愛情に甘える《しぐさ》のようでもあるし、暫く会わなかったのがキマリが悪くて、羞渋(はにか)んでいるようでもある。リリーはそう云う風にして、呼ばれる度に『ニャア』と答えつつ屋根の上をうろうろしていた」(谷崎潤一郎「猫と庄造と二人の女・P.43」新潮文庫)


BGM9

「庄造は、彼女が痩(や)せていることは最初から気が付いていたけれど、なおよく見ると、ひと月前よりは毛の色つやが悪くなっているばかりでなく、頸(くび)の周りだの尾の周りだのが泥(どろ)だらけになっていて、ところどころに薄(すすき)の穂などが喰(く)っ着いていた。貰われて行った八百屋の家も猫好きだと云う話であったから、虐待(ぎゃくたい)されていた筈はないので、これは明かに、一匹の猫が尼が崎から此処(ここ)までひとりで辿(たど)って来る道中(どうちゅう)の難儀を語るものだった。こんな時刻に此処へ着いたのは、昨夜じゅう歩きつづけたのに違いないけれども、多分一と晩くらいぐらいではあるまい、もう幾晩も幾晩も、恐らくは数日前に八百屋の家を逃げ出して、方々で道に迷いながら、ようよう此処まで来たのであろう。彼女が人家つづきの街道を一直線に来たのでないことは、あのすすきの穂を見ても分る。それにしても、猫は寒がりなものであるのに、朝夕の風はどんなに身に沁(し)みたことであろう。おまけに今は村しぐれの多い季節でもあるから、定めし雨に打たれて叢(くさむら)へもぐり込んだり、犬に追われて田圃(たんぼ)へ隠れたりして、食うや食わずの道中をつづけて来たのだ」(谷崎潤一郎「猫と庄造と二人の女・P.43~44」新潮文庫)

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