白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

自由律俳句──二〇一七年五月十六日(3)

2017年05月17日 | 日記・エッセイ・コラム

音楽コーナー。

「YOUNG GUITAR 2017年6月号」(シンコーミュージック)


P.67。「リッチー・コッツェン奏法」。太い音だなあと思って映像を見ていたら、弦は0.11〜のシリーズを張っているとのこと。道理で。リッチーはテレキャスターを使ってるんだが、音の厚みはその昔サンタナがYAMAHA-SGシリーズで出していたくらいの次元に達してるんじゃないかなあ。少なくともハイゲイン・アンプを通せば、凄く図太く、とても歯切れの良いサウンドが聴けるに違いない。

BGM22

リッチーの場合、ファンキーな「乗り」がいつも頭の中にあるんじゃないかと。ただ単にゲインを上げればいいってもんじゃないので、「ここ」って時にいつでも気持ち良くファンクできる状態に、常にギターとその周辺を整理しとくのが吉かと思うんだよね。

BGM23

Ex-1:切れが良いね、切れが。太めの弦であれだけリズミカルに弾ければ、それこそ毎日が楽しくなるってもんです!毎日が日曜日ってわけじゃないし、平日があるからこそ休日の過ごし方も変わってくるわけだけど。リズム感がいいとか、ファンクやヒップ・ホップが好きだとか、そういう好みだけでは身に付かない「もの」がある。「桃栗三年柿八年」って言うでしょ?あれはね、道徳を語ってるわけじゃないんだよ。実際に地方の農家に行けばわかるけど、「食べ頃」だけではなくて「熟れ頃」に重点が置かれているのである。果実にばかり目が行ってると、そこへ行き着くまでのじっくりした記録が身に付かない。大事なのは、いつ身に付くか、ではなくて、旬はいつか、なんだよ。ここでの話は。多分。

BGM24

P.65のフォト。渋いですね。撮影はウイリアム・ヘイムスかな。乾いたイメージで気の利いたロックでも少し聴いていかない?って感じ。まあ、ビリー・シーンのイメージがどうしてもかぶってしまうわけですが。ワイナリー・ドッグは「ぴり辛」サウンド。ビリー・シーン抜きのリッチー・コッツェンって、どんな演奏を聴かせてくれるんだろうね。人間、一日中メタルばっかり聴いてるわけじゃないので、リラックスしたいけど粋な乗りも忘れちゃいけない。そういうリスナーには気に入るんじゃないかな、と思わせる映像でしたね。ただ単なるテクニックだけでは誰も驚かなくなってるし。

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