白鑞金’s 湖庵

元ノラ猫タマと愉快な仲間たちの日記・エッセイ・コラム。

野田民進幹事長と小沢自由代表が会談 野党共闘を協議か(4)

2016年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム

マルクスの国家観をもう少し振り返っておこう。

「さて民主主義についての節にきた。A.『《国家の自由権的基礎》』。まず《二》によれば、ドイツ労働者党は、『自由国家なるもの』をめざして闘う、という。自由国家──何だ、これは?国家を『自由』にするなどということが、せせこましい臣民意識から解放された労働者たちの目的であるはずがない。ドイツ帝国では、『国家』はロシアにおいてとほとんど同じくらいに『自由』である。自由とは、国家を、社会の上位機関から社会の完全な下位機関に変えることにある。今日でさえ、いろいろな国家形態がどれほど自由か不自由かは、その国家形態が『国家の自由』をどれほど制限しているかの程度によるのである」(マルクス「ゴータ綱領批判・P.51」岩波文庫)


「ゴータ綱領」を受けて、エンゲルスはベーベル宛の手紙にこう書いた。

「自由な人民国家を自由な国家に変えていますね。文法的にいえば、自由な国家とは、国家がその市民にたいして勝手にふるまえる国家、すなわち、専制政府をもつ国家のことです。国家についてはもういっさいのおしゃべりをやめるべきです。すでに本来の意味での国家ではなかったパリ・コミューン以後は、なおさらのことです。プルードンを批判したマルクスの著作やその後も『共産党宣言』が、社会主義的な社会秩序の実現とともに国家はおのずから解体し消滅する、とはっきりいってきたにもかかわらず、われわれは無政府主義者たちから、もううんざりするほど《人民国家》の信奉者呼ばわりされてきました。とにかく国家は、闘争と革命の過程で敵を暴力的に抑圧するために用いられる一時的な制度にすぎないのですから、自由な人民国家について語ることは、まったくのナンセンスです。プロレタリアートは国家を自由のために必要とするのではなくて、その敵の抑圧のために必要とするのであって、自由について語れるようになれば、もうかかる意味での国家は存立することをやめるのです。ですからわれわれは、《国家》というかわりに、いつでも、『共同体』(ゲマインヴェーゼン)ということばを使うよう提案したいのです。このことばは、フランス語の『コミューン』を非常にうまくあらわす昔からのよいドイツ語です」(エンゲルス「エンゲルスからベーベルへの手紙」・マルクス「ゴータ綱領批判・P.84~85」岩波文庫)

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マルクスとエンゲルスは「ゴータ綱領」によって、それまで「仲間」だった人々から決定的に裏切られたと呆れ果てている。レーニンはそのような歴史からも非常に多くを学んだ。

「第二の教訓は、蜂起の性格、蜂起の遂行方法、軍隊が人民のがわに移行する条件にかんするものである。わが党の右翼〔メンシュヴィキ〕には、この移行についてきわめて一面的な見方が非常にひろまっている。彼らによれば、近代的軍隊とたたかうことはできない、軍隊が革命的になることが必要だ、というのである。もちろん、革命が大衆的なものになり、軍隊までもとらえるようにならないかぎり、本格的な闘争は問題にならない。もちろん、軍隊内の活動は必要である。しかし、軍隊のこの移行を、ひとつには説得の、またひとつには自覚の結果としておこる、なにか簡単な、一挙にできることだというふうに考えてはならない。モスクワ蜂起は、こういう見方が型にはまった、死んだものであることをまざまざとわれわれにしめした」(レーニン「一九〇五年の革命・P.65~66」国民文庫)


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「実際には、真に人民的な運動のさいにはつねに不可避的に生じる、軍隊の動揺は、革命闘争がはげしくなるにつれて、《軍隊の獲得をめざす真の闘争を》ひきおこす。モスクワ蜂起は、軍隊を獲得しようとする反動と革命とのまさに死にものぐるいの、このうえなくはげしい闘争を、われわれにしめしている。ドゥバソフ自身、一万五千名のモスクワ守備隊のうちで、信頼できるのはわずか五千名であると声明して。政府は、多種多様な、まったく必死の手段で、動揺する兵士をひきとめようとした。説得したり、おだてたり、時計や金などをわけてやって買収したり、ヴォトカで酔わせたり、だましたり、おどしたり、兵営にとじこめたり、武器をとりあげたり、もっとも危険な人物であると推測される兵士を内通や暴力によって彼らのなかからひきぬいたりした。われわれは、この点では政府に後れをとったことを、率直に、公然とみとめる勇気をもたなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.66」国民文庫)

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「われわれには、動揺している軍隊を獲得するために、政府が着手してやりとげたのと同じような、積極的で、大胆で、進取的で、攻撃的な闘争に、われわれのもっていた力をもちいることができなかった。われわれは、軍隊にたいする思想『工作』を行ってきたが、これからもさらにねばりづよく行っていくであろう。しかし、蜂起のおこったときには、軍隊を獲得するための物的な闘争もまた必要なことをわすれるならば、われわれはあわれむべきペダントだということになるだろう」(レーニン「一九〇五年の革命・P.66~67」国民文庫)

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「モスクワのプロレタリアートは、十二月には、軍隊にたいする思想『工作』の見事な教訓をわれわれにあたえた。──たとえば、十二月八日には、ストラストナヤ広場で、群集がカザックをとりまき、彼らといりまじり、彼らと交歓し、彼らを退去させるようにしむけた。あるいは、十日には、プレスニャで、一万人の群集のなかで赤旗をかかげてすすんでいた二人の若い婦人労働者が、『わたしたちを殺すなら殺せ!生きているうちは、旗をわたすものか!』とさけんで、カザックにむかって突進していった。そこでカザック兵は、どぎまぎしてしまって、『カザック万歳』という群集の叫びをあとに駆けさったのであった。剛胆と英雄精神のこの模範を、プロレタリアートの胸のなかに、永久にきざみこんでおかなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.67」国民文庫)

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「ところで、われわれがドゥバソフよりもおくれていたことをしめす、つぎのような例がある。十二月九日、兵士たちが、セルプホフスカヤ大通りをマルセイエーズをうたいながら、蜂起者に合流しようとしてすすんでいった。労働者は、彼らのところへ代表をおくった。マラホフは、あわてふためいて、自分で彼らのところへとんでいった。労働者の方はおくれ、マラホフは間にあった。マラホフは、熱烈な演説を行って、兵士たちを動揺させた。彼は、兵士たちを龍騎兵でとりかこみ、兵営へつれもどして、そこへ閉じこめてしまった。しかも、われわれの呼びかけに応じて、二日のうちに、十五万人が決起したので、彼らは街路の巡察を組織することもできたし、またしなければならなかったのに、われわれは間にあわなかったのである。マラホフは、兵士たちを龍騎兵でとりかこんだが、われわれは、マラホフ一味を爆弾使用者でとりかこまなかった。われわれは、そうすることもできたし、またしなければならなかったのだ。しかも、もうずっとまえから社会民主党の新聞(旧『イスクラ』)は、文武の上官を容赦なく絶滅することが蜂起のさいのわれわれの義務であると支持していたのである。セルプホフスカヤ大通りでおこったことは、どうやら、だいたいにおいて、ネスヴィジ兵営の前でも、クルチツキー兵営の前でもくりかえされ、またエカテリノスラフ連隊の兵士をプロレタリアートが『さそいだそう』と試みたときにも、アレクサンドロフの工兵隊に代表をおくったときにも、モスクワに派遣されることになっていたロストフホウ砲兵隊を帰営させようとしたときにも、さらにコロナムで工兵隊に武装を解かせようとしたときにも、その他の多くのばあいにも、これと同じことがくりかえされたようである。蜂起のはじまったときに、われわれは、動揺している軍隊を獲得するための闘争で任務にたえるものになってはいなかったのである」(レーニン「一九〇五年の革命・P.67~68」国民文庫)

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「十二月は、日和見主義者らがわすれてしまっている、マルクスのいま一つ深遠な命題を明瞭に裏書きした。すなわち、蜂起は一つの技術である、そしてこの技術の主要な原則は、死をおそれぬ大胆さと、ひるむことのない決意をもって《攻勢をとる》ことである、と彼は書いた。われわれは、この真理を十分自分のものにしていなかった。われわれは、この技術を、このぜがひでも攻勢をとるという原則を、自分でも十分にまなばなかったし、大衆にも十分におしえてこなかった。われわれは、いまや、われわれがなおざりにしていたことを、全精力をあげて埋めあわせなければならない。政治的スローガンにたいする態度をもとにしたグループ分けだけでは不十分である。さらに、武装蜂起にたいする態度をもとにしたグループ分けが必要である」(レーニン「一九〇五年の革命・P.68~69」国民文庫)

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「われわれが宣伝しなければならないのは、受動的な態度ではなく、軍隊が『うつってくる』のをたんに『待っている』ことではない。──そうだ、われわれは、武器を手にして大胆に攻勢をとり攻撃する必要があるということ、そのさい指揮者を絶滅し、動揺しつつある軍隊を獲得するためにもっとも精力的にたたかう必要があるということを、すべての鐘をならしてしらさなければならない」(レーニン「一九〇五年の革命・P.69」国民文庫)

「『うつってくる』のをたんに『待っている』ことではない」、とある。常にヘーゲル研究を欠かさなかったレーニンの、実証的であるだけでなく実践的でもある弁証法的態度を見ないわけにはいかない。

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